山崎璃子の追憶・6 鞆浦通運株式会社
大学生活も後半に入ると就職活動。私は当然のことながら運送業界への就職を希望。大手の運送会社をいくつか回り始めた。まあ、いくら大型免許を持っているからってドライバー志望ではない。法学部に在籍しているから総合職、みたいなところに応募することになる。大手を含め、様々な会社を回ったんだけど私の大型免許に興味を示した会社は一社のみ。
「へぇ、大型車が好きで免許まで…凄いなそりゃ。ウチに応募してきた子は沢山いるけど、大型免許持ってる子はいなかったなぁ」
「えぇ、まぁ…物好きが高じてといった感じだったんですが、実際に乗って解ったこともあるので大型免許を取って良かったと思っています」
「ちなみに、どんな事が良かったと?」
「車の構造だけで言えば視界の悪さ、とか…歩行者や自転車、特に子供さん達にその危険性をより解りやすく伝えられるんじゃないか、と。あと、実際にハンドルを握るドライバーさん達が、実際に乗務した時の緊張感とか疲労みたいなものも身を持って体験しましたから…まあ、遊びで乗ってた奴に何が解るんだって怒られるかも知れませんが」
数日後、その担当者さんからの着信が私の携帯電話を鳴り響かせた。
「豊田さんの話をしたら、人事部の連中が凄く乗り気でね。ウチに来てくれないかって事で本日お電話しました」
「え、って言うことは…」
「おめでとうございます。内定、ですよ!」
卒業と同時に、私は生まれ故郷の鞆浦に戻る。偶然の産物なんだけど、私が就職した鞆浦通運株式会社の本社は鞆浦市。本社営業所に配属された私を、クソ親父が手放しで喜んで見せる。
「おめでとう、璃子。大学を卒業して、地元で就職して…やっとウチに戻ってくるんだね…」
莫迦か、コイツは。感慨深げに話すクソ親父に私は現実を突きつける。
「社宅に住んでる親元に、違う会社に勤めている子供が同居出来ると思ってんの?少しは考えなさい!お兄ちゃん達だって同じ理由でこの社宅を出て行ったでしょ?会社には事情を伝えて社宅を用意してもらってあるから」
私は営業所で庶務、経理や法務担当(事故処理が拗れた時の裁判やなんか)をやりながら、地元の学校を回る交通安全教室の担当をさせて貰える事になった。そう、この交通安全教室が私の運命を大きく変えることになる。
「初めまして。えっと、あの、僕は…」
「本社営業所で十屯を余裕綽々で振り回せる数少ない若手ドライバー、山崎さんですよね」
営業所の会議室。緊張してマトモに挨拶も出来ない彼に、私は口火を切った。
「御存知かも知れませんが、私は庶務の豊田リコと申します。これから、山崎さんと一緒に交通安全教室を担当することになります。進行やお喋りは基本的に私が仕切りますが、山崎さんは会場内で実際にトラックを振り回して戴いて、ドライバー目線での危険箇所の説明や注意喚起を…」
彼は緊張で顔を紅潮させながら、おずおずと切り出す。
「あの…噂で聞いたんだけど…豊田さんは大型免許をお持ちだって…だったら僕が話すことなんて…」
イラッ。まあ、落ち着け私…
「私みたいな奴が幾ら説明したって誰も聞きやしませんよ。子供達に本気で理解してもらおうとするんなら、ドライバー本人からも言って貰わないと…」
彼は暫く思案した後、私に一つの提案をした。
「じゃあ、本番までに説明とトラックの振り回しを合わせておかない?息が合わないときっとボロが出るから…このままだと上手くいかないような気がして、さ」
おっ、なんかやる気になってきたじゃん。私たちはその足で所長室に乗り込んで、営業時間外にトラックを練習用に使わせて貰う段取りを整え、私達は毎晩遅くまで練習に明け暮れた。何日も練習を繰り返しているうちに、二人の息がピッタリ合うようになってきた。よし、これならいける。あ、今日も遅い時間まで頑張りすぎたかしら…
「あら、もうこんな時間!」
「ヤバい、もうスーパー閉まってる。晩飯食いそびれたかも」
「え、山崎さんって自炊とかしないんですか?」
「いや、まあ、するにはするんだけど…変則勤務なもんで食材の買い置きとかしてないから…」
私はそれなりにおかずの作り置きはしているけど、彼が晩御飯を食べそびれるのは忍びない。しまった、何か悪い事しちゃったな…
「まあいいや。車で暫く走ったらファミレスなりコンビニなりがあるから」
「あれ?山崎さんって車持ってるんですか?」
彼が恥ずかしそうに答える。
「うん…ちょっと目立つ車だから社宅の駐車場を借りずに近所の屋根付きガレージを借りてるんだ」
「目立つ?そんなに凄い車なんですか?」
「うん…何なら見てみる?」
嬉しそうな表情の彼に案内されたガレージには、日本車とは思えないような(日本車なんだけど)エキセントリックな車が鎮座していた。
「これは…セラ?」
彼が驚いたように口を開く。
「良く知ってるね。実は、営業所の道向かいにあるディーラーで見つけたんだ。一目惚れして買っちゃった」
「そう言えば、少し前に中古車コーナーに展示されてたけどあっという間に売れちゃったって営業所の皆が言ってた。買ったのは山崎さんだったの?」
彼がドヤ顔で答える。
「そう。こんな出物は二度とないよ!」
深夜の街中を彼が颯爽と駆け抜ける。練習が遅くなると、彼の車で出かけて晩御飯を食べた後社宅に戻るのがルーティンになっていた。
初めての交通安全教室を終えた日。いつものように晩御飯を二人で食べた後、ガレージから社宅に戻る道すがら彼がボソボソと切り出した。
「あの…」
「何、ですか?」
彼は顔を赤らめながら私の方を見る。
「今日の交通安全教室、大成功だったね…」
「私の喋りに山崎さんが合わせてトラックを振り回してくれたからです。山崎さんの手柄ですよ」
「いや、豊田さんがリードしてくれたから…」
暫しの沈黙が私たちを支配する。
「あ…あのっ!」
「ありがとう」
更に彼が言葉を紡ぐ。
「あのっ、僕、上手く言えないけど…」
「私、煮えきらない物言いは嫌いなの。言いたい事があるならハッキリ言って下さい」
彼は暫く黙っていたけど、やがて意を決したように私に告げた。
「無理を承知で言う。叶わない夢だと解っていても…言って失敗するのはいいんだ。言わない後悔を一生抱える位なら今ここで言ってしまう。豊田さん、いや璃子さん。僕と結婚してくれませんか…」
私は彼の方を振り向くと、微笑んだ。
「いいわよ♪」




