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正義の魔法と狂った少女  作者: 厨二と変態が友だち
8/13

第四話 残されたモノ~後編~

前書き無い方が良いのかなと考えてます。


ただ、一言。



難産だったよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!

 芽香美は開けた空間見つけ、手前で足を止めていた。


 鉄筋が飛び出したコンクリートの残骸、割れたガラス、ひしゃげて燃えている数台の車両。

 元々はパチンコ店の駐車場だったのだろう。店名の看板と共に建物は崩れかかっている。

 モルディギアンと思われる強力な魔力反応はこの辺りから感じる。姿こそ見えないが、確実にこの近辺に潜んでいるだろう。


 瓦礫に埋もれた駐車場の中央に、蠢く影があった。

 数十からなるグールの集団。

 それに紛れて、人間の姿もあった。

 否。元人間、と言った方が正解だろうか。


「ゾンビってか?」


 リョウから説明されたモルディギアンの能力を思い出す。

 なるほど、死んだ人間を操ることも可能なのだろう。


「ァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 数十のゾンビが血の気の失せた顔でグールのように呻いている。

 やけに子どもが多いのは、学校から攫った連中だろう。


 見覚えのある姿もある。

 両親と成美、明日香だ。


 殺されてゾンビにさせられたのだろう。死んでまで芽香美を楽しませようとしてくれるとは、愉快な連中だった。

 それも、グールより明らかに強い魔力を内包している。

 モルディギアンの魔力。それがゾンビから感じる魔力だった。

 一体一体は芽香美に劣るが、これだけの数が居れば芽香美にとっても障害になり得るだろう。


(なるほど、これが気配の正体か)


 リョウが感じたモルディギアンの気配は、このゾンビたちだったようだ。

 おそらく本体はまだどこかに隠れているのだろう。

 それでも良い。

 モルディギアンではなかったが、これはこれで面白そうだった。

 ゾンビは肉体の損傷を気にすることなく、芽香美と同等の、旧支配者が持つ強大な魔力にも耐えている。


 芽香美自身が良い例だ。

 魔術師になった際、芽香美は死にかけた。

 荒れ狂う魔力を何とかねじ伏せたが、一歩間違えれば確実に死んでいたはずだった。

 ならば、他の人間に同じことが出来ない道理はない。

 最初から死んでいたのなら死の苦痛に耐える必要すらなかく魔力を手に入れただろうし、耐えきれずに死んだとしても、モルディギアンが操っているのならば死は意味を成さない。


「はハはッ」


 モルディギアンは本当に芽香美を楽しませてくれるようだ。

 生きている人間は攻撃できないが、すでに死んでいるのならば関係ない。思う存分、力を奮うことが出来る。

 だが、モルディギアンは芽香美が苦戦すると思っていることだろう。

 どうやって知りえたのかは不明だが、芽香美の知り合いばかりを用意している。

 普通ならば取り乱すか、激怒するかのどちらかだ。


 それが普通の人間の反応だ。

 そこが少し、残念に思う。

 モルディギアンの描いたシナリオ通りには進まないらしい。

 一つ、芽香美について肝心なことを知らないようだ。


「死を哀しむ心なんざ私にはねぇんだよッ!」


 その言葉が開戦の合図だった。


「ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 芽香美と同じような背丈のゾンビが十数人襲いかかってくる。


「おらぁッ!」


 最前列に居たゾンビを殴り抜き、後方を巻き添えにして吹き飛ばす。

 が、それだけだった。

 全力で殴ったというのに、肉を抉った感触がない。障壁のようなモノで護られているらしい。


「っぶね!」


 急激な魔力の高まりを感じて上体を反らす。

 後方から接近し、真上を通過した赤い魔力弾は崩れかかっていた建物に直撃し、完全に破壊してしまった。


(おいおい、まともに喰らったらヤバイ威力だったぜ?)


