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すれ違う心  作者: 中辺路友紀
第八章 すれ違う心(後藤星來、後藤はな、山崎璃子)
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縁(えにし)

 三十分後、私達は予想だにしなかった喧騒の中に放り出される。

 後藤クンのお父様が亡くなる少し前まで働いていたという工務店の作業スペースをお借りして大宴会。色々と人が出入りするもんで誰が誰だか訳が解らない。

「先日は、大変失礼致しました」

 見覚えのある女性に突然声をかけられてビックリした。この娘、ウチの営業所を訪ねてきた弁護士さんだ。

「いえ、こちらこそ失礼しました。何せウチはセキュリティの関係とかもあって出入りが厳しかったりするもんで…」

「…御社のセキュリティの厳しさは存じております」

 苦笑いしながら彼女が答える。ひと通り苦しい言い訳はしてみたものの、何か気まずい。取り敢えず話題を変えよう。

「で、後藤クンの件は?」

「ハイ、全て解決の一件落着でございます。尤も、私は書類の手配だけで…解決は後藤様自らが」

 そう言って彼女は後藤クンの方を見た。工務店の作業着を着た若い子と親しげに話をしている。

「彼は工務店の社員さんで、彼のお父様がつきっきりで仕事を叩き込んだそうです。ほら、一番弟子って奴ですよ。きっと昔話に花が咲いてるんじゃないでしょうか」

 彼女はそう言って微笑んだ。後藤クンも、昔の辛い事とか一つずつ乗り越えていこうとしてるんだ…

 ふと見ると、工務店の社長と思しき男性とお婆さんが佇んでいる。

「スミマセン、今日はなんか…」

「気にすんなって。ウチの村はいつもこんなもんだから」

 彼は缶ビールを二つ手に取ると、一つを私に手渡し、もう一つを呷った。

「タカヒロくんの嫁さんなんだって?」

「ええ、そうです。三年前に事故で亡くなりましたが」

「今、住まいはどこに?」

「似島県の鞆浦市ってところです」

「ああ、あのデカい運送屋の本社があるところか…へぇ、えらい遠いところから来てくれたもんだ。それであの有名な薬用酒を土産に頂戴したってワケだ。あそこは薬用酒で有名だしなぁ。婆ちゃんが喜んでるぜ」

 用意してくれたのは私じゃなくて後藤クンだけど…

「ええ、まあ。なかなか来る機会も無くて…」

「親御さんが内削村に戻って来るって話をしてたところだったもんで、こっちの墓に入れちまったからな…まあ、明日ゆっくり参るといい。あ、あそこの墓地、墓が入り組んでて解りにくいから、地図を焼いておいた。それ見て行きゃ迷わねえさ。但し、墓地の中に山崎が何軒もあるから気を付けろ」

「はい、有難うございます」

 彼はそう言うと、私に缶ビールをもう一缶と青焼きの地図を手渡して別の輪に入って行った。

「リコさん、だったね」

 お婆さんが口を開く。

「よう来てくれた。タカヒロくんの御両親から色々と聞いてたよ。まさかここまで来てもらえるなんて…あの子も喜んでいるだろうさ」

 貴宏のお婆様とご近所さんだったから御存知なのかな…?

「タカヒロくんはお婆ちゃん子でねぇ。夏休みになると必ずこの村に来てた」

「へぇ、よく御存知なんですね」

 お婆さんは突然笑いだした。

「知ってるも何も、毎日のように隣近所集まって今日みたいにワイワイやってたんだからそりゃついて来るさ。お婆ちゃんから離れたくないんだから」

「なるほど、そういうことですね」

「あの子、小さい頃から大きな車が好きでね…この村じゃあまり見ないけど、偶に大型トラックが通りを走り過ぎるのを飽きもせずにずっと見てた。ここに遊びに来てもお婆ちゃんにずっとくっついていたかウチのトラックや重機を眺めていたか、どっちか」

