第三話 成美の夢~前編~
一話分とか書けないくらいに色々あったから色々ある前までに書いてたものを上げるんだよぉぉぉおおおお
説明が多くて書いててつまらないんだよぉぉぉおおおおおお
主人公だと思う芽香美さんも大人し目
もっと狂いたい
自室にてベッドに腰掛けた芽香美の前では、一人の年若い男が緊張を露にして正座をしていた。
細身ではあるが体付きは良くアスリートのような印象を受け、黒目で少し茶色がかった頭髪は日本人のそれであり、顔は俗に言うイケメンの部類に入るだろう。
テレビに出ていてもおかしくないくらいに整っているその顔は、けれど、擦り傷や青痣によって見るに堪えない様相を呈していた。
「言え」
芽香美は簡潔にまとめた一言によってリョウに発言を促す。
「……はい。わたくし、リョウ=フルカワは、郁坂芽香美様の御部屋で粗相をしてしまい、清く素晴らしい絨毯に黄色い染みを作ってしまいました……。どうぞ、この愚かなわたくしめに罰を、どうか罰を与えて下さい……」
土下座である。
ほんの数日前までエリウルールはズィーアの地にて魔術師の頂点として尊敬を集めていたリョウに、最早プライドなどない。
五日前、リョウという存在は完全に芽香美の支配下に置かれることになったのである。
何故もない。芽香美が小学校で大暴れしている頃、リョウはこの部屋で尿意を堪えていたのだが、あまりにも長時間我慢してしまったせいで失神。と同時に失禁。
絨毯に尿を解放して倒れるリスを発見した芽香美は、それはもう優しく丁寧に扱ったのである。
それから毎朝、こうしてリョウに反省を促している。しゃべれなくなってしまっては困るので加減はしているが、罰を与えてくるように言うのだからしょうがない。
「顔を上げろ」
「……ぅう、はいぃ」
芽香美は魔力こそ籠めないものの、本気でリョウの頬を殴り抜いた。
「あぎゃぃ……ッ! ……いひッ!? ぅ……ぁッ! ……はッ!」
リョウは悲鳴を上げて床をのた打ち回る。
しばらく頬を抑えてうずくまっていたが、リョウは再び土下座姿勢をとった。
「ば、罰を与えて下さり、あ、ありがとうございます……」
「心が籠ってねぇ。もう一度」
「罰を与えて下さり、本当にありがとうございます……ッ」
「ふん。まぁ、良いだろう」
「ありがとうございますっ」
芽香美はこうしてリョウに誠心誠意を込めた謝罪をさせることで哀れなリョウを許している。
そう、本当に一日一発だ。それ以外のことは何もしていない。
これまでは事ある毎に殴る蹴る抓る引っ張る等の責め苦を与えていたが、反応が単調になってきてしまったので、こうして精神を削る攻撃に変えたのだ。
自分のしたことを毎日自覚させ、謝罪させ、罰を求めさせ、執行する。
まだ五日目だが、これを毎日繰り返して行けばリョウは芽香美に身も心も完全に服従するだろう。
この一発以外をしなくなって二日目に魔力が回復したらしく、芽香美としても都合が良かったので人間の姿に戻ることも許可した。
ただ、両親に見つかることは許していないので、基本的にリョウはこの部屋にいる。この部屋ならば両親も勝手に入って来ないため、芽香美が外出しているときは自由に過ごすことも許していた。
とはいえ、五日前に小学校がモルディギアンと配下のグール──名称はリョウに説明させた──に襲撃されてから、学校は休校状態のため外出する機会も減っていた。
死者、行方不明者、負傷者などを合わせると百人を軽く超え、児童の総人数の半数が負傷者以上でカウントされている。
死亡が確認されている児童はまだ良い方だろう。悲惨なのは、行方不明として扱われている者たちだ。食われて残骸すら残さなかった者や、転移魔術に巻き込まれたか連れ去られたかで消えた者は、永遠に戻ってこないだろう。
知ったことではないので、芽香美は休校をこれ幸いと捉えてリョウから魔力運用や魔術についての講習、というより実際に経験することで学んでいるのが現状だった。
