そうだ、旅に出よう
「最初の1歩は絶対に一緒だからな」
「ごめん、もう上陸しちゃった…」
鯨の背から滑り降りたソラの言葉に、リクはガックリと膝を折った。
《Take2》
先程の事はノーカウントという事にし、今度こそ2人は手を繋いで世界の果ての小さな島に上陸した。
「「いっせーのせっ」」
足が地面に触れた。汗ばんで力の入らない手をリクが握り、ソラが引く。
思えばいつも、2人はこうだった。
どちらともなく微笑み合い、感慨にふける。
長い長い旅路であった。
楽しい時があれば辛い時もあり、時には笑い、時には泣き。
2人を阻む困難は数知れず、いつも心が折れそうだった。
その度にリクはソラの手を離さず、ソラもリクの手を引き続けたのだ。
1人は王子、1人は海賊。
身分に差はあれど、僕達の関係は絶対に変わらない。
ソラの熱い眼差しに一切気付かず、リクは目の前にある木でブランコを作ったら、きっと凄く楽しいだろうなぁとか考えていた。
この旅が終われば、僕達は離れ離れになってしまう。リクは寂しくないんだろうか?
ソラがいくら熱い眼差しを送っても、気付かないのがリククオリティ。
この一見 従順そうな子犬ちゃんは、自由の翼を持つロケットなのだ。
もっとずっと旅が続けば良いのに…。
ソラが空いた手を胸に当て、切なさを押し込める様にギュッと力を込めた。
この2人の旅の始まりは、ソラとリクが15歳になった日の事。
ソラの治める『西果ての国』に、不吉の象徴である赤い満月が上っていた。
神の怒りを治めるのは、代々王族の役目である。
その日成人したソラは、現王の代わりに自ら生贄として魔神の住処と言われる『最果ての丘』から身を投げた。
いや、身を投げようとした。
「あ、出迎えに来てくれたの?王子自ら悪いですなぁ〜!よっ!久し振り、ソラ!」
「リ、リク…!」
その時、島ほど大きなクジラに乗って、リクは世界の果てから地上の果てに帰ってきた。
リクは、『国1番の大馬鹿者』と呼ばれるソラの幼馴染だった。
8年前、世界の果てを見てくると言ったっきり帰ってこなかったのである。
どうしてあのタイミングにリクが戻って来たのか。
そもそも海しかない場所でどうして8年も生きていられたのか。
そは今でも分からない。リクが忘れたらしいからだ。
そんな事よりも、リクが帰って来なければ、馬鹿な僕は死ぬ所だった。
赤い満月に特別な力なんてないのに。
リクは僕の恩人であり、運命の人だ。確実に!!!!!
「世界の果てはどうなってたの?」
「なんか黒かった」
「そうなのか。凄いね!」
「ソラも見に行こうぜ!今度は反対の方!北だ!」
「西の反対は東だね」
「東!」
そして僕達は旅に出たんだ。
陰謀、因縁、悪天候。リクの下手な火遊びに、海賊にあるまじき方向音痴、計画性の無い食糧の使い込み、果ては魔神の便秘に巻き込まれ、巨大渦巻きで溺れかけた。
あれは本当にキツかった……。
こうして僕達の絆はさらに深まり、
「ソラの事は俺が絶対に守るから、ソラも俺の事を守ってくれ!ウミは自分でなんとかしろ!これぞ仲間だ!」
「任せて!よく分からないけど嬉しいよ」
「誰かオレを保護してくれぇ〜!」
絶滅危惧種の島鯨 ウミの叫びは無視して、僕達はとうとう世界の果てまで辿り着いたんだ。
「世界の果てって本当に黒いんだね…」
「ウミはあれが空の色だって言ってた。凄く吸い込まれそうで不思議な感じだろ?」
「うん…」
気付けば僕の目からは、涙がポタポタとこぼれ落ちていた。
「僕、リクと一緒にここまで旅をして来て良かった…。本当に良かった…。僕…本当に嬉しい!嬉しいよ!」
「俺も!」
「ありがとう、リク!」
「いぇい!」
ソラとリクは世界の果てでガッチリと抱き合った。
この世に想いの重さを図る秤があったとして、その重さは確実にソラの方が重いだろう。
しかし2人とも重いのは変わらないので結局は両重いという事でめでたしめでたし。
今、2人の旅はここで
「こんにちわーす」
「ねぇねぇ、2人って付き合ってんの?」
「その鯨、大きいねー」
「何処から来たの?」
「ハグして楽しい?」
「あれ?もしかして怒ってる?なんかごめんね!でも、俺の事覚えてるかなって思ってさぁー!」
「正直、忘れてたでしょ?」
「俺、そうゆうの聡いんだよぉ〜!敏感な木なの!あんまり放置されると泣いちゃうから!無視はダメダメ!ダメだよ〜!」
「あれ?その大きい斧は何?え?まさか斬っ…えっ?ちょっ!待っ」
気まぐれな木は空気の読めない木なのであった。木だけにね。