第四話 残されたモノ~前編~
アニメのラジオ(響さんとか)を聞きながらマイ○ラするのが止まらない……ッ。
コントローラーを握りしめるこの手が喜びに満ち溢れて震えが治まらない……ッ。
何度も何度もラジオを聞き直して、何度も何度もブロックを壊して組み立てて……ッ!
一体どれだけの回数、同じ事を繰り返せば作者は飽きるというのだッ!
このループ地獄から、誰か、誰でも良い、解放してくれ……ッ!
気が付いたら投稿前日だったっていうね。
大急ぎで更新が遅れることを前話あとがきに追記したら、なんかしらないけどその日の内に書けたので、本日、書いたモノを読み直して投稿に至りました。
全てに感謝を。
そろそろ陽も沈みかけたこの日本という国において、人が住まう場所はそれでも何らかの明かりがある。
街灯、ビルや家から零れる光、ネオン、それらは人口密度が高くなればなるほど光量を増す。人が増えすぎた首都は眠らない街と称されるほどだ。
その人口の光が闇を照らしている。
「何が、グールの気配もこの街だけだ、だっつーの」
リョウに探知させた場所まで空を駆けて来た芽香美は、眼下を見下ろしてそう呟いた。
九咲市から百キロというこの場所に広がる街並み。九咲市ほどの規模ではないものの、夜の闇に飲まれて真っ暗になることはない。
その人口の光が闇を照らしている。
この街に住まう人数は芽香美が数えるのを放棄するだけの数なのだろうが、それを超えるであろう異形の数々が街を徘徊していた。
死の瞬間を伝える絶叫。
生を懇願する嗚咽。
緊急事態を告げるサイレンの音。
それら全てを喰らう獣の咆哮。
「ちッ」
眼下に広がる遊園地を見て、芽香美は舌打ちしながら降下を開始する。
「ん?」
一瞬、ナニカに触れた。それが何であるかは解らない。
理解できたのはナニカを通り過ぎた感触を覚えた直後、下から濃密な死の気配を感じたということ。
なるほど、確かにこれはリョウにも気づかれないだろう。触れたナニカの後と先では、気配の差が天と地に及ぶ。
何らかの気配遮断の効果を持つ結界魔術だろう。結界の広さは解らないが、この街全土を覆っていると予想しておくべきだ。
(薄い、ってのはコレがあったからか)
リョウはモルディギアンの反応を感じ、薄いと評価した。
この結界内に入った芽香美だからこそ、グールの大体の数やモルディギアンと思しき強い反応を感じることができたが、先ほどまでは肉眼で見ていなければ気付けない程に気配が希薄だった。
魔術師の居る九咲市は陽動で、この結界内で貪るのが本命だったのだろうか。
気付かれないと判断していたのか。
気付かれても良いと判断しているのか。
魔術師を分断させるのが狙いだったのか。
それとも他に何か狙いがあるのか。
芽香美は降下する間、モルディギアンが考えてくれたであろう持て成しの心を堪能する。
「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
見晴らしの良い道路の中央に降り立った芽香美に、複数体のグールが襲いかかってきた。
「ふんッ」
つまらなさそうに鼻を鳴らし、攻撃するでもなく、防御するでもなく、芽香美は待機する。
動く必要性すら感じなかった。
人間を貪る異形が数を成して迫った所で、芽香美の驚異にはなり得ない。
「死ね」
芽香美はわずかな時間だけ、魔力を放出した。
それだけで、グールは立ったまま絶命した。
弱い。
すでに知っていたことだ。攻撃するまでもなく、芽香美が放つ黒く輝く魔力の奔流だけでグールは死んでしまう。
情報の衝撃波、とでも言えば良いのだろうか。
コンピューターの起動に必要なプログラムを無茶苦茶に書き替えれば起動しないのと同じく、グールという存在自体に魔力という情報を叩き込み、生命活動に必要なありとあらゆる機能を書き替え、破損させる。
たったそれだけのことだ。芽香美自身、そこまで器用なことはできないが、魔力を強制的に流せば似たような現象が起きる。なんとなく「こうすればこうなる」という感覚だけでグール複数体を倒せる程度には、レベルの差があった。
