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第五話 『花』

 次の日の早朝、私は部屋に飛び込んでくるノックで目が覚めた。

 私は目をこすりながら起き上がり、玄関の戸を開ける。

 そこには、昨日人狼と呼ばれたリズが立って、こちらを見つめていた。


「あ、アルノエルさん……」

「おはよう。すまないが、ヴィオラはまだ眠っているんだ」


 そう言って私はベッドに無防備に横たわっているヴィオラをちらりと見る。

 彼女がここにいるということは、昨日の夜は何とかなったらしい。


「……昨晩は、村の皆を守ってくれてありがとうございました」

「いやいや、私は何もしていないさ。成功したのは、ほかでもないキミの友人のおかげだよ」

「……それでも、お礼を言いたいんです。それに、ヴィオラちゃんと話させてくれて、ありがとうございました」


 ……残虐性だけの存在になる、と入っていたはずだがどうにも彼女は昨日の事を覚えているらしい。


「有意義な話はできたかね?」

「……はい。私は種族上何も話せませんでしたが、彼女はそれでも話しかけてきてくれて……その……」


「嬉し……かった……!」


 リズはそう言うと、突然泣き出してしまう。

 私はそんな彼女にハンカチを差し出すと、彼女はそれを受け取った後涙を隠すように顔をぬぐった。


「……私、初めてだったんです。月の出てる夜に誰かが話しかけてきてくれたの……」

「それならなおの事私じゃなく、彼女に礼を言うといい」

「……でも、ヴィオラちゃんは貴方が話しかけるようアドバイスしてくれたって」

「行動を起こしたのは彼女だ。私ではないよ」


 私はそう言って彼女から返されたハンカチを受け取り、ポケットの中に戻す。


「……お優しい人、なのですね」


 リズはそう呟いたのを聞いて、私は少し苦笑する。

『優しい』。そう言われたのは、初めてだった気がする。

 私とは縁のない言葉だ、そう思っていたのだが。


「その、よければ少し付き合っていただけませんか?」

「……どういう事だ?」

「少しだけ、お二人で話したいことがあるんです。よければ、でいいんですけど」

「……いいとも。彼女を起こしてしまっては悪い」



 彼女に連れられてやってきたのは、街のはずれにある花畑だった。

 私は花の品種には詳しくないが、どれも見たことが無い花で咲き乱れていた。


「実はここ、私のお気に入りの場所なんです」

「確かに、この花畑は綺麗だ」

「それもあるんですけど……ここは、ヴィオラちゃんと初めて出会った場所だから……」


 リズは近くの花にかがみこみ、その花に話しかけるように話し始める。


「昔、私は意地悪な男の子にいじめられてたんです。『人狼め』って石を投げられて……それで、大人の人たちにも白い目で見られてたんです」

「……そこで、彼女と出会った?」

「はい。彼女はその男の子に対して『いじめる奴といじめられる奴、どっちが化け物だ!』って怒ってくれたんです」

「なるほど。彼女らしい」

「ふふ、そうですよね」


 リズは昔を懐かしむように、花をいじり始める。

 私はそんな彼女の様子を見ながら、花の生えていない場所に腰かけていると、不意に彼女がこちらを向いて話し始めてきた。


「……実は私、アルノエルさんに謝らなくちゃいけないことがあるんです?」

「なんだ? 私としては、キミに謝られることなど見当もつかないが」


 ……大方、私に人狼だということを話さなかった、とかそういうことだろうか?

 そんなことはハッキリ言ってどうだっていい。誰にだって話したくないこともある。


「私、実は最初アルノエルさんのことが怖かったんです」

「……私が、怖い?」


 ……それは当然だろう。

 言うつもりはないが、前世では大悪党だったのだから。


「本当はこの人は帝国の人なんじゃないのか、とか……もしかしたら、殺されるんじゃないのか、とも思ってました」

「……なら何故、キミは私を連れて森の中に?」

「……こっちに来てください」


 リズはそう言って私を手招きすると、そこには細い川が流れていた。


「……本当は、水を汲むのはここが一番いいんです。村よりも近いし、何より安全です」

「……つまり、危険を冒してでも私を村から遠ざけたかった。そう言いたいのだろう?」

「……はい。もし私がいなくなっても、ヴィオラちゃんが探しに来てくれるかなって。」

「なるほど。理にかなっているが少々無茶が過ぎるな。それに……」


「まるでキミは、自分が死んだとしても構わないと言っているようにも聞こえる」


 私が彼女に笑みを浮かべてそう言うと、彼女は寂し気に微笑んだ後、弱弱しい声で返答した。


「……はい。本当は、人狼である私なんか、この村だときっと邪魔なんだとも思っています」

「なるほど。だからキミはこの村に必要ない。それどころか生きている価値がないと言いたいのかね?」

「……そうです、ね」

「そうか。やっと合点がいった。キミは自分のことしか考えていない、ただの間抜けだ」


 そう言うと、彼女は驚いたように顔を上げる。

 私はそれを見て、いつものように笑みを浮かべる。


「もしキミが目障りなら、命が奪われるかもしれないというリスクを冒して会いに来る友人がいるものか」

「……え?」

「大切にするといい。彼女は純粋に、キミとの『友情』とやらを信じている」


 そう言い終えると、離していた少女からはまたすすり泣く声が聞こえ始める。

 私は立ち上がりまた彼女にハンカチを渡そうとすると、横から来た何者かが先に彼女にハンカチを渡した


「……おや、村長様じゃないですか」

「……敬語はいい。貴様の敬語など聞くだけで寒気がする」

「ひどい言いようだ。私はまだ何もしていないというのに」

「……その言葉は偽りだな」


 村長がそうつぶやくと、どこからか村の男たちが私を囲うように立ちふさがる。

 私はそれを見て、両手を広げ、何も持っていないことを表明する。


「……なるほど。少女を泣かしたのだ。殺すのならさっさと殺すといい」


 私は周りに立っている男たちを挑発するように笑みを浮かべると、あることに気付いた。

 どの男たちも、頭を下げていることに。


「……何の真似だね? 非常に気味が悪いが」

「……すまなかった。昨晩の件で、貴様は我々の敵ではないどころか、我々の解放の手助けをしてくれた」

「アレはキミのためではない。私の安眠のためだ」

「……それだけじゃない。貴様は、彼女……リズの気持ちに応えてくれた」


「私たちは誠心誠意をもって、あなたをこの村に迎え入れたい」


 村長はそれだけ言うと、頭を下げて何も言わなくなった。


「……許すのはいいが、一つだけ条件がある」

「何だ? 死を持って償えと言うのなら、今すぐにでも……」

「一発殴らせろ」


 私はそれだけを言うと、答えを聞かずに思い切り目の前の老人を殴り飛ばす。

 老人はそれに耐えきれなかったのか、バランスを崩し地面に倒れと同時に、複数の男たちに抱きかかえられる。


「これでお互いにチャラだ。私としては、誰かに貸し借りを作るなど、気味が悪くてしょうがない」

「……そうか」

「さて、私は帰るとしよう。リズ、中々に楽しい時間だったぞ」


 私はそれだけを言って、ヴィオラの家に向かって歩き始めた。

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