山崎璃子の追憶・2 ショートボブ
「ん~。お父さんはもう少し長めの方が良かったかな~」
小学校も高学年になると、自我なりお洒落のセンスが芽生えてくる。お洋服なんかもそうだけど、髪型にも個人の好みが現れる。それまでは皆と同じようにおかっぱ頭だった私も、髪型を変えたくてしょうがないお年頃。
「え、何もそんな急に髪型を変えたりなんかしなくても」
阿呆かこのクソ親父。私が何も言わなかったら嫁入りまでこのおかっぱ頭で過ごさせるつもりだったの?
すったもんだの挙げ句、ようやく母に連れてこられた美容室。母は私が変なこと言い出してクソ親父の機嫌を損ねたりしないか気がかりで仕方ないみたい。椅子にちょこんと腰掛けた私に、色んな髪型のモデルさんが載った写真集みたいなものが手渡される。お洒落なオトナって色んな髪型するんだ…私は憧れの念を抱きながら思いを巡らせる。
「リコちゃんだったらどんなのがいいかな?今の長さだったら色々できるよ~」
私の横で眼鏡をかけた背の高い美容師のお兄さんが一緒に考えてくれる。
「え~っと、小学校の皆と同じ髪型はゼッタイに嫌。あ、あと…お稽古で汗をかくから短めの方がいいなぁ。お稽古の時、髪が長いと邪魔になるときがあって」
ここでクソ親父に怒られたくない母が口を挟む。
「お父さんは長いほうがいいって言ってたけど…」
「嫌だ。切る!長くするんだったらここに来た意味ないもん」
「お父さんに怒られても知らないわよ」
きっと怒られるのは私じゃなくて母だ。後で母が怒られないように、クソ親父には一発かましておこうかな…ぼんやり考えていると、何か閃いたような感じで美容師さんがページを一気に捲り始める。
「そうだ!これこれ…リコちゃんは頭の形が綺麗だから…短めにするならこんな感じでどうかな?」
そう言って美容師さんが捲ってくれたページを、彼の勢いに釣られて食い入るように見つめる。そのページを見た私は、一人のモデルさんに釘付けになった。何人かで並んでいる写真なんだけど、いかにも欧米人でございます的な金髪長身のモデルを押しのけるかのように凛として立つ黒髪ショートヘアの女性。
「この人はねぇ、フランスで活躍してる日本人のモデルさん。最初は『日本人のくせに』『背が低い奴にモデルなんか務まるか』みたいな感じでボロカスに言われてたんだけど、今ではこんな写真でセンターに立てるくらいの人気者らしいよ…そりゃそうだよね、だってこんなに美人でお洒落なんだから」
「じゃあこれにする!」
「ええっ、本当に!この近所じゃ小学校どころか町中探しても同じ髪型の人はいないなぁ…近所どころか鞆浦で初のショートボブかもよ」
そうか、この髪型はショートボブっていうんだ。憶えておこう。
「いや、ショートヘアの璃子も凄く可愛いんだけど、お父さんはもう少し長め…なんて言ったらいいのかな…ほら、あの、日本人形みたいな…」
「私はお人形さんなんかじゃないっ!私はこれがいいの!どうして私のやることにケチをつけるの?」
この頃に、私の自我は芽生え始めたんだろうな…柔術のお稽古を真面目に続けたおかげで私は『自分自身の考え、想い』を前面に打ち出せるようになっていた。
そうだ、思い出した。あの頃母は『道場に通い始めた途端にお転婆でクソ生意気になりやがった』って親類縁者やご近所さんにあれこれ言われていつも困ったような表情してたっけ。
でもね、お母さん。
自分の娘が『背が低いって理由だけで虐められて萎縮した大人になる』のと『心身を鍛えてお転婆娘になる』のどっちが良かったのかな…?
母に何回か尋ねたことがあるんだけど、結局何も答えちゃくれなかった。そりゃそうだよね。何か言ったらあのクソ親父が黙っていないだろうから。
私がガツンと一発かましたその日から、クソ親父は髪型の話に一切口を出さなくなった。兄二人は選択の余地もなく、父がいつもバリカンで丸坊主にしていたけど…
あ、あと…クソ親父は私が美容院に行くたびに溜息をついては愚痴めいた事を母に呟いていたらしい。大人になってからこっそり母が教えてくれた。
知るかよ、そんなこと。
どんな髪型でも自由自在、な髪質のリコさんが羨ましいです。