死の王に平伏すべき信徒グールは死してなお直立し、けれど、重心がずれいく。人間でしかない芽香美に頭を垂れるかのように、グールは頭部からゆっくりと地面へと沈んで行った。
芽香美は地に還ったグールを振り返ることなく歩みを進め、メインディッシュに足るモルディギアンを目指す。
「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
その歩みを止める騎士のごとく、闇の中からグールの咆哮が迫る。
「鬱陶しいッ」
苛立ちを覚える芽香美。
先ほどと同じように魔力を放とうとして、
「いやだぁぁぁあああああああ! こっちに来るなぁぁぁああああああああああ!」
前方の暗闇から、サラリーマン風の男がグールに追われて芽香美へと走ってくるのが見えた。
見えただけで、芽香美には関係ないので、そのまま迫っていたグールを魔力の衝撃波で地に還した。
男はそれを見たのだろう。
「助げでぐれぇぇええええええええ!」
少女でしかない芽香美に走り寄りながら、良い歳をしたオジサンが先ほどよりも必死になって叫び、涙を流し、生を懇願しながら懸命になって走る。
肩や袖口が血に濡れているところを見るに、襲われはしたが必死に逃げてきたといったところか。
なるほど、死に直面したオジサンが見つけたのは芽香美ではなく、安心感や希望なのだろう。
自分と同じく襲われていたはずなのに、何故か無傷で、あろうことかグールを倒した芽香美を見たオジサンは、確かに人間として正しい判断を下したに違いない。藁にもすがるという状況は、このことだろう。
芽香美はそれを否定しない。
今回は殺さない、そう決めたのだから。
「ちッ」
「っ!?」
息も絶え絶えになって芽香美にしがみつくかのように迫ってきたオジサンを、芽香美は舌打ちと共に回避した。
「うわぁっ」
情けない悲鳴を上げながら、オジサンはバランスを崩して転んだ。
殺さない。
確かに芽香美は殺さない。
ただし、生かしもしないと決めている。
「た、頼む! 助けてくれ!」
四つん這いになった格好で、オジサンは顔を芽香美に向けている。
怯えている。
震えている。
涙と血と涎でキレイになった顔を絶望の表情に染めている。
嗚呼、愛おしい──芽香美はついつい手を差し伸べたくなった。
それはダメだ、と芽香美は踏みとどまる。
これは芽香美が怒りという感情以外に残した心の有り方だ。残した、というよりは造り上げたと言った方が正解に近いかもしれないが、何にせよ自分で決めたことを自分が破る訳にはいかない。それをしてしまえば、芽香美は芽香美ではなくなる。
唯一、芽香美がこのループする人生の中で得た心の拠り所と言っても良いだろう。
今回は生かしもせず殺しもしない。そう決めている。
それは魔術を知っても変わらない。
変えられない。
芽香美が芽香美である内は、変えてはいけない。
「ォォォォオオオオオオオオオオオ」
オジサンを追っていたグールが、芽香美を警戒しつつも近寄ってくる。
「ひぃっ!? 頼む助けっ、頼むから助けてくれぇっ!」
「私を関わらせるな」
震える手で芽香美の服を掴み、すがってくるオジサンの手を優しく振り払った。
死ぬのも生きるのも、勝手にすれば良い。
「ォォォォオオオオオオオオオオオッ」
「ひぃぃいいいいいい!? 嫌だ! 嫌だぁぁああああああ!」
振り払われて行き場を失ったオジサンの手が、グールに掴まれる。
芽香美はただ、それを見ていた。
「ぎゃぁぁぁああああああああああああああ! 助げっ、だずげでっ!」
掴まれた手が食われた。
「何でもずるっ! なんでもじばすがらぁぁぁあああああっ! だからだずげ──」
残った方の手が芽香美に伸び、
「──ぃぎゃぁぁあああああああああああああああっ!」
その手も食われた。
