第三話 成美の夢~後編~
ゲーム○ンター○Xが面白すぎるのぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
DVDレンタルが止まらないのぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!
た○ゲーが大好きなのぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
いや、ほんと、ギリギリでした。
何で書き上げられたんだろう……。
成美は怖い夢を見るらしい。
最初はモアを気絶に追いやった芽香美のことについて調べるため、知り合いであるらしい成美に接触しただけだった。
特に問題もなく信頼を得ることができ、成美だけでなく成美の母静子、明日香ともそれなりに気を許せる仲になったことで、会話の幅も広がっていった。
情報はどこに転がっているか解らない。特にモアは、この世界のことについて何も知らないと言っても過言ではなく、エリウルールに帰る手段を探し出すまでこの世界に滞在しなくてはならないのだから、生活の上でも情報は必要だった。
モアはエリウルールと地球との常識のすり合わせも兼ねて様々な話を聞いた。何でもないような雑談から、日本という国についての簡単な歴史まで、それこそ初日は夜になるまで美浜親子としゃべっていた。
成美と静子がおしゃべり好きだったのは嬉しい誤算である。
さておき、モアは会話の中に度々登場する『夢』という単語に興味を抱いた。
グールに襲われた日までは数か月に一度くらいの頻度だったようだが、以降、毎日見ているとのことで、モアは毎回その夢について詳しく聞くようにしている。
何故、魔術師でもない単なる少女が見る夢にモアがここまで興味を抱いたのか。
それは、現実の状況と似ている部分が多いからだった。
魔術が知られていないこの世界に、クトゥグァやモルディギアンが現れ、それと戦える力を得た芽香美がいる。
成美はそれを、夢という不確かなものではあるが、視ているのだ。
少なくとも、成美はそう信じている。
怖いナニカと戦う芽香美の姿をした優しいナニカ。
成美はそう表現している。
魔術師の中には占いや未来視によって予言を残す者が少なからず存在する。その精度は不確かなものではあるが、信じる者は多い。
成美にもその力があるのではないだろうかと、モアがそう考えるくらいには否定する材料が少なかった。
普段の成美は単なる少女にしか見えないが、気になったモアは夜、眠っている成美の魔力を密かに観測した。
この世界に生きる人々は、通常、魔力を垂れ流している。普段の成美もそこは変わらない。
眠っている時の成美は──魔力をまとっていた。
これで魔術師ではない、と言われたらモアは嘘だと断じるだろう。
気付こうと思わなければ気付けないレベルの薄い魔力ではあるが、成美は就寝中、確かに魔力をまとっていたのだ。
ほとんど透明で読み取ることはできなかったが、魔力文字のようなものも確認できた。
おそらく、何らかの術式を無意識の内に展開して未来を視ているのだろう。
それだけで未来視と断定することはできなかったが、かといって否定する要素がさらに減ったのは間違いない。
確かなことは、成美が知らないクトゥグァと芽香美の戦いを、ほぼ言い当てたということだけ。
リョウから聞いた芽香美が魔術師として覚醒した日、クトゥグァと戦ったその日の数か月前、成美は夢の中で熱い思いをしたという。
怖いナニカに襲われて、熱くて死にそうになっていたところを芽香美と賞する優しいナニカに救われたという。
成美は当日、芽香美が戦っていることを漠然と察したらしいが、敵が炎の化身たるクトゥグァだったことなど知るはずがない。
魔術師として目覚めた芽香美が瞬殺したらしいのだから、この世界の誰もクトゥグァの存在には気付けなかっただろう。ならば、敵が炎を操ることなど解る訳がないのだ。
グールに襲われた五日前のことは、夢には視なかったらしい。グールから救ったのはモアだ。芽香美ではない。
いつも夢の中で助けてくれるのは芽香美なのだから、違う存在に助けられる部分は視られないのかもしれない。
しかしここ数日視ている夢は、グールと思しき怖いナニカが多数出現し、優しいナニカに助けてもらうという内容らしい。
