タカヒロくん
リコさん、星來くんとはなちゃんが村へ。
ここから物語は一気にフィナーレへと進んでいきます。
翌週末。
俺たちを乗せたリコさんの車が、高速道路をひた走る。
「あのっ、リコさん」
「何?、後藤クン」
「三人の中で一番身体が大きい俺が、何で一番狭いリアシートなんスかっ!」
「後藤クンもはなちゃんも大して身長変わらないじゃない…それに大切な妹を狭い後部座席に乗せるだなんて有り得ない!」
それにしても酷い扱いだ…この車、リアシートが狭い上にガラスハッチが寝てるから普通に座ろうとすると頭がガラスに当たる。
俺の首がいい加減痛くなった頃、俺達は最寄りのインターを降りた。リコさんと運転を交代した俺は、何度か通った内削村への道をひた走る。
「あのさぁ、後藤クン」
リコさんが珍しく不安げな声を発した。
「どんどん山の奥に入って行くんだけど…道間違ってない?」
「間違ってませんよ。プロのドライバーが何度も通った道を間違うわけないでしょ」
「本当に人が住んでるの?」
「少ないですけど住んでます」
「ケータイの電波入る?」
「一応入ります。スマフォの地図アプリ開いたときは気持ち悪いくらい通信速度が遅かったですけど、電波は繋がっていました。リコさんのガラケーなら通話とメールだけだし特に問題ないでしょ」
「明確に答えてくれたのには感謝するけど、ガラケーの事だけは何か腹立つなぁ。後藤クンだってちょっと前まで業務用のガラケーしか持ってなかったじゃないの!」
そうやってワイワイ言いながら走り続けた俺達の車は、ついに内削村に辿り着く。
「あ、第一村人発見!ご挨拶した方がいいのかしら」
「はしゃがないで下さいリコさん、何かのテレビ番組じゃないんだから。あ、ここら辺でちょっと小休止しましょう」
「あ、これから山奥の一軒家を探すの…?」
「いい加減テレビから離れて下さいっ!」
道を逸れた俺達は、暫く急な山道を登る。この間来た時はドタバタしていて、はなを連れて来れなかったからな…
「あらまぁ、こんなド田舎にもちゃんとした展望台があるのね。空気も綺麗だし、いい所じゃない」
リコさんが小さな身体を精一杯伸ばしながら深呼吸する。
「お兄、ここってもしかして…」
「後藤クン、まさか…」
俺は遠くの景色を見つめたまま、二人に答えた。
「そう…母親が看護師さんに自分の事を洗いざらい、全てを告白した場所」
「そうなんだ…もし、お母さんと辻さんがここに来てなかったら…あたし達は真実に辿り着いていなかったって事なのかなあ…」
「多分、な」
感傷に浸るはなに聞こえないよう、俺の耳元でリコさんが囁く。と同時に、はなに見えないように俺の胸ぐらを掴む。
「アンタ、私の墓参りより己の用事を優先させたんだ…」
すごい剣幕だ…違う、俺はただ…
「いや、あの、俺の都合じゃなくて…母親の葬式の時、ドタバタしててはなをここに連れて来れなかったから…それでここへ…」
リコさんは表情を一変させて微笑む。
「あら、はなちゃんの為に?じゃあ許してあげる。妹のためだもん、ね♪」
何だこの表裏というかツンデレ感は…
はなはいつか自分の母親も見たであろう景色を眺めながら俺のほうを振り向いた。
「ねえ、お兄は覚えてるかな?」
「何を?」
「あたし達が施設にいた頃さぁ、あたしが『お父さんお母さんがいなくて寂しい、会いたい』ってグズグズ言い出す度に近くの山にあたしを連れ出したこと」
「ああ、そんな事もあったかな」
「その時お兄は何も言わなかったけど、ただあたしの顔をじっと見て笑ってたよね」
そうだったか…そこまで覚えてない。
「あの頃、いつもこうやって暗くなるまで二人でじっと空を眺めてた…」
はなが突然、空を指差す。
「あ、ほら!一番星っ!」
はなが俺の方を振り向く。
「辻さんが言ってた。きっとお兄はこの時に生まれたんだよね?空に星が輝き始める時に、この世に生を受けたんだよって…」
「星が輝き始める頃に生まれ、未来への意思を持って生きていく。名前負けしなきゃいいんだけどねぇ」
リコさんが毒を吐く。
「人が折角いい話してるんだから、茶々入れるのは止めて下さいっ!て言うかアンタの車と俺の名前を一緒にするな!」
展望台に一台の車が上がって来る。私の車から少し離れた所に車を停め、降り立った彼女は硬直した。
「ありゃ?星來君…はなちゃん…!」
え、二人の知り合い?
「辻さん!」
ひょっとして、二人から聞いたあの看護師さん?