 思考する間にも芽香美は空中へと舞い上がった。

 魔力弾は魔術よりも威力が低い上に、非効率的な魔力運用である。

 ゾンビにはそれすら関係ないらしい。


「アァァァァァアアアアアアアアッ!」

「ォォォオオオオオオオオオオッ!」


「ちッ」


 芽香美を追いかけるように飛翔してくるゾンビに、芽香美は思わず舌打ちした。


「喰らえッ!」


 お返しとばかりに魔力弾を生成してばら撒くが、大して効いてはいないだろう。

 それでも牽制にはなる。

 芽香美は先の魔力弾を撃った後方のゾンビを確認するべく、さらに上昇した。


(アイツか)


 モア、と言っただろうか。

 魔力探知を行うまでもなく、学校で戦った時よりもモアから感じる魔力が上がっている。

 モア自身が持っていた魔力に、モルディギアンの魔力が混じり合ったような気配だ。

 おそらく、リョウよりもゾンビ化した今のモアの方が厄介だろう。


「ッ!」


 モアにばかり意識を裂くわけにはいかない。

 周囲を取り囲むように襲ってくるゾンビは次々と襲ってくる上に、地表に蠢くグールは魔方陣を展開している。

 下手に防御をすれば、今なお魔力弾を生成しているモアが固定砲台となって強力な一撃をお見舞いしてくるだろう。


 かといって、これだけのゾンビを相手に回避し続けるのは困難であり、たとえ包囲を抜け出せたとしても時間がかかる。その間にグールの展開する魔方陣から何かしらの魔術が放たれるだろう。