日を重ねるごとに、その内容は明確になってきているようで、成美は必死に誤魔化そうとしているが、出会った当初よりも元気がないのは明らかだった。
怖い夢を見るということに精神的な疲れを感じているのも要因の一つだろうが、無意識の内に魔術を使い、未来を視ているのも心身に負担をかけているのだろうとモアは予測している。
明日香もそれを感じ取っているらしく、モアと同じく毎日成美を訪れ、少しでも長く一緒に居ようとしている。
「ありがとう。とても参考になったよ」
モアは成美が語る昨日の夢を聞き終え、そう返した。
昨日の夢も、やはりグールと芽香美が戦う夢だったようだ。
廃墟のような場所で、夥しい数のグールが徘徊する中、芽香美は一人で戦い成美や他の誰かを護っていたらしい。
話の中で度々「死んじゃった人が、生き返るんだよ」という言葉が出てきたのが気になったが、モルディギアンは死を司ると言われている。これはおそらく、殺された人々がモルディギアンの手先となって復活することを示しているのだろう。確かに、土系統の魔術の中には死者を操る魔術も存在する。
死の王がその魔術を使えないわけがない。
「成美ちゃん、たくさんしゃべって喉が渇きませんか? おかわり入れますわね」
「うん、ありがとう、明日香ちゃん!」
「モアさんもいかがです?」
「ああ、頂こう」
明日香は成美とモアのコップにお茶を注ぎ、成美を不安気に見つめている。大切な友人が良く解らないことに巻き込まれているのが怖いのだろう。
直接的に関わっているわけではないが、間接的には大いに関わっている。
モアが成美の視る夢を軽視せず、こうして毎日聞きに来ているのも、明日香にとって本当はやめてほしいのかもしれない。
だが、気兼ねなく話しかけて来てくれることからモアのことは信頼してくれているようだ。
明日香の不安は、芽香美にあるのだろう。
明日香は芽香美のことを毛嫌いしている。芽香美が関わることは頭から否定し、認めようとしない。成美が芽香美を庇うような発言をすると、たしなめている。
すでに仲直りしたようだが、襲われた当日、芽香美のことで成美と明日香はケンカをしていたらしい。
モアも明日香の気持ちが解らないではない。芽香美は純粋に戦いを楽しんでいるわけでもなく、かといって誰かの為に戦っているわけでもないように思える。あくまでも自分の為に戦っているだけで、その行動は自分勝手だ。
だからこそモアは、リョウに魔力封印処理をお願いしている。
リョウの存在がなければ戦力として芽香美をカウントせざるを得なかったかもしれないが、ズィーアの地で若いながらも名を轟かせているリョウがいれば、モルディギアンもそこまで恐れることはないだろう。
なにより、モアは次期『赤の魔術師』を期待される程度には魔術師としての位が高く、操る魔力系統はモルディギアンが操る土系統に対して有効打となる。
実力的にはリョウに及ばずとも、モアも対モルディギアンの戦力としては相応の活躍が出来ると自負していた。
リョウとモアが協力すれば、再封印も可能だろう。
そこに、敵になるかもしれない芽香美の存在は不必要だ。これ以上、魔術に関わらせてはいけない。そう判断している。
加えて、成美の話のなかにモルディギアンと思われる存在はここまで登場していない。
あくまでも芽香美はグールや『死んだのに生き返った』と思われる人々と戦っているだけだった。
魔力封印処理が上手くいかなかった場合でも、リョウとモアがモルディギアンと戦うことになるのだろう。
とはいえ、あくまでも可能性の話。
成美が未来視しているのはほぼ間違いないのだろうが、それが確率による未来予想なのか、未来そのものを幻視しているのかで意味合いは大きく変わる。
成美本人にも解らないだろう。
あくまでも可能性の話として受け止め、モアはモアで出来ることをするだけだ。
「じゃあ、私はそろそろ失礼させてもらおう」
この後の予定もあり、モアは席を立った。
「あら、もうですの?」
「帰っちゃうの~?」
明日香と成美は引き留めようとしてくるが、いつものことなので軽く手を振って玄関へと向かう。
「モアお姉さん、また来てね~!」
「また明日ですわ」
「ええ、また明日。勉強も確りするのよ? じゃあね」
モアは二人に見送られ、家を出る。
向かう先は森。