朝の謝罪と罰を終えたので、今日もこれからそれが始まる。リョウが元の姿に戻って一番の収穫がこれだった。
「さっさと行くぞ」
「……はい」
両親はすでに仕事に出かけているので玄関から出ても問題はないが、四日前に飛翔魔術を覚えてから、窓から外に出ることにしていた。
この際、目撃されないように認識をずらす魔術を使用している。この魔術は攻撃用以外で芽香美が真っ先に覚えた魔術である。これがなければ、事件後にもっと面倒なことになっていただろう。
さすがに百名を超える被害者とその周囲全員の認識をずらし、事件そのものをなかったことにすることは不可能だったが、芽香美は運よく生き残った被害者でしかない、という認識に書きかえることは可能だった。
警察からの事情聴取や両親からの過剰な心配も面倒だったためそこもゴニョゴニョしたが、特に何事もなく処理出来たので問題はない。
リョウには、多用すると相手の頭がパーになると注意を受けたものの、芽香美には関係ないので問題はない。
家を訪ねてきた警察関係者が若干一名その場で同僚と思しき男に取り押さえられてそのまま救急車で運ばれたという些細な出来事はあったものの、生きているので問題はないのである。
それよりも今は魔術についてもっと多くのことを知らなければならない。
芽香美はリョウと共に上空へと昇り、滞空する。
「それでは、始めたいと思います」
リョウはそう告げると、自身の周囲に大小さまざまな青く光る球体を出現させる。
その大きさは大小様々であり、また、込められた魔力の密度も一つ一つ違う。
高度な魔力運用と術式編纂能力がなければ成しえない、プロフェッショナルでクリエイティブな技術を伴う魔力弾の生成だ。リョウが一番得意とする分野らしいが、位の高い魔術師はこれくらい出来てあたり前だという。
芽香美は力に任せて空を蹴って跳んだり、力の限り相手を殴ったり、頭に浮かんだ魔術をそのまま使っているだけの状態だったので、この技術の習得は必須だと考えている。
では何をするかと言えば、リョウが生成した魔力弾に、芽香美が生成した魔力弾をぶつけ、対消滅させるだけ。
だけ、とはいえ、高速で飛んでくる魔力弾を瞬時に見極め、同じ大きさ、同じ魔力量を持ってぶつけなければ対消滅は起こらない。
こちらが強すぎれば相手の魔力弾を飲み込んでしまうし、弱ければこちらが飲み込まれる。
失敗して芽香美の魔力弾が打ち勝ってもリョウには当てないように軌道を考えているが、打ち負けた場合、芽香美に直撃するようになっている。
さしたるダメージにはならないが、次から次へと迫る魔力弾は数の暴力だ。数十、数百と喰らえば障壁魔術を展開しない限りかなり危険になる。
だが、芽香美は障壁魔術の習得をあえて後回しにしたため、未だに覚えていない。
それどころか、大した魔力も込めずほぼ生身で受けることにしていた。
芽香美は自分の身を犠牲にし、何かを得るというまさに捨て身の学習方法でこれまで生きてきた。
習得出来なければ死ぬ。
それは芽香美にとって当然のことである。
「行きます」
放たれる青い輝き。
一つ一つは脅威とならない魔力弾が波のように襲ってくる。
さながら青いカーテン。
それが全て芽香美めがけて襲い来る。
「ちッ」
迎え撃つ芽香美は軽く舌打ちし、黒く輝く魔力弾を生成、発射。
どれが速く着弾するか、それがどれほどの大きさで、魔力密度はどれくらいか。
初めの内はリョウの魔力弾も少なく被弾もそれほどしなかったが、日を追う毎に魔力弾は増えて行く。そう指示したのは芽香美のなのだから、忠実に守っているリョウを褒めても良いだろう。
「クソが……ッ!」
中間地点で対消滅させ相殺していた魔力弾が徐々に芽香美へと迫り始めた。
何発かはすでに被弾し、芽香美の白い肌を穿っていく。
出血し、流れる血が芽香美を赤く染めていた。
「うぜぇッ!」