 いかに芽香美と言えど、この状況は絶体絶命。

 このままではゾンビかグールかモアに殺されてしまう。

 そう、このままでは。


「ッ、だぁぁぁあああああああああああああああああああッ!」


 魔力解放。

 もう少し楽しもうと思っていたが、モルディギアンが用意したイベントは手を抜いていて良い代物ではなかった。


「こっからは本気だ」


 そう言い残し、芽香美の姿が消える。

 実際に消えたわけではない。単に、ゾンビにもグールにも視えない速度で移動しただけだ。

 ソレに反応出来たのはモアだけだった。


「ァァァアアアアア……!」

「ちッ」


 真っ先に仕留めようとしたモアが、芽香美の蹴りを同じく蹴りで防いでいる。

 数十メートルはあったはずの距離を一瞬で縮めて攻撃したのだが、苦も無く防がれてしまった。

 本気の蹴りだ。

 ゾンビ化する前のモアならば確実に粉々になっていたであろう蹴りだ。

 生気のない顔で、胡乱な瞳で、けれど毒々しい魔力を爆発させて、モアは芽香美の蹴りを押し返してくる。

 芽香美はあえて力を抜くことでモアのバランスを崩しにかかる。


「ァァァアアアアア!」


 モアは転倒しそうになるのを直前で立て直す。地面と己の間で魔力爆破を発生させ、無理やり身体を起して反転するという荒業だった。


「ちッ、死んでんなら大人しく地に還ってろッ!」


 黒い輝きを発し、芽香美は人体の関節部、特に首と肩を狙って拳と蹴りを繰り出す。

 それと並行して魔力弾をばら撒くのを止めない。

 戦闘音で気付いたゾンビやグールに対して視線も向けずに牽制する。


「ァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 何発かは確実に入っている。

 それでもさすがはゾンビと言うべきか、モアは肉体の損傷程度では怯むことなく攻撃に対応し、それどころか芽香美の速度に着いてきている。

 先日はここで決着したという速さを超え、両者の攻防は極限まで高まって行った。

 と、芽香美が防御の姿勢から攻勢に移った瞬間、


「エェ、ェエェグズブロージョンッ!」


 喉を無理やり震わせたかのような言葉がモアの口から紡がれた。


「ッ!?」


 芽香美がとっさに腕をクロスさせた上から、防御を貫く大爆発が起こった。


「がッ、ぎ……ッ!」


 衝撃で地面に叩きつけられる。

 肺から強制的に空気が追い出され、神経の混乱による一瞬の呼吸停止。


「ザザザモン、レレレレヴァンデイン……ッ!」


 モアにもダメージが入る自爆技だったようだが、肉体の損傷を気にせず、すでに次の行動に移っていた。

 芽香美もすぐに復帰するものの、その時にはすでに赤く燃える刀身を振りかぶるモアが目の前に迫っていた。


「なめんじゃねぇッ!」


 振り下ろされた刀身の横腹を拳で打ち抜く。


「づッ」


 魔力で編まれた刀身ではなかった。

 実体のある、膨大な熱量を放出する本物の刀身。

 芽香美の拳も魔力で覆われているというのに、その密度の高い膜を貫通する熱が芽香美の拳を焼いた。

 それに怯んでいる暇はない。

 足元に違和感。


「ちッ」


 とっさに飛び退くと、つい先ほどまで地面だったソコが、臭気を帯びた液体に変化した。


(毒!?)


