刀ハンティング (歴史・ファンタジー/★)
こーちゃん、歴史教えてよ。
この間のテストが散々でさ、お目玉くらっちゃったんだ。
次のテストもだめだと、ケータイは取られる、塾には行かされる。モラトリアムが浸食されちゃうよ〜。
金と時間は、子供に与えるべきじゃない。ちょうどいいじゃないか?
――ひどい! オニ! アクマ! つぶらや!
人の命を取り上げて、いったい何が楽しいんだ! 僕には今しかないんだよ!
今、今とうるさい。時間の無駄だ。つきあってやるから、早くしろ?
こーちゃん、新手のツンデレってやつ? 社会人ってそんなものなの?
まあ、いいや。次の試験範囲の始まりが、戦国時代の三英傑なんだよ。今日の授業は豊臣秀吉でさ。色々な政策を教わったんだ。
先生って脱線が好きで、伝説とかも教えてくれたんだよ。秀吉の政策に対して。
こーちゃんも聞きたくない? 勉強前におしゃべりしようよ。
「織田がつき 羽柴がこねし 天下もち 座りしままに 食うは徳川」
天下統一の流れを示した川柳らしいけど、家康だって昔は人質生活が長かったんだから、楽しているわけではないんだよね。そりゃ、客観的には結果しか見えないから、仕方ないかもだけど。
そして、織田信長の後を継いだ秀吉が行った政策で、有名なものが二つ。
一つは太閤検地。
様々な単位、田んぼの階級、年貢の負担者を確定させる政策。
一つは刀狩り。
僧侶や農民から武器を取り上げて、兵農分離を推し進める政策。
先生が話してくれたのは、刀狩りに関する話だったよ。
ある農村に、刀狩り令を知らせる武将と兵たちがやってきた。
彼らは村の代表者たちを集めて、刀狩りの正当性を説く。
特に繰り返されたのが、回収された武器は、新しい寺を建てるための、くぎやかすがいに使われる。これは御仏の意思にかなうものだから、協力したものは、来世での幸せが約束される、というもの。
極楽浄土に憧れる者たちにとっては、効果的な殺し文句になった。
織田信長がかつて焼き討ちにした、比叡山延暦寺。その喪失は、人々に信じるものへの揺らぎを生んでいた。
その延暦寺再興に、秀吉が力を出していたこともあり、人々は喜んで武器を差し出したんだそうだよ。自分たちの選択が、明るい未来につながると信じて。
それからしばらくして。農村では野生動物らしきものによる、作物の被害が広がっていた。
どうやら、豊臣氏が各地の街道を整備しはじめたことにより、自然を追われた動物たちが、民家に下ってきているようだ、というのが、皆の見解。
動物らしき影は、夜な夜な畑を荒らしていく。だが、人々は追い立てるのがせいぜいで、捕まえることはできなかった。
奴らは人の気配に敏感で、およそ十歩以内に人が近寄ると、あっという間に逃げ出してしまう。囲んで迫ったとしても、こちらを小馬鹿にするように、誰かの頭にぴょんと乗り、踏み台にして、夜の中に溶け込んじゃうんだって。
こんな相手にうってつけである犬たちは、奴らが来る晩、決まって鼻バカになってしまい、使い物にならない。
せめて弓矢を、とも思う農民たちだが、刀狩りで取り上げられた人々に、残っているのは、すきやくわばかり。期待できるのは、投石だけだが、当たったためしはまるでなし。
人々は獣除けに頭を悩ませる日々だったんだってさ。
そして、その晩も農作物は被害に遭った。
獣除けに、農民たちがつくった罠をかいくぐり、まんまと大根をせしめて駆け出す、三つの影。たとえ、結果が見えていようと、ただで取られるわけにはいかない、と人々は石を投げつつ追いかける。
それでも差は縮まらない。今日もいつもと同じ結果かと、誰もが思った時。
三匹のうちの一匹が、突如、頭上から降ってきた、巨大な影に踏みつぶされた。
すさまじい振動で、辺り一帯が地震でも起こったように、大きく揺れて、人々は思わずその場でうずくまってしまった。
無事だった残りの二匹は、その巨体の脇を抜けて逃げようとする。しかし、巨体からはまるで蛇の胴体のように、長くうねった腕が伸び、その二匹に巻きついた。
ごきり、と何かが折れる音がすると、二匹はぴくりとも動かなくなる。そして、足元に踏みつぶされた一匹を蹴り上げて、頭に乗せる巨体。そのまま、ぴょんぴょんと小さく飛び跳ねながら、人々から遠ざかっていく。
ひょうきんな動きに見えながら、着地するたびに地響きがするほどの重さ。ほとんどの人々が呆然とする中、一人だけその巨体に向かって、石を投げつけた者がいた。現実離れした出来事に、錯乱したのかもしれない。
彼の投げた石は、巨体に跳ね返された。人々は石を投げた彼を責めるより、バラバラに逃げ出した。どんな報復をされるかたまったものじゃないからだ。
幸い、巨体は何もしてこなかったが、あれが石を跳ね返した音は、皆の耳に響いている。
あれは、まるで鉄の塊が弾いたような音だったんだ。
それから、畑を荒らす動物の姿がめっきりなくなった頃。
刀狩りのための、武将たちが訪れ、武器を差し出せと言ってきた。
なぜ、もう一度くるのか。
人々は疑問に思い、武将に尋ねたところ、この村はまだ刀狩りを行っていないはずだという。
しかし、すでに武器を差し出した農民たち。家探しされても、矢の一本も残っていない。
武将を含めて、誰もが首を傾げるおかしな現象だった。
それでは、最初にやってきた彼らは一体何なのか。
謎は解けずに残ったまま。
ただ、江戸時代に入ってからも、その近辺で道に迷った子供を助ける、山のように大きく、鉄のように固い身体を持った入道のウワサが、広まったことがあったとか。




