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正義の魔法と狂った少女  作者: 厨二と変態が友だち
9/13

第五話 偽りの世界~前編~

やっと星15武器を作れたのぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!

二つ作れたのぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!


もうメ○タがありません。

箱もありません。


どうしたら……。

 破壊神。

 かつて、そう呼ばれていた。

 人はセクメトという名を呼ばず、神の獣であっても力を恐れ忌み嫌い、敬遠していた。


「脆い」


 草木の一本すら燃え尽きた焦土の上で、郁坂芽香美のカタチをしたセクメトは、そう呟いた。

 この肉体を捉えていたモルディギアンも、内側から破壊されてしまってはどうしようもなかったようで、闇へと葬るのに手間取ることはなかった。

 かつては驚異となった人類も、この世界にはどうやら力ある魔術師の存在はいないらしく、少々の抵抗はあったものの数時間で絶滅へと追いやることが出来てしまった。

 これでは復讐にもならない。

 あまりにも呆気ない。

 破壊の権化を封印へと追いやった強者は何処へ行ってしまったというのだろうか。


「脆い」


 郁坂芽香美のカタチをしたセクメトは、再びそう呟いた。

 灰が舞い上がり、太陽を遮ったこの世界で、急激な温度の低下と酸素の欠乏、大気汚染がこの矮小なる肉体を蝕んでいる。

 本来の肉体へ戻りたいところだったが、この世界に自身の肉体の気配を感じ取ることは出来ない。

 魂と肉体の二つに分離させられ、それぞれに封印処理が成されたはずである。

 あれからどれだけ悠久の時を経たのか定かではないが、肉体は時と共に消滅してしまったのだろうか。

 だとしたら、なんとも面倒なことである。


「……ん?」


 セクメトはこの人間に残されている記憶が、ふと甦るのを感じた。

 なんとも面白い人の生を送っている人間である。

 時を遡り、その度に死んで生き返っている。

 セクメトの知る人類に、果たしてこんなことが可能な魔術師がいたであろうか。


「なかなかどうして、足掻いているようではないか」


 ちっぽけな存在でありながら、繰り返す毎に精神の質を高め、セクメトの魔力に耐え得るまでに昇華されている。

 死というものに囚われすぎるあまり、モルディギアンの内包していた怨念に対しては逆効果にしかならなかったようだが、これほどに高まった人間の魂はセクメトも見たことがない。

 本当に人間なのだろうかと、そう思ってしまうくらいには逸脱しているようだ。

 そうでなくてはこの人間の魂がセクメトの魂にここまで順応し、復活することは不可能であっただろう。

 そんな、この肉体の記憶を読み取る内に、並行世界という記憶に行き当たった。


「……なるほど」


 リョウという魔術師の発言だ。

 エリウルールと地球。

 二つの世界が次元を挟んで存在している。そんな説明をこの人間は聞いたらしい。

 セクメトに、エリウルールと地球という惑星の記憶はない。

 かつてセクメトが居た世界は、アイオーンという星だった。

 別の星に転移してしまったのか、それとも、なんらかの要因でアイオーンが二つに分裂したのか、今のセクメトには解らない。

 だが、後者の可能性が高いのだろうと、セクメトは考える。

 セクメトを追い込んだ奴らならば、世界を分離して片方ずつに魂と肉体を封印するだろう。

 それくらいのことをしでかすほど、奴らは強大だったと記憶している。

 それくらいのことをさせてしまうほど、セクメトは強大だったと自負している。


「魔力は足りるが、すでにこの肉体がもたんか……」


 今から次元を超えるのには、少しばかり戯れが過ぎたようだった。

 復活したばかりで力の加減が上手く行かなかったのも大きな要因だろう。

 環境の変化に肉体が付いて行かず、暴力的な魔力の行使に身体が悲鳴を上げている。

 もう間もなく、この身は活動を停止するだろう。

 いかに魔力に耐え得る精神があろうとも、肉体は脆弱だ。

 そもそも先の戦いで右腕は使い物になっておらず、血が足りていない。苦手な再生魔術で無理やり回復に努めているが、それもそろそろ追いかなくなっている。


「まぁ良い」


 この身体が朽ち果てれば、すでに他の人間がいないこの世界において、封印の術式は機能しなくなるだろう。

 魂と魔力だけの存在になってしまうが、時を経れば仮初の肉体も手に入るだろう。

 もしくは、次元を分けた世界の人間に転移する可能性もあった。

 セクメトとしては、後者を願う。

 本来の肉体もエリウルールとやらに封印されている可能性が高く、真なる復活も可能になるはずだ。

 違ったとしても、向こうの世界は魔術師が多いらしい。この人間のような精神を持つ人間は少ないだろうが、魂と魔力の順応性は期待できる。


「…………」


 意図せず、膝が折れた。


(この肉体も死ぬか)