「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオ」
グールは動かない芽香美よりも、餌を食うことに夢中になっている。
「じぬっ、じにだくなぃっ」
腸を食われながら、残された足をばたつかせながら、仰向けになって全身を痙攣させるオジサンは、とてもキレイだった。
「はハはッ」
弱肉強食というシンプルな答えが目の前にある。
楽しかった。
芽香美も死に方は違えどこうやって死んでいった。
何度こうやって絶望を抱いて死んだだろうか。
何度痛みを覚えて死んだだろうか。
その数だけ芽香美は生きて来た。
「ぁ……っ、が……っ──」
絶命。
死の瞬間、わずかに身体が痙攣し、それすら食い荒らされてオジサンは地面に赤い染みと衣服、わずかな肉片だけを残してこの世を去った。
(死ねたのか)
羨ましい、のかも知れない。
そんな感情は消えたはずだったのに、目の前でじっくりと見ると思い出してしまう。
ループする事無く、死をそのままの意味で享受出来た名も知らぬオジサンが羨ましいと思う心。
きっと、芽香美の心はそう叫んでいるのだろう。
その心を理解する術すら、芽香美は失っている。
それは、酷く悲しいことのような気がした。
悲しむべきことなのだろうと、そう思った。
思えたことが、少しだけ嬉しかった。
「ォォォオオオオオオオオオオオオオ」
自らの獲物を腹に収めたグールは、芽香美に身体ごと向いた。
次の標的は芽香美なのだろう。
「食われて、それで本当に死ねるなら食わせてやっても良いんだがな……」
グールでは芽香美を食い殺せない。
殺せないのだ。
あれだけ望んだ死と言う安らぎは、グールでは得られない。
モルディギアンでも無理だろう。
「死んだって、繰り返すんだからよ」
芽香美はそう呟いて、目の前まで迫っていたグールの頭を優しく撫でた。
グールの頭部が弾け飛ぶ。
これは情けだ。触れて殺してやるという感謝の心だ。
オジサンへの、グールへの、心をわずかでも動かそうとしてくれたことへの溢れんばかりの気持ちだった。
この演目を魅せてくれたグールの王へも伝えねばならない。
深い感謝を捧げねばならない。
芽香美は歩く。
強い圧力のようなものを感じる、この街の中心へと静かに向かって行った。
広範囲で火災が発生した場合、局地的な上昇気流によって火災旋風と呼ばれる災害に発展する場合がある。
グールに襲われた九咲市は今、未曽有の炎の渦に巻き込まれている最中だった。
駅前広場は九咲市の中心であり、現在は炎と風の中心になっている。
グールが人間以外を襲い始めたのは一時間前だっただろうか。
建物を破壊し始め、漏れたガスが充満した頃、戦闘によって生じた火花が引火。最初は一部だけだったはずの火災は街全域に広がるのに時間はかからず、街の全てが炎へと包まれるに至った。
当然、リョウとモアもそれを黙って見過ごしていたわけではない。
人々を安全な場所へ移動させつつ、防御壁を張りつつ、グールとも戦っていた。
消防団と思しき集団がそこかしこで消火活動や救援活動をしていたが、あれでは焼け石に水でしかなく、リョウとモアはそれらもひっくるめて安全な場所へと移動させた。
多少強引になってしまったが、四の五の言っていられる状況ではない。
吹きすさぶ炎を纏った風は、リョウとモアにとって苦にならない。
むしろ火災旋風は若干ではあるがグールにこそ牙を剥いていた。炎属性に弱いグールは、襲った街に叛逆を受けている。
グールは後から後から湧いて出てくるが、最早周囲に生存者はいない。
リョウとモアは駅前広場で互いに背を預け、あとは周りを取り囲むグールをどう対処するかを考えるのみだった。
「どう、思われますか」
「状況は厳しいね」
リョウの魔力はまだ残っている。
これまでの戦闘や、民間人の移動の際に行使した短距離転移魔術。残された魔力量は半分以下ではあるが、グール相手であれば十分だろう。
それでも厳しいと判断せざるを得ない。
