山崎璃子の追憶・3 高校三年生
舟木一夫さんとは何の関係もありません。
高校三年生。いよいよ進路を決める、って言うタイミング。私は、誰に相談することもなく卒業後の人生設計を着々と進めていた。
漠然と考えているだけじゃ何も具現化しない。人様の理解を得る、納得してもらうためには『自分の主張、将来の展望』を示せるだけの根拠資料が必要よね…投資を募るなら目論見書、株主総会で承認を得るなら中長期的な展望とか……
このご時世、若い子達はパソコンをササッと使って…ええっと、何だっけ…あ、そうそう。プレゼンの資料を作成するのはPowerPoint?表計算するならExcel?そんなことどうでもいいや。どんなに素晴らしいソフトがあったって私には使えない。そう、私は同級生が腹を抱えて笑い転げるほど機械音痴だった…
私は電卓の文字盤が擦り切れるほど計算を繰り返し、パワポで作るようなグラフとか表は工業高校に通っている友達に頼み込んでアナログの製図板をお借りして作り込んだ。製図板を貸してくれた友達は『PCで簡単に作れるようなグラフを製図板で作成するなんて有り得ない!』とか言ってたけど…
字が読みにくいとかそういう細かいアラはどうでもいいとして、遂に私が目指していた『高校卒業後の計画書』は完成した。後は実行に移すのみ!!
私が高校を卒業する頃、兄二人はクソ親父の望んだ通り似島県警察と海上護衛隊にそれぞれ就職していた(そこに本人の意思は存在しなかった。ただ、クソ親父がそうしろって言うから何も言わず従っただけであって、本人達に聞いてみたら『お父さんがそうしろって言ったから』だって。クソ親父の洗脳だ!)。
男二人はお堅い職業に就かせて、女は良家の嫁に…一体何年前の話だ。後になって母から聞いたんだけど、クソ親父は私を花嫁修業がてらどこかの短大にでも通わせて、自分の思う人間と結婚させるつもりだったらしい。だから私が浪花市の大学に進学すると言い出した時は柔術の件以上に狼狽した。何を喚いているんだこの莫迦は。『子供は親が敷いたレールの上を走るのがアタリマエ』みたいな主張をする奴が世の中にまだいたって事が気持ち悪い。ましてそれが自分の親だなんて!
「何でそんな大事なことを親に相談もせず勝手に決めたんだ!」
「あら、私の人生を私が決めて何が悪いの?て言うか相談したところでそれを受け入れる器がお父さんにあったかしら?」
私は、固い決意のもと自信を持って答えた(反対されるのが解っていたから『予め一発ぶちかましてやれ的な要素も含みながら)。クソ親父の視線は右に左に泳いでいるが、私は奴の眼をじっと見つめ続ける。
「…女が学問なんか身に付けたところで何になるんだ」
このクソ親父、引っかかりやがった!今度は私のターンだ。
「それっていつの時代の話?今や女性だって教養をしっかり身に着けておかないと世の中で通用しない時代だよね…大体、父さんご自慢の製鉄所だって社長は女性じゃない」
「うぐっ」
「それとも何?私の才能の芽をそんな古臭い考えだけで摘もうってワケぇ?」
ここまで来たらギチギチに詰めてやる。クソ親父が何も反駁できなくなるまで追い詰めてやるっ!
「いや、そうは言っていないが…あ、ほら。浪花市みたいな都会に出れば生活費だって相当なものになるし、そもそも家賃だって鞆浦でアパート借りる位の金額出したって駐車場すら借りれないぞ…それに四年制の大学なんて学費は相当のもんだし…もっと落ち着いて考えた方が」
「物事は何でも短絡的に考えるもんじゃないわ」
私はそう言って手書き手計算、アナログオンリーの資料を二人に突きつける。
「璃子、これは何だ?」
細かい文字と表をびっしりと詰め込んだ資料を目の前にして、クソ親父が呻くように声を上げる。母は何も言わず、ただクソ親父と私の顔色を伺うだけ。
「大学進学にかかる資金計画表!何か新しいことをやろうって時は、収支の見込み位キチンと立てておかないと頓挫するのは目に見えているから」
突然のことでどう反応していいか解らずにオロオロする両親に、私は淡々と説明を始める。
「先ず、志望先は公立。いくつか候補はあるけど、どこも私の成績だったら余裕で入れそうだって高校の先生が言っていた。次に、学費と家賃だけは育英会からの奨学金で賄う。この資金計画では家賃を相場より少し高めに、いや相当高く見積もってある。ぐべんしゃの子が親の援助で住むようなマンションを想定しているけど、私はもっと安いところを探す。実際に物件はいくらでもあるわ。それから次に生活費。これは私がバイトして自分で賄う。その表に書いてある労働時間は実際に働けるであろう時間の七割位の時間数で、あと時給は鞆浦の最低賃金で試算してある。実際は向こうの方が最低賃金は高いし、そもそも最低賃金でバイトを募集する莫迦はいない。で、何か質問ある?」
しばらくの沈黙の後、父親が声を絞り出すように言った。
「そんな無茶して、もし体でも壊したら…」
「その時は私の敗北、ね。悪足掻きはしない。潔く諦めてこっちに帰ってくる」
最終的に両親が根負けする形で、私は浪花市にある大学へ進学することになった。同時に入学してきた子たちは皆親元から通うか親の援助でマンション暮らしの子ばかりだったけど、私は経費節減の為に築数十年の恐ろしく古いアパートで新生活を始めた。このアパート、手入れもいいしお手洗いとお風呂がセパレートだし、何よりもびっくりするほどお家賃が安かったので丁度良かった。ただ、唯一の弱点を除けば…




