休日
王子がナオミを連れて市場視察をされ、更にその時の様子を後ろから見ていた護衛達はナオミへの態度を少し変えた。
王子はナオミを妃にされるかもしれない。
そう思って偉そうな態度を完全に封印したのだ。
ただ彼らは普段からそう偉そうな態度ではなかったので、ナオミはあまり気付かなかった。
翌日は休日だ。
ナオミは朝少し庭を散歩し、自室へ戻るとレース糸で編み始めた。
編んでいたのはレースのハンカチだった。
(王子といつかご結婚されるお妃様に差し上げられるように…)
ナオミは恋い焦がれていたが、決して王子と一緒になれるとは思っていない。囚われ人の自分が一国の皇太子と一緒になることは無いからだ。
丁寧に丁寧に編んだ。昔母が生きていた頃に教えてくれた知識を思い出しながら、心を込めて編んでいった。大切なあの方を大事にしてくださる花嫁様に喜んでいただけるように…。
編み始めてまだ少ししか経っていない時に昼食の鐘が鳴った。
残念そうにキリのいいところで中断し、ナオミは食堂へ向かった。
朝から散歩したとはいえ、さほど身体を動かしていないので、本当は昼食を抜いてレース編みを続けたかった。しかし囚われ人のナオミが昼食時に食堂へ現れないと大変なことになる。
以前二度寝してしまい、昼食時に食堂へ現れなかった為、衛兵が部屋へやって来た。寝間着姿のナオミはすぐに出られず、余計大騒ぎになった。
たまたま通りがかった近くの部屋の女性職員がナオミに声をかけ、ナオミはドアを開けた。寝間着姿のナオミを見て、衛兵はすぐに去り、異様な雰囲気に恐怖で泣いていたナオミをその女性はなぐさめてから自室へ戻った。
という事件があったからだ。
「ナオミ、昨日王子のお出かけについていったの?」
パンを食べているとふいに聞かれた。
むせそうになった。
「どうして?」
「もちきりよ。王子が市場視察にあなたを連れて行かれたって!」
「…え…っと……はい」
「え、本当なのね!じゃあどうしてお連れになったの?」
「どうして…って私がお聞きしたいです…」
「ふうん…」
根掘り葉掘り聞こうとするけれど、どこまで答えてよいのかわからず、困った顔をしてナオミは食事を半分程で切り上げた。
(晩御飯の時も聞かれるんだろうな…)
憂鬱な気分で自室へ戻り、きちんと手を洗ってからレース編みを続けた。
晩御飯時も同じように周囲に聞かれた。
でもナオミもわからないものはわからない。
「多分私がスレシュ国の市場を知らないので、お優しい王子は見せてくださったんだと思います」
皆なるほど…と納得した。皆スレシュ国民で市場は当たり前の風景だけれども、マール国から来たナオミには当たり前の風景ではない。
さすが王族、皇太子と皆は頷いた。
ナオミの後ろのテーブルの衛兵達はそれ以上の何かがあると思っていたが、秘匿していた。
「さすが王子よね。あなたがここへ来たときに言葉をお教えなさったのも王子御自らだったし」
「マール国の言葉を話せるのが王子とルブランと数人だったけど、皆仕事が忙しいからと王子がメインで教えられたのよね」
「あなたは本当にラッキーよ」
王族は3つの言語全てを習得する。他言語を習得する者は少なく、宮殿の中には多数いるものの、王子がいる離宮には数名しかいなかった。
端正な顔の王子に優しく言葉を教えてもらい、恐縮しているどころではなく、必死でナオミは言葉を覚えた。
レース編みは時間がかかる。
次の休みに楽しみが出来た。早くお休みが来ないかな、とこの国に来て初めてナオミは思った。