山崎璃子の追憶・4 スティーブ・ジョブズと三角コーン
私が勤務する会社では、カラーコーンと呼称します。
新年度を迎え、お約束の新歓コンパ。
「ほらほら、そこのキミっ!人気ナンバーワンのテニスサークルに是非!」
「そんなこと言わずに我がアニメーション研究会にっ!」
「こんにちワンダーフォーゲル部です!」
色んなサークルからお誘いがあったけど、高校卒業の直前に免許を取って車に興味津々だった私は、自動車部の門を叩くことにした。私と同じような理由で参加した女の子も何人かいたようで、座敷の片隅に新入生女子が集められる。
「あ、豊田さん…確か私と同じ学部だよね…私、エミリっていうの。笑う里って書いてエミリ」
「私は璃子。瑠璃の璃に子供の子でリコよ」
「じゃあリコちゃん、宜しくねっ!」
「エミリちゃん、宜しくっ!」
知らない人に囲まれるよりは知ってる子がいる方が幾らか居心地は良くなる。お酒が進んだ頃、ふとエミリちゃんが声を潜めて私の耳元で囁く。
「そういえばリコちゃん、ちょっとだけ気になることがあるんだけど…」
「何?どうしたの?」
「…気を悪くしないでね…嫌だったら答えなくてもいいから…」
「別に聞かれて嫌なこともないから気にしないで♪」
「リコちゃんって何かいつも同じ格好をしているような…今日だって白いブラウスにパンツスタイルで…似合っているしもの凄くお洒落だから別にどうってことないんだけど」
そこか…私は頭をぼりぼりと掻きながら事情を説明する。
「いやぁ…私が住んでるアパートって物凄くボロいんだけど、結構手入れがいいしお家賃が安かったの…でも、それにはワケがあって…実は、クローゼットとか押入みたいな収納がどこにもないのよ…で、服を置く場所もないから必然的にこんな感じに…あ、ほら。高校も制服があって毎日同じ格好してたじゃん。あんな感じよ。私、もともと服とかに頓着しない方だし…この髪型も小学校の時から変わっていないのよん」
「ええっ!小学校の時にショートボブにしてた子なんていなかったよ。超お洒落じゃん!じゃあ、服装もあれ…ほら、最初にスマートフォンを世に送り出した社長と同じスタイルってことね?まあ、あの人はハイネックにジーンズだったけど」
「そういう事にしておいて、アハハ♪ウチに来ると面白いよ。ベッドの傍に同じようなブラウスとパンツがズラーッと並んでるから」
「マジ?それ、是非見てみたい!」
宴は進み、すっかり仲良くなった私とエミリちゃんが色々話をしているところへジョッキ片手に先輩と思しき男性登場。
「ようこそ、自動車部へ」
ジョッキを掲げる彼にエミリちゃんと私はぺこりとお辞儀をした。
「自己紹介が遅くなってごめんね。僕はこの自動車部で部長をしている田端です。周りの連中は『タバティ』って呼んでるけど。まあ、僕のことは好きに呼んでくれたらいいから」
「タメ口も具合悪いし『タバティ先輩』ってのは変だから『部長』か『田端先輩』にしときます」
二人でくすっと笑った後、
「私は豊田リコです」
「私は上野エミリって言います」
「じゃあ、リコちゃんとエミリちゃんでいいかな」
「ハイ!」
自己紹介を一通り終えるた部長が私たちを興味津々と言った感じで眺める。
「それはそうと君達、どうして自動車部へ?」
先ずはエミリちゃん。
「あ、私の実家、鈑金屋なんです。子供の頃からずっと車に囲まれて育って来たし、親父も兄貴も走り屋でしたから」
「え、じゃあ…」
「残念!実家は中山県の凄い山奥の方だから、整備なんかでお役に立てることはありません。来ていただいたら親父か兄貴がうんと安く整備でも修理でもやってくれそうですけど…高速代とガソリン代でかえって高くつきますし、自走不能なら輸送費だけでとんでもないことになりますよ、たぶん」
「アハハ、そりゃ残念だな」
「まあ、部品取り位なら何とかなるかも」
「じゃあその時は何かお世話になるかも知れないね。その時は宜しく頼むよ。で、リコちゃんは?」
「あ、ああ。私ですか…進学してこっちに来るまで似島県にある製鉄所の近くに住んでたもんで、特殊な大型車を子供の頃からよく見てまして…大型車を振り回す人って何かこう…凄いっていうか格好いいって思ってたんです…で、少し前に免許を取って母親の軽四を勝手に乗り回していたんですね…免許取りたての身なんでそんなにぶっ飛ばすわけじゃないんですが、街中を駆け抜けるあの感覚のが大好きになって」
