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第一話 『独裁者』

「手を挙げろ、独裁者『アルノエル』」


 その声は、とある個室の昼下がりに、私の背後から聞こえてきた。

 私は背後から聞こえる声に従い、両手を頭の後ろに置く。

 そしてゆっくりと振り向き、後ろに立っている少年兵に笑みを浮かべると、彼は警戒しているのか、拳銃を握る手が強くなる。


「動くなッ!」

「そう熱くならなくてもいい。もう私に抵抗する力などないよ」


 私がそう言って少年を諭すが、彼には届いていないらしい。

 彼の持っている拳銃の銃口は、相も変わらず私を見つめている。


「さて少年、君はこれから核抑止によって世界を統一しようとした大悪党を倒し、教科書に残る正義の象徴となるが、その前に私からのアドバイスしてもいいかね?」

「……言ってみろ」

「キミは核の力なしで平和な世界を作ろうとしているらしいが、それは無理というものだよ、少年」

「……それなら、核による支配が本当の平和だとでもいうつもりか!?」

「その通り。勝利の上に平和がある。力でねじ伏せなければ、絶対的な味方なんてありゃしない」

「そんな事……!」

「あるとも。思い出してみるといい。冷戦で対峙した二つの国は、第二次世界大戦中も敵同士だったかどうかを」


 私の言葉に少年は唇をかむ。

 私はそれを見て自然と質の悪い笑みがこぼれてくる。


「さて少年、もう殺すといい。私としては中々に楽しい人生だったのだ。悔いはない」


 そう言って私が目を閉じると同時に、銃声が部屋に鳴り響いた。

 私は地面に倒れつつも、少年の未来を想像して、また質の悪い笑みがこぼれた。



 そして、気が付くと私はどこかの草原に寝転がっていた。

 どうやら、何かの手違いか私は天国に来てしまったらしい。


 私は体を起こして草原を見渡すと、遠くの方に村が見えた。

 そこの村はどうやら文明的にはあまり栄えていないらしく、ほとんどの建物が木造建築となっていた。


「……まるでドイツの田舎だな」


 私はズボンについている土を払い、その村を遠くから眺めることにした。

 私は独裁者なのだ。もしここが本当にドイツで、何らかの理由で私が生きているのなら、独裁者に対し人一倍抵抗のあるここは、私にとって最も住みにくい国となる。

 だが、その懸念はすぐに晴れた。


「……あの、どうかしましたか?」

「……ん?」


 私は声のする方向を向くと、柔らかそうな亜麻色の髪の少女が心配そうにこちらに話しかけてきた。

 言語は英語……に似ているが、若干発音が異なる。

 だが、それでも意味は通じるため、少しだけ発音をまねて返答することにした。


「やあ。お嬢さん。もしかして、私がだれか知らないのかね?」

「……え? もしかして、有名人なんですか? すいません、そう言うのには少し疎くて……」

「……もし、私が悪の独裁者と言ったらどうするかね?」

「え? じょ、冗談はやめてください」


 ……どうやら本当に知らないようだ。

 国連のブラックリストというのは、一般人には効果が薄い者なのだろうか?

 そう思うと、少し愉快な気分になる。


「いや失礼。あまりにもお嬢さんが可愛いから、からかいたくなってね」

「……そ、そうですか」


 少女は少し微妙な表情をして苦笑する。

 どうやら今の私……つまり、肥えてしまった体では、ナンパは成功しないらしい。

 昔はそこそこイケてたつもりだったのだが。


「どころで、私たちの村に何か用ですか?」

「……いやなに、私は俗に言う画家でね、少しだけこの景色に圧倒されてしまった。そう言う君は、態々私に話しかけるために村の外まで?」

「いえ、水を汲みに来たんです。村から少し離れたところに川があるので……」

「そうか。では気にかけてもらったお礼に手伝わせてはもらえないか? 見ての通り暇なのでね」


 そう言って私は手を広げ、何も持っていないことをアピールする。

 画材も何もない画家などきな臭いにも程があるが、この少女はそれに気付いていないらしく、笑顔で頷いた。


「では、よろしくお願いします!」

「うむ。では向かおうか」


 私が床に置いてあったバケツを片手で持ち上げ、少女について行くことにした。

 少女のいく方向には森があったが、臆せず中に入っていくことから慣れているであろうことがうかがえた。


「ところで、あなたの名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「私か、私の名は『アルノエル』。さっきも言った通り画家さ。キミは?」

「私ですか? 私は『リズ』といいます。えっと……ただの村娘です」


 ……私の画家という肩書に対抗しようとしたのだろうか?

