軽トラと貸金庫
畦道みたいな田舎道を、もの凄い音をたててポンコツ軽トラが突っ走る。
「しかしまあ、手慣れたもんだな…」
俺は先程の積み込み作業と、今乗っている軽トラの運転について尋ねてみた。
「この村は、昔から『何でも助け合う』っていうのが伝統みたいなもんでして…田畑の作業だけではなく、誰かが困ってるとかいうときも。例えば…そうですね…村内での引越に業者さんが来た事はありませんね。大抵ご近所総出でやりますよ」
おいおい、えらく濃い人間関係だな…
「だからスクーターを荷台に載せるなんて余裕綽々、と言うわけです。稲刈機を積むこと考えたら簡単簡単。あと、車の運転ですが田舎で軽トラに乗る以上はマニュアルミッションは当たり前、ですね。一度都会のホームセンターで買い物をした時にオートマチックの軽トラをお借りしましたが、違和感以外の何も感じませんでした」
コイツ、都会に残らずに戻ってきたのは正解だったんじゃないか?俺は思わず吹き出しそうになるのを必死で堪える。
「今じゃ路線バスでもトラックでもオートマだぞ…俺のトラックは旧式だからマニュアルミッションだけど」
「ああ……私達のようなマニュアル車乗りはこの先消える運命なんでしょうか…これからも誤発進で店舗に突っ込む車両は増え続けるのか…クラッチペダルはアナログ方式の誤発進防止装置だというのに…」
彼女の発想が合っているか間違っているかは解らない(たぶん合っているとは思う)が、俺は彼女が相当な変わり者であることを確信した。
「お待たせしました。後藤様、到着しましたよ」
バイク屋で見てもらうと、案の定プラグが死んでいた。軽トラの荷台に載せたまま修理を終えたバイクとともに、寮までの道をポンコツ軽トラで暫しのドライブ。
「済まなかった。余計な手間をかけてしまって…」
「お安い御用です。さっきも言いましたけど『困ってる人がいたら助け合う』は内削村民の掟ですからね!あ…では明日、ここまでお迎えに上がります」
「態々来てもらわなくてもこっちから…」
「明日は当法律事務所以外に信用金庫などを回る予定にしておりますので、同じ車両で移動していただきたいのです。それ故のご提案です」
「おはようございます」
律儀な彼女は、まるですぐ近くで待機していたように、約束の時間五分前に現れた。俺達トラックドライバーは荷下ろし場の関係で近場に車を停めて時間調整する事があるが、こいつもまさか…
「朝っぱらから迎えに来てもらって済まない」
「これも業務のうちですよ。では、参りましょうか」
「で、だな」
「はい、なんでしょうか後藤様」
今、俺は彼女に信用金庫まで送ってもらっている最中だ。で、俺は何故か彼女のアタッシェケースを抱えて軽トラの助手席にいる。
「送って貰えるのは有り難いんだが、何で俺があんたの鞄を持ってるんだ?」
学校と運送屋以外の組織に属したことがない俺は、人の鞄を持ったような経験はない。人生初の鞄持ちだ。
「それがですね、後藤様…大変申し訳ないのですが軽トラというものはキャビンスペースが限られておりまして…かといってその鞄には相続に関する重要な書類が入っております故、荷台に載せる訳にも…」
「俺が聞きたいのはそこじゃなくて、何でこんな日にまで軽トラで来るんだって事だっ。言ってくれればウチの営業所から車を借りることだって出来たんだ」
「会社にご負担をおかけするわけにはいきません。かといって、村内にレンタカー会社はございませんし、まさか実家に甘える訳にも…」
「わかった。もういい。置き場がないから、必然的に俺の膝の上にって訳だ」
「すみません、後藤様…」
村内の道を暫く走ると、やがて信用金庫の看板が見えてきた。
店舗に入ると、彼女の姿を見るなり同世代と思しき職員が声をかけてきた。
「あ、みっちゃんいらっしゃい」
彼女は一つ咳払いをすると告げた。
