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正義の魔法と狂った少女  作者: 厨二と変態が友だち
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第七話 郁坂芽香美と美浜成美~前編~

なんとか7月中に上げられました

 九咲市を一望できる上空。

 強風が頬を撫でる中、芽香美は銀色に輝く道具を傍らに漂わせながら、漆黒に塗りつぶされた夜闇に紛れて滞空していた。


 クティーラから逃げてきた。


 その想いは未だに芽香美の心に燻っているが、アレは今の芽香美が──否、セクメトがどうこう出来る代物ではない。

 遠くない未来に再び邂逅を果たし決着を迎える予感はあるが、今ではない。


 捨て置く。


 芽香美が九咲市に舞い戻ったのは理由があった。

 クティーラが居た領域から遠ざかる最中、世界揺れたのを感じた。


 魔力反応。

 明らかに単体によるモノではない。

 どの大陸からも数千キロは離れたこの海域まで影響を及ぼすような大魔力といえば、芽香美かそれに追随する力を持つ旧支配者、リョウといった力ある存在だけだろう。


 だが、そういった力ある存在が引き起こしたのであれば場所はすぐに特定できる。

 これは全方位から感じられる魔力と魔力が交じり合った揺れ。

 これは単体が起こした現象ではありえなかった。

 小さな魔力反応が世界で大量に同時発生したことで共鳴を起こし、幾重にも重なることで大きな波を起こしたと考えるべきだった。


 再びナニカが起こっている。

 芽香美が推測を立てるための材料は非常に少なかったが、材料自体が特定の場所を指示していた。


 美浜成美。

 つい先ほど邂逅したクティーラの姿。

 直後に起きた世界規模の魔力反応。


 これは偶然ではない。

 そう確信した芽香美は美浜成美が居るはずの九咲市へと舞い戻ったのである。


(すげぇ数の魔力反応だな)


 そこかしこから感じる魔力反応。

 九咲市の住人全てが魔術師にでもなったかのように、この場所だけでも幾万もの反応がある。

 確かに生命というものは少なからず魔力を持っているものであり、それは魔術師になった芽香美も理解していることだ。


 単なる魔力反応ならば芽香美とて無視していただろう。それどころか、意識にすら残らないはずだ。

 だが、魔力を持っているだけという存在と魔術師は決定的に違う。


 魔力の色だ。

 例えば芽香美が放つ黒色の魔力。全てを飲み込み蹂躙する破壊の象徴。

 例えばリョウが放つ青色の魔力。鋭利な刃物で全てを切り裂く風の象徴。

 例えばモアの放つ赤色の魔力。対象を焼き尽くす劫火の象徴。

 魔術師は何か一つ、その人物を表す特徴ともいえる色を魔力が示す。

 単に魔力を持っているだけの存在はその色が薄い。魔力そのものの色は銀色で、魔術師として覚醒していない者は己が持つ属性を自覚しておらず、また表現する術も知らないため、元々の色と混じって薄められているからだ。


