プロローグ
以前こちらに掲載させてもらってたこともある作品を、リメイクしてみました。
書いてる内に当初の予定とは狂って、予定以外の何もかもが狂い始めてますが、なんとかなる……はずです。
少しでも楽しんでいただけたらと思います。
また、この作品は15R(多分)要素を含んでいますが、主にギャグとバトルをメインにしていきたいと考えています。
前回と同じ感覚で書き進めることができれば20話くらいで完結するはずなので、見て下さる方はよろしくお願いします。
なお、思い立って書きはじめ、その日の内にプロローグと第一話を書き終えましたが、二話以降は今から書いていくので、不定期更新となります。
これで何度目だろう。
私は何度、死ぬんだろう。
最初は五歳になってすぐだった。
ビルの上から降ってきた女の下敷きにされ、死んだ。
次に目が覚めた時から外に出るのが怖くなったが、家に引きこもっていると親が連れ出した。そして下敷きにされて死んだ。
外出を拒んでも、今度は病院に連れて行かれるようになり、その行きか帰りに下敷きになって死んだ。
それが何回か続いて、もう自分で避けるしかないと悟った。
場所は不定。時間も不定。何か高い建物の下を歩いている時、降ってくる。避けられるわけがない。
だが、避けなければ死ぬ。
こんな都会に住んでいて、家を出てから一度もビルの下を歩かないようにするなど困難だ。親に手を引かれ、高い建物の下を通る度に肩を震わせ、上を見上げ、泣きながら通る。
本当に降って来ても、恐怖で足が動かない。
死ぬ。
何度も死ぬ。
まだ、その頃は今みたいな自我もないただの五歳児だった。避けなければ死ぬと解っていても、親に連れ出されて死ぬことだけを繰り返していた。
泣きながら家を出て、泣きながら死んでいた。
降ってくる女を避けられるようになったのは、もう泣く事にも疲れた頃だった。
呆然と上ばかりを見て、黒い影が見えた瞬間には足がすくむが、無理やり動いて転がるようにして前か後ろに飛び込む。擦り傷だらけになりながら、なんとか避けられるようになっていた。
やっと避けられるようになったと思ったら、次はその女の死体を見たショックで寝込んだ。周りが騒ぎ立てるなか、顔も解らない程ぐちゃぐちゃになった女の死体を目の当たりにして、酷いショックを受けていた。
物も食べられず衰弱して入院。その内に死んでいた。きっと、それまでの繰り返しのこともひっくるめて、死体を見たショックが引き金になってことさら酷いトラウマになっていたんだろう。
それを何度繰り返したか覚えていないが、避けるよりは簡単だったのだろう、その内に死体を見るのにも慣れて、衰弱死することもなくなっていった。
だが、今度は今が何時なのか解らなくなっていた。
何度も死を経験したからか、それとも繰り返していく内に精神が成長でもしたのか、今の私に至る自我のようなモノが芽生え始めていた。
五歳に戻って目が覚めた時、ふと、ああ現実なんだ、と悟ったんだ。
けれど、現実の今が何時なのか解らなくなっていく。
夜寝て朝目が覚めた時、これは果たして昨日の続きなんだろうか、と。
それともまた五歳を迎えた朝なんだろうか、と。
昨日死んだのか。
それとも今日死ぬのか。
何も解らない。生きてはいるが現実味がない。
何故死ぬのか、何故生きるのか。
生とは何だ。
死とは何だ。
今まで漠然と生と死を繰り返していたが、そこに疑問を覚えてしまった。
五歳だったガキが突然降ってくる女を避けられるようになり、死体を見て衰弱死するほどのトラウマをトラウマと思わなくなったが、昨日と今日がつながらなくなるくらいには精神を病むようになっていた。
そんな日々に耐えられなくなると、気が付いたら五歳を迎えた朝だった。
十中八九、発狂して死ぬことを繰り返していたんだろう。
発狂するタイミングはたぶん、六歳くらいだったように思う。あの頃は文字通り精神が狂っていたから、どれだけの日々を生きたのか正確には解らない。