いくらリョウの魔力が半分以下と言えど、現在のモアの倍以上の魔力量を温存している。
だが、モアは違う。次期『赤の魔術師』を期待されているとはいえ、未だ発展途上。
グールに相性は勝っていても、完全な状態でもモアの魔力量はリョウのおよそ半分しかない。それが今や、三分の一ほどしか残されていないだろう。大規模な魔術はあと一度か二度行使できれば御の字と言ったところに違いない。
目に映るグールは果たして、あとどれくらい屠れば消滅するのだろうか。
もう千や二千では数えきれないくらいの個体を倒しているが、湧き出る速度に変化はない。
生存者こそ周囲にはいないが、今ここでリョウとモアが撤退してしまえば、グールは再び人々を探して移動を開始する。
戦闘中に長距離を転移させられるだけの余裕はリョウにもなかった。
精々、この街から少し離れた山の方へ転移させるだけで精いっぱいだったのである。
そこが安全かは、残念ながら解らない。魔力反応がなく、リョウが上空から見えた先に移動させることしか出来なかった。
なればこそ、逃げることは許されない。
そうでなくとも多数の犠牲が出ている。街は炎に包まれながら廃墟への道を突き進んでいる。
なによりも、グールの後に本命のモルディギアンが控えているのだ。
この状況を絶望的と表さず、厳しいと評したリョウの判断は正しいのだろうか。
単に諦めに準じる言葉を使いたくないだけなのだろうと、リョウは自分自身を分析する。
「これが、美浜成美の視た光景なのでしょうか……」
モアが呟くように問うてきた。
解答をリョウは用意できなかった。
だが、否定せねばならぬだろう。
「救おう」
ズィーアを背負う『青の魔術師』として、リョウはその身の最後まで戦い抜く。
王の前で誓った。
父の墓前で誓った。
母の最期に誓った。
民衆に向かって誓った。
フルカワの名に、そう誓ったのである。
「現れよ! 小さき風の刃!」
リョウは青き輝きを発し、両手を頭上に構える。
言霊に則り、駆け巡る術式に導かれ、リョウとモアの周囲に渦巻く小さな刃が無数に出現する。
「舞い踊れ! ウインドダガーッ!」
発射。
無数に出現した風の刃が取り囲むグールへ直進する。
「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
グールの障壁は風の刃に裂かれ、その身までをも切り刻んでいく。
周囲を固めていたグールがその数を減らした。
「エクステンデッドッ!」
それで終わりではない。
リョウの言霊により再び無数の小さい刃が出現、射出される。
倒れ伏したグールの後方へと突き進み、再び蹂躙する。
二百体。
今のリョウの魔術はそれだけの数をまとめて大地へ還すに至った。
「ファイヤーワークス!」
モアは両手を広げ、二つの炎を顕現させた。
炎が渦巻く。
炎は次第に大きくなり、モアとリョウの頭上で火球へと成長。
「エクスプロードッ!」
火球が爆ぜた。
同胞の屍を乗り越えて迫ろうとしていたグールに向かって、多彩な火の粉が降りかかる。
「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──」
火災旋風を掻き消すほどの爆発が生じる。
火の粉一つ一つが小規模災害と言える規模の威力を発揮した。
中心から外へ力が解放されるように放ったのだろう、後方に控えていたグールも今の爆発に飲まれている。
リョウと同じ程度の数は減らせただろう。
今のは赤系統の上級魔術だ。青のウインドダガーに並ぶ魔術を、残り少ない魔力と体力でここまで制御できるのは、精神の強さか。
「……ッ」
だが、さすがに疲労は感じているようだ。
音に解るほど喉を鳴らし、苦悶を飲み込んだのが解った。
だが、敵はまだまだ残っている。
モアが再び魔術を行使した。
「サモン! レイヴァテインッ!」
もう大規模魔術を行使する余裕がないのだろう。
ならば、接近戦にて勝負を付けるしかない。
モアは燃ゆる炎の剣をその手に握り、リョウもそれに倣った。
