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すれ違う心  作者: 中辺路友紀
第四章 すれ違った心(後藤攻の追憶)
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ステージⅣ

 あれから何年経っただろうか。

 星來はもう二十歳を過ぎてるし、はなは高校生、か。


 僕はここ数日、今までに感じたこともないような胸の痛みと息苦しさで仕事を休んでいた。

「後藤さん、電話だよ。市立病院からだって」

「すみません、すぐ行きます」

 僕は離れの従業員寮から母屋の事務所へのそのそと歩き出す。国民皆保険とまではいかないけれど、大抵の人が携帯電話なりスマートフォンを持っているこのご時世に、僕はどちらも持たないままで生活していた。そんなモノに費やすお金があったら、星來とはなのために少しでも残さないと…て言うか家族も何もかも全て捨ててきた人間に連絡する相手なんかいないし。

「お待たせしました、後藤です」

 電話の向こうで、ただならぬ雰囲気の声が聞こえる。

「わたくし、先日呼吸器内科で検査を担当しました医師の奥と申します。突然お電話を差し上げまして申し訳ありません」

 こんなに切羽詰まった感じで電話をかけてくるなんて一体どうしたんだろう。

「実は、検査の結果について至急お伝えしたいことがあります。急なことで申し訳ないですが、すぐにでも受診していただきますようお願いします。あ、受診されるときはご家族と一緒にお越しください」

「あの、僕に家族とかはいないんですけど…」

 やや困惑気味に話す僕の話は皆に筒抜け。事務所の隅っこで紫煙を燻らせていた社長が反応する。

「あの、ご家族でなくても構いません。同居人、会社の上司や同僚、お友達……どなたでもいいので『第三者として俯瞰的に物事を判断できる方』に同行いただければ、と」

 どう答えたらいいか考えを巡らせる僕の右手から、社長が乱暴に受話器を引ったくる。

「俺様は会社の仲間で雇用主。同じ敷地の中で生活していて家族同然の付き合い…だったら文句ないだろ」

「ご本人が、それを望まれるのであれば……」


「単刀直入に申し上げます」

 先日、電話で奥と名乗った医師が僕の目の前にいる。丸椅子にちょこんと座った僕の斜め後ろにはパイプ椅子に腰掛けた社長。医師は表情一つ変えず、僕達に衝撃的な言葉を口にした。

「所謂『告知』というものです。後藤攻さん、貴方の病名は『肺がん』です。先日受診していただいた際に様々な検査を行いましたが、間違いありません」

 社長がもの凄い勢いで立ち上がる。後ろにひっくり返ったパイプ椅子を看護師さんが慌てて元に戻す。

「で、後藤さんは手術とかしたら回復するのか、なんとか言えコラァ!」

 大声で喚く社長のことなど意にも介さず、医師は僕を真っ直ぐに見据えて淡々と言葉を紡ぎ出した。

「テレビやなんかでよく言われますが…がんには『ステージ』っていうものがありますよね…後藤さんの肺がんは『ステージⅣ』に分類されます。病変は肺だけではなく他の部位に…要するに『肺はがん細胞に侵されていて、更に他の部位にも…リンパ節やら他の臓器に転移している可能性が非常に大きい』ということです。まだ他の部位を検査したわけではないので断言出来ませんが、まず間違いないかと」

「てことはこれから検査をしたら他の臓器にも転移してる、ってこと…」

 状況が飲み込めないながらに言葉を紡ぎ出す僕に、医師は僕と社長に残酷な事実を告げた。

「そう思っていただいて結構、です」


 俄に信じがたい事実を突きつけられて、僕と社長は何も言えなかった。その場でどうこう答えられる話でもないから、いったん診察室を退出して僕達は病院の食堂でお昼ご飯を戴きながら今後のことに考えを巡らせた。