リョウがクトゥグァと共にこの世界へと飛ばされた場所であり、芽香美がクトゥグァを倒した場所。
転移してきた謎を解明するためだ。少しでも魔力残滓が有れば、何かが解るかもしれない。これも四日前から続けていることだった。
ちなみに、モアが転移して来た場所は人が多すぎるため、主な調査は夜に行っている。
「今日こそ何か掴めると良いが……」
モアはそう呟き、移動を開始した。
九咲市から離れた深い森の奥。モルディギアンはそこを根城にしていた。
配下のグールを使って山々に住む獣を狩って貪り、自身は動かず魔力の回復に努める。
エリウルールであるなら魔術を扱える人間を狩った方が効率が良いのだが、この世界の人間は魔力こそ持っているが扱える者はほとんどいないようだった。
ならば、同じく魔力を保有しているという点では人間と大差ない獣を狩った方が、目立たずに動ける。
大型の獣は数が少ないものの、そこはグールの人海戦術によって質より量を獲っている。
たまに人間も交じっているが、森の奥深くまでやってくる人間を狩ったところで、すぐに騒ぎになるわけではない。
狩った獲物を魂ごと喰らって魔力に変換するのは、死を操るモルディギアンだからこその芸当だった。
「グフフ、惑星魔力が多いのも嬉しい誤算だったぜぇ」
惑星魔力──大地を漂う自然界の魔力──はエリウルールよりも豊富だった。
魔術師がいないというのも大きな要因なのだろう。この世界を漂う惑星魔力は消費されることなく蓄積されており、膨大な魔力タンクを持つモルディギアンが大地から強引に吸引しても、枯れることなく魔力を与え続けてくれる。
さすがに一箇所で吸い続ければ大地の魔力の流れが狂い、この世界に来た魔術師に気付かれる恐れがあるため、食事と吸引を交互に繰り返す必要がある。
それでも、五日間という短時間で九割がた魔力を回復出来たのはこの世界だったからこそだろう。
全ては順調。
あと半日もあれば、完全回復に至るだろう。
だが、懸念はある。
魔力の回復に努めるようになって、モルディギアンはその事実に思い至っていた。
「クトゥグァの旦那……」
獣の頭蓋を噛み砕き、モルディギアンはそう呟いた。
神の獣は同時に封印から解き放たれた。
その時は遠くにクトゥグァの気配を感じていたが、いつの間にか気配が消失してしまった。エリウルールの魔術師にやられたのかとも思っていたが、この世界に転移したことで考えが変わった。
おそらく、クトゥグァもこの世界に飛ばされたのだろう。
度々、青系統の魔術師の気配をこの世界から感じることから、自身が女魔術師と共にこの世界へ転移したように、クトゥグァも力ある魔術師と共にこちらへ飛ばされたと考える方が納得がいく。
しかし、すでにクトゥグァの気配はない。
いかに封印が解かれた直後とはいえ、数人の魔術師にやられるような存在ではないはずだ。モルディギアンとてエリウルールでは多くの魔術師と戦い、その中で『緑の魔術師』と呼ばれていた高位の魔術師を屠っている。
クトゥグァはモルディギアンよりも戦闘力が高い。モルディギアンはかつて、クトゥグァの傘下に入っていたほどだ。
クトゥグァはその無限にも等しい熱量によって、この宇宙全てを裏から操る闇とすら敵対していた。
微力ながら、その助力となっていたことはモルディギアンにとって誇りである。
力は及ばずとも、頭を捻って作戦を考え、物量による援護でクトゥグァの窮地を救ったこともある。
その行為が純粋な力を好む同族に卑怯だとののしられたこともある。
けれど、クトゥグァには信頼されていた。
人間のように王と騎士のような関係ではない。
モルディギアン自身、野心もあった。いつかクトゥグァの裏をかこうと思っていた。
それでもなお、クトゥグァの力は絶大だった。
いつしか、気付かぬうちに魅かれていた。
ライバルにすら成り得なかったが、クトゥグァはそんなモルディギアンを傍に置き、肩を並べて戦っていた。
気高く、雄々しく戦場を舞うクトゥグァの姿に、誰に告げるでもなく、密かに、だが確実に、忠誠を誓ったのだ。
自身が操る死に飲まれたとしても、その事実は忘れることなどないだろう。
そんなクトゥグァの気配が、感じられない。
考えるまでもないだろう。
「あの人間の小娘しかいねぇよなぁ……ッ」
モルディギアンに撤退を選択させた存在。