 ニトクリスの鏡を見ればそれも理解できるだろう。

 魔道具には意思がない。

 魔力生命体と銘打たれているが、あくまでも人造の生命。そこにニトクリスという個体の意識は介在せず、命令に従って動くプログラムのようなものだ。


 故に、放つ魔力光は銀。

 これまで九咲市の住人は魔力を自覚していなかったため、薄い色合いだった。

 それが今、眼下に広がる光景はどうだろう。

 赤、青、緑、白と、魔術師の基礎となる色を濃く発しているではないか。

 一つ一つは取るに足らない大きさではあるが、これほどの数、規模になれば芽香美とて無視できない。


 明らかな異常。

 この九咲市だけでなく地球全土で巻き起こっている異変。

 そも、この世界は魔術や魔力といったものとは無縁だったはずだ。

 唯一の例外はエリウルールからやってきたリョウによって魔力に触れ、覚醒した芽香美のみ。

 芽香美以外の人間が魔術師として目覚めるはずがない。

 芽香美がそうであったように、魔術を知る何者かの手によってその力に触れない限り。


『──よかろう』


 不意に、セクメトの声が脳裏に響いた。

 これまで黙したままだった声に、芽香美は鼻を鳴らした。


「引きこもりのコミュ障が突然どうした?」

『口の利き方には気を付けることだ。言の葉を操る魔術師であるならなおさらだ』


 芽香美の軽口を断罪するかのようなセクメトの言に、芽香美は元々半眼だった目をますます細めた。


『貴様は気付いていないであろうが、この地はすでに彼奴の術中にある』

「彼奴ってのは誰だ。コレが何かしらの魔術の影響だったのか?」


 遠回しなセクメトに、芽香美は直球の質問を返す。

 答えは返ってくるだろう。

 そうでなくては、このタイミングで沈黙を保っていたセクメトが重い口を開くわけがない。


『我が半身にして救世の神、旧神バースト。彼奴がこの世界に路を造ったのだ』


 その言葉。

 殺意の塊。

 芽香美の制御下に置かれているはずの魔力が圧倒的な憎悪によって爆発的に膨れ上がった。


「う、ぐ……ッ!?」


 突然暴走を始めた魔力を手放すまいと、芽香美はとっさに制御を取り戻すべく抗った。


「っざけんなてめぇ! 殺す気か!?」


 呼吸を乱しながらも制御を取り戻し、中から身体を引き千切ろうとしていた魔力の本流を正常な状態へと落ち着かせる。

 あと一瞬でも手綱を握るのが遅かったならば、ここで今回が終わっていたことだろう。

 それだけの力がセクメトにはあり、それをさせないだけの意思が芽香美にはあった。


「ちッ……、救世の神とやらが路を造ったってのはどういうことだ」

『そのままの意味だ。彼奴等旧神はこの世界とは別の次元に存在している。我らが今いるこの次元へ干渉するには路を造らねばならぬ』


 制御を手放すことはなかったが、セクメトが言葉を紡ぐ度に魔力が波立つ。

 よほど、セクメトはバーストのことを憎く思っているようだった。

 半身、と言っていたからには人間でいう親族やそれに類する存在なのだろう。そんな相手に対して殺意と破壊の衝動を抑えることなく猛っているということは、考えられる可能性は一つだ。


(はっ、裏切られでもしたってか?)