痛みなど大したことではない。苦痛にも快楽にも自由に変わる。
何度も死ぬ痛みを感じてきた芽香美にとって、仮に四肢を欠損したとしても思考が鈍ることはないだろう。さすがに大量出血によって思考が鈍るのはどうしようもないが、それは死と同義であるため意味は成さない。その状況に追い込まれた時点で負けている。
尋常ではない痛みならば常人であれば狂うだろう。
しかし、最初から狂っている芽香美はこれ以上狂いようがない。狂えない苦痛さえも愛おしく想える程に人間として終わっている。
芽香美の思考は至って平常。
出来ないことに対する自分への苛立ちや、愛おし過ぎてついつい笑ってしまうことはあっても、思考は常に一定を保っている。
一定に、狂っている。
魔力弾で多少傷を負っても、それだけで芽香美を揺らがせる脅威にはならなかった。
(一、十四、五、七、二十八、三、八十一──)
芽香美の脳裏を占めるのは数字のみ。
眼前に広がるその一つ一つの魔力弾に数字を当てはめて行く。
それは魔力の密度。大きさはこの際考えていない。大きさよりも問題は込める魔力量にあると、芽香美は最初に理解していた。
リョウが放つ魔力弾の中で、最小単位の魔力密度を一として、おおよそ百までの数字を当てはめている。
小さい数字が多いのは、芽香美がそう指示したのが大きいだろう。大きな数字になればなるほど、芽香美にとって対消滅は簡単だった。
ありあまる魔力を魔力弾として打ち出す芽香美は、タンクも大きければ砲身も大きい。
芽香美がいきなり『一撃突破/神速両断 エクサスエクシード』という脳裏に浮かんだ魔術を練習もなしに撃てたのは、特大の魔力と特大の術式だったからこそである。
リョウに言わせれば「あの……、その魔術……、一応、青系統最上位の魔術ということになってるんですが……」とのことであるが、出来てしまったのだからそういうことだろうと芽香美は考えている。
より小さく、より密度の薄い制御こそ、芽香美にとっては難しい代物だ。
ならばこそ、その弱点を克服したときに芽香美はこの力を完全に使いこなせることになるだろう。
他にも色々と青系統の魔術はある。らしい。リョウはそう言っていた。
だが、芽香美がどれだけ集中しても、脳裏に浮かぶ魔術は先の二つだけ。下位に当たる魔術など一つたりとも浮かんでこない。
克服した時初めて、それが使えるようになるのだろう。
実戦で使える手段が増えるのは歓迎したい。
どれだけその魔術が使えなさそうでも、どんな状況になるか解らないのが戦いだ。芽香美はそれを嫌という程知っている。
小さな虫一匹、他愛のない言葉一つ、それが状況を一変させる手段に変貌する。
今まで殺してきた相手は人間ばかりだった。目に小さな虫が入るだけで隙が生じることもあれば、他人にとっては何でもない言葉が悪漢の心に突き刺さることもある。
芽香美はありとあらゆる手段を用いて、殺してきた。
エリウルールなどという訳の解らない世界に封印されていた、旧支配者などという人外の獣に対して何が有効打となるか、それこそ解らない。
解らないからこそ様々な手段を手にしておかなければならない。
たとえこれから先、それらが全く何の役にも立たないとしても、無駄な力だとしても、芽香美という人間を成長させるには必要なことだった。
「おらぁッ!」
第一波を辛くも防ぐ。
リョウの目には芽香美が満身創痍に見えていることだろう。
すでに出血していない所を探す方が難しい。服はボロボロで、赤く染まった裸体を晒しているに等しい程に傷だらけだった。
「次だッ!」
休むことなく、息を整えることもせず、芽香美は目に流れ込んでくる血だけを拭って叫んだ。
「行きますッ!」
リョウは第二派を展開。
先ほどよりも光量を増した青いカーテン。リョウを中心として左右数十メートルにも及ぶ魔力弾の波はとっくに百という単位を置き去りにし、そろそろ千という単位すら超えるだろう。
