開花
この世界に来て10日程経ったある日、町の西側から魔物の群れが接近した為王より召集、討伐命令が下される。
日本で言うならば合戦の足軽。町に居る戦闘可能な人物、冒険者は参加が強制させられており、これに背く場合は最悪極刑になると言う極端な制度である。
この制度には異世界から来た俺も適応されるので仕方が無く城に装備を仮に行く事にした。
上半身を守るプレートメイル、タセットと呼ばれる腰の防具にロングソードを受け取り周りの人間を見ながら装備していく。兜が無いなんてケチな王だ。
装備し終わると騎兵が声を上げ始めた。聞いた話によるとキャバルリーと呼ばれる階級らしい。
「これより町の西に現れた魔物の討伐を行う。我はマルセロ・エスコバル。今回の戦いの指揮を行う。」
つまりリーダーだな。マルセロの乗っている馬には鉄の装備もしてある。
「弓、魔法が使えるものは城門前にて援護、前衛は我に続け。」
そう言ってマルセロは走り出した。俺はこの世界に来てから動きっぱなしだから体力は少し付いたが、鎧と剣の重量が重く体力を奪っていく。
魔物はゴブリンと狼。RPGでは序盤に出てくるモンスターだった。しかし、レベルは1であろう俺には恐怖の対象だ。
「攻撃用意!」
マルセロの声に合わせて全員が戦闘態勢になる。約50人、鞘から剣を抜く音や弓の弦を引き絞る音が混ざり合う中、俺も剣を抜いた。
初めて持つ本物の剣。借り物でも刃は砥いであり、銀色に光っている。
「戦闘開始!」
周りに居た人間がマルセロの合図で飛び出していく。俺も遅れないように走るが、剣を手に持った事で走るのが更に難しくなっている。
前から鈍い打撃音や金属音が聞こえ始める。一番前に居た人が魔物に攻撃しているるようだ。時折飛沫が飛び散って辺りを真っ赤に染めていく。
俺はそれが血だとすぐに理解した。目の前で起きているのはゲームとは違う本当の命を懸けた戦い、命の奪い合いなのだ。
気分が悪くなるのでなるべく見ないように前に進み時が経つのを待つ。行き成り剣を渡されて戦って来いと言われても無茶な話だ。
でも運命は見方してくれなかった。見方の隙間を括りぬけてきたゴブリンが俺に向かって近づいてくる。咄嗟に剣を構えるがゴブリンの棍棒に呆気無く弾かれ飛んでいってしまう。
剣も兜も無い。しかしゴブリンはもう目の前で棍棒を構えている。あ、俺死んだな。
おかしい、3秒経っても痛みが来ない。俺は痛みすら感じる前に死んだのか?
目と開けるとマルセロの剣がゴブリンの胸を突き刺していた。
「剣を拾い戦闘に参加しろ!」
ゴブリンから引き抜かれた剣は真っ赤になっており、ついでに俺も返り血で真っ赤になった。
しかし次の瞬間マルセロが落馬し地面に叩きつけられる。俺の方を向いていたから奥から来た狼に気づかなかったんだ。
狼はそのままこっちに突撃してくる。このままでは今度こそ殺される。
俺に出来る事は何だ。目の前には落馬した時に地面に刺さったマルセロの剣、その奥には狼。俺が戦うしか無い。
剣を抜くと急に間の前がおかしくなった。俺の腕じゃない右腕が狼を斬っている光景だ。勿論斬っているが、狼は傷一つ無い。しかし確実に斬っている。
訳が分からない光景に頭までおかしくなりそうだったが、俺は何となく思った。
『この光景通りに動けば斬れる』
俺のではない右腕の動きに合わせて俺も剣を振る。右腕に少し引っかかる感覚が伝わって来て瞬時に軽くなる。
俺は狼の首を刎ねたのだ。生き物を斬ると言う感覚を始めて味わった。
狼の奥にはゴブリンも来ていて、再び不思議な光景が見え始める。今度はゴブリンを斬っている光景だ。
間髪居れずに前に出ようとするが、脚が言う事を利かずその場に転んで剣を落としてしまった。
戦場で転ぶと死を意味するって誰かが言っていたのを思い出した。目の前にはゴブリン、立つだけの時間が無い。この格言って本当だったんだな。
「良くやった!」
狼を斬っている間に立ち上がったマルセロが剣を拾いゴブリンを貫いていた。
マルセロに命を救ってもらったのは2回目になる。1回目は数秒前だけど。
お礼を言うと思ったが、体全体が震えて声が出ない。その間にマルセロは馬に乗り前へ向かって走り出してしまった。
それから数分、ゴブリン達は西に逃げていく。戦闘が終わったんだ。転んだまま起き上がれない俺を生き残った仲間が支えて城へ帰る。自分の体を支えられないなんて情け無い。
装備を返却すると城のすぐ近くの塀にもたれ掛かった。
俺は魔物とは言え命を奪った。2回も死ぬかと思った。あの変な光景は何だったんだ。そんな考えで頭の中がパニックになりそうだったが、服や顔に付いた血の匂いで現実に引き戻された。
取りあえず風呂に入ろう。この服もカレンに選んでもらった大切なものだ。
この町の風呂は水道は無いが洗い場にはお湯が流れていて桶で汲むと言う方法が取られていた。浴槽も設置されていて、日本の銭湯と殆ど変わりが無い。
更に洗濯サービスもあり、服が乾くまでの間ゆっくりと風呂に漬かっていられるというのがこの風呂屋の名物だ。
洗濯サービス料を払い洗い場に行く。この世界には石鹸が無いと思っていたが、この風呂屋のご主人が特別に仕入れているらしく完備されている。売ってくれと言っても売ってくれない。
浴槽には既に先程の戦闘に参加したと思われる者が何人か入っていた。ご丁寧に歌まで歌っている。どの世界でも御機嫌になると歌う奴が居るんだな。
石鹸を泡立てて髪を洗う。髪にも血が付いていたらしく、泡は少しピンク色になっていた。石鹸だけだと髪がゴワゴワになってしまうが、無いよりは遥かにマシだ。
体も洗った後浴槽へ移ると、中に居た男に声をかけられる。
「お前さん、さっきの戦いに参加してた奴だな。黒い髪だからすぐ分かったぜ。」
やはり黒髪は珍しいようだ。
「俺はトレジャーハンターをやってるケチな野郎だが、この町の王のケチさには負けるな。あんな装備で戦え何て無茶な話だ。」
俺もさっき同じ事思ってた。
「普段は盗賊が隠した財宝や珍しい鉱石何かを見つけて生計を立ててるんだ。珍しい物を欲しがる人も多いからな。だからこそお前さんみたいな黒髪も気になって覚えちまった。」
おっさんに笑顔を向けられても嬉しくないぞ。
「お前さんはどこの出身なんだ?俺はここから北の方にあるシェルジェブールから全国を回ってるんだよ。」
このおっさんもよく居る一度話し出したら止まらない人だ。
それから30分以上ノンストップで話が続けられ流石にのぼせて来た。おっさんから解放された俺は脱衣所の角にある穴の前に腰を下ろした。
この穴には風の魔石と言う物が設置されていて、扇風機の微風レベルの風が吹いている。本当ならば強風にしたいけどダイヤルもスイッチも無い。この風で暑くなった体を冷まそう。