 端から転げ落ちた瓦礫が液体に触れ、一瞬で溶ける様を見た芽香美は、そう確信する。

 グールが展開していた魔方陣を思い出し、上空へと飛翔する。

 空はゾンビで包囲されていた。

 その全てが魔力弾を生成している。


「一撃突破ぁぁぁああああああッ!」


 出し惜しみしている暇はない。

 芽香美は強行突破するべく、猛烈な推進力を発揮する魔術を選択した。


「エェクサスゥゥウウウウウウウウウッ!」


「ァァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 撃ち出される膨大な数の魔力弾。


「エェェエクシィィイイイイイイイイイイイイイイドッ!」


 全ての魔力弾を蹴散らす芽香美の魔術が包囲を突破した。

 魔術の推進力を得て垂直に打ち上がった芽香美は遥か上空へと辿りつく。

 巻き込まれた十数体のゾンビはさすがに耐えきれなかったのか、四散して毒の沼と化した地面へと落下し、融解する音と共に消滅した。

 芽香美はそれを確認する暇もなく反転。


「神速両断ッ!」


 追って来ていたモアに照準を合せる。


「エクサスエクシィィイイイイイイイイドッ!」


「ァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 衝突。

 闇の弾丸と化した魔術がモアの持つ刀身とわずかに拮抗し、芽香美の魔術が打ち勝った。

 炎の刀身を飲み込み、モアをも喰らい尽くす芽香美の魔術。

 刀身とモアは闇に誘われ、魔術を放った芽香美の拳へと吸収されていった。


「視えてんだよッ!」

「ォォォオオオオオオオオオオオオオオ……ッ!」


 次いで横から迫っていたゾンビを拳で打ち返す。

 その寸前。


「ッ────」


 一瞬ではあるが、芽香美の拳が止まる。

 成美、明日香、勝子、神成の成れの果てがそこに居た。

 瞳は濁って何も反射せず、青白さを通り越して赤紫色に変色し始めている腐りかけの肌を晒す四人。


 成美の口角は釣り上り、死してなお笑顔を晒している。

 それは狂喜。


 明日香は怒りと苦しみの形相に塗れ、血の涙を流している。

 それは憤怒。


 勝子の顰められた眉根には、苦痛よりも哀しみが見て取れる。

 それは哀愁。


 神成は死する瞬間には理性や自我を喪失していたのか、狂人の表情で固まっている。

 それは愉悦。


 硬直したまま、芽香美はそれを確認する。

 驚いたのはその四人を間近で目の当たりにしたせいではない。

 拳を止めてしまった自分自身に芽香美は驚き、身体が止まっていた。


 何故止まった。

 まさか、今さらこいつらの死体を見たから驚いたのか。

 馬鹿らしい。

 止まる必要などどこにもない。

 動け。


 時間にすれば百三十ミリ秒にも満たないわずかな出来事。

 通常、人間の反応速度の限界とされるその時間の中で芽香美は驚き、疑問を覚え、自嘲し、自制した上で次の行動に移る。

 当然、迫り来る四体のゾンビは芽香美の視点からすればほとんど静止した状態。


 何も問題はない。


 モアを倒し、グールは地上でまだ次の魔術の準備をしている段階。

 他のゾンビは遠くにいる。

 ならば、この四体を殴り倒し、他のゾンビとグールを殲滅し、メインディッシュのモルディギアンと愛し合い召し上がれば全てが片付く。


「らぁぁあああッ!」


 拳、拳、拳。

 思考に使った時間よりもさらに短い時間で拳の乱打を繰り出す。

 どれだけ強固な障壁に包まれていたとしても、芽香美の全力を持って魔力を乗せた拳に抗う術はない。

 最後の一部まで残さず丁寧に挽肉へと変えて──、芽香美はようやく魔力の接近に気付いた。


「ぐッ!?」


 気付いたその時には反射的に動いていたが、間に合わない。

 右肩が熱い。

 視線を向ければ、己の血に濡れた青く透き通る刃が身体を突き抜けて生えていた。


「ゥゥゥウウウウウウウ……」


 声に振り返る。

 そこには、恐怖に歪み、喉を低く唸らせるリョウの姿があった。

 柄を握りしめ、リョウは刀身を左右に捻じって肉を抉ってくる。

 それは怨恨。


「ッノヤロォッ!」


 芽香美はリョウを左手に収束させた魔力弾によって地表へと吹き飛ばす。

 芽香美ならもっと速く気付いていたはずだった。

 だというのに、接近されていたことに気付けず、右肩を負傷した。

 御丁寧に刃で抉ってくれたおかげで筋が切れたのか、右腕が上がらない。

 これは致命だ。

 後に控えているモルディギアンに対して十全に戦えない。

 それどころか、このまま放置しておけば出血多量で死ぬ。

 芽香美には理解出来なかった。

 何故こんな様を晒しているのだろうか、と。


「っざけんな……ッ」


 芽香美は残った左手に渾身の魔力を集める。

 嗚呼、無様だ。

 硬直したのは認めよう。芽香美は確かに四体のゾンビを前にして、わずかと言えど思考を戦闘以外のことで使用した。

 そのせいで意識の外から迫っていたリョウに気付くのが遅れたのも芽香美が悪い。

 鼻で笑っていたモルディギアンの策に、まんまと引っかかったのは他でもない、芽香美自身だ。


「ふっざけんなよ……ッ!」


 哀しんだわけではない。

 憂いたわけでもない。

 嘆くはずもない。

 ただ、わけも解らず身体が硬直しただけだ。


「ふざけてんじゃねぇぇぇえええええええええええええええッ!」


 芽香美は、自分自身のことが理解出来ず、怒りにその身を堕とす。

 眼前に浮かぶ魔力文字が変わる。

 黒かった文字の羅列に赤く燃える文字が混じった。

 黒と赤が入り乱れ、文字列を形成していく。

 脳裏に溢れるイメージは紅蓮の業火。