 私、そんな事知らなかった…

「子供の頃から車好きだった、という話は聞いていましたがまさかそこまでとは」

「中学、高校と進学していくうちに部活だ塾だって忙しくなったから村に来ることは殆どなくなったけど、律儀に年賀状なんかは毎年送ってきてたよ」

 ふふっ。何だか貴宏らしいな。

「で、彼が運送屋に就職したって聞いてはいたんだけど、ある日ウチの前に莫迦でかいトラックを横付けした奴がいてね…何事かと思って表に出てみたらトラックから降りてきたのはタカヒロくんだった。『お婆さん、見て下さい。僕、こんな大きなトラックに乗せてもらえるようになったんです!』ってね。タカヒロ君の婆さんも孫の成長を見て泣き出すわ、近所の子供たちが集まってきて大騒ぎになるわで大変だったんだ。あの子、集まってきた子供たちをトラックの運転席に乗せてあげたりとかしてたもんだから営業所に戻るのが遅くなってこっ酷く叱られたらしい」

 そうか…彼、仕事で中山県にも来てたんだ…

 思い出話がひとしきり終わると、お婆さんは周りに聞こえないように声を潜める。

「で、アンタ。タカヒロくんの親御さんとは上手くいってるのかい?」

 え、何でそんなことまで知っているの…私は暫く答えられずにいた。

「あれはタカヒロくんがあんたと結婚する前の年だったかな…婆さんが亡くなっちまってね…タカヒロくんの親父さん、葬式の後『定年退職したらこっちに戻ってくるつもりだったのに…もう少し早く戻ってくればよかった』って嘆いてた。あと、タカヒロくんの落ち込みっぷりったらそりゃもう見てられないくらいだったよ」

 その頃、私はまだ彼の家族のことは知らなかった。

「ひどい落ち込み様で鞆浦に戻って行ったから『大丈夫かな』って心配してたんだが、いきなり結婚しますって知らせが来たもんだから皆びっくりしてなぁ」

 ええ、結構なスピード婚でしたから。

「二人の結婚写真、葉書にして送ってくれただろ。タカヒロくんの嫁さん可愛いねって皆で言ってたんだ。綾乃ちゃんもワシもあの写真はまだ持ってるぞ。何なら見せてやろうか?」

 そう言ってお婆さんは豪快に笑った。え、何か恥ずかしい…

「冗談だよ、冗談。で、アンタはお義父さんの事をどれだけ知ってる?」

「いえ、あの…結婚する時に挨拶に行って、時々実家にお招きいただく位で、優しくていい人なんだなって…それ位しか」

「アンタのお義父さん、相当な苦労してきたんだよ」

 私は息を飲んだ。そんな事、お義父さんは一言も言ってなかったけど…

「彼が生まれてすぐ、父親が病気で亡くなったんだ…以後、母子二人で頑張って生きてきた。この村の事だから、まあ皆で助け合いながらやってきてたんだがそれにも限界がある。で、彼は『母親に少しでも楽して欲しいんだ』って言って周りの反対する声には耳も貸さず、中学校を卒業すると就職する為にこの村を出た。『いつかまたこの村に戻ってきて、今度は僕がお母さんの面倒を見るんだ』ってずっと涙を流していた。ウチの車で彼を帝鉄の駅まで送っていったんだが、彼は列車が出ても窓からずっとワシらに手を振っていた。その姿はいつまでも忘れられない」

 私はお婆さんの話にじっと耳を傾ける。

「やがて彼から村の皆に手紙が届いた。鞆浦市の工場で働きながら定時制の高校に通っているんだ、って。仕事と勉強の二足の草鞋なんて体でも壊しやしないかと心配してたんだが、実家に定期的にかかってくる電話では元気そうな声でしたよって婆さんは嬉しそうに話してた。あと、畑の手伝いに来た時に真っ新な長靴を履いて来て『あの子が送ってくれたお金で買ったの』って笑いながら言っていた。てことは、自分の生活しながら学費も払って親に仕送りまでしてたってことなのかねぇ」