九割まで回復した魔力を持つ今のモルディギアンでも、まだ届かないと思わせる人間の子ども。
死を操るモルディギアンよりも死を内包し、想像を絶する殺意と暴威を振り撒く破壊の権化。
その名は──、否。
モルディギアンは頭を振って思い出そうとした名を忘れることにした。
それでも、戦ってもいないのに敗北するわけにはいかない。
撤退を選択したその事実。
どれだけ苦渋の決断だったことか。
クトゥグァを屠ったと思われるこの状況。
怒りを制して回復に努める時間のなんと長いことか。
「奴だけは絶対にこの俺様が仕留めてやる……ッ!」
純粋に挑んでも勝敗は五分五分だろう。
いかに魔力が相手の方が上だろうとも、敵は人間の子どもだ。そこに付け入る隙はある。
人間と神の獣。その肉体の差は最後の最後で勝負を分ける一助になる。
それで、五分五分。
モルディギアンは決して自身の力を過信しない。過信するような愚か者ならば、クトゥグァに反旗を翻してあっさり屠られていたに違いない。
クトゥグァと共に戦う中で、自身の戦い方が数の暴力だけではないと知れた。
無い頭を捻って考え出した策が、思わぬ勝機を生むこともある。
「必ず奴を狩る……ッ」
静かに憎悪を燃やし、モルディギアンは回復に努めつつ、術式を練り上げる。
大地に染み込ませるように、練り上げた術式を浸透させていく。
その術式は土壌の惑星魔力に乗り、地を這うようにして目的の場所へと運ばれていった。
隠匿は万全。気付かれることもない。
「ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
モルディギアンは雄叫びを上げ、森に散らばる配下のグールに指令を言い渡す。
夜までは回復に努める必要があるが、その間にもやるべきことはある。
獲物を追い詰めねばならない。
多数の配下が犠牲になるだろうが、普通に戦ってもそこは変わらない。ならば、利用するまでだ。
「暴れてこい、グールどもッ!」
モルディギアンは森の奥深くで宣戦布告を言い放つ。
木々生い茂る薄暗い中、響き渡ったその声を聞き届ける生物はどこにも居なかった。
「それではまた明日ですわ、成美ちゃん」
「うん! また明日ね~!」
「ありがとうね、明日香ちゃん。気を付けて帰るのよ?」
夕方、静子が仕事から帰って来たので、明日香も自分の家に帰る運びとなった。
明日香は成美と静子に手を振り、別れを告げて玄関を出る。
ビルの隙間から見える陽は空を赤く染めている。あと三十分もすれば薄暗くなるだろう。
家までは十分もかからないので、いつもの道を通れば暗くなる前には到着するだろう。
市街地ではあるが人通りもそれなりにあり、危険は少ない。なにより、先日の事件以降、巡回する警察の姿が多くなった。
国道や県道を走るパトカーも多く、いかに重大事件だったかが解るというものだ。
事件が解明されていない今、明日香が成美の家に行くのも、もう少し遠い距離ならば両親から反対されていただろう。
(成美ちゃん、元気そうに振舞ってはいますけど、やっぱり無理をなさっているようですわ)
明日香は今日も一日元気に遊んだ成美の姿を思い返す。
普段通りと言えば普段通りだが、時折、その表情に影が差すことがある。五日前からずっとこの調子だった。
むしろ、日を追う毎に影が差す頻度が増えている気がしてならない。
(やっぱり、怖い夢にうなされているんですねの)
明日香も怖い夢を見ることはあるが、成美ほど頻繁に見るわけではない。それに、モアは予知夢だとも言っていた。
明日香はまだ魔術がどういうモノなのか理解していないが、きっと明日香では到底理解できないナニカがこの世界で起こっているのだろう。
成美は、それに巻き込まれているのだ。
明日香には何もできない。
その術がない。
それでも成美の心の支えになれるのならば、いくらでも力になろうと決意していた。
なにより、モアは頼りになる。
モアは明日香にとってヒーローのような存在だ。
明日香を救ってくれた。
成美を救ってくれた。
怖い怪物と戦ってくれた。
これからも護るために戦うと言ってくれた。
明日香は守られながら気絶してしまうような弱い存在だが、モアはきっと、成美や明日香を助けてくれる。
明日香はそう信じていた。
(問題は、郁坂さんですわ)