 そろそろ限界のようだった。

 これでこの世界の人類は滅亡することになる。

 もし、セクメトが違う人間の中で復活していたのだとしたら。

 もし、この人間が敵として現れていたのだとしたら。

 そう想像すると、少しは楽しめたのだろうと思う。

 この人間の魔力自体は眠ったままのようだが、セクメトをして底を測ることが出来ない。

 かつて敵対した人類に匹敵するような底知れないナニカを感じる。


(まぁ、どうでも良いことだ)


 今、この肉体は死んだ。

 そんなもしもは、存在しない。


 ──はずだった。


 魔力フレア。

 一瞬にしてこの肉体から膨れ上がった魔力の爆発が世界を包んで行く。


『な、何だッ!? 何が起こっている!?』


 純粋な魔力の塊。

 それも、セクメトですら全容を掴めない、無限大にすら感じる魔術式の乱文。


『こ、この魔力は何だ!?』


 虹色に輝き、術式が触れたありとあらゆるものを崩壊と再生へ導いていく。

 この肉体が持つ本来の魔力ではない。

 そちらも底知れないが、コレはそんな生易しいものではなかった。

 否定も拒絶も許さない絶対者の力。

 セクメトの闇すら飲み込もうとするこの力に、全霊を持って抗う他に道はない。


『時を……、遡っているのか……!?』


 景色が変異する。

 抗いきれない。

 飲み込まれる。

 この肉体を──否、この人間の魂を乗っ取り、同化したセクメトを中心として世界が巻戻っていく。


『ぐ、ぬぅ……ッ!?』


 魂が分離する。

 同化したはずの魂がこの人間のモノとセクメトのモノに再び別れていく。


『ッ!?』


 瞬間、セクメトはこの人間の魂に刻まれた印を見た。

 五芒星。

 その中央に記された炎の目。

 セクメトを産みだした存在と同列の存在の象徴。

 旧神の加護として対象へ刻まれる、旧き印。

 エルダーサイン。


『何故だ!? こんな馬鹿げたもの、何故人間に刻まれているッ!?』


 同化の際は感じることすら出来なかったそれが、今ははっきりと認識できる。

 干渉は不可能。

 今のこの人間の魂は旧神の力によって保護されている。

 理解が及ばない。

 この時を遡る現象も、旧神の力なのか。

 だが、この旧き印は巻戻る力に抗うために刻まれたもののように見受けられる。

 そうでなくては、今の今まで発動しないなど考えられない。


『なんだ……! この人間は何なんだッ!?』


 殺すことが出来ない。

 今の内に処理しなくては、この人間はセクメトにとって本当の意味で驚異と成り得る。

 セクメトの魔力に耐えるほど昇華された精神。

 旧き印が刻まれた魂。

 巻戻りを可能とするセクメトの理解を超えた術式。


『──────』


 セクメトは抗うことを許されず、時の奔流に巻き込まれた。






















「目を覚ませ」


 芽香美が目を開けると、怒れる猫の仮面を被り、純白のローブに身を包んだ女がそこに居た。


「……は?」


 芽香美は状況に付いて行けず、周囲を見渡す。

 暗闇だ。

 どこまでも続く闇だけがこの空間を支配している。

 怖気が奔る。直視し続ければそれだけで死に至るであろう濃密な殺意が充満していた。

 気を取り直し、己の肉体を確認する。

 小さな裸体がそこにある。

 この身体は見慣れていた。

 死んで戻った時の肉体に間違いないだろう。


「ここは何処だ」


 記憶に混乱があるが、どうせモルディギアンと戦ってる時に死んだのだろうと、芽香美は一先ず割り切ることにした。

 それよりも現状を把握しなければならない。

 今までどおりであるならば、目を覚ますのはベッドの上のはずだ。

 それが、見知らぬ女が居る暗闇に包まれた空間で目覚めるなど、芽香美の経験にはない。


「汝の精神世界、とでも言えば察しが付くだろう」


 返答を期待したわけではないが、女は素直に返答を返した。

 当然、優しさからくるものではないことなど手に取るように解る。

 殺意が渦巻いていた。

