元気の源 ラッキーケーキ (ファンタジー・ヒューマンドラマ/★★)
あ、つぶらや先輩、今からケーキ屋に行きません?
特にめでたいことはなかったと思うが?
やだなあ、先輩。ケーキを食べるのは、おめでたい時だけ、なんて法律はありませんよ。
今日はですね、ケーキのセールをしているんですよ。カップル限定で。
――いやいや、そこで、「げえ〜」ってあからさまに嫌な顔、しないでもらえませんか? 私の女としてのもろもろが、音を立てて崩れて行ってしまいます……。
同級生に見向きされない私には、先輩しかいないんです! お願い、この通り! 一生の……。
付き合ってやるから、「一生の〜」はやめろ。もっと大事な時にとっとけ?
うん、まじで正論ですね。先輩に一生を捧げるところでした。じゃあとっておきます。
ありがとうございます、先輩。さっきの「げえ〜」はノーカンにしますよ!
う〜ん、おいしいケーキを食べ、おいしい紅茶を飲む! このために生きているなあ、とつくづく思います!
え、俺の分も食べるかって?
やだなあ、私が子供みたいじゃないですか。でも、釣られちゃう。ぱくっ!
ふう、お腹いっぱいです。またダイエットしないとですよ。
それにしても、よくセールをチェックしていたな?
一人暮らしをしているとですね、セールとか安売りとかに敏感になっちゃうんです。食べなきゃ損、損という気持ちになっちゃうんですよね。結局、お金を落とすから、戦略にハマっているんですけど。
お店側も色々考えますよねえ。それがお客さんのためだったらいいのですが、必ずしもそうとは限らないかも……。
私のおばさんが行ったことのある、お店の話。先輩は興味がありませんか?
おばさんが小学生くらいの頃。
通学路に、お店の中でケーキを食べられるケーキ屋があったんです。
そこのケーキ屋さんには、「ラッキーケーキ」という、名物ケーキが存在したって話です。
ラッキーケーキは、月に一日だけ、ランダムに設定された日に、販売するケーキなんです。
お値段は小学生のお小遣いでも、手が出せるほど安い。お一人様、一つだけ食すことができる、プレミアムなケーキだったらしいんです。
さぞや、おいしいんだろうって思いますよね。ところが評判はまちまちなんですよ。
おいしいという人もいれば、いまいちだという人もいたらしいんです。
味覚の違いか、とも思いますが、たとえ同じ人が食べても、月によって美味い、まずいの評価が変わるんだと。
おばさんもケーキを食べながら、おいしい、おいしくないで友達とけんかをしたこともあると聞きました。
ただ、けんかをしたりして後悔だらけの気持ちの時はケーキがおいしく、満ち足りた気持ちの時に食べるケーキは、今一つだったんですって。
そして、おばさんが五年生になった時。
昔から一緒に遊んでいた幼馴染が、転校することになったんです。おばさんの学校は生徒数が少なくて、学校のみんなは全員顔見知り。それだけに別れを惜しむ子は、たくさんいたって話です。
どうせ別れが避けられないなら、最後に思い出を。そう考えたおばさんは、例のラッキーケーキをみんなで食べることにしたんです。
こんなに悲しい気持ちなら、きっと心に残る味になる。忘れられない味になる。
そう信じたおばさんは、例のケーキ屋さんに行った。学校の生徒分、全員のラッキーケーキの予約をするために。
ケーキ屋さんの店長さん――ひげ一本生えていない、中性的な容姿だったみたいです――は困った顔をしました。
そして、ラッキーケーキは、わけあって予約ができないものであること。そして、学校の生徒全員分を、その日に確保することは、とても難しいということを伝えてくれたそうです。
おばさんは、それをまげてでも、用意してほしいと熱心に頼み込みました。
店長さんは、しばらく目をつむっていましたが、やがて意を決したように、見開きました。その眼には、険しい光をたたえています。
店主さんはラッキーケーキの予約を受けました。ただし、おばさんに次のことを約束させます。
ケーキを食べた後、どんなに辛いことがあったとしても、逃げ出したり、誰かのせいにしたりしないことを。
おばさんは、迷わずにうなずきました。幼馴染と別れる以上に辛いことなんて、当時のおばさんには考えられなかったのですから。
そして、お別れの日。
おばさんは生徒分のラッキーケーキを抱えて、お別れパーティーにやってきました。
その味は、まさにほっぺたが落ちそうな、いや身体ごと溶けてしまうかと思うほど、おいしかったそうです。
おばさんたち全員は、とびっきりの笑顔で、幼馴染を送り出したそうです。
しかし、しばらくして。
学校中のみんなの親御さんが、首を切られたり、勤め先が倒産したりして、次々に仕事を失っていったそうです。
やがては家を手放し、住み慣れた土地を離れなくてはならない事態に。
おばさんの家も例外ではなく、親戚のツテを頼るために、長い旅をすることになったそうです。
それからもおばさんの家は苦労続き。今でもキャリアウーマンとしてバリバリ働いていますけど、もう結婚とかはほぼ諦めてしまっています。
時々、ラッキーケーキの味がふと頭をよぎるようですが、うわさによると、おばさんが去ってから、間もなく店を畳んでしまったそうです。
おばさんは、目尻にしわを作りながら、こう漏らしていました。
ラッキーケーキは、元気の源。辛い人ほど、元気が出る味。
だけど、もともと元気はみんなのもので、誰かが、がめてはいけないもの。
みんなの元気を独占した時、私たちの元気は消えてゆくしかなかったのかもね、と。