呼吸をするのと同じ程度の感覚で、降ってくる女を避けることが出来ても、死体を見ることが出来るようになっても、昨日と今日がつながらない。
むしろ、降ってくる女を避ける事によって、繰り返していることを自覚する日々だった。
何度も何度も、何度も何度も何度も何度も──、それこそ五歳から六歳くらいまでの約一年を人の一生分以上繰り返した気もするし、数回だったような気もする。
時間の感覚など、もうなかった。
その内に、狂うことにも飽きていた。
五歳の朝に目が覚めて、ある日突然降ってくる女を避け、死体に慣れ、昨日と今日の繋がりなどどうでも良くなり、ただ、生きる。
無感動になった私を見て、親は死体を見たショックでおかしくなってしまったと嘆いていたように思う。
私はただ、疲れていただけだ。
この何度繰り返しても終わらない、死ねない、五歳に戻って生かされるこの地獄のループに。
こんなことを誰かに言っても、また精神病院に入れられるだけだ。
ああ、そうそう。それも何回か繰り返したな。
繰り返していることを話し、他にも自分と同じ状況に居る奴がいないか探し回って、最終的に鉄格子の部屋に入れられていた。
よく解らない薬を打たれて眠らされ、それにも飽きたんで舌を噛んで死んだ。
あれは思いっきり噛まないと死ねない上に、痛さにひるんで下手に手加減すれば、今度は口が閉じられないように猿ぐつわみたいなのを付けられるから厄介だ。
三回目くらいに鉄格子の中に入れられた時、死にきれなくて猿ぐつわみたいなのを付けられた。その時は死ぬのに苦労したのを覚えている。拘束具もあったから自傷行為も出来ず、息を止めて窒息死するくらいしか思い浮かばなかったくらいだ。
巡回に来るタイミングも計らないと、発見されたら蘇生されるから面倒だった。
あそこは自由がない。強制的に生かされる。
それが解ってからは、誰にもこの現象を言わなくなった。他に同じ奴がいるかどうかも探さなくなった。
言っても無駄だった。
無感動に生き、死ぬことも生きることもどうでも良くなり、けれど自由を奪われるのだけは嫌だったから、表面上は良い子を装うようになっていった。
そうこうしている内に、七歳だ。
まぁ、小学校に上がってからも私は機械的に生きていただけだったが、その冬、十二月の誕生日を迎える前、冬休みに入る直前、私は見た。
それまでは幼稚園に通っていたから周りは自分と同じガキばかりしかいなかったが、小学校は違う。少し年上がいる。
その年上同士が、ケンカしているのを見たんだ。
うっぷんが溜まっていた。
ストレスを抱えていた。
その発散の仕方を知らなかった。
ケンカを見た私は、幼稚園ではなかった、同い年ではなかった、年上同士の怖い世界を知った。
私は魅入られていた。
自分の憤りは、こうやって発散すれば良いんだと、理解した。
最初は私が死んでいた。
年上の男子にケンカを売り、殴られ、突き飛ばされ、そんな日々を繰り返す内に当たり所が悪く死んでいた。
五歳に戻り、戻ってすぐにケンカを求めて外に飛び出していた。死ぬことなど、もうどうでも良い。
とにかく、私の、自分の、このどうしようもない感情を発散させたいがために誰彼かまわず暴力を奮うようになっていた。
最初は本当に嬉しくて誰にでも殴りかかっていたが、警察に捕まると面倒だと思うようになってからは、親や街の一般人には手を出すのを控えるようになっていた。
夜、家を抜け出してゲームセンターに集まっているような連中、それも、明らかに若いのに煙草を吸っているような奴らが狙い目だった。
もしくは路地裏で店の呼び込みをしているような、サングラスをかけた派手な服を着た男だ。
殴るより殴られる方が圧倒的に多かったし、ナイフで刺されることやバットや棒で叩き殺されることも多かった。拳銃で撃ち殺してくるような、明らかにカタギではない奴もいた。
相手にしてもらえない、なんてことはない。付きまとい、挑発し、人目のない所に誘い出すことなど簡単なことだ。
