ありがとう
次の日、支度をしてお墓の前で待っていると、神主さんがお越しになられた。祝詞をあげていただいた後、神主さんは優しく私の方を振り向いた。
「お話は親御さんから伺っています。まあ、いろいろ積もる話もあるでしょうから私はこれで失礼します。私どもは拝殿で御祈祷の準備をしながらお待ちしていますので、ごゆっくりなさってください。あ、あと、ご両親から貴女宛のお手紙をお預かりしています。このお墓に来られることがあったらお渡しくださいと承りました。では、これで」
神主さんが去って行った後、私はお墓の前で呆然と立ち尽くしていた。クソ親父とお義父さんお義母さんの間に生じた心のすれ違いが、これほどの長い空白を作ってしまった。私は、今やっとその『すれ違った心』を埋めるスタート地点に立つことが出来た。偉そうに言っているけど、私一人の力じゃない。後藤クンとはなちゃんがトリガーを引いてくれたから、この村の皆が後押ししてくれたから私は今ここに立っている。
私は貴宏のお墓に向かって口を開いた。墓石が喋るわけないし、何の返事も無いのは百も承知だけど、言葉にして伝えなければならないと思ったから。
「貴宏…今まで君が、どうして辛い思いをして苦しんできたかやっと解った。私を巻き込んだら、私が辛い思いをすると思って、ずっと間に入って守ってくれてたんだよね…」
視界にある墓石が涙で滲む。
「貴宏…ごめんね。今まで何も出来なくて…貴宏はずっと私のことを守ってくれていたのに、私は何もして来なかった。君が亡くなってからも現実に背を向けて、ずっと逃げ回って生きてきた…」
溢れ出す涙はもう止まらない。
「でもね…そんな情けない私に手を差し伸べてくれた仲間がいたの。その子たちの導きで、私はここまで来れた。もう私は逃げたりしないし、これからは前を向いて歩いていく。それが『生きる』ということなんだよって皆が教えてくれたから。失敗や後悔ばっかりの人生だけど、先は長いし、まあボチボチ前に進んでいくわ…あと」
「ありがとう」
「ねえ、お兄。リコさん大丈夫かな?」
「少なくとも墓の前で泣き崩れたまま卒倒するような人じゃないさ、リコさんは」
はなが少しむっとした様子で口を開く。
「お兄の中にレディに対する労りとか気遣いとか、そういうもんはないのかなあ」
「確かにリコさん、一時は折れそうになってたけど…それでハイ終わりって人じゃないよあの人は。脆さも併せ持ちつつ、辛い事を乗り越えようとしている人だからこそ、ほんとうの『強さ』と『優しさ』を持ってるんだ。だから俺達もリコさんの導きで真実に辿り着けた」
「ほへぇ~っ。そんなもんなのかな」
「見てろ。そのうち自分の心の中でケリをつけたらバケツ持ってこっちに走ってくるぞ」
私は、神主さんにお渡しいただいた封筒を開ける。
璃子さんへ
ありがとう。
物凄くシンプルだけど、なかなか口に出して言えない言葉。でも、思っているだけじゃ相手に伝わらない。何も言わなきゃ始まらない。何かを伝えることで物事は動き始める。その時に発した言葉は、お互いにとってきっと特別な言葉になる。
そう。だから、これからも私はトリガーを引き続ける。何かをやらかした失敗はこれからもクソ程あるだろうけど、何もしなかった後悔だけは絶対にしたくないから!
私は涙を拭い、大きく深呼吸するとバケツを持って車を停めたところまで駆けだした。
「ほら見ろっ、あの調子だっ!俺の言った通りだろ?」
お兄が嬉しそうに叫ぶ。
バケツを振り回しながら戻ってくるリコさんを見て、あたし達は新たな出発点に立とうとしているんだって確信した。
「お世話になりましたっ!」
三人の声が揃った。例の如く、トランクの中はお土産物で一杯。ベジタリアン生活はまだまだ続きそうだ。
「で、ちょっと気になってたことがあるんだけど」
辻さんが、遠慮がちにリコさんに問いかける。
「工務店のお婆さんと話をしてて思ったんだけど、タカヒロくんとリコさんが知り合ってから結婚するまでの間が凄く短いような気がするのね…職場結婚だって聞いたし…で、何でだろうなって…いや、あの、大したことじゃないから別に答えなくてもいいんだけど…変な話振ってごめんなさい…」
リコさんは微笑むと、臆することなく答えた。
「営業所の莫迦共は『飲みに行こう』とか『一晩付き合え』とか下らない事ばかりいう奴らばっかりだったけど、貴宏は仕事の都合で偶々晩御飯を一緒に食べた時に帰り道で『僕と結婚してくれませんか』って何の前フリも無しに言ったんです。スケベ根性剥き出しで声をかけて来る莫迦共とは違っていきなり結婚を持ち出してくるなんて、コイツは私のことを真剣に想ってくれてるんだなって思ったんですよっ!キッカケなんてそんなもんです。アハハ」
「何かその話、タカヒロくんらしいな~」
見送りに来てくれた皆に、心地よい笑いが響き渡った。
帰りの高速道路。後部座席でリコさんがふと呟いた。
「後藤クン、はなちゃん」
「何ですか?」
ハモった俺達に、リアハッチから外の景色を眺めながらリコさんがリアハッチ越しに空を見上げる。
「私…君たちがいてくれたからここまで辿り着けた。私一人じゃ死ぬまで何も出来ないまま過ごしていたと思う。だから、だから…」
俺達は何も言わず、次の言葉を待った。
「ありがとね」
そう言ってリコさんは横を向いて寝落ちしたように見せたが、彼女は涙を流していた。俺は、リコさんの涙を見なかったことにして車を走らせる。
「俺だって、リコさんには感謝してもし切れないです」
ふと呟いた俺にはなが反応した。
「あたしもよ、お兄。リコさん、ありがとう」