魔力弾の展開を終え、万にも届かんとする青い暴力が一斉に射出された。
成美は自宅にて絵本を読んでいた。
その絵本は父親、高広が誕生日に買ってくれた最後のプレゼント。その翌年には、もう父親はいなかった。
母親、静子にどうしていなくなったのか聞いた時、涙を流しながらお星様になってしまったと言っていた。どこかが痛いのかと思い、そう心配したら抱きしめられたのを成美は覚えている。
死んでしまったのだ。
静子は、旦那が死んだことが辛くて泣いていたのだ。
成美がそれを理解したのは、小学校に上がる一年前だった。
当時の成美は、高広の死を理解したことで泣いていた。幼稚園に行っても、涙は流れなくても心が泣いていた。
そんな時、明日香が抱きしめてくれた。
事情など知らない明日香は、優しく頭を撫でてくれた。
明日香にしがみつき、大声を出して泣いてしまったのを覚えている。
枯れたはずの涙が流れたのを覚えている。
それから、成美は明日香にこの絵本を見せてあげた。
明日香もこの絵本を気に入り、よく一緒に見るようになった。
森の中に住んでいた男の子と女の子が、森に住む小さな動物たちと仲良くなり、意地悪をしてくる狼やトラを一緒になって退治する。退治されて心を入れ替えた狼やトラとも仲良くなり、最後は皆で笑って過ごすという内容だ。
コミカルな描写で、狼やトラも決して怖くはない。
成美はこの絵本が大好きだった。
「えへへ。何回読んでも面白いよ~」
涙が流れる。
楽しい内容なのに、涙が流れる。
だが、その涙は決して辛いから流れるものではなかった。
母が抱きしめてくれた。
明日香が抱きしめてくれた。
それが嬉しかった。
成美は皆に支えられて生きている。そんなことに、成美は気付いてはいない。気付けるほど成熟していない。
けれど成美は、自分が受けたその優しさを、今度は誰かに向けたいと思っていた。
自分を包み込んでくれたあの暖かさを、いつか誰かに分けてあげたい。
成美にとって、その誰かとは芽香美なのだろう。
夢の中でずっと成美を助けてくれている。
現実の中で芽香美は常に一人でいる。
成美は芽香美という少女が、気になってしょうがない。
間違った笑顔をしている芽香美に、夢の中で助けてくれる芽香美に、感謝するだけでは足りないと思っていた。
それでも芽香美は、正義の魔法少女だと言った成美を否定した。
芽香美は怖いナニカから護ってくれた魔術を扱う女性、モア──というらしい──に酷いことをした。
「ぅう……、ぐすっ……」
涙が流れる。
怖かった。
そこかしこから上がる悲鳴の中、怖い化け物に襲われたのが怖かった。
助けてくれたモアが、芽香美の手によって傷つくのが怖かった。
芽香美のことが解らなくて、怖かった。
成美の言葉を否定して、モアを傷付けて──それで何故、最後に成美の頭を撫でてくれたのだろうか。
本当に芽香美が自分で言うように、見せつけたように、ただ暴力のままに誰かを傷付けるだけなのだとしたら、どうして頭を撫でてくれたのだろう。
怖い声で、間違った笑顔で、なのに、頭を撫でるその手つきは、どこまでも優しかった。
芽香美は成美を護ってくれるすごい人だと思っていた。
芽香美は一人で間違った笑顔を作る悲しい人だと思っていた。
確かに暴力的な所はある。明日香の言うように関わってはいけない人なのだということも普通に考えれば間違っていない。
芽香美はあんなにも簡単にモアを傷付けられるくらい、やってはいけないことを平気で行える人物だ。それは教えられた。突き付けられた。
ならば何故。
これ以上関わるな、そう言われたような気がした。
きっとその通りなのだろう。芽香美はこれ以上成美と関わりたくないと思っているに違いない。
何故。
芽香美にとって成美は嫌いな存在なのだろうか。
しつこいと言われるくらい毎日声をかけたから、嫌われたのだろうか。
