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土喧嘩 (ファンタジー/★★)

 そろそろ全国高校野球の地方大会も、決勝戦だな、つぶらや。

 片や常勝の名門高校。片や万年初戦敗退高校。

 番狂わせが重なって、なかなか面白いカードになってきたじゃねえの。

 どちらが勝っても、うちの県の代表として頑張ってもらいたいな。

 

 つぶらやは甲子園に行ったことはあるのか? 

 プロ野球の観戦なら、か。じゃあ高校野球を観た経験はないってことだな。

 俺は何回か、試合を観たことがあるよ。現役時代はベンチだったが、球場の土を持ち帰ったことも覚えている。

 持ち帰った土はどうしたかって?

 おっと、実はそれを巡って、面白い話があるんだ。

 ただ答えるだけじゃ、味気ないと、お前も思うだろ? ちょっと話をしようか。


 甲子園の土なんだが、学校によってスタンスが違う。

「また来年もやってくるから、必要ない」という考えで、持ち帰らない剛の者たちもいれば、「この土に、雪辱を誓う」と、嘗める胆代わりにする猛者たちもいる。

 俺の場合は、「ちょうだい」という知人がたくさんいてな。自分の分を確保してから、みんなにちょろちょろと分けたクチだ。

 だが、他の使い方をした学校もある。これはそのうちの一校で起きたと言われている出来事だ。


 その学校は開校以来、初めて、甲子園出場の資格を得た。

 当初は素人軍団だったのが、監督と選手に恵まれた世代があったんだ。

 彼らは元々実力があったんだが、加えてたゆまぬ努力を重ねていた。

 専用のグラウンドはなく、他の運動部と兼用ではあったが、モチベーションは高くて、休日なんかは、朝早くから日が暮れるまで練習するということも多かった。加えて、とんぼがけをして、グラウンドに礼をする。


 そんなの当たり前だろ? おっしゃる通りだな。

 だが、当たり前のことを当たり前にやる。これがかなり難しいのは、つぶらやも知っているだろ?

 ピッチャーがキャッチャーの指示した通りに投げる。野手が丁寧にボールをキャッチして、送球する。バッターがストライクゾーンを把握し、球を選ぶ。

 これらを試合中、全くのエラーなくできるチームは、強いぜ。疲れている時でも、正確さを失わないなら、相手にとっちゃつけ入るスキがないわけだからな。両チームの力が僅差の時ほど、基礎が物を言う。


 しかし、地力が圧倒的に上の相手じゃ通用しない。

 その学校は、年の準優勝校にコールド近い差をつけられて、一回戦で敗退した。

 多くの人は下馬評通りの結果に「気を落とすな」とか「相手が悪かった」とか、慰めにならない慰めをかけたけど、選手たちにとっては、そんなことはどうでも良かった。

 負けたという純然な事実は、覆らない。

「自分たちの無念を、次こそは晴らしてほしい」という気持ちをこめ、先輩たちは鬼気迫る表情で、甲子園の砂を学校のグラウンドにまいた。

 敗北を味わった悔しさを忘れずに、練習するための燃料。そうなることを期待しての行いだったんだ。


 ところが、翌日から体調不良を訴える者が出始めた。

 やむなく、休養を取ったものの、なかなか快方へは向かわない。

 それどころか、野球部以外でも調子を崩す者が、ちらほらと見受けられるようになってきた。特にグラウンドを利用する部の被害は、一際大きい。

 タイミングからして、甲子園の土が、真っ先に疑われた。何か病気でも持ち込んできたのではないか、とうわさされたんだ。

 しかし、度重なるトンボがけのせいで、もはや甲子園の土がどこにどれほどあるのか、判別できない。

 部分的にグラウンドの土が取り除かれたりしたが、結果はあがらず。結局、グラウンドの土を丸々交換することになった。


 しばらくグラウンドは使えなくなったものの、グラウンド使用が再開される頃には、体調が整ってくる者が増え始め、コンディションが整ってくる。

 今までの遅れを取り戻すように、各部活は懸命に打ち込み、野球部もまた、今まで以上に厳しい練習を重ねていく。

 甲子園の土がなくても、思いは受け継ぐんだ、と部員たちの決意の汗が、真新しい土の中に、日々、吸い込まれていった。


 そうして、春の選抜野球大会が近づいてきたころ。チームは最終調整に移っていた。

 今日は陽もかげっていて、気温も程よい、過ごしやすい日。長時間の練習にはうってつけだ。

 締めの練習である、千本ノックに入って、半分ほど消化した時。

 突然、レフトとライトが、その場にバッタリ倒れてしまったんだ。

 顔は青ざめ、呼吸は荒い。あの甲子園の土がまかれた直後に、見舞われた症状にそっくりだった。

 甲子園の土がないのに、なぜ? 

 部員たちはグラウンドを見回し、やがてある光景を目にすることになる。


 グラウンドの片隅にある砂場。そこに小さな男の子が入り込んで、砂遊びをしていた。

 校舎と住宅街の間に位置するグラウンド。学校関係者が来ることを考えて、日中は開放しているため、近所の人も出入りできる。

 部員が子供に聞いてみたところ、近くの公園から持ってきた土も、砂場に混ぜているという。もしや、と思い、子供が持参した土をすっかりすくい上げると、ライトとレフトの症状はみるみるうちに回復したらしい。


 そのことがあってから、例の学校のグラウンドは、嫉妬深くて排他的という評判になった。

 以来、「グラウンドに、外から土を持ち込まないように」という規則が徹底される。

 球児たちも、甲子園で負けた時は、変わらず土を持って帰っているが、同じような事態に陥らないように、自分の家で厳重に保管するよう、言いつけられているようだぜ。

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