「召喚! バルザイの偃月刀ッ!」
一振りの歪曲した刀身を顕現させ、構える。
直後。
「ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
周囲から幾重にも重なる咆哮が上がった。
リョウとモアの足下に禍々しく緑色に光る魔方陣が展開。
「くッ!」
「ちぃッ!」
跳躍。
グール一体一体の魔力は確かに弱い。
されど無数に集う今、集団魔術を行使することなど容易いだろう。
つい今しがたリョウとモアが居た場所にグール共の魔術が猛威を奮った。
緑系統の上級魔術、スワンプ・オブ・ポイズン。
物質を変異させ、生物を一瞬で溶解させる猛毒へ変貌させる魔術。
集団魔術とはいえ、さすがはモルディギアンの配下といった所業にリョウは顔をしかめた。
「はぁッ!」
「しぃッ!」
けれども、そこまでだ。
空を、地を、風と炎をそれぞれ纏った二つの刀身を握る者が駆け巡る。
まるでその二者こそグールを屠る火災旋風だと言わしめるかのごとく、リョウとモアは縦横無尽にグールを切り刻み、焼き裂いて行った。
リョウがその速度を持って三体を順番に斬り裂くならば、モアは炎の威力を持って三体まとめて焼き裂いていく。
密集していたグールは確実に大地へと還り、止まらない両者の猛攻に成す術なく数を減らしていく。
グールの発生速度は変わらない。
討伐する速度が上昇したことで絶対数が見る見るうちに減っていった。
このまま行けば終わる。
そう願う。
せめてモアの体力と魔力が続くうちに粗方片付けておきたい。
そう、いかにモルディギアンといえど、無限に配下を召喚できるわけではないのだ。
グールも生命であることに変わりはないのだから、その個体数は有限のはず。
ただ、無限に思えるほどその数が多いだけでしかない。
──そのはずだった。
──そうであるべきだった。
「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
今までとは違う咆哮が上がる。
「ッ!?」
「くそッ!」
リョウとモアは瞬時に距離を詰め、再び背中を合わせて刀身を構えた。
「う、そだろ……」
「まさか、そんな……」
グールが、動き出す。
斬り裂いたはずの、小さき刃で穿ったはずの、焼き裂いたはずの、爆散させたはずの、グールの肉片が蠢いて固まっていく。
再生能力は確かに存在していた。グールはその身を傷付けられても身体が再生するのは知っていた。理解していた。
だからこそ再生されない威力で、破壊力で、魔術で粉々にしなければならなかった。
そうした。
そうしたはずだ。
今の雄叫びを聞くまでは、確かに地に還っていたはずだった。
肉片は肉塊になり、体組織を形成し、足元からその肉体を再生させていく。
それは今しがた屠ったグールばかりではない。
遠く、近く、発生直後から倒してきたはずのグールがそこかしこで復活していく。
悪夢を終結させようとした努力が、行為が、なかったことにされていく。
「無駄な足掻き、ご苦労だったぜ」
ひび割れたアスファルトの下から。
むき出しになった土の中から。
「俺様が居る限り、こいつらは甦る」
まるで水の中から浮上するかのように、土を土と認識させない優雅さで、モルディギアンはゆっくりと、リョウとモアの前に姿を現した。
「モルディギアン……ッ」
モアはその名を断罪するべく声を震わせる。
だが、モアは気付いていないようだ。
気付けていない。
あまりにも極端すぎる違いに。
(な、んだ、この魔力は……)
リョウは気付いた。
気付いてしまった。
隠ぺいしているのだろう。注意深く観察しないと気付けなかったであろう、モルディギアンが保有する総魔力量。
以前感じたものとは、桁が二つも三つも違う。
まるで、郁坂芽香美を彷彿とさせるその魔力の膨大さ。
リョウが対峙したクトゥグァもここまでの魔力量ではなかった。
(同じ旧支配者なのに、ここまで差があるのか……!?)