 これしかないと芽香美は予想する。

 旧神だの次元だのということは理解出来ないが、セクメトにとっては大事なモノだったのだろう。


『彼奴がこの世界へ渡るために造った路が、この世界の人間全てを強制的に魔術師へと覚醒させたのだろう』


 セクメトが語るその内容に、芽香美は戦慄いた。


「路を造っただけでか? どんな馬鹿魔力だっつーのッ」


 いくら芽香美でも、全力を出したセクメトでも、単なる魔力の放出だけで他者を魔術師に覚醒させることは出来ない。

 意思を込め、相応の魔力を直接相手に送り込んで初めて魔力を自覚して覚醒する。

 芽香美もリョウに直接魔力を流し込まれたからこそ魔力を自覚することが出来たのだ。

 目に見える範囲に居る者になら芽香美でも可能だろう。送り込まれた相手がセクメトの魔力が持つ強烈な殺意と悪意に耐えうる精神を持ち合わせているのならだが。


 だが、それでもせいぜい百人に届くかどうか。

 世界規模で人に魔力を直接流し込むなど、どうすれば良いのかさえ解らない。


『旧神とはそういう存在だ。特に彼奴、バーストは眠っている者を足掛かりにこの次元に干渉してくる能力を持っていた。今回もその力によって路を開いたのだろう』


 芽香美はセクメトの話を聞きながら、美浜成美が住んでいる家へ向かうため低空で飛んだ。

 道中、道端に倒れている人が何人も居た。

 道路を走っていたであろう車が何台も事故を起こしている。

 そこに駆けつけるはずの緊急車両は一台もなく、悲鳴はおろかサイレンの音さえ聞こえない。


「ふんっ」


 なるほど、眠っている者、とはそういうことかと芽香美はセクメトの言葉に納得した。


「バーストって奴がこっちの次元に干渉するために人を眠らせ、路を造ったってことか。それも、全世界の人間を巻き込んで」

『それでも足りぬだろうな。この世界の人間全てを利用しても、彼奴等旧神がこの世界に顕現できるような路を造ることは不可能だ。それほどに次元は隔たれている』


 本当に不可能ならばこんなことをする意味などない。

 ならば、意味はあるということだ。


『小さな路であろうとも、そのわずかな隙間を通るために力を落とせばよい。そして弱体化してなお、この次元に存在するためには制限を課せられるであろう』

「はッ、弱った敵を殴っても面白くもなんともねぇな」


 芽香美はつまらなさそうにそう呟くが、セクメトの魔力のうねりは益々強くなった。


『断言しよう。弱体化し、制限をかけられた彼奴に対して、それでもなお貴様は──』


 言葉の途中、芽香美はその場に急停止した。

 夜空を見上げる。


「……ッ」


 喉がなった。

 天使。

 そう、天使としか言い表せない金色のモノが居た。

 金色のモノから魔力が溢れ、その度に舞い散る燐光が黄金の羽を想起させる。

 その場所だけが金に照らされて闇夜を払拭し、単なる空間を聖域へと昇華させている。

 そこに居る──否、在るだけで。

 ただそれだけで、芽香美は先のセクメトの言葉の続きを幻聴した。


 ──死ぬ。


 弱体化し、制限をかけられているらしい。


(どッ、どこがだッ!!)


 知っている。

 この感覚を芽香美は知っていた。

 魔道具ニトクリスによる分身体が、セクメトの魔術を放ったあの時、芽香美は悟った。

 死ぬのだ、と。

 まさにその状況と今は酷似している。

 弱体化し、制限をかけられているらしい。


(そんな状況でセクメトと同じだとッ!?)


 本能が死を受け入れようとしている。

 見ているだけで精神を犯し、侵し、冒し尽くされる。


「ふ、ふざけんな……ッ」


 意思の力のなんと弱いことか。

 声が震え、身体までもが震えている。

 その領域に踏み入れるのだと覚悟を決めていたはずだ。

 そのための手段は知っているはずだ。

 だが、本能が拒絶している。

 その領域に立つモノを拒絶している。

 不安が一気に広がった。

 そんなもの、とっくに失ったはずだというのに、今の芽香美は死への恐怖と不安で塗りつぶされようとしていた。


 旧神バースト。

 ただその姿を見ただけで。


『繰り返すだけに過ぎんぞッ!』

「……ッ!!」


 一際大きな声が脳裏に響き、芽香美は目を見開いた。

 死なない。

 そう、芽香美は死ねない。

 たとえこの存在であろうとも、芽香美を本当の意味で殺すことは出来ないのだ。

 そしてその結果、繰り返す。

 次も、その次も、そのまた次も、さらにその次も──延々と、芽香美はこの存在に殺され続けることになる。


「は、ははは……」


 思わず、乾いた笑い声が口を吐いて出た。

 自分はまた絶望するのか、と。

 自分はまだ絶望するのか、と。

 こんな力があっても敵わないのか、と。

 こんな力があっても叶わないのか、と。


『貴様は死ぬ。ああ、貴様は死ぬとも。何度も死ぬだろう』


 セクメトの魔力が殺意の慟哭を発している。


『どうあがいても勝てぬだろう──』

「ははははは……ッ」


 乾いた笑い声が口を吐いて出る。

 本能が訴えかけてくる恐怖と不安が、芽香美にしか解らない恐怖と不安で塗り替えられていく。

 死んでも死んでも生かされる恐怖。

 生きても生きても殺される絶望。

 殺され、生かされ、壊れ果てた先でなお、わずかな希望をぶら下げられて醜くもがくしか術はなく。

 そして、再びソレがぶら下げられる。


『今のままでは』


 そう、今のままでは。

 芽香美の口から零れていた乾いた笑い声が止まった。


(──良いだろう)