 この女は間違いなく芽香美に殺意を向けている。

 この空間を包んでいる殺意に満ちた闇は、女から滲み出たものだろう。


「親切なこった。ついでにもう一つ応えてくれよ。てめぇ何モンだ?」


 芽香美に抗う術はない。

 女の言葉が正しければ芽香美の精神世界とのことだが、これほどまでに侵食されていれば嫌でも解る。

 女の意思一つで、芽香美は再び死ぬだろう。


「我が名はセクメト。破壊を司る一柱とでも理解しておけ」


 セクメトと名乗った女はそう告げる。

 なるほど、まったくもって良く解る。

 この空間に満ちる殺意の塊はまさしく破壊の権化だ。


「……はッ」


 気付けば、芽香美の背に冷たい感触がある。冷や汗をかいていることに、今になってようやく気付いた。

 恐怖という感情はないが、芽香美の生物としてのナニカが警告を発しているようだった。


「安心するが良い、殺しはせん。殺したところで無意味であろう」


 女はそう言って殺意を向けてくるだけに留めている。

 今はまだ。


「はッ、そいつはどうも」


 嘘は言ってないのだろう。

 ここまで殺意に満ちていながら、その殺意を芽香美に向けながら、簡単に殺せる状態でありながら、言葉という手段を用いている。


「次は我が問おう。汝は何者だ」

「いくさめかみです。ごさいです」


 上目使いでそう言ってみる。

 殺すなら殺せ、と。


「何故汝は時を戻っている。我を巻き込むほどのこの力は何だ」


 セクメトは特に意に介さず問いかけを続けた。


「わかりませーん。わかるならなんとかしてまーす。きゃはははハはハはっ」


 本心だった。

 本心で哂って見せた。

 そう、そんなことが解るのならば、とっくに芽香美は行動に移していただろう。

 ループの原因など知っているはずがない。

 もしかしたら、前回出会った魔力が何かしらの解答を得るきっかけになるのかも知れないが、芽香美はまだ魔力や魔術について良く解っていない。


「そうであろうな。汝の記憶を探ってみたが、我にも掴めぬ」

「いや、解ってんなら聞くなよ」


 思わず突っ込んだ。


「故に腑に落ちんのだ。汝は人間なのか? 何故生と死を繰り返しておきながら、自我を保てておる」

「人間じゃねぇナニカに見えるってのか?」


 芽香美は問いをもって返答とする。

 人間だ、と応える自信が芽香美にもなかった。

 少なくとも、精神構造は人間からは逸脱してしまっているだろう。

 どこの世界に昨日殺した人間を今日生かそうとする人間がいるというのか。


「なるほど。ならば問いを変えよう。汝は何を成すつもりなのだ」

「さぁな。死にてぇとは思っていたが、魔術を知ったんだ。もう少し遊ぶのも良いと思ってたところだ」


 本心だ。

 それは間違いなく芽香美の本心だった。

 永遠の死を求めていた芽香美ではあったが、手に入れた力は純粋に楽しかった。

 全能感とでも言えば良いのだろうか。この力があれば、もしかしたらループする原因すら突き止められるのではないかと、そう思ってしまう。


「ふむ。では協力してやっても良いぞ?」


 こいつは何がしたいんだ──、芽香美はそう思わずにはいられない。

 芽香美など容易く殺せるというのに、従えることさえ可能だろうに、言動が回りくどい気がして仕方ない。

 だが、何を企んでいようとも、現状では芽香美に出来ることがないのも事実。

 先ほどから前回のように魔力を操ろうとしているが、一向に思い通りにならない。

 ループしたことで魔力を操る術も失ったのかと思ったが、魔力を感じることは出来る。

 ただ、言うことをきかないだけだ。


「そいつは嬉しい申し出だな、えぇ? おい。何を企んでやがる」


 前回はあっさりと殺しておきながら、今回は協力しようなどと、芽香美に歩み寄り過ぎではないだろうか。

 何を考えているのか解らないが、手放しで了承することはできなかった。


「そう難しい話ではない。人類を滅ぼす。それが我の望みだ」


 セクメトはそう宣言した。

 人類。

 そう、人類だ。