身体が震える。
芽香美には絶対勝てないと思ったその気持ちを、今まさに抱く。
こんなモノ、どうすれば良いと言うのか。
身体の震えが止まらない。
その恐怖がモルディギアンに伝わったのだろう。
「グフフ、復活直後の俺様と比べてビビってんのか?」
舌なめずりをして、モルディギアンはリョウを見据えてくる。
それだけで心臓を鷲掴みにされ、握りつぶされた。
「ッ、はぁッ、はぁッ、はぁッ……!」
それは死の連想。
モルディギアンはいつでもリョウたちを殺せる。
死を操る者は、未だその能力を行使していないはずなのに、ただの視線で殺されそうになった。
そのことが、酷くリョウを追い詰めていく。
「モルディギアン……! 貴様だけは絶対に殺すッ!」
モアはまだ気付いていないのだろう。
リョウが静止の言葉を発するよりも速く、レイヴァテインを振りかざして突撃する。
そんなもの、あんなモノに届くわけがない。
「くだらねぇ」
一言。
その一言だった。
たったその一言だけで、次期『赤の魔術師』を期待されたモア・リダウトは地に付した。
悲鳴もない。
糸が切れた操り人形のように、モアは無造作に地面に転がった。
痙攣もなく、王がただ「そうあれ」と命じた瞬間、モアは死体になった。
ただ、それだけのことだった。
「はッ。封印されてたせいで魔力がなくなりかけてたのは認めてやるよぉ。だが、その俺様を追い詰めたからって、全快した俺様に敵う訳ねぇだろうが。おうおう、可哀想に。意味も解らず死んじまって、魂が死んだことに気付いていやがらねぇ」
モルディギアンはモアの死体を、頭部を掴んで持ち上げる。
ぶらんと垂れ下がる手足が、モアが人間からマリオネットになったことを示していた。
(ぜ、全力じゃ……、なかったっていうのか……ッ)
クトゥグァも、前回のモルディギアンも、封印から解かれた直後だった。
魔力が消耗しきった状態で戦っていた。
そんな冗談が許されるのだろうか。
リョウはプライドがあった。
リョウとてクトゥグァと良い勝負が出来ていた。一歩及ばず気絶したが、転移さえしなければ他の仲間がきっとクトゥグァを倒していたはずだ。
それだけの差だった。
それだけの差しか、ないはずだった。
どれだけ神の獣と恐れられていようと、旧支配者として歴史に名を刻んでいようと、リョウのように力ある魔術師が集結すれば勝てるはずだった。
幻想だ。
そんなもの、単なる幻だった。
コレは人類がどうこうできるモノではない。
芽香美に敵わないと悟ったように、今眼前でモアの死体に何らかの魔術をかけているモルディギアンは、リョウの知らないナニカなのだ。
「目覚めろ。そして我が配下となれ」
モルディギアンは掴んでいたモアの頭部から手を放す。
地面へと倒れ込むと思われたモアという名のマリオネットは、けれど、バランスを辛うじてとり、自立した。
自立してしまった。
「まさ、か……ッ」
リョウは一歩後退する。
「ォ、ォォォォ……」
モアの口から、声にならない声が上がる。
それは、グールと同じ声。
死の恐怖と怨嗟を孕んだ、生者を憎む魂の叫び。
緑系統の中でも行使を禁じられている死者を弄ぶ最悪の魔術。
死体を操り、術者の魔力で動かすアンデッドへと変貌させる禁断の行い。
成美の夢で示唆はされていた。
それが、今ここで平然と行われてしまった。
「グフフ、グワーッハッハッハッハ! まさか小僧、俺様の配下がグールだけだと思ってたのか?」
マリオネットが、モルディギアンの横に並ぶ。
召喚していたレイヴァテインをリョウに向けて、そこに立っていた。