 いい加減飽きていた。

 運命に翻弄されるのはもう飽きていた。


 飽きて厭きてアキテ飽きてアキテ厭きてアキテ飽きてアキテ厭きてアキテ飽きてアキテ厭きてアキテ飽きてアキテ厭きてアキテ飽きてアキテ厭きてアキテ飽きてアキテいた。


 もう飽きたのだ。

 飽きるという意味が解らなくなる程度には厭きるという言葉を繰り返していた。

 芽香美の心はとっくの昔に壊れている。

 普通の人間ではない。

 もう、芽香美は人間には戻れない。

 まだ微かに人のような振る舞いをしている部分もあるのだろうが、それは未練でしかない。

 ならば、人外の領域に足を踏み入れるのに何の躊躇いがあるというのだろう。



「我は諸霊の支配者なり」



 乾いた笑いの代わりに紡がれたのは、言霊だった。

 黄金に輝くモノがゆっくりと舞い降りてくる。

 その光景を目にしながら、芽香美の口は止まらない。



「我は神の右目より生まれし破壊神なり」



 迸る。

 金色に染まった聖域を喰らい尽くさんと世界を奔る。



「力を与えるは 灼熱より来る父君なり」



 そこまで唱えた瞬間、芽香美の身体から爆発的に膨れ上がった魔力が天と地を繋いだ。

 膨大な魔力に耐え切れなくなった術式が弾け、紫電が大気を裂く。


「が、は……ッ」


 大気だけではない。

 芽香美の肉体にも影響は及んでいた。

 その領域に足を踏み入れようとしている。

 つまり、人間を超えようとしている。

 限界という名の壁を取り払い、次のステージへと人間のままに進もうとしている。

 それを成すための術式が芽香美を覆い尽くし、刃となって身体の外と中から蝕み始めていた。


 それは証明。

 芽香美の人間としてのアカシがヒトならざるモノへの転身を拒絶している。

 最後の一節を唱えようとする口を全霊で閉ざそうとしている。

 膨大な魔力に耐え切れなくなった術式がまた弾けた。

 それは本当に膨大な魔力に耐え切れなくなったからなのだろうか。


 鮮血が舞い散る。

 修復される術式。

 痛みが走る。

 崩壊し弾ける。

 鉄の味が口内に流れ込んできた。

 術式が新たに構築される。

 意識が白濁とする。

 また決壊し弾けた。


 全身はもう赤く染まっていない部分がない。

 より強固な術式へと修正される。

 身体が悲鳴を上げる。


「づ、ぅ、ぁぁあああああああ……ぐッ」


 口から悲鳴が上がる。

 その度に弾け、紫電を散らし、修復され、修正され、確実に芽香美を人外へ至らせようと術式が拘束し続ける。

 強固になったはずの術式はまた弾けて紫電を散らす。

 膨大な魔力に耐えられるはずの術式が紫電を散らすなど、一体ナニがそうさせているのか。


(私は……何だ……ッ!?)


 運命に翻弄される中で何度も思ったその疑問を今再び己に問う。

 芽香美が人間で在る以上、その領域にはどんな術式を用いても到達できない。

 領域に到達できなければいつまでも人間のままだ。

 人間のままだから領域には立てず、つまり、不可能。

 ならばどうすれば良いのか。


 簡単だ。


 人でも人外でもないナニカに成れば良い。

 リョウに渡された魔力によって、リョウが知らない魔術に目覚めたように。

 それは意識を変えるというだけなのかもしれない。

 何の影響も及ぼさない単なる心構えに過ぎないのかもしれない。

 だが芽香美は想うのだ。


(私は──、私だッ!)


 人でありながら、人の領域を超える。

 強く、強く、強く。



「顕現せよッ!」



 自分は郁坂芽香美なのだと存在を確立させる。

 人である前に、己は郁坂芽香美なのだと世界に認めさせる。

 その穢れなき意思がセクメトの術式を塗り替えていく。

 痛みが引いていく。

 心地良ささえ覚える。

 芽香美の周囲で弾けていた紫電は、いつの間にか終息していた。


「我 死を求める者 郁坂芽香美なりッ!!」


 セクメトの力を十全に使う存在はヒトにあらず。

 ただその個体だけがその願望を、その名を許される存在と成れば良い。


「さぁ、かかって来やがれ! 神様よぉッ!」


 郁坂芽香美。

 ただ、郁坂芽香美であるだけの存在が、セクメトの闇を纏いて救世の神、旧神バーストを睨みつけていた。
















(まさか……)


 セクメトは芽香美が必ずこの領域に足を踏み入れると確信していた。


(まさか本当に……)


 そう、確信はしていた。

 だがそれは、今回ではない。

 何度も繰り返す運命にある魂だからこそ、いつかはヒトを捨てて魂ごと己の領域へ自然と昇華するものだと考えていた。

 郁坂芽香美には「あまり死ぬな」と告げたが、それはどだい無理がある宣告であり、そうはならないからこそ告げた遊びの一言だった。

 郁坂芽香美という魂にはそれだけの器がある。

 旧き印を刻まれるだけのナニカがある。


 そう見込んだ。

 そう見込んでいた。


 けれど、それは間違いだったと気付かされた。

 郁坂芽香美は郁坂芽香美のままに、己の力を全て引き出したのだ。

 繰り返す内に郁坂芽香美という意識は死に絶え、動くだけの物体に成り下がり、それでもなお魂は壊れることを許されず、意思亡きモノとなった上でセクメトの力に徐々に慣れさせて行くはずだった。


