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第六話 『村』

 私はヴィオラに早朝の出来事を報告したのち、朝食を頬張っていた。

 朝食は小麦粉の中に卵とハムとキャベツを練りこんで炒めたものだ。

 料理自体は昨日の夕飯と同じだが、材料次第でここまで味が違うという事実に、少しだけ感服していると、ヴィオラがこちらに話しかけてくる。


「そういえば昨日、『恋人もいた』って言ってたよな?」

「ああ、いたとも」

「……本当か? もしかして、そいつって実在しない人物だったり……」

「キミは私を気狂いか何かと勘違いしているのかね?」

「……いや、世の中にもいろんな人がいるんだな、って」


 ……少女は意外そうに私を見つめている。

 その事が失礼だということが、まるで気付いていないらしい。


「キミは信じないかもしれないが、私は昔これでもかなりモテる方だったんだぞ?」

「え!? 嘘だろ!?」

「本当だとも。昔は街を歩いているだけで道行く女性に声をかけられたものだ……。まさに、とっかえひっかえだったな」

「……アンタの故郷、すさまじいな」


 ヴィオラは心底驚いたように口を開いて茫然としている。

 私はそんな彼女を眺めながら朝飯を一口頬張り、一言だけ口にした。


「ま、嘘だがね」

「嘘かよ!」



 私は朝食を食べ終えた後、彼女の部屋にあふれている恋愛小説を手に取り、静かに読み始める。

 ヴィオラはそんな私を見つめながら、ベッドの横に置いてある椅子に座り話しかけてくる。


「なあ、おっさん」

「アルノエルだ」

「……昨日は、ありがとな」


 ヴィオラは恥ずかしそうに顔を背け、頬をかく。

 私はそんな彼女の様子を見て、少しばかり愉快になる。


「これはリズにも言ったのだが、行動を起こしたのはほかでもないキミだ。称賛されるべくは私ではない」

「……でも、アンタがいなくちゃ私はリズの事、何も知らないままだった」


 少女はそうつぶやくと、自信の無力さを嘆くように俯く。

 私はそんな彼女を横目で見ながらページを進めていると、不意に彼女が口を開く。


「でも、昨日アンタが言ったこと。アレはきっと間違いだ」

「ほう?」


 私は今読んでいるページ数を暗記したのち、本を閉じて彼女の目を見る。

 そこには昨日と何も変わらない純粋無垢な彼女の姿があった。


「私はリズを絶対に裏切らない。私は彼女と、『友達』だからだ」

「それは例えば彼女に銃を向けられてでも、かね?」

「リズはそんなことしない!」

「仮定の話だ。そう怒らないでくれたまえ」


 私は右手を前に出し、彼女を抑えるようなジェスチャーをする。

 だが、彼女にはその動作には一切の目を向けず、ただ私の目を見つめていた。


「なんでアンタはそんなに人の事を信用しないんだよ!」

「当然だろう。私にとって真に信用できるのは力だけだ」

「なんだよ、それ……!」

「力だけは私という持ち主を裏切らないからな。戦場で頼れるものは戦友でも自分でもない。圧倒的な力だ」

「……やっぱり、アンタは可哀想だ」

「はたしてそうかね? 裏切られて殺されるものよりも、よっぽど幸福だと思うがね」


 私はそう喋り終えると小説を開き先ほど暗記したページから読み始める。


「さて、話は終わりだ。私はこれ以上私の価値観をキミに話すつもりもないし、悪く言われるつもりはない」

「……」

「どうした? まだ何か私に言いたいことでも?」

「……私は、アンタみたいにはならない」


 少女はそうつぶやくと、私の目の前に立ちふさがる。

 そして、昨日の瞳よりもさらにまっすぐな光をともして、私を見つめる。


「今はアンタには口喧嘩じゃ勝てない。でも、私はいつかアンタのその寂しい持論を打ち負かしてやる」

「そうか。それは楽しみ……」

「でもって、アンタに私が『信頼できる友達』だと理解させてやる。覚悟しろよ、アンタは私からは逃げられない」


 ヴィオラはそう言って不敵な笑みを浮かべ腕を組む。

 私はそんな彼女が少しばかり眩しく見えた。


「……そうか、では一つ言っておこう。きっとこれは、キミにとってかなり重要な事のはずだ」

「なんだ? 言ってみろ」

「今日のスカートはキミに似合っているが、少々大胆過ぎるようだ」


 私はヴィオラにそれだけを伝えると、彼女は私の言葉の真意に気付いたのか、耳を真っ赤に染めてベッドの上でうずくまった。

 私は、そんな彼女から目をそらし、小説の文字に目を向けると、玄関からノックの音が部屋に響いた。


「はい、今行きます」


 ヴィオラは少しだけスカートを下げながら扉を開けると、そこには村長の隣にいた大柄な男が立っていた。


「アルノエルはいるか?」

「ここにいるとも。一体何か用かね?」

「村長がお呼びだ。来い」


 男はそれだけ言うと、玄関の戸を乱暴に閉めてどこかに行ってしまう。

 私は小説を閉じて、彼の後を追うことにした。


「それでは向かうとしよう。今日の夕食、楽しみにしているぞ」

「……ああ」



 私は村長の家に通されると、彼はこちらを向いて昨日の椅子に座っていた。


「さて、何の用かね? 私は読書にいそしんでいたのだが」

「……明日、帝国の手に堕ちた我らが同胞の村を奪回する」

「ほう、それで?」

「お前の策を聞かせてほしい。ある程度は固まってはいるが、何か得られるかもしれん」


 村長が静かにそう離すと、合図したかのように大きな紙が私の足元に敷かれる。


「周辺の地図だ。森や山、川など戦略的に必要な情報は網羅されているはずだ」

「なるほど、では拝見するとしよう」


 私は床に座り、その紙を一度見通す。

 紅いバツマーク、きっとこれがその村なのだろうか。


「青い印が我らの村だ。位置的にはあまり離れていない」


 村長がそう付け足し、青い×マークの位置を確認する。

 平原に囲まれているこの村とは違い、赤いバツマークは北東は山に囲まれ、南東は森に囲まれていた。

 そして、青いバツマークはその村の東に位置していた。


「……なるほど。それで、諸君らの策は?」

「まず一度敵を森の中に誘い込み、そして火を放つ。単純だが、これに勝る策はないと考えている」

「なるほど。だが、その森には大蛇が潜んでいる筈だ。その問題はどうする?」

「そこだ。それをどうするか聞きに来た」


 ……それをどうすると聞かれても、まだ私は地理的にもあまり詳しくない。

 だが、それでも彼らは構わないらしく、固唾をのんで私を見つめている。

 私はそんな昨日とはまるで違う彼らの様子を見て、少しバラり可笑しくなる。


 ……昨日?


「諸君。昨晩の出来事を覚えているな」

「……ああ。そうだ、昨日の作戦なら……!」

「アレは無理だ。もう帝国には私のことが知れ渡っているはずだ」

「じゃあ、まさか……!」

「そう、そのまさかだ。それでは、私の作戦を発表するとしよう」


 私は彼らに対し両手を広げ、彼らの注目を集める。

 言い終えた後、彼らからは感嘆の息が漏れ始めていた。


 私はそんな彼らの視線を背中に感じながら、少しだけ前世の事を懐かしんでいた。

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