 セクメトはそこに、先ほどの質問を含めている。


「……はッ、なるほど? 私を殺しても死なねぇから、利用しようって腹積もりか」


 きっと、セクメトは最初から協力関係を持ちかけるつもりだったのだ。

 その上で遊んでいる。

 殺意を振り回して。


「察しが良いではないか。こんな脆弱な肉体に囚われ、こんな策しか思い付かぬ我を笑わば哂うが良いぞ?」


 セクメトは大げさに、両手を広げて肩を竦めて見せた。

 あらゆる手段を考えたことだろう。

 芽香美がセクメトの立場なら、何度か殺して試している。

 否。

 芽香美が気付いていないだけで、意識の無い内に、ループした直後に何度か殺しているのかも知れない。

 それを想像して、芽香美は楽しくなった。


「はははははははははははッ! 無様ッ!」


 盛大に哂ってやった。

 ここで一回芽香美の首と胴体がサヨナラしたが、芽香美とセクメトにとってはどうでも良いことだった。

 セクメトは芽香美も含めた全ての人間を滅ぼそうとしているのだろう。

 何故そうしたいのか、等といった問いは無意味だ。

 芽香美はセクメトのことを知らず、聞いたところできっと返答はない。

 唯一、この殺意が渦巻く空間そのものが解答だろうか。

 芽香美にだけ向けられた殺意ではなかった。

 コレは、芽香美を含めた全ての人類に向けられたものだ。


「汝はどう行動しても構わぬ。我は喜んで力を貸そう。だが、あまり死ぬな。貴様も早く死にたいであろう?」

「言葉が滅茶苦茶だな。あと行動も滅茶苦茶だ」


 笑って良いと言われたから盛大に哂ったのに殺され、死ぬなと言いつつの殺害宣言。

 どんな存在かと思っていたが、どうにも愉快な奴だと芽香美は思った。


「なに、汝ほどではない。上には上がいるのだと知れて我も嬉しいくらいだ」


 セクメトは芽香美を愛しているらしい。

 芽香美もセクメトを愛しく感じている。

 狂おしいほどに、手玉に取られている。

 だが、それで良い。

 今はまだ。


「では、我はしばしここで汝を見ていよう。素晴らしい活躍を期待しておるぞ」

「ふんッ、じゃあな。愛しのクソ猫女」


 ここでもう一度首と胴体がお別れしたのは言うまでもない。























 忌々しい。

 セクメトはその言葉以外に芽香美と言う人間を称することは出来なかった。

 殺しても殺しても、何をどうしても時が戻る。

 定められたかのようにこの肉体が五歳という年齢を迎える日に戻ってしまう。

 理由は不明。

 理解も不能。

 セクメトが出来ることは、この強大な力をもってしても無い。

 旧神の力に邪魔をされる。

 肉体はどうとでもなるが、魂を滅しようとしても旧き印が起動する。

 旧神の寵愛を受けたこの魂に、二度と同化しようという気すら起きなかった。

 忌々しい。

 産み落としておきながら、制御できないと知るとセクメトを実空間へ追放した勝手なモノが旧神だ。

 物理的、魔力的に干渉は不可能。次元や空間などではなく、存在の在り方自体が隔絶されている。

 唯一の手段としてドリームランドを経由すれば到達も可能だが、そちらには追放の主犯たるバーストが鎮座している。

 忌々しい。

 必ず旧神共を破壊すると己に誓った。

 それに先んじて人類の滅亡という目標もあるが、それもまた旧神の加護によって、たった一人の人間に干渉できなくなっている。

 忌々しい。

 旧神はどこまでもセクメトの邪魔をしてくる。

 ともすれば、かつてセクメトを封印した魔術師共も、旧神が遣わした者なのではないかと勘繰ってしまう。


(否……)


 彼の魔術師たちは魔力こそセクメトに匹敵していたが、肉体そのものは矮小な人間と同じだった。

 そもそも、あの時代はそれに近い魔力を持つ連中が多く存在していた。

 芽香美の記憶に在ったリョウやモアと言った魔術師など、セクメトが生きた時代であれば取るに足らない存在だっただろう。

 それが、『青の魔術師』と称されているなど、セクメトには理解しがたいくらいである。


(時の流れか、時代の定めか)