だが、芽香美は最初から成美を──否、全ての人と関わるのを嫌っていた。
誰かに優しくしている所など、見たことがない。
成美が夢を見ていなければ、きっと成美さえも芽香美に話しかけることはなかっただろう。
そんな芽香美が、あんなにも優しい手つきで成美の頭を撫でられるのだろうか。
芽香美は知っているはずだ。人に優しくすることを。
知っていてなお、拒絶しているだけだ。
そう思えて仕方ない。
「どうすれば良いのかな……」
成美には何も解らない。
この絵本のように、最後は皆で笑顔になりたい。
その方法が、成美にはまだ解らない。
解らないから、こうして絵本を見て毎日考えていた。
考えることしか、成美には出来なかった。
「……ん、お客さん?」
玄関のチャイムが鳴った。
成美は急いで涙を拭き、玄関へと向かう。
「おはようございます、成美ちゃん」
「元気かい?」
ドアを開けると、そこには明日香とモアの姿があった。
「おはよ~! いらっしゃ~い。えへへ、元気だよ~!」
成美はリビングへと案内するべく、二人を家にあげる。
二人は事件後から毎日顔を出してくれるようになった。
明日香は成美と同じく家にいても一人であり、寂しくて怖くなるからだと言っていた。
モアは芽香美と成美の見る夢について聞きたいらしく、毎日来ている。
「お茶準備してから行くよ」
モアは勝手知ったると言う自然な動きでキッチンへ行き、成美と明日香はそのままリビングのソファまで移動する。
詳細は省いたが、モアは成美と明日香を救ってくれた恩人として静子にも紹介されている。静子が仕事に行っている間、成美に会いに来るのも許可してくれたので、成美は遠慮なくモアに甘えることにしていた。
「あら、成美ちゃん。この絵本を読んでましたの?」
「うん。何回読んでも面白いんだよ~」
「ふふ、懐かしいですわ」
同じソファに座りながら、明日香は先ほどまで成美が呼んでいた絵本を手に取った。
明日香がこの絵本に触れるのは久しぶりのことだ。どれだけ好きでも成長と共に離れて行く。成美でさえこの絵本を本棚から取り出したのは久しぶりだった。
「お茶持って来たよ。ん? なんだいそれは」
お茶をお盆の上に載せたモアが、ソファに座りながら訪ねてきた。
「絵本だよ~。『ニルスとドーテ』っていうの」
成美は絵本に描いてある男の子ニルスと女の子ドーテを指差しながら、タイトルを教える。
モアはこの国の言葉はしゃべれても文字は読めないらしい。文字に関しては成美と明日香が必要なときに説明することにしていた。
「懐かしいねぇ。私も小さい頃は良くそういうのを読んでいたよ」
微笑むモアに、成美も笑顔を向けた。
「今日はこれを読みますの?」
明日香が首を傾げて聞いてくるが、成美は首を小さく振った。
「ううん、ちょっと寂しくなっちゃって、読んでただけ、えへへ」
「成美ちゃん……」
色々なことがありすぎた。成美の頭では処理しきれない大きな事件だ。クラスメイトの誰かが亡くなり、行方不明になり、今でも入院している子もいる。
知らない誰かも同じようになっている。
芽香美のことが解らなくなっている。
それでも、こうして遊びに来てくれる大好きな明日香が隣にいることに安堵していた。
モアとしゃべるのも楽しい。危ないところを助けてくれたというのも大きいが、芽香美や夢のことについて、真剣に聞いてくれる。それは成美が信頼を寄せるのに足るものだ。
母親が居ないこの時間、二人がいなければ成美はもっと泣いていただろう。成美は二人に感謝するばかりだ。
たとえ──、モアが内心で何を画策していたとしても。
青く輝く無数の魔力弾を展開したリョウは、そのまま数十メートル先にいる芽香美に向かって一斉に解き放った。
本来は追尾性能を持たせる魔力弾だが、これは芽香美の魔力運用を高めるための訓練であり、芽香美は動かないのだから余計な術式は組まなくても良い。
その代り、膨大な数の魔力弾を必要とする。