 文字列は式となり、明確な言霊として芽香美の脳裏に刻み込まれた。


『業火鳳隷 クトゥグァ エクスクラメイション』


 使え、とナニカが囁いている。


「業火鳳隷ッ!」


 左手に込められた魔力に術式まとわりつき、意味をもたらしていく。


「クトゥグァァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!」


 魔力と魔力が相乗し、一つの魔術を完成させた。

 それは闇と焔が荒れ狂う小さな太陽。

 闇を祝福し、けれど油断をすれば即刻芽香美の息の根を止めようとする隷属された炎の化身。


 赤黒い光に照らされた周囲は熱を持ち、蜃気楼のように揺らめいていた。

 眼下にいるゾンビとグール。

 この太陽は全てを焼き尽すだろう。

 かつて、芽香美が何度も味わった熱さと痛みを伴って。


「エェェェエクスクラメイションッ!」


 突き出された左手から放たれた小さき太陽が、大地へと降り注ぐ。

 蒸発する音。

 何もかもを消し炭にする臭い。

 ただそれだけを残して、芽香美の眼下にあった悉くが闇と炎へ誘われた。

 小さな太陽の大きさからは考えられないほど、被害の規模は何百倍にも膨れ上がっている。

 燃える大地の底は見通せないほど深く、着弾点の周囲はこの街一体を覆い尽くしてなお余りあるくらいには蹂躙していた。

 上空高くから放った芽香美にすら衝撃波と熱風が襲ってきたほどだ。


「……ッ」


 芽香美は少々脱力感に苛まれた。

 血が足りなくなってきたらしい。

 だが、まだだ。まだモルディギアンが残っている。

 まだ戦える。

 新たな魔術も得た。


「モルディギアン、次はてめぇだ……ッ!」


 魔力探知を行うまでもなく、芽香美はメインディッシュの場所を感じ取っていた。

 街を覆っていた結界のようなものが闇と焔によって破壊されたからではない。

 結界の外の上空にいるからでもない。


 これほどの異質。

 これほどの死。


 なるほど、モルディギアンは確かに王だと言える気配を漂わせて広範囲を覆っていた。

 一体この存在が居るだけでどれだけの生命が死を迎えただろうか。

 気の弱い命ならば、この瘴気だけで死ぬだろう。

 一目でも見てしまえば、その瞬間にも死ぬだろう。

 そう想わせるだけの存在感。


「ッ!」


 ふと、眼下から接近してくる十数の物体を感じ取る。

 黒く大きなナニカ。


「来やがったかッ!」


 魔力弾や魔術ではない。

 触手。

 直径三メートルはあるであろう太さの触手が芽香美めがけて突き進んでくる。

 芽香美は触手に向かって下降した。

 左手と足しか使えないが、この程度なら十分だろう。


「邪魔だッ!」


 殴る。

 軌道を反らされた触手はたわみ、波打ち、けれどすぐに体制を立て直して芽香美を追従する。

 その間にも他の触手が軌道を変えて芽香美へと迫っていた。


「業火鳳隷ッ!」


 使えるようになったのなら使うべきだ。

 そう判断を下した芽香美は、すぐさま小さな太陽をその左手に顕現させる。


「クトゥグァ! エクスクラメイションッ!」


 触手を焼き尽しながら降り注がれる灼熱の猛威。

 その光に照らされ、着弾の一瞬、確かに垣間見た。


(でけぇ!)


 モルディギアン。

 未だ眼下には在るものの、巨大さは解る。

 黒く歪に大地からそびえるその全容は、形容しがたい巨体を誇っていた。

 その姿を覆い尽くすように闇と焔が吹き荒れる。


『グォォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?』


 猛烈な勢いで燃え盛る奥から聞こえて来たのは叫び。


『くそがぁぁぁあああああああッ! てめぇぇえええッ! クトゥグァの旦那をぉぉぉおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』


 だが、次に聞こえたのは激しい怒りに震える獣の咆哮だった。

 魔術は効いているはずだがダメージを負った素振りは見せず、むしろ魔力の高まりを感じ、芽香美は速度を上げて急下降した。

 頭上を掠める触手──否、先ほどよりも太さが増している。

 触腕、というべきだろう。

 練り込まれた魔力は先ほどまでとは大きく違う。

 動きも機敏になっており、かわしたはずの触腕が急角度で曲がった。

 狙いは当然芽香美。


「くそッ!」


 あまりにも咄嗟のことで魔術を使う暇がない。

 代わりに、膨大な魔力を一気に練り上げて魔力弾を放った。

 一瞬の拮抗。

 それを確認することなく次に芽香美が動こうとした時には、すでに別の触腕が眼前に在った。

 間に合わない。


「ぶぐぁぁぁあああッ!?」


 叩き落される。

 脳を揺すられる。

 視界が明滅する中、なんとか体制を立て直して着地するが、そこは毒の沼でも焼かれた大地でもなく、黒く蠢くモルディギアンの一部の上だった。


『死ねぇぇぇえええええええええッ!』


 振り下ろされる二つの触腕。


「こっちの台詞だッ!」


 震脚。

 右足に込められた莫大な魔力がモルディギアンを大きく揺らし、その衝撃を利用して斜め上へと飛翔する。

 直後に振り下ろされる触腕の上を蹴り上げ、さらに加速。


「業火鳳隷ッ!」


 黒くそびえる巨体へ直接叩き込むべく、芽香美は三度小さな太陽を出現させた。

 が、


「……ッ!?」


 芽香美の視界がわずかにブレた。

 出血のせいか意識が一瞬白濁し、魔術を編むべく展開した術式が消えて行く。

 すぐに復帰するものの、魔術を再度編む時間はない。


(くそッ!)


