憧れのお姉さん (恋愛/★★)
ねーねー、こーちゃんの初恋の人って誰?
いきなり、どうしたんだって?
いやあ、その……気になる人ができまして……。
僕が週三回、塾通いなの知ってるでしょ、その時に見かけてさ。何度も顔を見ているうちに、胸がドキドキしてきたというか。
とっととアタックしろ? これだから、こーちゃんは。他人事だと思って、勝手なことばかり言うんだから。
どうせ、僕が塾生とか先生に惚れたとか思ってるんでしょ? 残念でした。
僕が気になっているのは、電車でいつも同じ座席に座っているお姉さん。
僕自身は降りる駅の階段の位置を把握しているから、同じ位置から乗るんだけど、そのお姉さんはその日、その時、その座席にいつも座っているんだ。
制服姿で単語帳とにらめっこしているから、受験生かも知れない。だけど、よく見るとすごく可愛い。一目惚れって奴かな。
でも、ナンパをする度胸はないし、きっかけがあればと思うんだけど、ちょっと怖い気もする。
いとこのお兄さんが体験したことがあってさ。こーちゃんもこの手の話、聞きたいよね?
僕のいとこのお兄さんはねえ、いわゆるフリーターって奴なの。
でも、働いている時間よりも、家でパソコンをしている時が多いかなあ。
入ってくるお金より、出ていくお金の方が多い月が多くて、このままじゃ先細り。だけどお兄さんは、その趣味をやめるつもりはないみたい。
お母さんに怒られるんじゃないの、と僕が言ったら、余計なお世話だ、て返されたよ。
内心じゃ気にしているんだね。
僕が更に突っ込むと、ため息をつきながら、理由を話してくれたんだ。
お兄さんが小学校に上がったばかりの頃。逆上がりが体育の課題で出されたんだけど、なかなかクリアできなかった。
逆上がりってさ、けっこう鬼門じゃなかった? できる時はできるけど、できない時はできない。器械体操系って軒並み、そんな印象があるよ。
お兄さんは、気に入らないことは、徹底的にやっつけないと気が済まない人。
その日も放課後、一人で鉄棒に戦いを挑んでいたんだけど、なかなかできない。
今日はもう、やめようかな、と鉄棒から手を離しかけた時。
「もうちょっとだよ、頑張れ」
声のする方を向くと、自分より明らかに年上のお姉さんがいた。
紺色のセーラー服が印象的で、髪はいわゆるお姫様カット。
文字通り、日本人形みたいに整った容姿の、お姉さんだったみたい。
彼女は声をかけてくれただけだったけど、お兄さんはその言葉にむくむくやる気を出して、更に何回目かのトライで、ようやく逆上がりに成功。
感極まって、暗くなり始めた校庭を見回したけど、お姉さんの姿はどこにもなかったって。
それからというもの、お兄さんが何かに挑戦して、心が折れそうになるたび、お姉さんがどこからか現れて、声をかけてくれたんだって。
僕の場合もそうだけどさ、謎があるお姉さんって、魅力があると思わない?
はっきりしないからさ、もしかして自分に気があるのかなあ、とか夢を見る余地があったりして。
そうやって勘違いして、玉砕して、ガキは男になっていくんだ?
こ、こーちゃん、やけに重いね。女の人がらみで、辛いことでもあった?
ま、まあ、お兄さんも何度も励ましをもらっているうちに、お姉さんのことを意識し始めてね。いつの間にか、お姉さんの声援をもらうために頑張るようになっちゃっていた。手段の目的化、という奴かな。
そして、お兄さんが大学合格の通知を受け取った直後。
学校からの帰り道で、お姉さんに会ったんだ。もう、春になるというのに、厚手のコートに身を包んで、大きなキャスターつきの旅行かばんを持っていた。
「お別れをしないといけないの」
お姉さんはお兄さんにそう告げた。
お兄さんは突然の遭遇と言葉に、感情が溢れてきて、何を伝えればいいか分からなかったと話していたよ。
戸惑うお兄さんに、お姉さんは言った。
「大丈夫、少し、変わりにいくだけだから。君は望むままに生きて。そうしたら、きっとまた会える。その時には、ずっと一緒にいられるわ」
ずっと一緒にいられる。
その言葉は、お兄さんの心をぐらんぐらんに揺さぶったけど、我に返った時、お姉さんはどこにもいなかったって。
お兄さんは今まで、お姉さんの声援を目当てに、頑張って来ていた。
それを失ってしまったんだから、何にもやる気はでない。
大学の講義も身に入らずに、お酒を飲んだり、大人の遊びをしたりと、堕落気味な生活を送っていたみたい。
友達からの勧めで、パソコンにはまると、もう現実世界で生きる時間は、圧倒的に少なくなっていた。
あの声援がもらえないなら、何をやってもしょうがない。楽な方へ、楽な方へ、お兄さんは流されていった。家族のお説教や心配の言葉などには、耳も貸さないで。
その生活が何年も続いた頃。
お兄さんは、友達を通じて、意外なところでお姉さんと再会することになる。
別れた時よりも、更に整った姿。人間とは思えないほど、理想的なボディだった。
お兄さんは驚いたみたいだけど、お姉さんの言葉を果たすことにしたんだ。
ずっと一緒にいること。
今でもお姉さんはお兄さんのそばにいるよ。
ゲーム特典でついてきて、お兄さんが部屋に貼ってある、アニメチックなキャラクターたちのポスター。その一角にね。