 悠久の時を経て、魔術師のレベルもだいぶ低下したようだ。

 今でも人類の滅亡は望んでいるが、あまりにも手応えがなさ過ぎては、次に待ち受ける旧神との戦いのために感を取り戻すことすら出来ないかも知れない。

 その時は、この芽香美という存在と殺し合いをしたいくらいだった。


(存分に我の力を奮るが良い)


 育てよう。

 育もう。

 セクメトの踏み台として、時の巻き戻しの原因を探る駒として、使い潰してやろう。


(それ、これをくれてやろう)


 セクメトは贈り物を芽香美に与える。

 製造し、愛用していた魔導具。

 セクメトにとっては単なる便利な道具でしかないが、人間にとっては伝説級の代物となるだろう。


(精々足掻け、道化)




















「ったく、私の首は着脱式じゃねぇっつーの……ッ」


 朝、ベッドから上体を起した芽香美は、首を擦りながら周囲を確認した。

 両親と寝ていた大きなベッドに、数か月後に壊れて買い替えることになる日付表示が標準装備のデジタル時計。

 間違いなく五歳の誕生日を迎える、その日に戻っている。


「ん?」


 ふと、違和感を覚えた。

 記憶のフラッシュバックが襲ってくると警戒し、いつものように無心を心掛けようとしたが、どうにも頭痛がない。

 むしろ思考が冴えるような感覚すらある。


(魔術師になったからか……?)


 魔力が勝手に脳へのストレスを軽減してくれているのだろうか。

 確かに、リョウとの会話の中でこの世界とエリウルールでは病気や怪我への認識の度合いが違っているのを確認できた。

 この世界で骨折と言えば完治に数か月かかる怪我となるが、エリウルールでは数日で完治するものという認識になるらしい。


 この世界での擦り傷が、エリウルールでの骨折だ。

 リョウは認識の違いを知って少々思考に耽っていたが、魔力を持ち、それを扱える魔術師は肉体が頑丈であり、再生速度も速いのではないか、との見解を示していた。

 なるほど、と芽香美は納得したのを覚えている。

 リョウとの訓練で血だらけになった際、怪我自体はリョウの魔術で癒していたが、そもそも、そんな大怪我を負ったら普通はその時点で気を失うだろう。

 戦闘中においても、どれだけ激しく動いても軽く走った程度の疲労しか感じず、なかなか息が上がらなかった。

 身体強化の魔術もあるが、肉体そのものが普通の人間より頑丈になるのだろう。


(まぁ、困るようなもんでもねぇか)


 起きた直後に激しい頭痛を警戒していた芽香美としては拍子抜けだったが、この変化はむしろありがたいものだった。

 ともあれ、これからどうするかを考えねばならないだろう。

 まずは、この五歳の身体でどこまで動けるかを確かめる必要がある。ループしても魔術師のままであるというのは嬉しい限りだが、身体はそうもいかない。下手をすれば、魔力に身体が付いて行かない可能性もあった。


「慣らすか」


 軽く動いてみるかと考えて、芽香美は立ち上がり、ソレに気付いた。


「……あ?」


 鏡がすぐ横に落ちていた。

 装飾など一切施されていない、むき出しの小さな鏡。

 だが、それに内包されている魔力を芽香美は感じ取り、芽香美は眉根を潜めた。

 セクメトの、芽香美が操る魔力。

 かなりの量の魔力が込められているようで、何に使うのかは解らないが単なる手鏡でないことは確かだった。


「ちッ」


 芽香美はソレを手に取る。

 瞬間、室内が閃光に包まれた。


「ッ!?」


 視界が白く塗りつぶされたが、それもすぐに納まった。

 魔力の気配を感じ、眩む目を凝らしてよく見れば、銀色に輝く発光体が中空に浮かんでいた。


『私 ニトクリスの鏡 セクメトが創りし 魔導具』


「はぁ?」


 機械的な、それでいて幼いような声が銀色から響いてきた。

 セクメトの魔力を感じるということは何らかの関係があるのだろうが、今ここにこの物体が在ることが解らない。

 鏡が変化したのだろうが、何の目的で、どうやってここに出現したのだろうか。


「てめぇ、何のようだ? つーか、何なんだ?」

『私 ニトクリスの鏡 セクメトが創りし 魔導具』


 さっき聞いた言葉が繰り返される。


「そういうことじゃねぇ。もっと根本的な話だっつーのッ」

『貴女の 手助けになるべく 起動した』


 手助け。

 ニトクリスはそう言って、中空を漂って芽香美の頭上をゆっくり旋回する。


(あのクソ猫女、何を考えてやがる……?)