芽香美も不思議な力を使えるとのことだが、モアを気絶に追いやったらしい。
同じ力を持っていて、どこをどうしたらそうなるのか明日香には理解できないが、あの素行の悪い芽香美のことだ、ムカついたからという理由で男子に手を上げるのと同じような理由で、モアに手を上げたのだろう。
何十人という人が犠牲になり、それと同じ数だけの人が傷つき、行方不明になった人までいるというのに、自分勝手に行動している芽香美はあまりにも酷すぎる。
(そんな力があるのなら、モアさんに協力すれば良いんですわ)
小さな拳に力が入る。
明日香も夢見たことがある。
悪者から人々を護る、正義の味方。
日曜日の朝に放送されている女の子向けのアニメシリーズ。
もうそのアニメからは卒業してしまったが、自分も誰かを護りたいと思った心は忘れていない。
特に、一番の親友である成美だけには、泣いてほしくなかった。
成美には笑顔が良く似合う。
あの笑顔を見ているだけで明日香も笑顔になれる。
(私にもそんな力があれば、絶対に成美ちゃんを助けてみせますのに……)
そう思う。
(いいえ、私に出来ることをやるだけですわね)
すぐに思考を切り替え、醜い嫉妬を追いやって空を見上げた。
夕焼けが広がっている。
春の風は日中は暖かくとも夕方から冷え込んでくる。
明日香はカーディガンの胸元を閉めるように自身を抱いた。
(そろそろお兄様も帰っている頃ですわね)
高校に通う歳の離れた明日香の兄は、若干シスコンの気がある。心配してくれるのは嬉しいことだが、帰りが遅いと迎えに来てしまうのは恥ずかしくもあった。
早く帰って安心させてあげようと、明日香は歩みを少し早める。
交差点を曲がり、二本目の電柱を過ぎれば我が家である。
明日香はいつものように、いつもの交差点を、曲がった。
「──え?」
足が、止まった。
見覚えがない。
こんなもの、理解できない。
否、知っているはずだ。
明日香はソレに襲われたはずだ。
モアに救われたはずだ。
「ぃ、や……」
心臓が跳ね上がる。
声が出ない。
周囲に助けを呼べない。
恐怖で身体が動かない。
目の前にいるナニカを否定したい。
こんなところに居るなんて嘘でしかない。
「ォォォォオオオオオオオオオ……」
何かを中心に影が広がる。
逃げ出したい。
足が動かない。
影が足元まで迫ってくる。
捕まったら終わりだ。
足が動かない。
誰か助けて。
無駄な努力だ。
モアに助けを請う。
口は空気しか吐き出さない。
力があれば良いのに。
そんなものはない。
ああ、影がもう足下に──。
明日香は悲鳴もなく、影に飲み込まれた。
「お、おい、何だよアレ……!」
「嘘でしょ……」
「う、うわぁあッ!」
その光景を目撃した通行人がいた。
人通りが多い住宅街の交差点で、グールの捕縛用魔術に明日香が飲み込まれる瞬間を確かに見た人間は居た。
その瞬間だけは。
すぐに居なくなる。
主から許可が出たのだ。
暴れろ。
そう告げられた。
目的の人間は捕まえ、転送した。
ならば、あとはもう我慢する必要はない。
「や、やめろ! くるな! くるなぁああああああああああッ!」
喰う。
「ぎゃぁぁあああああああああああああああああッ!」
滴る血が美味い。
「いやぁあああああああああああああああああああああああッ!」
肉が柔らかい。
こんなにも餌が豊富にある。
まだまだ沢山いる。
同胞も多く居るが、その全ての餌を賄えるだけの食料がこの街には溢れている。
「け、警察ですか! 今──」
「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「──ばばばば……げげぇげ……りょ、ぉ、お……」
何かを耳に当てていた人間のその腕と顔の半分を食いちぎる。半分だけになった舌がチロチロと動き、何かを喋ろうとまだ頑張っていた。
片方だけ残った目がこちらを向いて見開いている。
その眼が上を向き、白目を露わにして崩れ落ちた。
脳髄と血が地面に散乱していく。
もったいないと、残った脳みそを吸う。
吸い終わって残った骨と肉を貪る。
足りない。
まったく満足できない。
もっと欲しい。
ふと耳を澄ませば、遠くからも人間の悲鳴が聞こえてくるようになった。
街の至るところで同胞が暴れはじめたのだろう。
負けてはいられない。
うかうかしていたら全部食べられてしまう。