 操り人形。


 セクメトは郁坂芽香美をそう捉えていた。

 どれだけ軽口を叩こうとも、人間である郁坂芽香美にセクメトの力は耐えられない。

 耐えて良いはずが無い。

 ニトクリスが創り出した分身体とは違うのだ。

 純粋な魔力だけで構成された分身体ですら、魔術に耐え切れず発動の前に砕け散ったというのに、己を宿すこの肉体は何なのだろうか。


 セクメトの力を全て引き出し、耐えるどころか受け入れ、あまつさえ心地良さすら覚えているではないか。

 そのような存在は果たして、なんと呼べば良いのか。


(……ふっ)


 愚かな問いが頭に浮かび、セクメトは己で己を哂った。

 愚問でしかない。

 答えはとっくに出ていた。















「郁坂芽香美、ですか」


 金色に輝くモノが声を発した。


「驚きましたよ」


 バーストが涼し気な表情で、細められた瞳で芽香美を射抜いてくる。


「まさか貴女がそんなちっぽけな入れ物に封じられているなんて」


 否、芽香美を見ていない。

 芽香美の中にいるセクメトを見ている。

 そのことが酷く、酷く芽香美を苛立たせた。


「よそ見してんじゃねぇぞ?」


 そう告げる。

 耳元で。

 バーストの腹部に拳をめり込ませながら。


「ッ、汚らわしい!」


 突き飛ばされる。

 その寸前に芽香美は離脱していた。

 今まででは出せなかった速度による一撃と離脱。

 バーストの視線は、けれど芽香美から逸らされることはなかった。


 追っている。

 バーストはまだ臨戦態勢にすら入っていないが、それでもなお余裕を持って芽香美を追えていた。

 意識を闘いに持っていかれたら、今のような不意打ちですら容易には決まらないだろう。

 今のやりとりだけで、芽香美はバーストの力量をそう判断するに至っていた。


 だが、

「これで私を見る気になったか?」

 それで良い。


 目の前に居ながら、射抜くような視線でありながら自分を見ない敵などつまらないではないか。


「たかが人間の分際が!」


 視える。

 今までの芽香美では見えなかったであろう。

 それほどの速度でバーストは魔力を圧縮した弾丸を放ってきた。

 これはもはや魔力弾ではない。

 極限にまで圧縮され、物質化し金色の結晶となった魔力の塊は芽香美が知るどの魔力弾とも合致しない。


 接近の最中、結晶の周囲が歪んでいるのが確認出来た。

 結晶化するに至り、その魔力の塊は重力を歪曲させるだけの質量を保有していた。

 ただ回避するだけでは避け切れないだろう。

 その超重力に引き寄せられて、避けるどころか当たりにいってしまう。

 ならば、同じことをすれば良い。


「舐めてんじゃねぇぞ!」


 バーストが魔力の結晶を打ち出した直後には、芽香美はそれを視て、解析し、再現していた。

 わずかに芽香美の方が発動に遅延があったからか、衝突地点は芽香美にほど近い位置だった。

 超重力同士の衝突。

 それも膨大な魔力が込められた結晶同士が吸い込まれるようにしてお互いがお互いを喰い尽くさんと暴威を振り撒く。


 衝撃波が周囲を蹂躙した。

 地表が近かったせいもあり、衝突による爆発だけでも周囲数百メートルは火の海となったというのに、直後に発生した衝撃波は九咲市をまるごと壊滅状態へと追いやっていた。

 炎がちらつくキノコ状の雲が夜の空を覆い尽くす。

 遠くのビルが倒壊する姿が、その合間から微かに見て取れた。


「ちッ」


 芽香美は上空に退避していた。

 とっさに飛び上がったのは正解だった。

 あの場に残っていれば、いかにセクメトの力を十全に使えるようになったとはいえ、吹き飛ばされていただろう。

 多少の怪我は負っていただろうことは想像に難しくない。

 少なくとも今の一撃で九咲市は壊滅した。

 呆気なく、いとも簡単に、人類の文明の一部が削り取られたのだ。

 何人死んだのかなど、もう解らないくらいの被害だろう。

 その中には成美も含まれているはずだ。


(面倒くせぇことになったな)


