第八話 『敗北』
私はあの後、男に連れられて独房に入れられた。
その独房は地下にできているため、太陽の光すら目に入らない。
私はその奥まで体を押され、手錠をつけられて壁につるされた。
「……ずいぶんとひどい事をする。私たちは何もしていないというのに」
「確かに、あなたがしたことは微々たることだ。ですが、あなたという存在は見過ごせません」
「……私が何者か、知っているのか?」
私は挑発するような笑みを浮かべると、男はその様子が面白かったのか大声をあげて笑いだす。
そして、しばらくすると呼吸を整えてから大きく息を吸った。
「知っていますとも。独裁者『アルノエル』。あなたは我々の知る限りでは、最も世界平和に近づいてしまった男だと聞いております」
「……何故知っている、と聞くのは愚問かね?」
「はい。もうあなたはとっくにご存じのはずでは? 我々がこの世界の者ではないことが」
……私は笑みを浮かべながらも、少しだけこの男に驚愕の念を覚える。
この男、どこまで私の事を知っているんだ?
「ですが、帝国はどこの世界に属する、といった存在ではありません」
「……どういう事だ?」
「異世界、というのをご存知ですか?」
「知っているとも。今まさに、その異世界に飛ばされたところだ」
「それは重畳。我らが主は、この時代に存在するすべての異世界を管理したいとお考えです」
「……それは、神にでもなる、ということかね?」
「とんでもありません! 神如き、すでに我が主は凌駕しております!」
そう語る男の目は絢爛と輝いていた。
まるで……ヴィオラの様に、まっすぐな光をともしていた。
「……それで、異世界全てを支配した後何を成すつもりかね?」
「何も成しません」
「……は?」
「我が主は、戦争が大好きなお方。異世界すべての戦争を眺めることを切に望んでいます」
「そしてそれは、私めの悲願でもあるのです!」
男はそう叫ぶと、狂ったように笑いだす。
私はその様子に対し、少しだけ恐怖してしまう。
「さて、アルノエル。あなたはここでしばらくの間監禁されてもらいます」
「……ほう? 私は友に必ず帰ると誓ったのだがね」
「それは素晴らしい。叶えられるといいですね」
「それでは、ごきげんよう。『世界平和』という罪。その身をもって償ってくださいね」
男はそう言葉を残し、私の胸ポケットに拳銃を入れる。
「……これは?」
「手向けです。使い方は貴方にお任せするとしましょう」
そう言うと高らかに男は笑い出す。
私はそんな彼の後姿を見送り、自分の腕にかかっている手錠を外そうともがくと、不意に外で爆音がした。
それはとても、……聞きなれている音だった。
しばらくすると、爆風が独房の中を駆け抜ける。
錆びた鉄の匂い。焦げた煙の臭い。
懐かしい感覚が、この独房に蔓延する。
それと同時に、私は悟ってしまった。
「……負けた、のか?」
私は人知れず独房の中で小さくつぶやく。
『正義の反逆者』は、悪の独裁者に潰された。
その真実が、私の中にこだまする。
そして私の中に小さかった不安が高まってくるのが分かる。
ヴィオラやリズ。そして村の者たちの事だ。
彼らはどうなったのだろう、そう言った疑問が頭の中を埋め尽くす。
だが、腕につながれている手錠のせいで前に進むことすらままならない。
そんな時、私はふとあの男の言葉を思い出した。
「世界平和の罪」。
彼は確かにそう言った。
『世界平和』は罪だったのか?
悪の独裁者が成そうとした正義も、また罪でしかなかったというのか?
……私は頭を振って自身の考えを否定した。
私は間違っていない。「世界平和」は完全なる善だ。
この世界において争いのないことほど素晴らしい事はない。
しばらくすると、私は自分ののどが渇いていることに気付いた。
だが、手錠のせいで水を飲むこともできず、食べることもできない。
もしかしたら、奴は私を餓死させる気ではないのか、と思っていると独房の奥の方にある部屋から、小さなロボットの様な箱型の機会がこちらに歩いてくる。
その機械は私の口をこじ開け、中に水とドロドロの病院食の様な食べ物を流し込んできた。
私がそれを食べ終えたのを確認すると、ロボットは元の部屋に食器を持って帰っていく。
……なるほど。確かにこれなら餓死の心配はないだろう。
私は喉の渇きを潤すと、先程から感じていた恐怖に対面することになった。
ヴィオラとリズは、もしかしたら……と。
私は先程よりもより強い力を込めて手錠を外そうとするが、先程と同じでビクともしない。
それに、外の爆音が段々と激しくなっていることに気付き、脈拍が早くなっているのを感じる。
そして、外の音が完全に途絶えた時には、私は疲れからか気絶してしまっていた。
序章―完結―