何回目かの時に私みたいなガキでも良いという男に犯されて死んだこともあるが、そんなこともその内慣れる。どれだけショックを受けても、その内にショック自体に飽きる。
どんな惨いことをされても、いつかは泣き叫ぶことにさえ飽きる。
死ぬその瞬間まで抵抗し、殺し方を知った。
どこを殴れば、この細腕でも殺せるか。
どんな動きをすれば避ける事が出来るか。
どうすれば捕まっても脱出できるか。
私は街の不良やチンピラに殺されながら、たまに犯されながら、それを知って行った。
繰り返す内に、経験だけでは複数人は相手に出来ないことも知った。
拳銃を持っていても二人までならなんとかなるが、三人に増えるともうだめだ。殺される。正確に言うなら、殺されずどこかに放置された場合も、ダメだと思ったら自分から死ぬようにしていたんだが。
自分に課したルールだ。殺せないなら死ぬ。単純明快なルール。
それと、自分より弱そうな奴には手を出さない。女にも手を出さない。
自分より弱そうな奴は言わずもがな。弱い奴を殴っても気が晴れるわけがない。圧倒的な暴力で殴ればそりゃスカッとはするが、強そうな相手を殺した時の爽快感はなかった。
女もそうだ。爽快感がない。私が犯されたことをそっくりそのまましてやったこともあったが、醜くてしょうがない。
あれはダメだ。こんなに狂っていても汚いと思うのだから意味がない。
だが、強い奴に挑んでも、囲まれたら手も足もでなかった。死んでばかりだった。
五歳に戻ればリセットされるのだから、鍛えても意味がない。そもそも、七歳までの二年間を鍛練に使ったとしても、子供の身体だ。高が知れている。
いくら筋トレをしても、走り込みをして体力を付けても、この小さい身体ではどうしようもなかった。
身体を鍛えていても、戦う知識がない。戦略がない。
複数人を一度に殺す術がなかった。
それからは、知識を優先した。
色々な武術を、様々な武器を、どんな下らないことでも、理解しにくい事でも、理解できるようになるまで何度も何度も読んで、見て、経験して、覚えて行った。
殴りに行って、覚えた事を試して、死ぬ。
最初は付け焼刃だった知識が、少しずつ身体に染み込んでいくのを知った。
五歳から六歳までの一年は鍛練と学習。
六歳から試す。
それを繰り返した。
元々、経験から人体の弱点は覚えていたし、二人までなら殺せるようになっていたんだから、知識を吸収した私が複数人を相手にしても殺せるようになるまで十回以上の繰り返しを必要としなかった。
十一回目の時、五人の不良に囲まれた時、私は勝った。
その時には相手の動きが解っていたのも大きいだろう。何度も何度も繰り返していく内に、こんな子供でも殺意むき出しにして本気で殺しに来てくれる相手など、そう多くない。
最終的に選んでいた奴ら以外は警察を呼んじまう。
必然的に相手は絞られてしまうのだからしょうがない。
何度も殺された相手だ。どう動けばどう反応するかなど、手に取るように解る。
解っていても、今までは殺されていた。
それを回避するための知識と経験は手に入れた。
ならば、いつまでも勝てないわけがない。
初めて複数人相手に勝って、殺した。
嬉しかった。
達成感が違った。
私は生きているのだと思った。
繰り返されるこの日々は、私がこうやって他者に死を与える為に起きていることなのだと、そう思ったんだ。
そうではないのだと思い知らされたのは、その翌日だった。
殺した奴の仲間とやらが報復に来た。
圧倒的な人数で、圧倒的な武器で、私は家族もろとも惨殺された。
これはもう、どうあがいても無理だと悟るしかなかった。
個人で太刀打ちできる暴力ではない。
いくら複数人に囲まれて勝てるようになったはいえ、それ以上の暴力に晒されてしまっては、知識も経験もあったもんじゃない。
そんなもの、まとめて蹂躙されてしまう。
それでも私は諦め悪く、何度か繰り返した。
解っていても、繰り返した。