 触手が前後左右から迫る。

 飛翔と魔力爆発による推進力によって無理やりに軌道を修正し、触手を回避する。


「ぐ……ッ!?」


 回避した場所にはすでに触腕が迫っていた。

 再び黒く蠢くモルディギアンの上へと、今度は体勢を立て直す余裕もなく叩きつけられた。

 芽香美の動きが読まれている。


(くそ! くそッ! くそがぁぁぁあああああッ!)


 違う。

 肉体が悲鳴を上げているのだ。

 いかに強大な魔力を保有していようとも、この身は単なる人間の子ども。

 動かない右手が邪魔だ。

 流し過ぎた血が思考を掻き乱す。

 持ち直したと思った脳の揺らぎが一秒を争う動きに制限をかけている。

 恨めしい。

 勝てる要素はあるというのに、思い通りに事が運べない。


「クソ雑魚がぁぁぁああああああああああああッ!」


 芽香美は怒りのままに跳ね起きて、


『見るに堪えん』


 囁く声を聞いた気がした。















 全てが上手く行っている。

 攫った人間の記憶を読み取り、弱点となり得る存在をゾンビ化してけしかけても動揺せず力を奮った時は焦りもしたが、それでもモルディギアンの思惑通りに芽香美は負傷した。

 わずかでも手傷を負わせることができれば良いと考えていたのだが、右腕を使用不能にまで陥らせたのはかなりの成果だ。

 悪ければ無傷で突破される可能性もあったが、やはり芽香美は人間だったようである。

 このまま行けば奥の手を使うことも無く討ち取れるだろう。


(慎重になり過ぎちまったかぁ? いや、まだ油断はできねぇか)


 どれだけダメージを受けても魔力に底が見えてこないのはやはり驚異だった。

 これが真に彼の破壊の権化そのものだったとしたら、立場は逆転していただろう。

 奥の手を隠している可能性もある。

 クトゥグァを使役する魔術を使われた時は冷静さを失い被弾したが、怒りのままに勝てる相手ではない。

 形勢がモルディギアンに傾いている内に、一気に仕留めるべきだろう。

 さすがに二度も先の闇と焔の破壊を受ければこの身が危うい。


「クソ雑魚がぁぁぁああああああああああああッ!」


 叩きつけた芽香美が再び立ち上がり、魔力を練り上げながら胴体めがけて迫ってくる。

 またクトゥグァを使役する魔術を行使するつもりだろう。

 先ほどは運よく自滅してくれたが、二度も同じことが起こるとは思えない。。

 むしろさらに膨れ上がる魔力の前には、全霊を持って対処せねばならないだろう。


『グルゥァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 ならば、飲み込んでしまえば良い。

 破壊の権化の力を使っていようとも、肉体は脆弱。

 死を内包したこの身で矮小な人間の生命を奪い尽くすのみである。


「業火鳳隷ッ!」


 牽制に使っている触手がかわされる。


「クトゥグァァァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 軌道を遮るように伸ばした触腕が熱で爛れる。