「死んだばかりの肉体だ。生前の能力を十分に発揮できるぜぇ? しかも魔力は俺様が与えている。今のコイツはてめぇより強い。だが、てめぇの相手はコイツじゃねぇぜぇ?」
モルディギアンはマリオネットを下がらせた。
そう、リョウの相手はマリオネットではない。モルディギアンだ。
いかに差があろうとも、死の恐怖で魂ごと蝕まれていようとも、リョウはモルディギアンと戦う。
絶対に敵わないと悟っていようとも、一矢報いねば死んでも死にきれない。
全力で。
命で。
リョウ=フルカワという存在の全てを賭けて、挑まなければならない。
「はぁぁぁああああああああああああああああああああああッ!」
ありったけの魔力を。
どうせここで死ぬのならば後先など考えずとも良い。
信用はならないが、芽香美がいる。
モルディギアンの場所を探させた芽香美ならば、この魔力が全快したという神の獣と呼ぶに相応しいナニカも倒してくれるだろう。
そう願い、リョウは一撃にかけた。
「神速両断ッ!」
通常以上の魔力を練り上げたせいか、全身を駆け巡る魔力が血管を裂く。
眼が充血し、鼻血を垂らし、皮膚が鬱血するのもいとわずに。
「おいおい、せっかくのキレイな身体を傷付けんじゃねぇよ。てめぇとは戦う気はねぇってんだ」
「エクサスッ!」
モルディギアンの言葉は、もう聞こえない。
うねる魔力の流れが外界の音を遮断する。
この一撃で、どうにか倒す。
否。
倒せないだろう。
倒せるはずがない。
だが、示すのだ。
人類というちっぽけな存在を神に知らしめなければならない。
この一撃で、少しでも傷跡として残さなければならない。
リョウは生存の証明を遺すのだ。
「エクシィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイドッ!」
腕がもがれるかのような感触に見舞われながら、未だかつてない威力でリョウは魔術を放った。
幸いにもモルディギアンは動かない。
受け止めてくれる。
完全になめてくれている。
無駄な足掻きと、哂ってくれている。
「がはッ……!」
魔術を放った瞬間、血を吐いた。声が出せない。
(突き刺され……ッ!)
リョウは念じることしか出来なかった。
「グフフ──」
直撃。
爆風が吹き荒れた。
モルディギアンの身体に風の爪痕が刻まれ、突き抜けて行く。
粉々に、粉微塵に、砂粒のように、モルディギアンの肉体は破壊しつくされた。
衝撃で吹き飛んだのだろう、モアだったモノが遠くで蠢いている。
「がふッ、ぐぅ……ッ」
無理をした。
魔力どころか命さえ燃やした。
リョウはもう立てない。
緊急用の魔術が発動し、リョウの姿をリスへと変えようとする。
リョウはそれを拒んだ。
命を賭けたこの状況で、そんな無様は晒したくない。
膝を付き、額を地面に押し付けて、込み上げてくる血液を吐き出すことしか出来なかった。
人生最大の魔術だった。
文字通り命を賭けた一撃だった。
だが、惜しくはない。
あれだけ強大だと思った、敵わないと思ったモルディギアンを、粉々に出来たのだ。
(なんだ、届いたじゃないか……)
何を怖がっていたのだろう。
芽香美を怖がり、モルディギアンを恐れていた自分は何だったのだろうか。
命を賭ければ何とかなるものだ。
もう魔術を放った右腕は使い物にならないかも知れないが、それでも何とか生きている。
少し休み、魔力を回復すれば動けるようにもなる。
そうすれば、ゾンビになってしまったモアも、死してなお動かされる呪縛から救うことができるだろう。
(──え?)
疑問が浮かぶ。
必死で顔を上げた。
マリオネットが、遠くで蠢いている。
(なん、で……?)