報復に来る前に自首し、公的機関で護ってもらうことまでして、乗り越えようともした。
だが、無意味だった。
観察処分を受けて外に出れば、私はもう呼吸をするかのように暴力を奮うようになっていたし、なんなら、自首したにも関わらず、警官がムカつく事を言った瞬間になぐり殺していることもあった。拳銃を奪って銃撃戦を試したこともあった。
骨身にまで私は暴力に囚われ、殺した所で終わりがないのだと自覚させられた。
殺した所で、殺される。
生き残った所で、また殺してしまう。
殺し、殺され、生きて、殺し、殺される。
終わりなどない。それこそ、仮に全人類を殺すことが出来たとしても、最後には繰り返されるのだ。
本当の意味で、終わりなどなかった。
それからは、暴力にも飽きてしまった。
あんなにも爽快感を得てストレスのはけ口になっていた事が、どうでも良くなってしまった。
それからはまた狂った。
狂って、狂うのに飽きて、無感動になり、また暴力に走ったり、狂ったり、飽きたり、無感動になったり……。
目を覚ました瞬間に舌を噛むことも繰り返した。
それでも終わらない。
目が覚める。
目が覚めることも恐怖だった。
その恐怖すら、飽きた。
飽きていた。
何もかもどうでもよく、つまらなく、心が動かない。心が動かないのに、生きている。
狂ったままだったら、どれだけ良かっただろうか。
狂うことを飽きるのにどれだけの時間が必要なのか。
そんな疑問を、何度繰り返し、回数を数えただろうか。
狂っていながら回数を数えることで、本当に自分は狂っているのかと、疑問に思ったのは果たして何回あったのだろうか。
その内に、何故私はわざわざ死んでいるのかと、疑問を覚えた。
死ぬから繰り返すのだと、ようやくその時になって思い付いた。
どれだけ馬鹿だったのだと、馬鹿すぎて死にたくなり、本当に死んでやった。
そして私は。あたり前のように死んでいた今までを否定するかのように、死を嫌った。
私に最も近い死は、最初に私に降ってくる女だ。
それ以外の死は、私が何かをしなければ得られ難い。七歳以降はまだ生きていたことがないから解らないが、それまでは何もしなければ死なないと解っている。ならば、最も身近な死は降ってくる女でしかない。
必然的に、私はその女を嫌った。
嫌い、と思う感情に心が奮えた。
私はまだ、感動出来た。
死を嫌うことで、感動出来ていた。
私はその女を探した。死ぬ前に、止めてやると。
あれだけ他人を殺しておきながら、あれだけ自分で死んでいながら、今度は死のうとしている奴を止めようと必死になっていた。
だが、その女を発見することは出来なかった。発見できず、途方に暮れているとビルの上から降ってくる。
避けて、死体を見る。
それを繰り返す。
死なれたら、私も死んで繰り返す。
その時はもう意地だった。死は嫌っているが、最初の死を回避しなければダメなんだと思い込んでいた。
けれど、どうしても飛び降りた直後しか発見できない。
まるでそれが確定事項かのように、私はその女の死体を見てしまう。
受け止めようとしたこともあるが、あれは本当にビルの上からの落下なのかという衝撃を持って、潰されて死んだ。受け止めることのできない、ただの子供でしかないこの肉体を恨んで死んだこともある。
無傷とは言わずとも、致命傷一歩手前くらいにまで緩和出来ればと考えたが、無駄だった。
あの女の死は確定しているのではないだろうか。
助けようと思う気持ちが湧かなくなる程度には繰り返し、死体を見ては死に、私はもう諦めた。
この女は死ぬのだと。
この女は諦めようと。
それからはそれ以外の様々な死を嫌うことにした。
医療知識を手に入れる為に図書館にも通った。医療知識云々の前に、まず漢字が解らなければ勉学に励んだ。英語が読めなければ読めるようになるまで頭に詰め込んだ。
計算が出来なければ計算できるようになるまで問題を解いた。
頭がパンクして死んだ。眩暈がして、吐き気がして、知恵熱で死んだ。
人はそんなことでも死ぬんだなぁと、目が覚めて苦笑いを浮かべたのを覚えている。
