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すれ違う心  作者: 中辺路友紀
第六章 最後のチャンス
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 着替えの用意もそこそこに、社宅から数分の場所にあるガレージに俺達はやって来た。リコさんがやや乱暴にシャッターを開けたその先に、信じられないような光景が広がる。

「こ、これは…?」

 車好きな俺ですら実物を見たことがない、憧れのガラスキャノピーの車がそこに燦然と輝く。これって…

「後藤クンに貸す訳じゃない…どうしてもお母さんに会いたいっていうはなちゃんの為にリコ様がひと肌脱ぐって感じかしら。君は只の運転手よ」

 泣き腫らした目で、はながリコさんに問いかける。

「でも、リコさん。この車、亡くなられた御主人の想い出の…」

「きっと彼はこんなシチュエーションだったら喜んで車を貸してたわよ。まして、貸す相手は運転のプロなんだから」

 そう言ってリコさんは俺にウインクした。

「リコさん、すみません。この車、相当大事にしているモノみたいですが暫くお借りします」

「ゴチャゴチャ言ってないでサッサと行きなさい。はなちゃんの為にも、ね!小さな車だけど車重は軽いしエンジンも相当チューンしてあるからそこら辺のショボい車に負けやしない。感傷に浸ってる暇なんかないわ!でもね…」

「でも、何ですか?」

「ぶつけたら殺すわよ!さっさと行ってらっしゃい!」

 そう言うとリコさんは満面の笑みで俺のケツに強烈な蹴りを喰らわせる。施設にいた頃はなを守る為に取っ組み合いの喧嘩をした事は沢山あったけど、女性に蹴りを喰らったのは初めてだ…。

 御礼もそこそこに、俺とはなは中山県のサナトリウムに向けて車を飛ばした。


「そうか、この車ってリコさんの亡くなった御主人が…」

「そうなんだよお兄。だからリコさんの為にも、この車丁寧に扱ってね!」

「はな…俺はプロのドライバーだ。車を丁寧に扱うなんてこと基本中の基本。イロハのイだ」

 と言いながら、俺は借りた車を相当なスピードで飛ばしていた。一刻も早くはなを母親に会わせたい。ただそれだけを思いながら走り続ける。リコさんが『チューンしてある』とか言ってたけど、俺は乗った瞬間に解った。この車には、オーナーの愛情が、情熱が込められている。

「はな、このペースで行けばサナトリウムに到着するのは早朝になる。明日に備えてはなは少しでもいいから休め」

「え、でもお兄は夜通し走るのに…」

「さっきも言ったけど、俺はプロのドライバーだ。夜行便で高速を突っ走るなんて屁でもない」

「お兄…ありがと」

「礼なんていちいち言わなくても、はなの気持ちは俺に伝わってるよ」

 はなはそれ以上何も言わず、助手席で目を瞑った。俺は運転に集中していたから見なかったけど、こんな状況で眠れる筈が無い。きっと俺に気を遣って寝たフリしていたんだろう。


 夜通し車を走らせ、日が昇り始めた頃に俺達は中山県に到着した。サナトリウムは、俺が先日出張した営業所から山手に三十分程走った所にあった。

 サナトリウムの車寄せに車を突っ込んだ瞬間、はなはバタフライドアを開けると同時に建物の通用口に突進した。俺は車を停めるとはなを追う。

 建物の中に入ると、外来診察受付のフロアにはなが突っ伏している。

「はなっ!」

 駆け寄ったはなは、床に涙の雫を垂らしながら嗚咽を漏らしていた。

「お母さん、一時間程前に亡くなったって…リコさんに車借りて、お兄に夜通し頑張って貰ってここまで来たのに…」

 そう言うとはなは泣き崩れた。俺はただ、はなを抱きしめる位しか出来なかった…


 はなが少し落ち着いた頃、俺達は母親の遺体と対面した。

 地下にある霊安室で、俺達は母親の亡骸をじっと見つめる。これまで、どれほどの歳月が経っただろうか。

 過去の記憶が俺の中に蘇る。父親の日記にあった通り、母親とはなはそっくりな美人だった。道理で最近はなの顔を見ると昔のことを思い出すわけだ。無機質な寝台に横たわる母親とはなの違いは、気の毒な位痩せていて手首にリストカットの跡があること位だろうか。

「間に合わなかった…お母さん、死んじゃったんだよね…会ったら色々聞きたい事、言いたいこともあったのに…」

「はな、済まなかった。俺がもう少し飛ばしていたら…」

「お兄のせいじゃないよ。お兄、頑張ってくれたじゃん」

 そう言ってはなは、魂の抜けた亡骸をじっと見つめる。はなの涙が、母親の頬をいつまでも濡らしていた…

「そっか、間に合わなかったんだ」

 営業所に母親死亡の連絡を入れると、電話に出たのはリコさんだった。電話口でリコさんは、残念そうに俺の報告に耳を傾ける。

「でも、亡くなってすぐだったんで顔だけでも見せてやれたのは良かったかと…」

「で、はなちゃんの様子はどうなの?相当参っているんじゃないかしら」

「ええ、看護師さんが機転を利かせてくれて…今は処置室で点滴打って横になっています」

「だったらこんな電話してないで早くはなちゃんの所へ戻りなさい。私の妹の身に何かあったらぶち殺すわよ」

「いや、はなは俺の妹…」

「私の妹でもあるのっ!」

 それだけ吐き捨てるように言うとリコさんは電話を切ってしまった。まあ、相当口は悪いが何だかんだ言ってはなのことを心配してくれてるんだ。早くはなのところに戻ろう。

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