「本日は仕事で来たのです。あの、安村さんはいらっしゃいますか」
職員は俺を見て一瞬『しまった』というような表情を見せたあと、営業スマイルに戻った。
「長谷川先生、お待ちしておりました。別室をご用意してございますので、ご案内しますね」
応接室に通された俺はどうも落ち着かない。
「なあ、貸金庫開ける時って何時もこんな感じなのか?」
「今回みたいなケースですと、相続人であることを証明する書類やら委任状やらを確認する必要がある故に別室で行うことがありますね。ただ、金融機関で別室に通されるっていうのはどれだけ場数を踏んでも落ち着かないもんですよぅ」
彼女はそう言うと肩をすくめて微笑んだ。そういえば笑顔の彼女を見たのは初めてかも知れない。
「お待たせしました、長谷川先生」
そう言って車いすの職員が入ってきた。
「安村さん、お世話になります」
彼女が立ち上がって挨拶するもんだから、俺も釣られて立ち上がった。
「初めまして。俺、いや僕は相続の件で弁護士さんに厄介になってる後藤星來といいます」
「初めまして。中山県信用金庫内削支店の安村と申します。話はみ、いや長谷川先生から事前に伺っていますので、後は書類の確認後に貸金庫の中身をお渡しすることになります」
「書類はこちらに」
そう言って彼女が差し出した書類は素人の俺が見ても解る位綺麗に纏められていた。
「いやあ、これだけ綺麗に纏めてくれていたら確認作業も直ぐに出来そうだ。確認が終わり次第、貸金庫の中身をお持ちします。恐れ入りますが少々お待ち下さい」
彼はそう言うと応接室を退出した。
「なあ、さっきの人たちって親戚か友達、その家族みたいな関係か?」
「いえ?親類でも同級生でもその家族でもない、まあ冷たい言い方をすれば赤の他人ですが?」
彼女は不思議そうに俺を見ている。
「じゃあ、何でこんなに馴れ馴れしいっていうかフレンドリーというか、身内みたいな…」
彼女は何かに気付くと、クスッと笑った。
「わが内削村の伝統、と言えば聞こえはいいですが、要はノリです。よくドラマや漫画でお隣さん同士『家族ぐるみの付き合いです』とかいう設定があるでしょ?あのノリが村全体に隈なく行き渡っているとお考え下さい」
「で、身内でもないのに『みっちゃん』か」
「はい。大抵下の名前で呼ばれますね…村の中に光子は他にいないようですから」
「他に同じ名前の奴がいたらどうするんだ?」
「親の名前と組み合わせて『よっちゃんとこのみっちゃん』みたいになります」
「で、その皆が集まって引越とかやるわけか…」
「左様でございます。あ、そう言えば先程応対して下さった安村さんですが、何年前だったかな…事故で下半身不随になられたんですね…その時に彼のご自宅をバリアフリー化するんだって言って村中総出の人海戦術で工事したんですよ…流石に設計と資材の手配は工務店をやっておられる同級生の方がなされましたが」
何だか濃くて面倒臭そうな村だ。はなだったら直ぐに溶け込めそうだし向いてそうだが、俺はどうも無理っぽい感じだ。
「大変お待たせしました。貸金庫の中身はこちらになります」
そう言って手渡されたのは、クラフト封筒一つと通帳が二冊、印鑑が二本だった。封筒には厳重に封がされていたが、目録が貼付されており中身を伺い知ることが出来た。
「日記…?」
「ひとまず事務所に持ち帰ってから中身を確認しましょう」
彼女にそう提案されるまで、俺は暫くぼーっとしていた。アイツが日記をつけていたのは知っていたが、家を出てからもまだ書いてたのか…
「あ、ちょっと待って。み、いや長谷川先生」
「なんでしょうか?」
「それ、うちの支店で開設した口座だから、最終残高を確認しておこうか?少し時間をくれたら記帳してくるけど」
機転を利かせてくれた車いすの職員に礼を言うと、俺達は事務所に向かった。