「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
襲う。
食べる。
繰り返す。
グールの腹は、満たされない。
「おい、どういうことだ!」
「だから、全部だよ! この街の全部から魔力反応があるんだ! 街がグールに襲われているッ!」
芽香美とリョウは突如襲ってきた魔力反応のうねりに、家を飛び出していた。
未だ反応の位置を特定できない芽香美はリョウに尋ねるが、リョウは焦って口早に危機的状況を告げるだけである。
そこらで人を襲っているグールを打ちのめしながら、走り続ける。
「親玉は!」
「この中にはいない! グールの気配しかないんだ!」
「ちッ!」
グールなどという雑魚に興味はない芽香美は、潜んでいるであろうモルディギアンを探したいが、リョウにも解らないならどうすることも出来なかった。
「モルディギアンを探し出さないと!」
さすがに街中全ての人間を護れるとはリョウも考えていないのか、道すがらグールを倒しながらも、諸悪の根源を断つべくモルディギアンの位置を特定しようと奮闘しているようだった。
遠くの方からモアという女の魔力反応も感じる。向こうは向こうで動いているのだろう。
リョウとは念話も出来るようだから、協力しているのかもしれない。
(なかなか楽しくなってきたじゃねぇか)
五日間音沙汰なかったモルディギアンがついに動いた。
どんなイベントを催してくれるか楽しみにしていたが、まさか街中全てを使った大虐殺劇だとは芽香美も考えていなかった。
あの場面で撤退を選択するような相手だ。もう少し静かなモノを想像していたが、どうやら神の獣は頭も獣らしい。
無差別に人を襲っているようにしか見えないグールだが、五日も時間をかけてコレでは少々拍子抜けだ。
グールを倒して疲弊したところにモルディギアンが出てくる。単純に考えれば、この状況はそうとしか思えない。
(いや、これも理由があんのか?)
芽香美は警戒を怠らない。
これまで何度死んだと思っているのだ、と、冷静に徹する。
この騒ぎが目くらましだとしたらどうだろうか。
裏で動いていることを隠そうと、大々的に暴れているのだとすれば、ここでグールを倒していても仕方ない。
だが、そうだとしても芽香美には気付けない。
「おい! 探知範囲をもっと広げろ! 空も地中も街の外も全部だ! 出来るだけ広げろ!」
リョウに頼るしかなく、芽香美はそう指示を出した。
「えぇ!? り、了解しました!」
何故、と聞くことはさせない。睨んで実行させる。
しばし走りながらグールを殴り飛ばしつつ、リョウからの返答を待つ。
随分集中しているのか、グールを屠るリョウの動きに精彩さがかけ、頬に汗が浮かんでいる。
それからすぐに口を開いた。
「や、やっぱり何もないよ! 半径百キロくらいにはモルディギアンの気配は感じられない! グールの気配もこの街だけだ! 空にも地中にもいない!」
リョウの探知範囲は予想していたよりは広かったが、嬉しい言葉ではない。
「てめぇが見逃した可能性は!」
「それも考えて細かく調べてるけど、ここまで何も感じないのは──、待って! 探知ギリギリの場所に反応がある! ……ような、気がする……?」
「どういうことだ!?」
「一応モルディギアンっぽい反応は見つけたけど、薄い気がするんだ」
釈然としないのか、リョウは眉根をひそめている。
だが、手掛かりはそれしかなかった。反応元がモルディギアンであろうとなかろうと、グールを相手にするよりは何倍も面白いことが待っているだろう。
「方角だけ言え! 私はそこに向かう!」
「こっちの方角です!」
リョウは自身の後ろ、北を指し示した。
探知ギリギリということは百キロは離れているということだ。この方向なら二つくらい県をまたぎそうだった。
「っしゃ! 行くぜおらぁぁぁああああッ!」
怒声染みた声を張り上げながら、芽香美はすぐさま飛び立つ。
「ひ、人は殺さないでねぇー!?」
後ろからそんな叫び声が聞こえて来た気がしたが、風の音で掻き消えたのだった。
暗い空間だ。
怖いナニカが遠く近くに居てこちらを狙っている。
優しいナニカはまだ姿を現さない。
これは、いつもの怖い夢だろう。
そう、いつもの夢だ。
(──あれ? もう、夜になっちゃったんだっけ?)