それをまた馬鹿みたいに繰り返し、また死んだのかと、自分に腹が立って死んだこともある。
もう死なないと決めて、勉強し、解らない事があって発狂して死んだ。
次は理解してやると意気込み、乗り越え、次の難解な問題にまた発狂して死ぬ。
私はきっと馬鹿なのだろう。
死を嫌っていながら、それに抗う為の知識を得る為に死んでいるのだ。馬鹿以外の何者でもない。
ただ、身体はリセットされるが、記憶だけは持ち越せることはありがたかった。
学問を詰め込み、様々な医療知識を手に入れた頃には、知恵熱やパンクでは死ななくなっていた。
もう、この町の図書館や親の目を盗んでパソコンを弄った程度で出てくる知識は、ほぼ全て頭の中に入っている。
思い出せない知識は、それこそ死ぬまで反復した。
その内に、五歳の朝に眼を覚ます度、高熱に浮かされるようになった。
きっと、五歳になる直前の私は、きっと普通の幼児なのだろう。
そこに何回も繰り返される私が上書きされるのだ。その知識量に耐えきれず、高熱という形を持って歪みが生じるのだと推測している。
その熱でも何度も死んだ。
目が覚めた瞬間に死んだ。
繰り返し目が覚めて、繰り返し死んで、そうこうしている内に熱を出さない方法も解ってきた。
無心になれば良い。知識はあっても、考えなければ熱は出ない。少しずつ思い出し、少しずつ身体にならしていけば、高熱を出して死ぬことはなくなっていった。
限界だと思えるほどの知識を詰め込んでいるものの、人間の脳は知識で死ぬことはないようだと、完全に熱を克服したときに悟っていた。
あとはもう、死を回避して生きていくだけ。
これだけの知識と経験があれば、私は生きていける。他人も、本来助からないであろう所を助けられる。
そう思い、私は生きて行った。
街で倒れている人を救った。
警察が開示している自殺者の情報を読み漁って、死ぬ前に戻って止めた。誰かの死を止める為なら、繰り返すことも良しとしていた。
自殺を止めるのに大金が必要なら、用意した。繰り返しているからには、大金なんて簡単に手に入る。宝くじが一番確実な手段だ。
それでも間に合わなければ、何でも売って金を用意した。未来が解るというのは強みでしかなく、株が一番儲かったが、それでも間に合わなければ臓器も売ったし身体も売った。
奪うこともした。奪えなければ奪えるまで繰り返した。
大金で救った。綺麗な金で救った。汚い金で救った。
愛が必要なら、愛した。親愛でも友愛でも男女の愛でも相手が女でも、何でも受け入れて、愛した。相手が病んでいようが真っ当だろうが、老人だろうが子供だろうが、それに合わせて愛した。
相手に必要な言葉を、何度も失敗して繰り返す事で覚え、上手く心の隙間に入り込んで、愛し合って救った。
ガキでしかない私では愛してもらえないことの方が多く、私で足りないなら、それも用意した。
男、もしくは女にフラれて死のうとする奴には、そのフった相手を与えた。簡単だ。フった奴を三日ほど死なない程度に土の中に埋めてやれば簡単に心が折れる。唯一の救いは、フった相手しかいないと、そう思い込ませるだけで良かった。
どうすれば人は死ぬのかを熟知している私には、死なない程度に洗脳するなど簡単だった。
相手が死んだことを嘆いて死ぬのなら、死ぬ前に戻って死を回避した。不治の病の奴はどうしようもなかったが、一緒に相手の死を乗り越えられるよう相手が嫌がっても付き添い、慰めた。私に依存させることもした。誰かに依存させることもした。
依存させ、それさえも治し、理想の形で別れるまで繰り返し、救い続け、また別の人間を救いに行く。
どこかの誰かの為に、たった一人の為に、私は何度も死んで、救ってみせた。
どんな手段でも良かった。
多かったのはやはり、金か愛だ。私はどちらかを用意して救った。
歪んだ手段を使って、卑怯なことをして、人殺し以外のどんな事でもして、誰かの人生を狂わせて救った。狂わせた奴も救った。
