山崎璃子の追憶・8 防潮堤
翌週末、私は営業所で配車の確認をしていた。日勤の車はあと三台が未帰還。まあ、もうすぐ帰って来る頃か…
そう思っていた時、海沿いの方で大きな音がした。固体同士が激しくぶつかり合う嫌な音。様子を見に行った主任が血相を変えて戻って来る。
「おい!豊田っ!さっき、ウチの車が事故った音だっ!」
マズい。慌てて営業運転中の車番リストに目を通す。
「車番は?」
「七六-六八。おい、乗ってたのは誰だっ?」
「山崎貴宏っ!」
私は吐き捨てるように告げると、カウンターを飛び越えて現場に飛び出した。
「……」
現場は凄惨なもんだった。野次馬の話を繋ぎ合わせると、路地から飛び出してきた幼女を避けようとして防潮堤の鉄扉に突っ込んだらしい。偶々ヘルプで乗った四屯のキャビンはぐしゃぐしゃに潰れていて、中はもう血塗れの酷い状況。
現場に駆け寄ろうとした私をお巡りが制止する。
「いま救出作業中だっ!邪魔になるからせめて救出が終わるまで……あ、おい、こらっ!勝手に現場に入るんじゃないっ」
消防のレスキュー隊が手慣れた手つきでキャビンから貴宏を運び出し、今まさに救急搬送されようとするその瞬間、私は救急車に飛び乗った。
「貴宏っ!」
頭を包帯でぐるぐる巻きにされた貴宏はいくら呼んでも返事をしてくれない。貴宏は暫く何の反応もなかったけど、私がしつこく名前を呼び続けるとやがて微かに反応した。
「璃子…璃子なのか…」
「貴宏っ!」
「ごめんね、約束守れなくて…」
「そんなこと…」
「これからは二人で、何でも話し合って…協力していこうって言ったのに…何も話せなくて…何も協力出来なくて…ごめんね…」
「そんなこと、今はどうでもいいから!」
「あ…」
「何?」
「あの女の子…怪我とかしてなかったかな…」
「事故のショックで泣いてたけど、大丈夫。あってもかすり傷位よ!」
「そうか、良かった…」
貴宏は、それきり目覚めることはなかった…
「璃子…」
葬式の後、クソ親父が私に話しかけてくる。この状況下で、一番話したくない相手がコイツだ。
「大変だったな…」
見りゃ解るでしょ。私は何も言わず、ただ俯くのみ。
「まあ、璃子はまだ若いんだからやり直しもきく。今度はもっといい人に巡り合って…」
「まさかアンタ、ご両親にその事を…」
「言ったさ。言って何が悪い?それとも何か?お前は一生山崎家に縛られて…」
最後まで言い終わらないうちに、私の拳が飛ぶ。柔術に『殴る』という技はないけど、それは私の意思により自然に起こされた行動だった。今までなかった感情。それが怒りなのか悲しみなのか何なのかは解らない。ただ、負の感情であることは間違いない…不慮の事故で配偶者を亡くしてどん底にある人間に、再婚の話をする莫迦がどこにいる?
その莫迦は、私の目の前にいた!
翌月、ご両親が社宅に来られて貴宏の遺品を全て引き上げてしまう。
「璃子さんは、新たな人生を歩んで下さい」
そう言い残された私は、部屋の隅に座り込む。何もない部屋の片隅に、私の白いブラウスと黒パンツを吊るしたハンガーラックがポツンと残されていた…