「走り屋、鈑金屋、トラックか…今年は面白いのが入って来たなぁ」
ちょうどその頃、隣のテーブルで騒ぎ出した男の人を見た部長が眉を潜める。
「ああ…あいつは僕の同期だ。普段はいい奴なんだけど、飲むと相当癖が悪くてね…あ、そうだ。このテーブルにいる女性諸君に失礼なことをやらかしたらすぐに言ってね」
部長はそう言うと、同じテーブルにいた他の子に挨拶回りを始めた。
「新入部員の女子諸君、自動車部へようこそ。タバティに口説かれなかったか?」
例の男の人が絡んでくると、エミリちゃんがむっとしたように答える。
「何もされてません。部長はそんな人じゃありません」
「お、何だ、いきなりタバティの肩を持つのか?さては…」
そう言ってエミリちゃんの肩を触る。
「触らないで下さい!」
私は慌てて部長を探す。丁度お手洗いみたいだ。マズい。私は意を決した。
「触らないで、って言ってるじゃないですか」
絡む対象が、エミリちゃんと彼の間に割って入った私に変わる。
「まあそう騒ぎ立てなくったって…スキンシップってもんがあるだろ」
スキンシップは初めて会った人にするもんじゃない。ぶち殺すぞお前!
「倉橋、何やってんだっ!」
お手洗いから戻って来た部長が叫ぶのと、彼が私の肩に手をかけたのと私が行動を開始したのはほぼ同時。
唖然とする男性陣。悲鳴を上げる女の子達。座敷から無残にも転げ落ち、土間に這い蹲って腕を極められる彼。私は極めた手をほんの少しだけ緩めると吐き捨てるように言った。
「触らないで、って二回も言いましたよね。今度やったら関節を抜いて差し上げますよ、先輩」
「はい、申し訳ありませんでした…」
「リコちゃんって強いんだね!」
「私、子供の頃からチビだったから莫迦にされたりからかわれたりすることが多くてね…それで護身術のつもりで習ったんだけど…少々お転婆が過ぎたようで…高校を卒業したら封印しようと思ってたんだけど…お騒がせしましてスミマセン…」
やっちゃった。私のお転婆生活は大学の四年間(留年しなかったら、だけど)延長。て言うかコレ、一生このままなんだろうな…多分。
翌週末。私とエミリちゃんは早速部活のお手伝いに行くことにした。大学構内の外れにある部室へとやって来た私たちは息を呑む。
「何だこりゃ…」
「実家はもう少し片付いていたような…ここ、解体屋かスクラップ置き場みたいじゃん…とはいえ、設備はウチと遜色ないかも。資格持った人さえいれば、ここで国土省指定整備工場のの認証取得できるかも」
唖然とする私達に先輩達が話しかけてくる。
「お、本当に来てくれたんだ…!倉橋の件があったからもう来てくれないんじゃないかって半分諦めていたんだけど」
「そんなことでめげたりしません!」
「リコちゃんがいるから大丈夫です!」
同時に反応した私たちを見て皆がゲラゲラ笑う。
「そりゃ頼もしい。あ、そうそう。もうすぐタバティが来るはずだから、あいつが来たらそこにある二台の車を積み込んで出発だ」
「ええっ、サーキットに行くんですかぁ?」
エミリちゃんが目を輝かせている。
「いや、あの…ゴメン。これから現場を見てもらって説明しようと思っていたんだけど…ウチの自動車部はサーキットとか走り屋じゃなくて『ジムカーナ』っていう競技が主体なんだ」
あ、兄が二人で回し読みしていたレース関係の雑誌で見たことがある…きょとんとしているエミリちゃんそっちのけで私は反応した。
「あの、それって三角コーンの周りをグルグル回ったりするヤツですよね」
「よく知ってるね…ただ、あのコーンは『パイロン』って呼ぶんだ。パイロンで作られたコースを一台ずつ走って最速を競う競技。自分が普段使っている車に最低限の改造を施したら競技に出られるし、サーキットと違って敷居は低いうえに街乗りと競技用を一台で兼用できるから会社員とかフリーターやりながらジムカーナに参戦している人も沢山いるよ。まあ、貧乏学生の道楽だとこれ位が限界かな。アハハ」
「楽しそうっ!!」