どうしても救えない奴も当然居たが、それは最初の落ちてくる女と同じく諦めた。こればかりはどうしようもない。
どうしようもない人間もいるのだと、その時に学んだ。
そんな日々を過ごし、繰り返し、救えるだけの人は救ってきただろう。
七歳を超え、八歳になり、小学三年生に上がり、少し経ったその日まで、そんなことを繰り返していた。
その日、私は何故繰り返しているのかということに疑問は覚えていても、答えを出そうとしなかったことを恨んだんだ。
普通に考えて、有り得ない現象だ。
これだけ知識を吸収しても、どれだけ経験を積もうとも、まだ私は馬鹿だったんだ。
ずっとどこかで感じていた疑問を、何故考えてこなかったのだろうか。
小学三年生になり、春の遠足を迎えたその日、私はまた死んだ。
山火事。
そうとしか思えないほどの熱量に巻き込まれ、私は多数のクラスメイトと共に死んだ。
何度か友人関係になったこともあるクラスメイト、美浜成美も、柊明日香も、誰も彼も炎に焼かれて死んだ。
そして、繰り返す。
何をしても、どんなことをしても、私はその日になると、焼かれて死んだ。
遠足に行っていなくても焼かれて死んだ。
家に居ても焼かれて死んだ。
五歳の朝に目覚めてすぐ地面を深く掘りすすめ、当日に地中で息をひそめて居ても大地震のような衝撃で土に埋もれて死んだ。
飛行機に乗っていても爆発による炎で死んだ。もしくは爆死した。
海に居ても海ごと焼かれて死んだ。水蒸気に焼かれて死んだ。
どうにか外国に行き、死ぬその日を過ぎてようやく安心したと思ったら焼かれて死んだ。
日本が焼かれて死んだ。そのことをニュースで見た。
色々な国が焼かれて死んだ。そのことを目の当たりにした。
世界で暴動が起きて死んだ。
軍隊が動いて死んだ。
誰かに犯されて死んだ。
犯されながら焼かれて死んだ。
倒れた所を誰かに必死になって救われながら、焼き殺された。
最後の水だと言うそれを、君が飲めと言った男が死んだすぐ後に死んだ。
自分から炎に包まれに行った。
燃える誰かに水を必死になってかけながら、海だか川だか解らない所に落ちて溺れて死んだ。
死に尽くした。
そうして、打つ手がなくなった。
あんなに嫌ったのに。
あんなに知識を手に入れたのに。
あんなに経験を積んだのに。
何をしても、何処に居ても、ありとあらゆる手段を嘲笑われて死ぬ。
これは運命なのだろうか。
死に抗うことは、出来ないのだろうか。
あの、降ってくる女の死を諦めたように、どうしようもない人間に救いはないと断じて諦めたように、これもまた諦めるしかないのだろうか。
そうして、私はまた、諦めた。
何故繰り返すのか。
何故焼かれて死ぬのか。
何故様々な方法で死ななければならないのか。
きっと、私はこの為に生かされているのだろう。
世界ごと焼け死ぬためだけに繰り返しているのだろう。
絶対的な炎に地球という惑星ごと焼かれる、そのためだけに存在しているのだろう。
どんな超常的な力が働いているのか、そんなことも、数回の繰り返しを経る内に考えなくなった。
最初から、繰り返すことへの疑問を考えておけばもう少し心が死ぬのが速かっただろうに。
結局、最後は死ぬのだ。
どれだけ生きようとしても、最後に地球ごと焼かれてしまうのなら、こんなにも抗うことはなかったのに。
こんなにも狂うことはなかったのに。
狂ったまま正常でいることもなかったのに。
正常のまま狂うこともなかったのに。
もう、解放してくれ。
この生き地獄から、死なせてくれ。
繰り返すこの世界から、死なせてくれ。
何もかも諦めるから。
もう希望は見ないから。
だから死なせてくれ。
何もしないから。
何もせず殺されるから。
私はそう願い、諦めて、懺悔して、後悔して、繰り返して、諦めることも諦めて、ただ惰性だけで生きて、流されるままに生かされて──
──バスの中から空を飛ぶ炎の鳥を目撃した。
読みにくい部分、誤字脱字等ありましたら、もうしわけありません。