ワンピースと麦わら帽
尾田栄一郎さんとは何の関係もありません。
「ちょっと、はなちゃん」
「はい、なんですか?」
リコさんは腕組みしながら苦笑い。
「休みの日なのに、どうしてセーラー服に着替えようと?」
あたしはしどろもどろになりながら答える。
「いや、あの…リコさんのご家族にお目にかかるのに変な格好じゃいけないかな、って」
リコさんが苦笑いしながら窓際のカーテンレールに引っかけたあたしの服を見つめる。
「葬式や法事じゃないんだから、普段通りでいいのよ。ほら、昨日はなちゃんが持ってきたアレ…はなちゃんのイメージにピッタリだから、あの服でいけばいいじゃん」
あたしは言われたとおり水色のワンピースに袖を通す。これ、お兄が『高校の入学祝いに』って買ってくれたあたしの一張羅。あたしのお気に入りをリコさんが『いい』って言ってくれた。ニヒヒ…じゃあこれで行こう。
あれ、リコさんが押し入れの上段に飛び乗って奥の方で何かを探している。
「う~ん。確かこの辺に仕舞ってある筈なんだけど…あ、あった!」
そう言うと同時に、リコさんがメキシコの覆面レスラーみたいに飛び降りてくる。
「!!!」
あたしは思わず飛び退いた。
「ごめんごめん…そりゃ誰でも目の前に人が飛んできたら驚くよね。ミル・マスカラスじゃないんだから」
そう言ってリコさんはぼりぼりと頭を搔きながらあたしに丸い箱を差し出した。
「何ですかコレ?」
「開けてご覧」
恐る恐る箱を開ける。
「可愛い~っ!」
中に入っていたのは鍔が狭めの白い麦わら帽子。水色のリボンがとってもラブリー。
「どうしてこんなものを…?」
「ああ、コレ?実は私の後輩が『リコさんにゼッタイ似合うと思いますよ』ってお誕生日にくれた物なんだけど……貰ったときはそうでもなかったんだけど、歳取ると段々『可愛い』っていうのが小っ恥ずかしくなってきてね…」
そう言うとリコさんは気恥ずかしそうに麦わら帽子を被って見せた。あの…今でも十分可愛いんですけど…
「水色のワンピースとよく合うわ。今日はこの帽子でお出かけ、ね。じゃないと…」
「と?」
今ひとつ状況が飲み込めない。
「今日みたいなクソ暑い日に、あの車に乗ったら頭が燃えるかと思うくらいの灼熱地獄だもん」
「ほへぇ~っ、潜水艦なんて生まれて初めて見ましたよリコさん。あ、次の次の信号を左です」
あたし達を乗せた車は、かつて軍港だった街の海沿いの通りを颯爽と駆け抜けていく。ここまで遠出して意外だったのは、リコさんが物凄い方向音痴だったこと!あたしは使い慣れたスマフォの地図アプリを駆使しながら道案内。少しはリコさんの役に立てているはずだ、えっへん。
「はなちゃん、ごめんね…私、方向音痴どころかそれを通り越して空間識失調なんじゃないかと思う位で…」
「だったらリコさん、ナビでも…」
「いくら便利な装置があったって、それを使いこなせる人間がいなきゃ駄目でしょ」
「え、ひょっとしてリコさん…」
だから今でもガラケーなの?
「あっ!いま私が機械音痴だからスマフォ使えないんじゃないだろって思ったでしょ」
「むほっ」
むせる私にリコさんが大笑い。
「可愛い妹の考えてること位、何もかもお見通しなのよん♪」
やがて車はぐるぐる回る橋を渡り、音渡町というところに入っていく。
「あ、ここまで来たら後の道は解るわ。ありがと、はなちゃん!さあ、もうすぐ実家よ。あ、ウチのクソ親父…人を見るとすぐに何でもかんでも私の自慢をし始めるから、相当長い話になると思う」
忌々しげにお父さんの話をしたリコさんは一軒のお屋敷、ちょっとした運動場くらいの広さがあるじゃん的なだだっ広い庭に車を乗り入れた。
「ほへぇ~っ。ものすごく立派なお屋敷ですねぇ」
「無駄に広いだけで、何の値打ちもない家。大体、こんなだだっ広い家に夫婦二人だけで住む意味があるのかしらね」
車の気配を感じたのか、家の中から白髪の男性が出て来る。
「璃子…璃子じゃないか!どうしてここに…で、こちらのお嬢さんは?」
「この子は後輩の妹ちゃん!この辺に来たことないし音渡町の景色が見たい、っていうから連れて来ただけ」
「初めまして…私はリコさんの職場の後輩の妹で、後藤はなと申します」
彼がリコさんのお父様なんだろうな…失礼がないように細心の注意を払ってご挨拶したあたしをフル無視で、お父さまはリコさんに釘付けになっている。
リコさんはお父様の熱い視線にそっぽを向くと、信じられような悪態をついた。
「クソ田舎のボロ家ん中で死んでないかどうか一応確かめに来てやっただけ。少しは感謝しなさい…て言うかアンタ、私の大切なゲストが態々こんなクソ田舎にお越しになられて…態々挨拶してくださっているっていうのにそれを無視するワケぇ?昔からそうだったけど、アンタに『おもてなしの心』っていうか社会人の一般常識ってもんは実装されていないのかねえ」
何だろう…リコさんからお父様に向けられた感情は、敵意というか…悪意かな、コレ…今まで何があったかは知らないけど、この言葉は少なくとも…どう考えてもいい意味には聞こえない。
あたしは、変なトリガーを引いちゃったかなという嫌な予感というか気持ちを抱えたままお父様の招きに応じて…リコさんはふてぶてしく、あたしは恐る恐る家の中に入った。