 そして、少女の反応から察するに、どうやら本当に私のことは知らないらしい。


「……ほう、本当にただの村娘なのかね? 私には羽の生えた天使に見えるが」

「……あの、えっと。ありがとうございますね、アルノエルさん」


 彼女の反応から察するに、どうやらここは天国でもなく、私を迎えに来た天使でもないらしい。

 ……だが地獄というのも考えにくい。そうなると、生き返ったという説も有力になってくる。


 そんなことを考えながらしばらく歩いていると、村から少し離れたところにある川にたどり着いた。

 私はそこでバケツ一杯に水を組むと、リズは笑顔でこちらの顔を見た。


「ありがとうございます! それでは、村に戻りましょ……」


 リズの言葉は不自然に途中で途切れた。

 少女の様子を見ると、見るからに私の背後にあるものに動揺していた。

 私は一瞬やっと正体に気付いたかと思ったが、後ろを振り向くと私の身長の倍くらいあるであろう大蛇が、こちらをにらんでいた。


 私はとっさに少女の手を掴み、バケツを置き去り逃げ出す。

 大蛇はそんな私たちを嘲るようにゆっくりとこちらを追いかけてくる。


 だが、私の体は全盛期に比べかなりなまっているため、しばらく走っていると森を抜けないうちに疲れ果ててしまった。

 私は最後の力を振り絞って蛇と対峙し、懐に入っていた拳銃でその蛇に狙いをつける。


 一発、二発、そして数発。弾倉にあるだけの銃声が森の中にこだまする。

 だが、その銃弾はすべて明後日の方向に向かって打ち放たれた。

 これは疲れからのせいではない。私が大蛇に恐れているからではない。

 単に、私は生まれてから一度も、『目標に向けて銃弾を当てたことが無いからだ』。


 だから、先程少年に向けて放った言葉で『抵抗する力はない』と言ったのだが、アレは半分嘘だ。

 正確には、『抵抗する力をうまく使えない』というのが本当だ。


 無論トレーニングもした。だが、それでも当たらないのだ。

 少女は先程の銃声のせいで更におびえ、尻もちをついて震えてしまっている。

 そして、大蛇は先程の事で興奮してしまい、さらにこちらに向かうスピードが速くなっている。


 万事休す、と思い、リズの体を隠すように大蛇に立ち塞がる。

 そして、私の顔に蛇の息がかかるほど近づいた瞬間、蛇の顔が地面に落ちた。

 比喩ではない。そのままの意味で、地面に顔が落ちたのだ。


 私はその光景をリズに見せないように彼女の目を塞ぐ。

 それほどまでにグロテスクだったのだ。


 しばらくすると、床に転がっている蛇を蹴とばしながら、こちらに歩いてくる長い黒髪を後ろで束ねている少女がいた。

 その少女は身長ほどもある大剣を引きずりながら、笑みを浮かべていた。


「よっす。平気か、リズと……デブのおっさん」

「……失礼な事を言うもんじゃない。まだ私は28だ」

「十分おっさんだろ。そんで、リズ、ケガはないか?」

「……う、うん。アルノエルさんが守ってくれたから……」


 ……守った、と言えるのだろうか。

 寧ろ、邪魔しかしていないのだが。


「おっさん、アルノエルって言うんだ。可愛い名前してんだな」

「嬉しい事を言ってくれるじゃないか。それで、君の名前は?」

「ヴィオラ。可愛い名前だろ? 気に入ってるんだ」


 ヴィオラは自分でそう言った後、少し恥ずかしそうに顔を背け、とがった耳が赤くなり始める。

 リズはそんな彼女を見て、ニヤニヤしていた。


「そういえばおっさん。さっきの銃声、ありゃアンタか?」

「ああ。まあ、結果は見ての通りだよ」


 私はそう言って肩をすくめて笑うと、急にヴィオラとリズの表情が硬くなる。

 まるで、私を殺した少年兵のように。


「……おっさん、アンタ『帝国』の奴かよ」

「……そうじゃない、と否定するとしよう。それに、帝国とは何かね?」

「とぼけるな! 戦争を食い物にしている狂人共が! 次はこの村も戦争させる気か!?」


 この少女の言葉を聞くと、『帝国』とやらは戦争ビジネスによって成り立っている企業といったイメージがあった。

 だが、一つの企業にそんなことが可能なのだろうか?


「銃を持っていたら『帝国』なのかね? ならば、銃を捨てることにしよう。それに、もうこの銃は弾が入っていない」

「……おちょくってんのかよ!」

「おちょくるつもりはないよ。それに、私は画家だとリズに言ったつもりだがね」


 ヴィオラは「本当か?」とリズに尋ね、リズはゆっくりと首を縦に振る。


「……わかった。信用してやる」

「では、私はその言葉を信用することにしよう」

「だけど、二つ条件がある。一つはその銃を捨てる事、そして、私たちの村まで来ること」

「……なるほど、軟禁するということか。いいとも」


 私は首を縦に振ると、リズがおずおずと話しかける。


「……アルノエルさん、嘘ですよね? 私、信じてますから……!」


『信じている』。その言葉を聞くのは実に二十年ぶりだ。

 私はリズに微笑んだ後、腕をヴィオラに縛られ、村まで連れていかれることになった。


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