並の魔術師では第一波の魔力弾の数すら展開出来ないだろう。そもそも、大小さまざまな大きさで密度もばらばらな魔力弾を複数同時展開出来る魔術師など、エリウルールでもそう多くない。ましてや、万に届く魔力弾の展開など果たして誰が出来るだろう。
魔力弾自体はどんな魔術師でも作り出せるものだ。戦闘では牽制や目くらまし程度の役割しか持たず、それ以外の目的で使用するものは少ない。魔力密度を高めれば攻撃手段にもなるが、それをするくらいなら同じ魔力でも高い効果を得られる魔術を行使した方が無難だろう。
旧支配者や芽香美のように尋常ではないクラスの魔力量があるのならその限りではないが、魔力弾とは、そういうものとして魔術師に認識されている。
では、魔力弾がそれだけの役割しか持っていないのかと問われれば、答えは違う。
戦闘以外、特に今まさに芽香美に対して行われている訓練では良く使用されているものだ。
そもそもこの訓練内容を提示したのはリョウである。リョウ自身も相手が繰り出す魔力弾を対消滅させる訓練を幼少の頃より行ってきた。
魔力運用技術と相手の魔力弾、魔術を瞬時に見極める力は魔術師にとって必須。特に、リョウのように肩書を持つ魔術師にって、間違えましたでは済まされない。
故に、リョウは誰よりも魔力運用技術と見極める力を高めてきた。おそらく、その技術力においては他の系統魔術師筆頭の誰よりも高いだろうと予測している。
だが、そんなリョウをもってしても、この訓練方法は異常だと言わざるを得ない。
確かにこの訓練を提案したのはリョウだ。それでも、訓練初日に「じゃあ百くらいからいくか」と言われた時は正気を疑った。
普通、一発からだ。魔力に目覚めて数日しか立っていない芽香美は、エリウルールで言えば両足でようやく立ち上がることが出来るようになった赤子も同然である。それがクトゥグァを倒したのだから意味が解らないのだが、訓練方法までもがおかしいとは予測していなかった。
反論すれば何をされるか解らないので言われるがままに訓練を開始したのだが、
(この子本当に人間なのか?)
初日から──否、出会った時からその疑問が尽きることはなく、今も傷だらけにはなっているものの、万に届く魔力弾を前にして臆することなく、命を賭けの対象にするかの如く覇気を持って次々と相殺させていく。
最初から異常ではあったが、技術の上昇率も異常だ。スポンジが水を吸うように、などという使い古された言葉の遥か上を行く成長具合に、リョウは恐怖しか感じていない。
魔力量で負け、戦闘力でも負け、さらに魔力運用技術でさえここまで高みに昇ってきている。
はたして、リョウはこの万に匹敵する魔力弾をその身に受けた時、相殺しきれるだろうか。
出来る、とは考えている。
リョウとて『青の魔術師』だ。
人並みならぬ努力の末に到達した頂点だ。
芽香美であってもそう簡単に到達できる極致ではないと自負している。その証拠が、芽香美の血に塗れた姿に現れているだろう。
その差を少しでも埋めようと極限の集中力を発揮するためか、本当に命を削って訓練している。魔力での防護すらせず直撃を喰らい続け、このままでは最悪、死に至るだろう。
本来なら、止めている。あとで芽香美に何と言われようが、どれだけ酷い仕打ちを受けようが、たとえ訓練中の事故であろうとも魔術師が魔術師を殺すなどあってはならない。
むしろ、事故につながりそうならば率先して止めるのが高位の魔術師の役目だ。
リョウはそれをしない。
芽香美は危険だった。リョウでさえ知らない魔力系統に目覚め、だというのに使用している魔術は覚醒時に渡した青系統のもの。
それだけではなく、リョウが魔力切れにまで追い詰められたクトゥグァを無傷で倒してしまっている。
これだけでも脅威と認識するのに充分だ。
しかしそれ以上に、
『失礼します。そちらの状況はどうですか?』
『モアか。今訓練中だよ』
