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第3話 フチサイ老人。

それでは謎の老人との邂逅です。

「…ほぅ、心の臓の病で死んでこっちに生まれ変わってきたのか…お主もなかなか

大変な目にあってきたのだな」

 前世が日本人だとばれてしまった俺は、前世で起きた事と転生する事になった経

緯をフチサイ老人に話していた。

「フチサイさんはどういう経緯で生まれ変わってきたのですか?」

「正確に言うと、儂は生まれ変わってこっちに来たわけではない。殺されそうにな

ったその時にこちらに飛ばされてきたのじゃ。もうこっちに来て六年位になる」

 

 …えっ!?こっちに飛ばされてきたって、それじゃ転移者って事か?しかも殺さ

れそうになったってどういう事だ?六年前って事は、俺が中学生の時の話だな…し

かし、暴漢に襲われた老人が姿を消したなんて事件があればさすがにテレビとかで

報じられているはずだけど、俺はまったくそういう話を聞いた事が無い。確かに俺

は剣道一筋であまり世間の事は知らなかったけど、そんな事件があれば学校中で話

題になるはずだよな?それとも、何処かのローカルニュースで報じられた程度だっ

たとかかな?

「あの…失礼ですが、ご出身はどちらですか?」

「儂か?儂の出身は伊勢じゃが」

 イセ?…イセって何処の県だったっけ?何かで聞いた名だったような…ああ、そ

うか!伊勢海老だ!それに確かあっちに伊勢市ってあったはず。という事は…。

「三重のご出身という事ですか?」

「ミエ?ミエとは何だ?儂が信意の奴からの刺客に襲われたのは三瀬じゃが、その

事を言うておるのか?」

 あれ?さっきはイセって言っていたのに今度はミセ?三重県にそんな地名あった

っけ?それとも三重県じゃないのか?しかもノブオキって誰だ?シカクって襲われ

たっていうからには刺客の事だよな…三重県でそんな物騒な事件が起きたなんて話

聞いた事無いぞ。

 俺の頭の中には疑問が渦巻くが何をどう聞いたら良いのかすら浮かばず、フチサ

イ老人もどう答えれば良いのか見当もつかないようで、結局二人して首をかしげる

だけであった。


 ・・・・・・・


「まあ、全ては過ぎた事。今はこの世界で生きるのみじゃな」

「…そうですね」

 かれこれ二十分くらいそうしていたであろう後、フチサイ老人は半ば諦めたよう

な顔でそう呟くので、俺もそれに同意する。確かに今はこの世界でどう生きるかの

方が重要だ。

「それはそうと、坊主は近くの村の名主の子と言っておったな」

「はい」

「ならばその村まで案内してくれぬか?少しばかり休憩させて欲しいのじゃよ。何

時までも若いつもりでおったが、やはり年は年のようじゃ」

 確かにフチサイ老人はおそらく六十はとうに越えているように見えるし、こんな

所にいるのを考えるとずっと険しい道を歩いてきたのだろうから少し位休憩したい

に違いない。助けてもらったお礼に休憩とは言わず一晩位泊まってもらう事を父上

に提案してみよう。


 ・・・・・・・


「…というわけなんだけど、この人を一晩泊めてあげるわけにはいかないかな?」

「よくぞ言った我が息子よ。お前の命の恩人なんだ、一晩といわず好きなだけ泊ま

っていってもらおうではないか」

 家に帰り父にフチサイ老人の事を話すと二つ返事で泊まる事を承諾してくれる。

「よいのか?幾ら主の息子を助けたとかいえ、こんな怪しい老人を家に泊めるなど

…儂は少々の休憩と茶の一杯ももらえればそれで良いのだが」

「そうは参りません。息子の命を助けていただいた人にそのような無下な対応をし

たとなれば、我が名折れ。それに、あなたの目を見れば分かりますよ。あなたは決

して人を騙そうとかする類の方では無い事位。そもそも、本当に怪しい人間は自分

から『怪しい』などとは言わないものです」

「そうか、そこまで言ってくれるのであれば少しの間だけ世話になろうかの」

 フチサイ老人は自分の風体を気にして固辞しようとするが、父がそう言うとそれ

以上何も言わずに家に泊まってくれる事になったのであった。


 ・・・・・・・


 夕食後、俺はフチサイ老人が泊まる部屋を訪ねていた。何故かというと…。

「フチサイ様、俺に剣を教えて欲しいのです」

 俺はフチサイ老人に会った時からそれを願ったからである。この二年、父から剣

を教わってきて上達している感触はあるものの、此処でフチサイ老人から手ほどき

を受ける事が出来ればもっと上達する…理由は分からないが、俺の中にはそういう

確信が生まれていたのであった。

「ほぅ、儂の剣をお主にのぉ…しかし、お主は儂の剣がどのような物か知らんじゃ

ろうから言っておくぞ。儂の剣は人殺しの剣じゃ。儂自身で斬り殺した者の数など

はたかだか知れておるが、儂は己に火の粉がかかる事態になるならば決して躊躇な

どせぬ。お主にその覚悟はあるか?単に子供が腕を上げたいからとか狩りの成果を

上げたいなどという理由であるならば、儂の事など忘れて今のまま大人しく父御に

剣を習え。どうじゃ?」

 