 モルディギアンが苦手とする炎が、忠誠を誓った焔が放たれるその前に。


『てめぇを──』
















『──喰らい尽くす』


 魔術を放つ直前、モルディギアンの胴体が変容した。


『ドミニネーションッ!』


 黒くそびえていたモルディギアンの中央が裂け、芽香美が突き進んでいた先がぽっかりと穴を開けた直後、言霊と共に緑色の閃光が芽香美を突き抜けた。


「ク──ッ」


 閃光が侵食してくる。

 脳を掻き乱す悪意が芽香美の魔術までをも散らしていく。


『やれやれ、ようやく目覚めたと思ったら、すでにやられかけているではないか』


 ナニカが囁いている。

 気のせいではなかったようだが、無視。


「だぁぁぁあああああああああああああああああッ!」


 それでも無理やり左腕を下げ、下方に向かって悪あがきとばかりに極大の魔力弾を撃ち放つ。

 効果を確認する暇もなく、芽香美の身体は押し寄せる黒い壁に飲み込まれた。

 暗い緑色に薄く発光する視界に、芽香美は息が詰まった。


『──lawgeaoijgasigjlkasnlkjaewigrhuwew;jnsdvd;xjwroighoasngwooihgw──』


 ふと、耳を引き裂くかのような絶叫が芽香美の全身を貫いた。


「ぎッぃぐぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああッ!?」


 知っている。

 この全身を絡め獲る暗い意識を知っている。

 何十、何百、何千、何万、何億、何兆もの死。

 恐怖と哀しみと恨みと絶望が入り乱れた混沌の怨嗟。

 純粋な死。

 命を貪る単純にして明快な絶鳴。

 生ある者に必ず訪れる死を強制する絶対の支配。

 思考ではなく本能が受け入れる。

 受け入れようとしている。

 この身は死ぬのだと。


 芽香美が数えきれないほど生と死を経験してきたとしても、この空間に満ちる死はそれを凌駕している。


『──lawgeaoijgasigjlkasnlkjaewigrhuwew;jnsdvd;xjwroighoasngwooihgw──』


 絶え間なく芽香美の命を根底から削っていく叫びに、意識が薄れていく。

 嗚呼、死ぬのだ。

 また、死ぬのだ。

 こんな簡単なことで、こんな力があるのに、芽香美は再び死ぬ。


『それで良いのか?』


 良いわけがない。

 だが、その意識すら崩れて行く。


『ならば我の力を封じる戒めを解け』


 先ほどから聞こえる声に対する疑問すら瓦解していく。

 この状況を打破できるだけのナニカがこの声にはあるのだろうか。


『汝の力は我。ならば、この程度で我が魔力が朽ちるとでも思うか?』


 思えない。

 この肉体は、魂は、すでに死を享受しようとしているが、尽きぬ魔力だけは未だに芽香美の中で渦巻いている。

 この魔力がなければ、とっくに芽香美は死んでいただろう。

 それでも、この死に抗う身体は弱い。

 この魔力を持ってしても肉体が先に滅ぶだろう。


(力を……、よこせ……ッ)


 薄れた意識の中、芽香美は辛うじてそう念じることだけを許された。


『勘違いするな。貴様が身体を明け渡すのだ』


「ぅ────」


 その言葉を最期に、芽香美という存在は死んだ。

 いとも容易く。

 抗う暇もなく。

 極自然に。

 そうであるのが当然かのように。

 刹那、闇が爆ぜた。


『な、なんだッ!? 何が──ぐぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?』


 芽香美は知らない。

 モルディギアンが内から溢れた暗黒に包まれる断末魔を。


『我、破壊の権化、セクメトなり』


 芽香美は知らない。

 その言葉を残し世界に破壊がもたらされ、何もかもが消滅してしまったことを。

誤字脱字、読みにくい部分などありましたら申し訳ありません。


次回予告

「さぁ~て、次回の芽香美さんは~?」


明日香ですわ。2月も残すところあとわずかですが、まだまだ寒い日が続いていますの。成美ちゃんが風邪を引かないか心配ですわ。

さて次回は、

勝子さん、育児で悩む。

神成さん、身に覚えのない請求書に悩む。

郁坂さん、お酒を飲む。

の三本です。


「次回もまた視て下さいね~。一撃突破、エクサス、エクシード! うふふふふふふッ」





半分くらい嘘です。次回更新→3月2日か9日のどっちか。

※ちょっと更新までの期間が短いと焦ってしまい、今回みたいに悩みまくって難産になりそうなので、9日になる可能性が高いです。

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