 魔導具というからには、魔術的なナニカを成すために創られた存在なのだろう。

 意思のようなモノはあるようだが機械的であり、命に従って行動するように設計されているのだろう。


「何が出来る」


 重要なのはそこだった。

 邪魔にしかならないのなら突き返すか壊すだけだが、芽香美にとって有用となるのであれば使っても良い。


『幻惑 複製 反射』


 元が鏡の形だったのに起因するのだろうか。鏡から連想できる言葉が並んでいる。

 その中で、芽香美は複製という単語が気になった。


「複製ってのは何だ」

『私の鏡に映ったモノ どんなモノでも 何体でも 複製する』


 その言葉に、芽香美はしばし思考する。


「複製されたものは虚像や幻みてぇなもんか?」

『それは幻惑 幻惑は 対象を映さなくても 投影できる 複製体は魔力の続く限り 実体化される』


 ふむ、と芽香美はさらに思考を重ねた。


(使えるんじゃねぇか?)


 魔力の続く限り、ということはこの膨大な魔力が尽きるまで実体化を続けられるのだろう。

 さらに、何でも複製できるとのことだ。それはつまり、芽香美自身を複製することも可能ということである。


「魔力が尽きたらどうなる」

『実体化が解け この姿に戻る 再使用の場合は 供給してくれれば良い』


 ふよふよと飛び回るニトクリスと名乗った銀色の発光体は、芽香美の肩へと触れた。


『これで良い』


 芽香美は何が良いのかと思ったが、なるほど、魔力が少し吸われたようだった。


「実体化の強度は? 意思は持つのか?」

『全てを複製する 術者の命令に従う』


 それが答えなのだろう。つまり、芽香美を複製すれば、魔力はニトクリスが保有するものに依存するが、それ以外の全てが芽香美と同一になるということだ。


(おもしれぇ)


 ちょうど、これから軽く体を動かすつもりだった。

 この魔導具の力を使えば、より実践的な動きが可能になるだろう。

 訓練にも使える。

 芽香美はそう考えて、掌を差し出した。


「てめぇは私が使ってやる」


 掌の上にニトクリスが舞い降りる。


『承認 郁坂芽香美を 一時的な使用者として 従う』


 そう告げて、銀色の発光体だったニトクリスは、鏡の状態に戻った。

 芽香美はその鏡をしばしの間眺め、映し出されている幼い己の顔に向かって満面の笑みを浮かべた。





















 芽香美がベッドの上に立ち、小さな鏡に向かって凶悪な表情を向けている。

 勝子は朝ご飯の準備を終えて寝ているであろう芽香美を起しに来たのだが、その光景を見て足を止めた。


(え……? えっ!?)


 五歳児がして良い顔ではない。

 愛しく可愛い芽香美が浮かべて良い形相ではなかった。

 全てを憎み、憎悪し、恨みを現す歪んだ顔。

 声をかけるのをためらう程に、勝子の知る芽香美と剥離している。


(な、何があったの!? 怖い夢でも見たの!?)


 そもそも寝る前はなかった鏡を何処で手に入れたのか、という謎もあるが、今の勝子はそのことに気付いていない。


「ん?」


 勝子に気付いたのか、芽香美が振り向く。

 その顔は、いつもの芽香美の顔だった。


「おはよう」


 微笑ましく、愛くるしい顔だ。

 先ほどの形相が嘘だったかのように、普段と変わらない。

 見間違いだったのだろうか。


「お、おはよう、芽香美。朝ご飯、出来たわよ?」


 心を落ち着けて、なんとか言葉にする。


「今いく」


 芽香美はベッドから降りると、勝子を残してリビングへと向かって行った。

 その小さな手にあった鏡は、いつの間にか消えている。


(つ、疲れてるのかしら……)


