第十一話 『少女』
皆が寝静まったころ、私はヴィオラと向かい合って座っていた。
ヴィオラはただ気まずそうに顔を背け、一言も発さない。
ただ、ニューが気になるのか、チラチラと視線を泳がせている。
「久しいじゃないか」
「……うん。久しぶり」
必死に喉を絞って出した言葉も、すぐに途切れてしまう。
話したいことがありすぎて何を言えばいいか思いつかないからだ。
私としては彼女に村の者たちの今を知りたいのだが、それを聞くことが正解なのかもわからない。
そんな時、彼女からおずおずと口が開いた。
「……五年ぶり、かな?」
「そんなに、経ったのか……」
「……うん。その間に、色々あったんだ」
そんなことくらい見ればわかる。
帝国が神格化していたこと。外にいる謎の生物。そして……彼女自身の事。
「えっと、その人は?」
「報告します。当機の製造番号は『Nー11635』。通称、『ニュー』。帝国のアンドロイドではありますが、あなた方とは友好的な立場にあることを表明します」
「あんど、ろいど……?」
「回答します。帝国による人工生命体」
「……よくわからないけど、初めまして」
私は少しだけ、彼女の様子に拍子抜けしてしまう。
帝国と聞くとあそこまで怒りを示していた彼女が今や何の疑問も持たず彼女の存在を許容している。
そしてなにより、彼女の目から既に光は失われてしまっていた。
「……もう、帝国を倒すことは諦めたのか?」
「……うん。もう、いいんだ。何もかも、これで……」
「随分と様変わりしてしまったようだ。私の思想にケチをつけていたキミらしくないな」
私は彼女に挑発的な笑みを浮かべると、力なくそれを見て笑う彼女。
『懐かしい』。そう言いたげな表情で。
「……やっぱり、アンタの言ってたことは正しかった」
「……今、何と言った?」
「アンタ、『この世界は力がすべて』って言ってたよな? 結局私達は、帝国の力によって丸め込まれた」
「だから、最初からアンタの方が正しかったんだ、って……」
私はその言葉を聞いて、少しだけ悲しくなる。
五年という日々はそこまで残酷だったのか。
敗戦は、ここまで彼女を変えてしまったのか。
「まさか、帝国が正しいとまで言うつもりはないだろうな?」
「……正しくないも正しいも、戦争なんて勝てば官軍なんだ。今は彼らに従うしかない」
「本当にキミらしくない言葉だ。五年前のキミが聞いたら憤死してしまうかもな」
私の冗談に少しだけ口角を吊り上げると、言葉を続ける。
「それに、彼らのおかげで雪から身を守ることが出来てるんだ。感謝しなくちゃならない」
……信じられない言葉が彼女から出てきてしまった。
私は立ち上がり、ヴィオラだった女性に背を向けて立ち去ろうとすると、彼女から話しかけられる。
「……どこへ、行くんだ」
「私は帝国に反逆する。さようならだ、ヘレン君」
私は軽くニューの手を引っ張り、テントから出る。
すると、疑問に思ったのかニューが言葉を投げかけてくる。
「疑問。彼女は知り合いではなかったのですか?」
「ああ。私の知っている女性はここにはいなかった。次へ向かおう」
「はい」
私は彼に背中を預けテントから出ると、何やら外が騒がしい事に気付く。
そこには大型の黒い狼が、この村の住民を食いちぎっていた。
「助けてください! 帝国のお方!」
私はその光景に唖然としていると、村長と呼ばれた若い男が助けを求めて走ってくる。
そして、その奥にあるテントに隠れたのを確認した後、私は拳銃を抜き、それと同時にニューも狙撃銃を構える。
「推奨します。敵対勢力の排除」
「ああ、言われなくてもそうするとも」
私は狼に向けて銃弾を放つと、その足元に着弾する。
そして、一瞬ひるんだその隙にニューが打ち抜いた。
どうやら、彼は私とは違いかなり狙撃にたけているようだ。
そんな関心をしていると、不意に狼が私に飛びついてくる。
だが、それもニューが撃ち落とし、狼の息の根を止める。
「……流石、帝国のアンドロイドだ。悔しいが、性能は十分すぎるほどだ」
「感謝」
彼はただ淡々と狼を撃ち殺していくと、最後には奥にいる一回り大きい狼だけになる。
その狼はこちらに方向を発すると、こちらに向けて走ってくる。
それに対してニューはそいつの頭に向けて銃弾を埋め込むが、慣性のせいなのか、その巨体は止まらずに私に向けて走ってくる。
私はそれに対して発砲するが、どれもあさってに向けて銃弾は飛び散り、思うように当てられない。
万事休すかと思ったが、不意に狼の体が真っ二つになった。
私は一瞬のことで理解が追い付かなかったが、目の前には身長ほどの大剣を担いでいる少女が立っていることだけが理解できた。
「……随分と言ってくれるじゃねえか。アルノエルのおっさん」
「……キミは」
「『五年前の私が聞いたら憤死』? 今だって憤死しそうなんだ。帝国の二文字を聞いただけで、腹の中が煮えくりわたりそうだ」
「行くぞ、おっさん。反逆の時だ」
私は目の前にいる少女から差し伸べられた手を取り、いつの間にかしりもちをついていた体を持ち上げる。
後ろからは彼女に対する罵詈雑言が聞こえてくるが、一切振り向かずこの村から出ていこうとする彼女を見て、私は少しだけ安堵する。
「ああ。行くとしよう。ヴィオラ。遅くなってしまってすまなかったな」
私はいつもの笑みを浮かべ、村から出ていく。
五年前の恨みつらみそのすべてを、帝国にぶつけるために。