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すれ違う心  作者: 中辺路友紀
第二章 出張と女子会
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出張命令

 あの日以来、弁護士からの郵便は何通かお兄のもとに届いていた。知らん顔して捨てるワケにもいかないし、かと言って中身を聞いたってどうせ『はな、お前には関係ない事だ』とか言うに決まっている。

 ただ、一つだけ解っている事がある。

 お兄は、独りで何かを抱え込もうとしている。

 あたしを守ろうとしてくれているのは有難いし嬉しいことなんだけど、何でもかんでも抱え込んで独りで悩まないで。あたしたち、たった二人の家族なんだから…

 暫く独りで考えてみたけど何も思いつかなかったあたしは、スマフォに手を伸ばすと最近交換した連絡先に一通のメールを送信した。


 営業所内に聞き慣れないコール音と聞き慣れた声が響き渡る。

「業務連絡。業務連絡。後藤クン、所内におられましたら庶務の山崎までぇ♪」

 リコさんが俺に一体何の用事だ?今まで呼び出されたことなんてなかったし、そもそも呼び出される用事があるとは思えない。て言うか嫌な予感しかしない。そもそも、あんた俺が所内にいるって知ってて態と呼び出しただろ……

 庶務に行くと、リコさんが俺を奥の会議室に招き入れた。

「ご用件は…」

「突然ゴメンねぇ。出張をお願いしたいの」

「出張?どこへ?泊まりですか?何で俺が?」

「質問は一つずつよ、後藤クン。気になったからって莫迦みたいに何でも聞けばいいってもんじゃないの。て言うかそもそも論だけど、先ずは人の話を最後まで聞きなさい。質問はそれから!」

「はい…」

 大人しくなった俺を満足そうに眺め回すと、リコさんは説明を始めた。

「宜しい♪では説明を始めましょう。まず、行き先だけど中山県の営業所。行きは夜行便。出発は休日の夜なんで、代休対応。総労働時間の関係もあるから、夜から休日出勤−明け−代休−公休−夜行便で帰還、って感じかしら。向こうでの滞在先は営業所の寮。明けや泊まりの人用に寝泊まり出来る部屋があるの。希望すれば実費…とはいえぶっちゃけタダ同然でで食事も提供可能よん。で、あと何だっけ……」

 リコさんは態とらしく俺の方を向いた。

「…何で俺なんですか…ウチには妹がいるんですよ?」

「うん、そうそう。まだ学生の可愛い妹ちゃんが何日も独りでお留守番、となると兄としては心配で堪らない、そういうワケね」

「当たり前でしょ!」

 俺は苛ついた。

「大丈夫。ちゃんと手は打ってある」

 そう言うとリコさんは誇らしげに古ぼけたガラケーの画面を俺に見せた。リコさん、何で勝手にはなと連絡取り合っているんだ…!

”ええっ!お兄がいない間、リコさん家にお邪魔してもいいんですか?楽しみ!あ、でもお兄は何て言うかな…あたし的にはOKですけど、あとはお兄次第ですぅ♪”

 今どき珍しくなったガラケーをポケットに戻したリコさんはドヤ顔で俺に告げた。

「決定、ね」

「はい…はなのこと、宜しくお願いします」

「あ、そうだ」

 まだあるのか…

「折角中山県まで行くんだから、のんびりしておいで……温泉、パンダ、古道歩きに(おお)(ゆの)(はら)、それから何だっけ…私と後藤クン好みの辛口の地酒もあるし、めはりずしとかラーメン?紀州の漁港で水揚げされるお魚も美味しいし…あ、あと私が家飲みするとき焼酎に入れる梅は中山県産よん♪」

「生まれ育った中山県ににロクな思い出があるわけじゃなし、今更行きたい所なんか無いですよ」

「あらそう?じゃあ、お友達に会うとか何か用事を済ませるとか…」

「会いたい奴も用事もありませんっ!」

「まあ勿体無い。じゃあ、リコ様の為に中山県名産のお土産でも探してきて貰おうかな…あ、冗談よ冗談。気にしないでねっ」

 余計に気になる。まあ、はなが世話になるんだからお礼に何か買って帰るってのは社会人として最低限の常識だろう。でも、先に梅干しを振られたってことはそれ以外で攻めるか、とんでもないクオリティの梅を用意するか……

 お土産を何にするか、よりも重要な問題が俺にはある。中山県か…俺にとっては忌まわしい過去を過ごした町。いい思い出なんて一つもない。会いたい奴なんている筈もないし、行ったところで為すべき用事もない。仕事でもなけりゃ絶対に行かない町。家に帰るまではそう思っていた…


「ただいま」

 テーブルでクルクルとペンを回しながら教科書と睨めっこしていたはなが立ち上がる。

「あれ?お兄、今日は早いのね。うわっ、まだ晩御飯出来てないよっ」

 俺は慌ててエプロンを纏うはなをやんわりと制した。

「まあそう焦らなくてもいいさ。風呂の準備しながら待ってるから」

 そう言うと俺は、風呂の準備をしながら出張の支度を始めた。


「あ、お兄」

「あ、はな」


 何かの合図で声を揃えるガキみたいに二人同時に発話したのが面白くて俺たちは思わず吹き出した。ひとしきり笑い転げた後にやっと本題に入る。

「もう、お兄ったら…初デートの学生じゃないんだから!」

「すまん、はな。俺が伝えたかったのは出張の話だ。実は、急に…」

「ありゃ?リコさんから聞いてないの?出張でお兄がいない間は、あたしがリコさん家にお世話になることになってるみたいよ?まあ、それもお兄次第だけど」

 俺の意向なんかありゃしない。全てはリコさんがセッティング済み。何を考えるでもなく俺は中山県に出張して、その間はなはリコさん家に世話になることになっている。電車の線路みたいに敷かれたレールの行き先とダイヤグラムを二人で確認し合うと、俺は出張の準備を続けた。。

 出張とか大層なこと言ってるが、普段から変則勤務の仕事をしている俺のシフトと何が違うかっていうと『立ち回り先が何時もと違う中山県になる』だけだ。乗る車が大きく変わるわけじゃなし、まして交通ルールも全国共通なんだから俺的にはどうってことはない。

 支度をしながら俺はある事実に気付いた。先日押しかけてきたあの弁護士、中山県の弁護士会所属とか言ってやがったな……スマフォで地図を見ながらあの時に貰った名刺を確認する。ちっ、奴の事務所って俺が出張する営業所の近所だ…

 まあ、行くつもりは毛頭ないが一応奴の名刺を鞄のポケットに仕舞うと俺は風呂の湯加減を確かめる為に立ち上がった。

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