成美は思い返す。
静子が帰宅し、明日香が帰る時間になったので見送った。
夕飯の支度をする静子の背中を眺めながら、魚の焼ける良い匂いに期待を膨らませていたはずだった。
皿の準備を手伝い、ご飯をよそって、それから──、それから記憶が途絶えていた。
いつも通り美味しい夕飯を食べ、お腹が膨れ、いつのまにか眠ってしまったのだろうか。
お風呂に入った記憶がない。
歯を磨いた記憶がない。
静子にお休みの挨拶をした記憶がない。
(……ん~? 何かを見たような……何だっけ?)
記憶が途絶える直前にナニカを見た気がする。
思い出せない。
(う~……怖いよ~……)
寝てしまったのならもうどうしようもない。
ここ数日毎日見ている夢を、朝が来るまで見なければならない。
でも大丈夫だ。
ピンチになれば必ず優しいナニカが助けに来てくれる。
成美はそれを知っている。
(芽香美ちゃん……)
モアを傷付けた芽香美は、優しい手で成美の頭を撫でてくれた。
毎日怖い夢から助けてくれている。
芽香美が何を思ってるのかは解らないが、成美は芽香美を信じている。
今日もきっと、芽香美が助けてくれるのだ。
「sakjshaoilkzndl;kanaoirhgwilkzdniwhッ!」
(ひぅ!)
声だ。
理解出来ない言語で喚き散らしながら、ゆっくりと近づいてくる怖いナニカ。
最初は成美の周りで延々と叫ぶ。
ただの声ではない。
聞いているだけで心の奥底から恐怖が湧き出て、怖いという感情以外の全てが掻き消えて行く。
自分が自分でなくなるような感覚。
絶対的存在によって身体だけでなく心の一辺、自我の末端まで侵される感覚。
成美という存在はなんとちっぽけなモノなのだろう。
ただの声に侵食され、弄ばれ、恐怖という感情だけを残され、怯えて泣き震えることしか許されない。
これに屈すれば楽になる。
自分が自分でなくなれば解放される。
そう感じられる。
この恐怖たるナニカに身も心も捧げれば、きっと成美は解き放たれるだろう。
何も感じることなく、全てを忘れ、何もかもを奪われて、きっと夢幻へと堕ちるだろう。
救われるのだ。
巣食われるのだ。
(や、やだ……! いやだよぉ……!)
自己の喪失が最大限の警鐘をならし、僅かに意思を取り戻す。
逃げる。
震える足に力を込めて、怖いと思う心がまだ残っている内に、必死になってどこかへ逃げようと身体を動かす。
闇に包まれ、上下左右も解らない空間を、声がしない方向へと懸命に走りだす。
声はすぐ後ろから聞こえてくる。
どうあがいても振り払えない。
「ひぐ、ぐすっ、うぅぅうううう……っ!」
涙を流しながら。
鼻水を垂らしながら。
怖いと思う心で身体が動く内に。
(助けて……っ!)
誰を。
(助けてよぉ……っ!)
何から。
(芽香美ちゃん……っ!)
ゾクリ、と背中が戦慄いた。
立ち止まる。
この感覚を知っている。
最初は怖いと思ったこの感触を知っている。
(芽香美ちゃん!)
