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すれ違う心  作者: 中辺路友紀
第二章 出張と女子会
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EXY10

不躾なお願いでスミマセン。

皆さま、音楽はお好きですか?

お手元にCOMPLEXの『BE MY BABY』という曲を聴ける環境がおありでしたら、曲を流しながらノリノリで本話をお楽しみ下さいませ。

「おはよう。大丈夫?」

 頭が割れるように痛い。

「ううっ、昨日はスミマセン」

「セーラー服で料理する子も初めて見たけど、セーラー服で焼酎呷る子も初めて見たわ」

「重ね重ねスミマセン…」

「いいわよ。但し、この話は会社と後藤クンには内緒よ」

「ハイ…」

 リコさんはにっこり微笑むと、あたしに告げた。

「さあ、今日は会社も学校も休み。折角だし、出かけるわよ」

「え?何処へ?」

「まず、そのセーラー服を着替えてらっしゃい。あ、洒落た所へ行くわけじゃないから、軽装でね」

「何しに行くんですか?」

リコさんはニヤリと笑いながら言った。

「決まってるじゃない。酒を抜くのよ」


「ええっ?リコさん車持ってたんですか?」

 社宅近くの道をブラブラ歩きながらの女子会トーク二日目。

「へっへ〜ん。営業所の連中も誰も知らないここだけの秘密よ。社宅のガレージに置いたら目立つからって、彼が屋根付き車庫を借りてたの。で、その車のことは家族に言ってなかったから遺品整理でバレずに済んだ」

「ってことはその車…」

「そう。私にとって唯一の彼の想い出、かな。お待たせ!ここに置いてあるのは内緒よ。後藤クンも知らないんだから」

「ハイ、ここはリコさんの秘密基地なんですね」

 リコさんが手動のシャッターをやや乱暴な音とともに開けた瞬間、今まで見たこともない車があたしを出迎えた。

「彼の趣味でね…結婚した時に『買い換えて!』って言ったんだけどこれだけは譲らなかったの」

 どう表現したらいいんだろう。エキセントリックっていうのかな…屋根が全面ガラスで何か戦闘機みたい。て言うかドアもスーパーカーみたいに上に開いてるし…車に乗り込んだあたしは、リコさんに恐る恐る尋ねた。

「あの、そんな大切な思い出の詰まった車に乗せていただくなんて…」

 リコさんは街中を軽快に駆け抜けながら答える。

「いいのいいの。感傷に浸って寝かしてたら、あっという間に駄目になる。車も頭も使ってナンボの世界よ!」

「そうは言っても外車って動かすだけでそこら辺に小銭ぶち撒けて走るようなイメージがあって、何か勿体無いような気が…」

 リコさんはフッと微笑んだあと、あたしに面白いことを教えてくれた。

「あら、これ外車じゃないわよ?営業所の道向かいにあるトヨタのディーラーで買った中古車。まあ、買ったのは私じゃなくて彼だけど」

「え?そうなんですか?」

「知らなかった?まあそれも無理ないわね…彼の熱意と私の意地で新車みたいなコンディションを保ってはいるけど、はなちゃんが生まれるより随分も前に生産中止になった車だし…て言うか全然売れなかったから」

「え〜。これが日本車だなんて…で、何て名前なんですか?」

「これが傑作よ。『セラ』っていうの」

 お兄、ごめん。あたしは耐えきれなくなって思わず吹き出した。

「笑っちゃ駄目よ、はなちゃん。名前の由来はね、フランス語で『意思』とかいう意味と、あと一つは未来動詞。英語でいうと『will be』にあたるのかな」

 あたしは暫く考えた。


『未来への、意思…』


 ボソっと呟いたあたしの言葉を、リコさんは聞き逃さなかった。

「あら、いい翻訳ね。私もそこまで思いつかなかったわ。まあ、近い将来『名前負け』とか言われなきゃ良いんだけど。アハハ」

 

 三十分後、あたし達はスーパー銭湯に到着。

「ちょっとはなちゃん、スタイル良すぎない?顔も可愛いし、周りの皆がこっちを見てるよ…」

「リコさんだって美人じゃないですか?てかリコさん胸大きい〜」

 お酒を抜いて、裸の付き合いもして。何かリコさんが段々と本当のお姉さんみたいに思えてきた。長椅子に腰掛けて二人並んで牛乳を飲んでいたら、ふとリコさんがあたしにもたれ掛かってきた。

「ねえ、はなちゃん…何かこうやって一緒にいるとさ、何かはなちゃんが本当の妹みたいに思えてきた」

「あ、あたし一緒にお風呂入ってたときにそう思いました。あたしもお姉ちゃんいないし」

 アハハハ、と声を揃えて笑う。

 ふと突然、リコさんが立ち上がる。

「さあ、はなちゃん行くわよ!」

「次はどこへ行くんですか?」

「買い出しよ。今日の晩御飯は私が用意するからねっ。で」

「で、何ですか?」

「酒も抜けたし、今日も飲むぞっ!あ、飲むのは私だけね」

 リコさんがあたしに悪戯っぽくウインクしてみせた。

本話に登場したリコさんの愛車「EXY10型トヨタ・セラ」は、はなが言っていたとおり屋根部分が全面ガラスで構成されているとんでもなくエキセントリックな車です。

1990~95年頃まで販売されていたそうですが、キャッチコピーというか売り文句が「未来へ羽ばたくクルマ」「未知への翼」だったような気がします。

本来の意味はリコさんの言うとおり『未来』を表すのですが、もう一つ後付けした意味が後になって効いてきます、きっと。


ちなみにCOMPLEXの『BE MY BABY』はトヨタ・セラが世に送り出されたときのCMソングです。私がこの曲を何歳くらいの時に聞いたか、という話は年齢がバレるので止めておきます。

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