第十三話 『夜明け』
私は不意に目が覚め、知らぬ間にかけられていた布団から体を起こし、目をこする。
「……私は、眠ってしまっていたのか」
窓から外を見ると、日が昇り始めたばかりなのか、まだ低い位置にある太陽が世界を照らしていた。
世界は鈍色に染まってしまった世界を彩り、包んでくれる。
私はそんな景色に見とれていると、後ろから誰かが話しかけてくる。
「……綺麗だな」
「……ヴィオラか。おはよう」
私は彼女に軽く挨拶をするが、それを無視して私の隣に並ぶ。
彼女もまたこの神秘的な景色に感動しているらしく、ただ黙ってこの世界を見つめていた。
音もなく、色もない。ただ風の音が駆け抜ける。そんな世界。
「アルノエルは、魔獣の事を詳しく知ってるのか?」
「……いや、詳しくはわからない。だだ、色を食べるという事だけは知っているがね」
「……あいつらが色に触れると、たちまちその色は白になってしまう。これは知ってるよな」
「……じゃあ、あいつらが人間に触れたら?」
ヴィオラは突然私の前に回り込み、寂しそうな顔でこちらに問う。
「……色を奪われる?」
「違う。そいつは『雪』になってしまうんだ」
……『雪』になってしまう?
私はその言葉を聞いた時、嫌な予感が頭をよぎった。
ヴィオラはそんな私を横目に、近くの雪を拾い私に見せてくる。
「この雪も、そこにある雪も。本当は全部人間だったんだ」
「……それは、本当なのかね?」
「……ああ。私はその光景を、五年間の間何度も見てきた」
それだけ言うと、ヴィオラは俯いて何もしゃべらなくなってしまう。
私はそんな彼女から零れ落ちた雪を目で追った後、長い沈黙を保った。
そんな中、ヴィオラはうつむいたまま口を開く。
「でもさ、なんでそんな景色なのに私は綺麗だなんて思っちゃうんだろうな? もしかして、私可笑しくなっちゃったのかな?」
「ヴィオラ……」
「だって考えてもみろよ! 私は人間の死体の山を見て『綺麗だ』なんて思ってるんだぞ!?」
「……私もだ」
「……アルノエル?」
私は彼女の俯いた顔がこちらに向くのを確認した後、話を始める。
「私は、人間の一生をガラス細工のように思っている」
「……アルノエル」
「煌びやかで美しく、それでいて脆く傷つきやすい。だから、人というのは儚く美しいものなのだ」
「だけど。それじゃ……!」
「ああ。実に寂しい。だからこそ、誰かが保護しなくてはならないのだ」
私はポケットに手を入れ、話を続ける。
その間、彼女はただ呆然と、私を見つめていた。
「……私は戦争が嫌いだ。美しく磨き上げられたガラス細工を一瞬で粉々にしてしまう戦争が大嫌いだ」
「……そうか」
「だからこそ、私は実現しなくてはならない! 『世界平和』を! だからこそ、私は帝国を倒さなくてはならない!」
「……ああ、わかってる」
私が話し終えると、彼女が昔のままの瞳でこちらを見つめていることに気付く。
ただ一つ、五年前と違う事と言えば、私が不快感を抱いていないことだろうか。
「……いつか、アンタの事を教えてくれないか?」
「私の事を?」
「私は、まだアンタの事を名前しか知らない。あんたの生い立ちとか、楽しかったこととか。いろんなことが知りたいんだ」
「……それを話すのは、当分先の話になりそうだ」
「いいよ、待ってる。だって、私はアンタの友達なんだぜ?」
それだけ言うと、彼女は気恥ずかしくなったのか「それじゃ」とだけ言うと足早にこの部屋から出て、自分の部屋であろう場所に向かってしまう。
私はそんな彼女の後姿を見送った後、静かに窓に視線を戻した。
「……友、か」
私はただそれだけ呟き、布団にもぐった。
この雪のせいなのか、少しだけ気温が下がっているかのような来たした。
「推奨します。起床及び朝食」
「……ああ。ニューか。おはよう」
私は揺さぶられた体を起こし身支度を整え、顔をのぞき込んでいるニューに尋ねる。
「それで、Wとやらの修理は終わったのか?」
「肯定します。主曰く、礼にしばらく泊ってもいい。と言伝を預かっています」
「……好意は嬉しいのだが、私にはまだもう一人探さなくてはならない人がいる。丁重にお断りすることにしよう」
「えー! おじちゃん、もう行っちゃうのー?」
私の言葉を聞いていたのか、少年の一人がこちらを指さし大声を上げる。
「こらこら少年。人に指をさすものじゃないし、おじちゃんではない。まだこれでも33だ」
「十分おじちゃんじゃん!」
私は少年の心無い一言に少しだけ傷つくが、それよりも気になることが一つだけあった。
昨日村にはいなかった、成人しているであろう女性だ。
「報告します。彼女が『Wー6554』。修理により、機能再開」
「……あの、すいません。うちの者が……」
「ん? キミはニュー……彼のようには喋らないのか?」
「はい。昔はそうしてたんですけど、もう止めたんです。子供たちが理解できないらしくて……」
私は彼女の足にしがみついている少年を見て、妙に納得した。
だが、ニューの様な喋り方をやめたアンドロイドは、人間の様にしか見えず、少しだけ困惑する。
「あの、朝ごはん出来てるんで、良ければどうぞ」
「ああ。頂くとしよう。ヴィオラ……もう一人はすでに食べたのかね?」
「はい。今は子供たちに広場で遊ばれ……遊んでいます。どうぞこちらへ」
私は彼女の案内に従い、朝食の匂いの漂う部屋へ歩いて行くことにした。
それに、彼女の背中姿は少しだけ、私の母に似ている。そんな気がした。