「さっき医者も言ってたけどよぅ」

 社長が呟くように口を開く。

「後藤さんのがんは肺だけじゃなく身体のあちこちに転移してるだろう、って話だったじゃねえか」

 僕は大きく頷く。この事実を突きつけられた今、僕の答えはこの時点で決まっていた。あとは、その結論をいつ社長に伝えるか、だ。

「ですね。無理くり手術したところで、生存率は安打製造機の生涯打率以下だって」

「俺様は、後藤さんに少しでも長く…あと少しでも、もう少しでも長生きしてもらって俺達と一緒にいて欲しい」

「え?」

 社長が頭をぼりぼり掻きながら言葉を続ける。

「後藤さんはよぅ…ウチに来てくれてからずっと…他の職人が嫌がるようなことでも…何でも率先してやってくれてただろうが…新人教育なんかその最たるもんだ。『俺の背中を見て憶えろ』なんて格好付けたことぬかしやがってごまかす奴もいたのに、後藤さんはずっと『次世代に技術やノウハウを継承するのも僕の仕事だ』って辛抱強く若い連中に色んなことを教えてくれたよな?」

「ええ、まあ…」

 そんなに大したことじゃないと思ってたんだけど…

「だから…後藤さんはウチにずっといて欲しい…いや、いなくちゃならねえ存在なんだ。本人の意向をフル無視して俺様がこんなこと言うのも何なんだが…」

 社長が突然立ち上がる。

「なあ、後藤さん。家族のことで色々あって…子どもさんのことなんか…色々辛いことを抱え込んでいるのは俺達も聞いている。後藤さんは自分のことを『家族を捨てた裏切り者だ』と思ってウチで暮らしてたのかも知れねえが、あんたは『俺達の仲間、大切な家族』なんだ。失礼を承知で言う。後で俺様が何を言われたって構わない。本人がどう思っていようが、あんたは俺達にとってかけがえのない存在なんだ。あんたの居場所はここにあるんだ…だからっ…例え後藤さんが現場に出られなくなったとしても、自分の足で歩けなくなったとしても…これからもウチにいて、俺達に色んなことを教えちゃくれねえか!」

 今まで社長がお客さま以外の人に頭を下げるのなんか見たことがなかった。社長がそう仰ってくれたってことは、僕が景浦工務店で働いてきたことがほんの少しでも何か人の役に立ってたってことなのかな…


「ありがとうございます…」

 僕の双眸から涙が零れ落ちる。長い間、僕が目を背けてきた…いや、こんなもの世の中に存在するもんかって思っていた感情が僕の心を支配する。


 『僕は、独りじゃないんだ』


 でも、僕は決心していた。こんなこと、社長に言ったら怒られるだろうな…

「ありがとうございます、社長」

 社長が安堵の笑みを浮かべかけたその瞬間、僕は仕掛けた。

「社長がそう仰ってくださるのは有り難いし嬉しいことなんですが、僕の中でもう結論は出ています」

 何も言わず、ただ無表情で僕を見つめる社長に告げた。


「これは、たぶん僕が妻と子ども達を捨てたことに対する報いです。所謂『天罰』という奴なんでしょうね…家族に酷い仕打ちをしながら、どうして自分だけ生き延びられるんだ…そんな自分勝手な人生なんて…要はそういうことです」

 僕は食堂の天井を見上げながら大きく息を吸い込むと、もう一度社長に向き合った。


『手術はしません。こんな運命になってしまったのは全て家族を捨てた自分のせいです。平均寿命より少し短いかもしれないけど、家族を捨てた罰が下ったんです。僕はその運命を受け入れます』

本話に出てくる医療関係のお話は、あくまでフィクションであると言うことを念頭に置いてください。がんの進行状況など、この物語に合わせて『都合良く』書いています。

間違えてもご自身やご家族、知人友人の話と重ね合わせたりすることはお慎みください。

本作は医療ドキュメンタリーやノンフィクションの類いではありませんので、勘違いされませんように…

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