 そう俺に問いかけるフチサイ老人の目は真剣な光を帯びていた。どうやら単なる

脅しで言っているわけではないようだ。人を殺すか…正直、現代日本で生きてきた

記憶を持つ俺には実感しがたいものだ。ニュースを見れば何処か遠い国で戦争が起

き、また日本でも何処かで殺人事件が報じられていた。だが、それは全て自分とは

関係ないと言えてしまう位の遠い出来事のように感じていた。この世界に来てから

も基本的には平和そのものの人生を歩んできている。だからとはいえ、森に入れば

獣や魔物に襲われる事もあるし、村々を繋ぐ道には盗賊や山賊が出る事もあると聞

いている。俺はこの村で生きていくと決めてはいるが、その為にも村の皆を守れる

力が欲しい。人を殺す事に躊躇を覚えないかと問われれば嘘だと言わざると得ない

けど、俺は…。

「今は躊躇しないとは言えません。ですが、俺は村を…自分の目の前に映る人々を

守りたい。その為にならば…」

 俺が搾り出せた言葉はそれだけであった。正直、頭の中ではもっと色々と渦巻く

物があるものの、うまく言葉に出来なくてとてももどかしくて仕方がない。

 

「そうか…お主はお主なりに覚悟はあるようじゃな」

しかし、フチサイ老人は俺の目を見るなりそう言って頬を緩める。

「よし、ならばお主にわが剣を教えよう。但し…厳しいぞ。しかもお主から言い出

した事じゃ。決して弱音は許さぬし、途中で投げ出す事も許さぬ…良いな」

「はいっ、よろしくお願いします…フチサイ先生!」

 こうして俺はフチサイ先生に師事して剣を習う事になったのであった。


 ・・・・・・・


「たあっ!」

「まだまだ!踏み込みが甘い!」

「もう一本お願いします!」

「よし、来い!」

「たあっ!」

「今度は足元がお留守になってるぞ!」

「もう一本!」

「よし!」

「たあっ!」

「今度は胴ががら空きじゃ!」


 俺がフチサイ先生に剣を教わるようになってから一月余りが経った。しかしまだ

まだこんな感じである。そもそも一月程度でどうにかなるような話でもないが。


「よし、しばし休憩!」

「まだやれます!」

「ダメじゃ、その意気は良いがちゃんと休める時に休む事もまた上達の為に必要な

事じゃぞ」

「はい、休憩します!」

 やれると口では言ったものの、正直ちょっと休みたかったのも事実だったりする

ので、俺は先生の言葉に従って休憩の為に近くの木陰に行って座る。

「おう、トウヤ。毎日精が出るな。ほれ、水だ」

 そこに父上がやってきて俺に水筒を渡してくれるとそのままフチサイ先生の下に

向かう。父上は俺がフチサイ先生に剣を教わりたい事を申し出るとすぐにそれを了

承してくれ、フチサイ先生が村に逗留する事を許してくれただけでなく、こうして

水やら差しいれやらを持ってきてくれる。どうやらそれだけでなく、そのついでに

フチサイ先生と色々話をしたいのも事実のようではあるが。


「どうです、トウヤの腕の方は」

「名主殿程の御方ならば、儂に聞かずともおおよそは分かるでしょうに」

「それでも、ちゃんと聞きたいと思うのが親心というやつですよ。実を言えば、妻

達が聞いてこいってうるさいだけなのですけどね」

「かっかっか、何時の世も子を想う母の気持ちに変わりは無しという事じゃな」

「それでどうですか?我が息子ながら、なかなか良い筋だとは思うのですが」

「なかなかどころでは無い、この一月だけで驚く程の上達ぶりじゃ。このままいけ

ば儂を上回るのもそう遠い話ではないじゃろうな」

「何と…それ程の才能ですか」

「ああ、本人は村を守る為にとか言っていたが、あれはそんな程度で収まる器では

無かろう。それも五年もせぬ内にな」

「ならばフチサイ様はトウヤに大いなる運命でも待っているとでも?」

「爺の勘でしかないがな」

 フチサイ先生と父上の間でそのような話をしていたなど知らず、離れた木陰にい

た俺はただ空を見上げていただけであった。

次はトウヤの上達ぶりを見せる回になります。

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