第十話 『再会』
私は死の雪を踏みしめ、ただまっすぐに歩いていた。
ニューもただ、黙って私について来る。
その間、どちらも一言も話さなかった。
途中、何度も建物を見つけたが、放棄されてしまったのかすでに中はもぬけの殻で、人がいたとしても皮膚の爛れた死体が転がっているだけだった。
私はそんな彼らを見ると、歩を進める速さが段々と早くなる。
果たして村はどうなってしまっているのか、それだけが頭の中を渦巻いていた。
しばらく歩いていると、鈍色だった空が暗くなってくる。
結局、私達は誰にも巡り合えないまま一日を過ごしてしまった。
私はその事を嘆くように空を見上げていると、ニューがこちらに話しかけてくる。
「推奨します。近くにある小屋にての睡眠。既にアルノエルの体は活動限界をとっくに過ぎてしまっています」
「……ああ。わかった」
私は彼の提案を飲み、近くの小屋で身を寄せることにした。
その小屋も誰も使用しておらず、主らしき人物はすでに亡くなっているため許可を取る必要はなさそうだ。
私は横になっている主の体を隅に寄せ、近くの椅子に体を預ける。
「……何故、誰もいないのだ」
私は楽になった体に安心したのか、今まで思っていても言わなかったことを口に出してしまう。
だが、それでも彼はいつもの表情でこちらの問いに返答する。
「回答します。死の雪作戦による大規模な……」
「……そうでは、ない」
私は彼の言葉を遮り、的外れな返答を中断させる。
果たしてどこかに身を寄せて隠れているのか。それとも帝国によって支配されてしまったのか。
私はただその事だけが気がかりだった。
頭を抱えて彼らがどうしているかを考えていると、不意に腹の虫が鳴く。
今日一日、私は何も食べていなかったのだ。当たり前だろう。
「推奨します。早急な食事による体力回復」
「……ああ。だが、食糧などどこにも……」
「こちらにあります」
ニューはそう言うと、軍服のポケットの中からゼリー状のビタミン剤を手渡してくる。
「何故これを?」
「回答します。あのロボットに手渡されました」
「……独房の彼が?」
「はい」
私は目を伏せ「そうか」と一言呟くと、一口にレーションを食べ終えると、疲れからか自然と近くにあった机に体を預けてしまう。
私はそのあとうつらうつらと意識を保っていると、外で物音がしたことに気付き、顔を上げる。
「……気付いたかね?」
「はい」
「帝国かもしれないが……行くとしよう。彼らからでも話を聞くことはできる」
「はい」
私は胸のポケットにある拳銃を引き抜き、扉をそっと開ける。
そして厳重に警戒しながら小屋の周りを一周すると、その周りに小さな黒い液体状の何かが数匹うごめいていた。
「……何だね、これは?」
「……推奨します。この地域からの離脱」
ニューはそう言うと持っていたスナイパーライフルで彼らのうち一匹の体を打ち抜き、私の右手を持って走り出す。
だが、撃たれた液体状の何かはすぐに傷跡を再生し、こちらを追いかけてくる。
「これも、帝国の仕業なのか!?」
「推測します。この個体がこの世界から『色』を奪った」
「……じゃあ、こいつらが雪を生み出していると?」
「肯定」
私は彼らに追いつかれないように必死に駆け抜けていると、不意に右の方からこちらを呼ぶ人間の声がする。
ニューは呼ばれた方に方向転換すると、木の生い茂る中構わず突き進んでいく。
その何かも森の中は走りづらいのか、途中で私たちを見失い、どこかに消えてしまった。
私は自信の息を整えた後、顔を挙げて私たちを誘導してくれた人間を探すと、目の前に黒い服を身にまとった黒髪の少年が、こちらを見つめていた。
「……あの、もしかして帝国の人ですか?」
「……もし、そうだと言ったら?」
「本当ですか! 帝国のお方を助けることが出来て、感激です!」
私は少年の言葉を聞いて、自分の耳を疑った。
……何故この少年は帝国に仲間意識を持っているのだろうか?
「よければ、この村によって行きませんか? 少しでもいいからおもてなししたいんです!」
「……私たち、をか? 何故だ?」
「……何故って、不思議な事を聞きますね。だって、帝国と言えば戦争を止めてくれた上に雪から僕たちを守ってくれた、正義の軍隊じゃないですか!」
……私は少しだけ茫然としてしまう。
戦争を止めた正義の軍隊?
雪から守ってくれた? この少年は一体何を言っているんだ?
私はその疑問を口に出しそうになるが、ニューに肩を抑えられぐっとこらえる。
ここで彼らを刺激する必要はない。
私は彼の案内に従って森の奥を歩いていると、洞窟の中に入っていく。
そしてしばらく歩いていると、そこには規模は少ないが、少数のテントが張られた地域にたどり着いた。
だが、そこで見た景色はひどいものだった。
外でもなりふり構わず喧嘩する男女。
ハエにたかられ今にも死にそうな老婆に、食事をせがむ少年たち。
そして、酒におぼれた男たちによる賭博。
私はその光景に思わず目をそむけたくなるが、極力彼の背中だけを見るように努める。
ニューの方は元々何の感情もないためか、一切気にする様子はない。
しばらく歩いていると、一回り大きいテントにたどり着く。
そこの扉を開けると、若い男性がこちらに正座していた。
「……ようこそおいでくださいました。正義の軍人殿」
私はその言葉に少しだけ吐き気がする。
なぜ彼らが正義と称えられるのだろうか?
「……その、正義の軍人というのはやめてもらえないかね? 中々にむず痒いのだが」
「ですが敵同士であったのにもかかわらず、帝国の方々は我々を雪から保護してくださいました! そんな方々の名前を口にするなど、恐れ多い事なのです!」
私は目の前にいる男に気付かれないように奥歯を噛む。
だが、目の前にいる男はお構いなしに帝国の武勇伝をひっきりなしに聞かせてくる。
「……申し訳ないが、疲れているんだ。今日一日ここで休ませてはもらえないかね?」
「そうですか。それでは一人、世話係の女を用意しましょう! お連れの方は……」
「いらない」
「……私もいらないが」
「そんな! どうかあなただけでも私の好意を受け取ってはもらえませんか?」
あまりにも泣きそうな顔で私に頼むので、私はしぶしぶ手を出さないことを心に決めて頷く。
すると、男の顔が花が咲いたかのように明るくなった。
「そうですか! それじゃ……ヘレン! こっちに来なさい!」
男はそう言って手をたたき、女の名前を呼ぶ。
しばらくすると、ヘレンと呼ばれた女性がテントに入ってくる。
「……お呼びでしょう……か……」
「……まさか、キミは……」
「ご知り合いでしたか! それなら、積もる話もあるでしょう。存分に語り合いください!」
私の目の前にいるのは、ヘレンと呼ばれた女性は、髪を染めていたが私の知っている女の子だった。
純粋なまなざしを向け、私の考えを真っ向から否定した少女。
……『ヴィオラ』が、そこに立っていた。