 初めてこの力を使うことになった芽香美は、自らの力が生み出す被害を軽く見ていたようだと反省する。

 これではクティーラが成美の姿をしていた謎が解けないかもしれない。


「っと、んなこと考えてる余裕はねぇか!」


 急激に高まる魔力を感じ、芽香美は思考を切り替える。


「滅せよ」


 頭上から金色に彩られた雨が降り注いできた。

 その一滴にでも当たればただでは済まない。

 そう思わせる魔力が一粒一粒に込められていた。


「業火鳳隷! クトゥグァ=エクスクラメイションッ!」


 芽香美はとっさに魔術を放つ。

 ──が、発動しなかった。


「はぁッ!?」


 闇は確かに打ち放たれたが、灼熱を纏っていない。


『全ては光 光は彼方』


 あわや直撃という寸前、ずっと周囲で漂っていただけのニトクリスの鏡が動いた。

 銀色の光が芽香美の周囲に展開され、直撃するはずだった金色の雨からその身を守る。


『たわけが! 時が戻っているのだぞ!』


 セクメトの声で芽香美は理解した。

 この世界ではまだ、芽香美はクトゥグァと戦っていない。

 今の魔術はクトゥグァと戦い、その存在を飲み込んだからこそ放つことが出来るようになった魔術だ。


「あぶねぇあぶねぇ。下らねぇことで死ぬとこだったぜ」

『貴様は本当に何なんだ! 集中しろ!』


 思わずセクメトが声を荒げたが、芽香美はもとより集中している。今のはただのうっかりである。

 セクメトの力を完全に操れるようになり、これまでとは格が違う力を奮うようになって持て余しているというのも、無関係ではないだろう。

 多少、持て余している。


 眼下では轟音が鳴り響いていた。

 暗くて見えないが、今の金色の雨が大地を穿った音だろう。


「これがラグナロクってか?」


 芽香美とバーストにとっては未だに小手調べにも等しいやり取りだが、地上に住む生命にとっては終末の日にも等しい超常現象だろう。


『決着をつけるなら速くせよ。如何に我が力を操れるようになったとはいえ、貴様は人間だ。世界が崩壊すればその身も滅ぶ』


 言われるまでもないことだった。

 大地が焼かれて酸素がなくなるだけで、芽香美は呼吸困難で死ぬだろう。

 そんな最後は馬鹿らしい。


「相手は汚らわしい私の身体なんぞ触りたくもないみてぇだからな。魔術で決着をつけてやるよ」


 そう宣言し、遥か彼方に見える金色の領域を見据える。

 向こうもナニカの魔術を再び放とうとしているのだろう。

 芽香美もそれに応えようと、両手を眼前に突き出した。

 その手が奮える。

 恐怖ではない。

 これから放たれる、そのあまりにも凄まじい威力を想像してのことだった。



「アスワド──」



 黒。

 たった一言が世界を黒に染め上げる。

 元から夜だった世界に光は少なく、その少ない光すら駆逐する黒が広がり、けれど、圧縮されていく。

 芽香美の頭上に収束したそれは、黒い真円。

 太陽が昇る時間だったならば、太陽の横には双極となる黒い太陽が垣間見れたことだろう。


 だが、それは一つではない。

 もう一つ浮かんでいた。

 金色に輝く真円。

 キノコ状の雲に隠されていなければ視えていただろう、月と見紛うもう一つの月。

 同等の魔力を孕んだ、世界に終焉をもたらせるに足る魔術。

 これがぶつかり合えば、それは間違いなくこの地に、日本に、世界に大災害をもたらすだろう。


(それがどうした)



「──アッシャムス」



 芽香美は黒い太陽を打ち放った。

 次の瞬間、芽香美は自室のベッドで天井を見上げていた。

アラビア語で、


アスワド=黒

アッシャムス=太陽


うん、まんまだね☆


誤字脱字、読みにくい部分などありましたら申し訳ありません。

感想や評価お待ちしてます。



次回予定→気持ち的には明日にでもって感じですが、現実的には8月中といったところなので、間をとって9月中ということにしておきます。

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