星來(せら)
僕と柚香さんが病院の屋上で出会ってから五年経った頃。
「え、こんな素敵なお店に来たら何か緊張しちゃうな」
外の世界を知らずに生きてきた彼女にとっては、僕がチョイスしたベーカリーレストランのチェーン店も贅沢なものに見えたのかも。おかわりし放題のパンを選びながらコース料理をいただいた僕達は、飲み慣れていないワインの酩酊に揺られながら店を出た。
「柚香さん!」
急に跪いた僕。彼女は動揺しながらも僕のただならぬ気配を感じたのか、僕をじっと見つめる。僕はポケットから小箱を取り出すと、中の指輪を捧げた。
「僕は貴女のことを一生大切にします!だから、だから……」
驚いた彼女がその場にへたり込む。
「えっ…」
「柚香さん、僕の家族になって下さい!僕と結婚して下さいっ!」
彼女は涙を流しながら、どこか憂いを含んだ瞳で僕に微笑んだ。
「ありがとう。私は『家族』がどんなものか知らずに生きてきたから、攻さんが初めての家族、ということになるのかな…喜んでお請けします。でも、貴方のご家族がどう思われるか…それが不安で…」
そう言って倒れそうになった彼女を、僕はいつまでも抱きしめていた。
実は、僕が彼女に求婚する前に家族にはその話を伝えていた。
「何も心を病んだ人と一緒にならなくても」
「同情と愛情は似て非なるもの」
最初は言いたいことをオブラートに包むように話をしていた家族の意思はただ一つ。
『大反対』
何度も説得を試みようとする僕に家族が突きつけた結論は残酷なものだった。
『頭のおかしい人間を嫁に貰うなどとんでもない』
その残酷な一言を突きつけられたその時、僕は家族がゼッタイに彼女のことを理解できないと悟った。
「もういい。アンタ達がそう言うなら、今日を限りに僕達はもう家族でも何でもない。こんな家とはおさらばだ。じゃあね」
そう大見得を切って家を飛び出し、僕が借りたアパートにやって来た彼女は申し訳なさそうに涙を流しながらポツリポツリと話し始めた。
「私なんかと結婚したところで、幸せになんかなれないんじゃ…ご家族も反対しておられるみたいだし…私と無理に結婚したら、貴方がご家族と離れ離れに…家に戻るなら今が最後のチャンスじゃ…」
涙が止まらないまま言葉を紡ぎ出す彼女を僕はぴしゃりと制した。
「何言ってんのさ!結婚を決めるのは家じゃない!法律にもあるとおり、結婚は両性の合意の元に成り立つもの。そう、結婚するかどうかは僕達当事者が決める事だっ!こっちが幸せそうにしてたら、幸せな家庭見たさに向こうから見に来るよ。家族が二人だけで寂しいんなら、新しい家族を作ればいい」
彼女は頬を赤らめると、涙を流しながら嬉しそうに俯いた。
二年後。あれは空に星が瞬き始める…そう、一番星が空に輝き出す時間帯だった。
「もう少し、あと少しだから!頑張って!頑張れぇぇぇっ!」
僕の絶叫の直後、やや控えめの産声とともに元気な男の子が生まれた。
僕達は結婚するときにある約束をしていた。
『男の子が生まれたら柚香が、女の子が生まれたら僕が名前をつける』
生まれたのは男の子だったので、彼女は産婦人科の病室で我が子に命名した。
『星來』
フランス語に漢字を当てはめたもので『Sera』には二つの意味がある。一つは未来を表す動詞。英語で言うと『will be』、もう一つは『意思』。これを繋げて『未来への意思』という意味を持たせ、輝かしい未来にこの子が確固たる意志を持って進んでくれることを願って名付けたんだよって分娩室で教えてくれた。