死者を操る魔術のはずだ。
緑系統の禁術のはずだ。
術者が死ねば、供給される魔力が途絶えれば、その効果も消えるはずだ。
「ォォォオオオオオオオオオオオオオ」
次いで、周囲から轟くグールの声が聞こえた。
堕ちそうになる意識を必死に繋ぎ止め、見渡す。
グールが居る。
変わらずに、グールがそこかしこに蔓延っている。
何も変わっていない。
『グフフ、グワーッハッハッハッハッハ!』
哂い声が、響き渡った。
(はは、ははははッ)
笑い声は上げられない。
心の中で笑うしかない。
(なんだろう……?)
気配を感じ、リョウは顔を正面に向けた。
黒い影がある。
大きく、どこまでも巨大な、影がある。
見上げた。
震える身体を無理やりに起こし、膝を付いたまま、顔だけを空へと向ける。
「ぁ、ぁ……ぅ、ぁ……」
見た。
見てしまった。
火災旋風によって赤く照らされる夜空に、ソレがそびえ立っている。
黒く、巨大な影。
幾本もの触手が蠢く、全長数百メートルはあるだろう漆黒の物体。
『てめぇも魔力が枯渇すりゃぁ、消費を抑える為に擬態すんだろうが。まさか、さっきの魔術で俺様を倒せたとでも思ってやがったのか? グワッハッハッハ! こいつぁ傑作だ』
夜空に響き渡る声が、教えてくれる。
どこから発せられているのかも解らない声。
その声が教えてくれる。
慈悲の声で教えてくれていた。
(擬、態……?)
今しがたその魔術に抗ったばかりだ。リスになってしまう無様を拒否したばかりだった。
魔術師ならば、誰もがそういった術式を刻み込んでいる。
(モルディギアン……も……?)
鼻の無い狼のような顔面に、二足歩行の獣の肉体。
それが、リョウがモアや芽香美から聞いた姿であり、今さっき粉々にしたモルディギアンだった。
(消耗したあとの、擬態した姿だった……?)
地面に伸びた一本の触手が、ソレを教えてくれる。
埋まっていた触手が引き抜かれ、地面を抉って姿を現していく。
先端は、リョウがモルディギアンに放った魔術の着弾点に続いている。
粉々にしたはずの、その場所、その存在。
(触手の、先端……!?)
リョウの一撃は、確かにモルディギアンに傷を付けたのだろう。
だが、それは余りにもちっぽけだ。
大きくて長い、触手の先っぽ。
その巨体から考えれば蚊に刺された程度の傷ではないだろうか。
リョウが命を張って放った一撃は、モルディギアンからすれば真に蚊に刺される程度の傷だったのだ。
ああもう、かゆいなぁ──と、刺された部分をかくような、そんな程度が、リョウの命の証明だった。
「ぁ、は、は……は……っ」
力が抜ける。
口から零れる音は、笑い声だろうか。
解らない。
もう、何も解らない。
心が感情を失っていく。
『ったく、てめぇの相手は俺様でもねぇってのに、勝手に身体を傷付けてんじゃねぇよ。使い物にならなくなっちまうだろうが』
ナニカがナニカを言っている。
慈悲深い声でナニカをイッテイル。
リョウにはもう、理解が及ばなかった。
人智を超えていた。
ならば、理解できるはずがない。
これは差ではないのだ。
神の獣と人類は、差などではない。
そういうものなのだ。
人類は神の獣の、旧支配者の、モルディギアンの、餌でしかなかった。
『さぁ、駒は揃った』
何も解らないという思考すら、奪われていく。
『てめぇの相手は、あの人間のガキだ』
誤字脱字、読みにくい部分等ありましたら申し訳ありません。
戦闘シーン書いてて楽しかったです。
戦闘シーンというより一方的な虐殺が多いですが。
でも魔術の名前? 名称? 考えるのは苦手……。
少しでも楽しんでもらえたのなら幸いです。
次回更新→24日。(多分)