「お義父さん、そんな御苦労をなさってたんですね…」

「まあ、彼の事だろうから、そんなこと他人に話しゃしないだろうし、聞かれたって答えないだろうけど」

 お婆さんが思い出話を続けてくれる。

「ある日、彼がひょっこり村に戻って来た。可愛いお嬢さんを連れて、な。それがタカヒロくんのお母さんだ。結婚するって聞いたんでそりゃもう村中大騒ぎ。おまけに祝言はこの村で、って言うもんで村中挙げてのどんちゃん騒ぎになって」

 この場がそうであるように、物凄く濃い人間関係と人情というか友情というか慈愛の心を感じさせるような話、ね。

「その何年か後にタカヒロくんが生まれた。アンタは知らないだろうけど、お宮参りもこのお社でやったんだよ」

「ええっ、そうなんですか?」

 マジかっ。鞆浦からここまでどうやって来たんだろう。

「どこの世界に生まれたばかりの赤ん坊を半日も車に乗せて連れて来る莫迦がいるもんか!ってワシは怒ったんだが『この村の子だから、村のお社でお宮参りをするのは当たり前でしょ!』って彼が珍しくワシに噛みついた。『ああ、この子は本当にこの村を大切にしていたんだ、愛してくれていたんだ』ってその時に解ったんだ。村を出た時に『いつか必ずこの村に戻ってきます』って言っていたのは嘘偽りのない本当の心だったんだって」

 それでお義父さん、この村に戻るって仰ってたのね…

「で、タカヒロくんとアンタが結婚してから、ちょくちょく夫婦でこっちに戻ってきてたんだ。家の事とか色々あるし…で、その時にワシがタカヒロくん夫婦の事を聞いたら、彼がボソッと呟いたんだ。

「リコさんはとてもいい子でよくウチの貴宏なんかと一緒になってくれて良かったなと思っています。ただ…」

「ただ?」

「僕とリコさんの親御さんの間には、越えられない壁というか明らかな差みたいなもんがあるんですよ、ってあの時に言った」

 クソ親父の自慢話を真に受けたせいだ。私は、奴の自慢癖が引き起こした心のすれ違いについて要点を簡潔に説明した。

「何だって?じゃあアンタの親父さんの自慢話が原因で、親同士の関係が滅茶苦茶になっていたってことかい?」

 私は慎重に言葉を選びながら、説明を続ける。

「顔を合わせる度に莫迦みたいに自慢話ばかりするもんで、そのうちお義父さんも会うのをなんとなく避けるようになって…その都度貴宏がフォローしてくれていたんですけど、そのことを私…全然知らなくて…」

「お人好しのタカヒロくんが間に挟まれて、全部抱え込んでしまってたって訳か」

「お恥ずかしい話ですが、その通りです…私がそのことに気づいて、貴宏と話し合って『これからは二人で協力していこう』って約束したところで彼は事故で亡くなりました…」

 このお婆さんになら何でも相談できる。洗いざらいぶちまけても大丈夫だと思って一気に話し続けた私の目から不覚にも涙か零れる。

 お婆さんは『いい歳こいた大人が泣くもんじゃない』と呟くと、周りの人間に見えないように手拭いをそっと投げてくれた。

「で、ここに来たってことはタカヒロくんのご両親とは…」

 私は涙を拭うと、お婆さんの目を真っ直ぐに見つめる。

「お互いの『すれ違っていた心』の原因を知ったとき、私がブチ切れて親父をブン殴ったんです。それで親父も目が覚めたみたいで、私が貴宏のご両親にお詫びに行ったら親父もついて来て。要は自分の娘がどれだけ可愛いかっていうのを自慢したかっただけなんだ、ってことを解ってもらえて…」

「わだかまりは無くなった」

「無くなってはいないでしょうけど、一から人間関係をやり直すくらいの間柄にはなれたのかな、と」

「それでやっとお墓参りに来れたってことか」

「ええ、それまではお墓の場所も教えてもらえませんでしたから…」

 お婆さんは立ち上がると、私の頭をポンと叩いた。

「明日お墓に行って、自分の気持ちを整理しておいで。あ、そうだ。この辺に花屋はないから、ワシが榊やら花を手配しておいた。明日の朝、表にバケツごと放り出しておくから持っていきな」