この世界に飛ばされたもう一人の魔術師、モア・リダウトの証言がリョウを止めずにいた。
エリウルールにおいて赤系統の魔術師が多く誕生するカメリアの地にて、リダウトの家名を知らない者はいないだろう。その名声はズィーアにも届いている。カメリアを代表する『赤の魔術師』を輩出している家の一つであり、モアはその中でも特に将来有望と囁かれている。当代と先代は違う家の魔術師が『赤の魔術師』として選出されたが、次代を担う魔術師の中に、モア・リダウトの名が上がっているのはリョウも知っている話だ。
数日前、そんなモアから突然念話が飛んできた時は驚いたが、その内容を聞いてさらに驚いた。
モルディギアンとその配下との戦いの最中、この世界にやって来たこと。多くの子どもたちが建物ごと襲撃され、助けに入ったは良いが、芽香美という少女がモアを襲ったこと。
モアはモルディギアンとその配下などより、芽香美の存在を危険視しているという。
芽香美の手によって実際に危害が及んだのはモアだけのようだが、成美という少女も危険な目にあったらしい。
正直、リョウも芽香美が何を考えているのか解らない。
このまま芽香美を放置していれば、旧支配者よりも厄介な存在になるだろう。モアはそう言って警戒を強めているし、リョウも警戒すべき相手だというのは同意できた。
芽香美は得体が知れなさ過ぎる。
『こちらとしては、魔力封印処理を施すべきだと判断しています。私には不可能でしたが、リョウさんなら出来るはずです。いくら相手が強くても貴方のスピードならそれが可能でしょう』
モアは何度目かになる進言をリョウに伝えてきた。
『ああ、解ってる』
そう、リョウも解ってはいるのだ。いかに切羽つまった状況だったとはいえ、協力を申し出た相手がこれほど危険な存在だとは予測しなかった。
それはリョウの落ち度だ。責任を取らなくてはならない。
(でも、どうやって)
リョウは疑問を抱かずにはいられなかった。
魔力量と、それに連なる攻撃力、防御力は圧倒的に芽香美に軍配が上がるだろう。ここ数日の訓練で技術力までもが上昇している。ことここに至って、リョウが芽香美に対して圧倒できるものは速度しかないだろう。
モアからの念話がもう少し早ければ、技術力においても差があっただろう。
さすがにリョウもモアも互いが互いにこの世界に来ていたとは思っていなかった。モアが念話を飛ばしたのは、リョウがエリウルールにて消息を絶ったという情報を得ていたからこそだ。もしかしたら、という可能性に賭けただけであり、情報がなければ接触するのはさら遅れていただろう。
むしろ、芽香美によって気絶させられ、復帰してすぐにその可能性に思い至ったモアを賞賛するべきだと考えている。
おしむらくは、リョウでは勝てないかもしれないくらいに芽香美が成長していることだろう。
──建前としては。
(ぶっちゃけ、勝てるわけないって)
リョウは初日から芽香美の異常さを見せつけられている。
今もこうして嬉々として魔力弾に挑んでいる芽香美だが、どれだけ傷つこうともその動きは微塵にも揺らいでいない。
むしろ精度が上がっているほどだ。
(はは、こんなバケモノに勝てる魔術師がいたら僕が教えてほしいくらいだよ)
微笑みすらこぼれるくらいに、圧倒的に敗北を悟っている。
速度で勝てる? 無理無理、近寄った瞬間ねじ伏せられて終わりだよ──、と。
『少し厳しい戦いになる。念話は終わりだ。君もその成美という少女から夢の話をもっと詳しく聞き出しておいてくれ』
『了解。御武運を』
菩薩のような微笑みをしながら、プライドだけがモアへの返答を強気にしているだけだった。
(はは……、逃げたい)
敵わない芽香美に、叶わない願望。
リョウの心はとっくに折れていた。
今回も読み返し出来てないので誤字脱字、読みにくい部分ありましたらすみません。
次回更新→2月10日までに(書けたら)