 勝子は目頭を揉んだ。

 いったん忘れることにして、勝子もリビングへと向かう。

 神成はすでに仕事の支度を済ませ、ソファに座って新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。

 芽香美は食卓に着き、食事を始めていた。

 いつもの光景だ。

 いつもの光景なのに、少しだけ違和感がある。


「芽香美、いつの間にお箸の使い方練習したの?」

「ん? 幼稚園で」

「……そう」


 子どもの成長は早い、と言うが、これもその一つなのだろうか。

 昨日までは端を握りしめて、皿に口を寄せてかきこむようにして食べていた。

 口元を汚し、それを拭ってあげるのことに密かな幸せを感じてもいた。

 それからしばくして、一緒に朝食を摂り、綺麗に平らげた皿を流しへと持っていく。

 米粒一つ残っていない芽香美のお茶碗。


(お箸が上手に使えるようになったもんね)


 勝子は自分を納得させる。

 芽香美はテレビを見るべく神成が座るソファへと向かう。

 ニュース番組からチャンネルを変えるために、神成が芽香美のそばにリモコンを置いた。

 芽香美がチャンネルを変えるそぶりを見せない。


(うとうとしてるのかしら?)


 たまにこういうことがある。

 朝ご飯を食べ終え、幼稚園に行くまでの間に半分眠っていることがある。

 今日も、きっとそういう日なのだろう。

 食器を片づけ終える頃には、神成が出勤する時間となっていた。


「じゃあ、行ってくるよ」


 スーツ姿にハンドバッグを提げて、神成はソファから立ち上がる。


「行ってらっしゃい、気を付けてね」


 近寄って、軽く頬にキスをする。

 このあと、反対の頬に芽香美がキスをする。


 ──のだが、芽香美は目を瞑っていた。


「あら、やっぱりうとうとしてるわ」

「仕方ないさ、まだまだ小さいからね」


 神成は、起こすのも可哀想だということでそのまま玄関へと向かう。

 勝子はそれを見送り、幼稚園の制服と持っていく荷物を準備し、自分も仕事へ持っていく手荷物をテーブルの上に置く。


「芽香美、そろそろ着替えなさい」


 このまま眠らせておくわけにも行かないので、勝子は芽香美の肩をゆすった。


「ん」


 すんなりと起きる芽香美。


「……起きてたの?」


 やけに素直に二度寝から目覚めた芽香美に、勝子は首を傾げた。


「寝てた」

「そう……。まぁ起きたのなら良いわ。着替えちゃってね?」


 勝子の言われ、素直に制服へと着替える芽香美。

 慌てて着替えることもせず、幼稚園を楽しみに思って張り切ることもなく、淡々と着替えていく芽香美に、勝子はどうしても違和感を拭えない。

 眠気眼で着替える時は確かにこういう状態になる芽香美を知っている。

 それでも、昨日までとナニカが違う。

 そのナニカが、勝子には解らなかった。


「さ、準備して行きましょう」


 それからすぐに幼稚園のバスが迎えに来る時間となり、勝子は芽香美の小さな手を握り、家を出た。

 見送ったらそのまま出勤なので、勝子も出かける準備は完了している。

 いつもの道路。

 いつもの停車位置。

 バスが到着し、女性の先生が降りてくる。芽香美の組を担当するいつもの保育士だ。


「おはようございまーす」

「おはようございます、今日もよろしくお願いします」


 元気な挨拶で優しい笑顔を向けてくれる先生に、勝子はお辞儀を返す。


「ほら、芽香美も御挨拶しなさい」


 いつもはすぐに挨拶を返すのだが、今日の芽香美はやはり眠気眼なのだろうか、返答がない。


「ん、ああ。おはよう……ございます」

「はい、おはようございます」


 手を離し、先生へと芽香美を託す。


「行ってらっしゃい」

「行ってくる」


 可愛く、いつものような元気な返答を期待していたのだが、半目で力のない返答を返す芽香美に、勝子はやはり疑問を禁じ得なかった。

 違和感が募る。

 もしかしたら、どこか調子が悪いのかもしれない。

 あれくらいの子はすぐに体調を崩してしまう。

 今日の夜は、熱を出さないか見ていないといけないだろう。

 勝子は自分にそう言い聞かせ、発車したバスを見送った。

読んでいただき感謝感謝です。

誤字脱字、読みにくい部分などありましたら申し訳ありません。


次回更新予定→16か23日辺りになります。(忙しくなるかもなので、予定は未定ということで)

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