「へぇ、また村に来てくれたんだぁ。私、お葬式の時にバタバタしてたからはなちゃんをここに案内できなかったでしょ?それが気になってたもんで写真でも撮って郵送しようか、なんて…あら?こちらの方は…君達には他にも妹さんが…」
「会社の先輩です」と後藤クン。
「はなちゃんの姉です」と私。
「あたしの大切なお姉ちゃんです」とはなちゃん。
まずい。辻さんが何か混乱している。
「えっと、貴女は星來君の会社の先輩で…家族ぐるみのお付き合いをされてて…で、はなちゃんとは姉妹のように仲良くしていらっしゃる、と言う事でいいのかしら」
「ええ、大体合ってます。あ、申し遅れました。私、山崎リコっていいます」
「リコさんか、可愛らしいお名前ですね。で、リコさんは今日ははなちゃんを展望台に…?」
「いや、まあ理由は他にもありまして…実は私の亡くなった夫のお墓がこちらにあるんですよね…」
ふと、辻さんが空を見ながら思いを巡らせる。
「え、ちょっと待って…確か貴女、山崎さんって仰ったわね…亡くなられたご主人ってもしかして…」
「夫の名前は…」
「タカヒロくんじゃない?」
「ええ、確かに貴宏ですが…ご存知なんですか?」
「村に住んでた訳じゃないけど、夏休みとかによくお婆さまの所に来てたのよ。それで名前と顔を覚えてるの。今は空き家だけど、もうすぐ息子さん夫婦が戻って来る予定らしいよ」
ええ。知ってます。今日はその家を借りる予定ですから。
「で、君達は今日中に帰っちゃうの?」
「いえ、お義父さんが『泊まるところなんてゼッタイに無いからウチを使うといい』って家の鍵をお借りしてるんで、今日はそこに泊まろうかと…」
辻さんが慌て始める。立て続けに何本かの電話をかけ、早口にまくし立てていたかと思うと唖然としている私達に告げた。
「さあ、お待たせ。皆で写真撮ったら出かけるわよ!」
慌ただしく記念写真を撮ると、私は恐る恐る辻さんに尋ねた。
「あの、これからどこへ?」
「決まってるじゃない。おうちに御案内するのよ。星來君は大体の場所は解ると思うけど…」
「え、でも村全体の事を知ってる訳じゃ…」
そう言う後藤クンに、辻さんが微笑む。
「知らない道じゃないと思うわ。だって私の家のすぐ裏だもん。まあ、裏っていっても結構離れているけどね」
運命の女神様は気まぐれに微笑む、って誰が言ったんだろう。
私は今までそんな言葉は一切信用するもんかって思っていた。でも、私はこの日この瞬間にそれが間違いであることを身をもって知る。
家に到着すると、辻さんが玄関の鍵を開ける。あれ、なんで辻さんが鍵を持ってるんですか?
「おうちってね、時々風を通したりお掃除してあげないと一気に傷むもんなの。だから時々、窓を開けたりお掃除したりしてたのよ。最近は忙しくってサボり気味だったからアレだけど…ごめんなさいね…アハハ」
「え、そんな事していただいてたんですね。スミマセン」
「リコさんが気にすることじゃないわ。この辺りでは当たり前の事。ほら、誰かが入院した時とかあるじゃない」
ええ、まあ家族とかならそうするんですが…
「実はね、リコさんが来られる事もお義父さんから聞いてて…でも一人でって聞いてたからそっとしておこうと思ってたんだけど、まさか準村人と来るなんて思ってなかったからそりゃもう村じゅう大騒ぎよ」
「準村人ぉ?」
後藤クンとはなちゃんが声を揃える。辻さんはゲラゲラ笑いながら腹を抱える。
「アハハ…縁、よ」
「えにし、ですか…」
今ひとつ状況が飲み込めない。
「村と何かしらで繋がっている人。血縁であったりそれ以外のご縁であったり。この村の人たちはね、そういう人達を皆仲間だと思っている」
何だか人間関係の濃い村ね…はなちゃんはともかく後藤クンはちょっと無理っぽいかも。
私はお礼もそこそこに、台所の装備をチェックする。あとは食材をどこで調達して…
「ひょっとして食材の調達とか気にしていらっしゃるのかな?だとしたらその必要はないわ」
辻さんがピシャリと言い放つ。
「ええっ、辻さん。またお邪魔するなんて…」とはなちゃん。
「ブー。ハズレよ♪」
辻さんが悪戯っぽく笑う。
「まさか、辻さん…片っ端から電話してたのって…」
後藤クンが青ざめる。
「えっとぉ、工務店の皆とぉ、みっちゃんとぉ…」
さっきの電話はそれだった訳、か。後藤クンはトランクに山程積み込んだ土産の数を一生懸命数えていた。