「ありがとうございます」

 私が深々と頭を下げると、お婆さんが微笑む。

「何、ほら、あの薬用酒のお礼だよ。気にするこっちゃない。それよりもう一つ、大事な話がある。ついて来な」

 お婆さんが向かった先には後藤クンと親しげに話す青年と、そっとその傍に寄り添う女性がいた。何この人、凄い美人…私といい勝負ね…

 お婆さんが輪の中に入っていく。

「純くん、話の途中に済まないね」

「あ、大丈夫です。えっと、こちらの方がさっき星來さんが仰ってた会社の先輩ですか…」

「初めまして、山崎リコと申します」

「…貴宏さんの」

「ええ、そうです。今回はお墓参りってことで村にお邪魔してます」

「僕は安村純と申します。ここの従業員です。あと」

「妻の彩乃と申します」

 後藤クンが、二人のことを私に説明してくれた。

「彼女は、俺が最初に中山県の営業所に来た明けの日に図書館に行った時、一緒に本を探してくれた司書さんなんですよ。で、そのご主人が俺の父親がこの工務店で働いていた時の…」

「一番弟子、です」

 安村さんはそう言って胸を張った。

「世間って広いようで物凄く狭いのかもしれませんね。山崎さんとも村人の親族繋がりでこうやってお会いできたんですから」

 そう言って奥さんが微笑む。

「『縁』、だよ。人はそうやって誰かと繋がっているもんだ」

 お婆さんはそう言うと、安村さんに尋ねた。

「ところで純くん、さっき頼んでおいた件はどうだった?」

「ついさっき神主さんから連絡がありました。勿論快諾です」

 え?神主さんに何をお願いしたの?

「いや、実はね。普段はそんなことやらないんですが、折角だから神主さんにお墓の前で祝詞をあげていただこうかと」

 安村さんがドヤ顔で続ける。

「で、それが終わったら山崎さんと後藤さん兄妹に御祈祷を受けていただく段取りで」

「え、どういうことですか?」

「さっき会長、じゃないやお婆さんが言っていた通り『縁』です。理由はともかくこうして僕たちは繋がることが出来た。その繋がりがこれからも続くように、皆で助け合って明日からも笑って楽しく過ごせるようにっていう出発の儀式ですよ」

「どうやら俺達は、その『縁』で繋がっているみたいです。偶にはこういうのもいいんじゃないですか」

「あれ、後藤クン人嫌いじゃなかったっけ?」

「この村でだけ、人嫌いってことは封印します」

「え~っ。後藤クンに限ってそんなこと有り得ない」

「何を失敬な!俺が侍だったら今ここで無礼討ちにしてますよ!」

「…その前に、私が後藤クンに会った瞬間に君は私の刀の錆になってるわよ!」

 辻さんとはなちゃんがこっちにやって来た。

「お、何かお二人でいい感じじゃん。目の前に内削村のベストカップルがいるから参考にするといいわ」

「何で、こんな人とっ!」

「何で、こんな奴とっ!」

 はなちゃんが笑い転げている。場が温まったところで、辻さんが笑いながら安村さんの方を向いた。。

「純くん。あの作戦は上手くいったかな?」

「バッチリですよ辻さん。祝詞から御祈祷まで、万事手配済みです」

「え、はなはこの話知ってたのか?」

「知るわけないじゃん。ついさっき辻さんから聞いてあたしもびっくりしているところよ」

 お婆さんが豪快に笑う。

「さあ、これで明日の主役が揃ったね。皆、飲み物の準備はいいかい」


「あたしはお婆さん特製の梅シロップ」とはなちゃん。

「俺は焼酎」と後藤クン。

「私も焼酎」と辻さん。

「僕はハイボールで」と安村さん。

「私、お酒は日本酒しか飲まないんです」と彩乃さん。

「お婆さんは何を?」

「さっきからアンタ達に戴いた薬用酒をちびちびやってるよ。で、リコさんは?」

「じゃあ、私も日本酒!」

 乾杯の後、後藤クンが私をからかう。

「明日は主人公なんだから、飲み過ぎちゃ駄目ですよ」

「いつも馬が水飲むみたいにガブガブ飲んでる君にだけは言われたくないっ」

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