ジワリ、と成美の身体から何かが染み出していく。
闇に染まったこの空間よりも一際黒く塗りつぶされた塊。
流体のように成美の目の前で揺らめき、塊の至るところが収縮を繰り返し、黒い紫電が爆ぜる。
それは徐々に人の形を成していく。
見覚えのある後姿。
「芽香美ちゃん!」
その名を呼んだ瞬間、蠢く黒い塊は芽香美の姿へと確立した。
「…………ッ」
言葉もなく、迫り来る怖いナニカへと向かって行く優しいナニカ。
顔はいつも見えないけれど。
その後ろ姿は何度も見てきた。
何度も助けられた。
きっと、今日も助けてくれる。
黒い霧のようなものをまき散らし、呪詛のような叫び声を上げる怖いナニカ。
黒い紫電を放ち、縦横無尽に駆け巡ってナニカを行使する優しいナニカ。
嗚呼、護ってくれている。
今日も護ってくれている。
いつか恩返しがしたいと思う存在に、今日もまた助けられている。
「ありがとう……」
成美は謝罪の言葉を贈ることしか出来ない。
このちっぽけな存在は護られることしか出来ない。
どれだけ感謝しても、どれだけ謝罪しても、どれだけ願っても、優しいナニカには届かない。
成美は護られながら見守ることしか出来ないのだ。
──か。
「……え?」
声が聞こえた気がした。
──が持たない。
「え、え?」
どこからか声が聞こえる。
──覚ませ。
「だ、だあれ?」
大人の女の人の声……、に聞こえる
──も、──られ──った。
「どこにいるの?」
周囲を見渡すが、黒い空間しか見えない。
─な─い。
「え──」
そうして成美は目撃した。
いつも護ってくれる優しいナニカが、怖いナニカに塗りつぶされた。
勝っていたはずだ。
今までずっと勝っていた。
今までずっと成美を助けてくれていた。
絶対に大丈夫だと信じていた存在が、怖いナニカに食い荒らされている。
芽香美だったナニカが黒い塊に戻り、塊ごと飲み込まれている。
「い、や……」
信じていた。
否、今でも信じている。
「いやああ……ぁ……」
けれどもう、ダメだ。
ダメだと悟った。
「め、芽香美ちゃ……ん……」
終わる。
終わってしまう。
何もかも、もう手遅れだ。
怖いナニカが迫り来る。
もう護ってくれる存在はいない。
芽香美は、怖いナニカに取り込まれてしまった。
次はきっと、成美の番だ。
「芽香美ちゃぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアァァアアアァッァアアァアアアアアアアアアアアアアアアアア──……」
成美は断末魔を上げた。
喉が潰れるほどの悲鳴を上げながら、怖いナニカに侵される。
口から、鼻から、耳から、目から、皮膚から、毛穴から、身体の至る所から怖いナニカが侵入してくる。
塗りつぶされる。
黒く塗り替えられた成美をさらに喰らおうと、心の奥まで染み込んでくる。
楽しいことが好きだった。
笑顔が好きだった。
静子が好きだった。
死んだ高広が好きだった。
明日香が好きだった。
クラスメイトが好きだった。
芽香美が好きだった。
今度は成美が芽香美を救うのだと意気込んでいた。
それら全てが、砂になって消えて行く。
成美を成美足らしめる全ての感情が、抜け落ちて行く。
心の奥底から湧き上がるナニカが、憎悪する。
誰かを憎む感情に支配されていく。
書き換えられ、がらんどうになった成美の心は、魂はその一片までをも侵されて──
『つまらん』
──その言葉を最後に聞いて、成美は死んだ。
誤字脱字、読みにくいところがありましたら申し訳ないです。
次回予告
私は小学生魔術師、郁坂芽香美。
同級生の美浜成美と柊明日香が横たわる遊園地──モルディギアンが催す殺戮イベント──に遊びに行って、腐臭をまき散らす怪しげなゾンビを目撃した。
ゾンビに夢中になっていた私は、背後から近づいてくるもう一人のゾンビに気付かなかった。
私はそのゾンビに心臓を貫かれ、目が覚めたら──、
身体が縮んでしまっていた!
郁坂芽香美が魔術師だとばれたらまた面倒なことになり、主に自分に危害が及ぶ。
自分自身の助言で正体を隠すことにした私は、成美に名前をきかれる前に姿を消し、金輪際関わり合いにならないよう、自室のベッドに転がり込んだ。
たった一つだったはずの命を繰り返す、見た目は幼女、頭脳は狂気、その名は、ひきニート芽香美!
半分くらい嘘です。
次は多分モルディギアンとは戦うと思います。
てかそろそろ戦闘描写書かせて(白目
次回更新→17日(だったら良いなぁ)
【2/16追記】全然書けてないので更新は一週間のばします。
【同日追記】やっぱ書けたので17日に更新します。