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某領内乳母騒動 (コメディー/★)

 こーくん、わざわざありがとね。寝かしつけるのを手伝ってもらっちゃって。

 この子って夜泣きもひどいのよ。気持ちよく眠っている最中にびゃんびゃん泣かれると、結構、来るものがあるわ。それが疲れている時だったら、なおさらね。

 よく育児放棄とか、子供に手をかけちゃうとかいっている事件を見ると、ちょっと気持ちが分かるようになってきたの。

 確かに子供はかわいい。でも、自分が親だとお世話に時間と精神を削られる。

 おじいちゃん、おばあちゃんが孫をやたらとかわいがるのも、実際に自分がお世話をするわけではない、という気軽さも関係しているのかも知れないわね。


 でも、こうやって家族のために時間を持てるって、本当に貴重だし、表向き平和なこの国に感謝するべきかもね。

 これが領主の跡継ぎだったとしたら、子育て以外にも色々な問題が持ち上がっちゃうでしょうし。

 こーくん、やっぱり期待している顔をするわね。それじゃ、話しましょうか。

 とある領主様の跡継ぎを巡る物語を。


 その領主様。強欲で知られていたとの話よ。

 年貢を搾り取る一方で、商売に関しても自由を保証する代わりに、売り上げの何分かを納めさせることで、莫大な富を城の中に蓄えてた。 

 領民たちも重税に苦しんではいたけど、商人たちが盛んに行き来するおかげで、珍しいものを目にしたり、手に取ったりすることができる。

 生活の苦しさを、美品、珍品によって紛らわしていたのね。実際に、お腹は膨れないけど。


 そして、月日は流れ。領主様に待望の跡継ぎが産まれた。その子はすぐに乳母に育てられることになったわ。

 昔は今と違って、栄養満点の人工のミルクを用意できる環境はないからね。母乳が赤ちゃんにとって、非常に重要だった。疎かにすれば、発育不全どころか命に関わるもの。

 それに領主の妻となると、公務に関わることが多くて、育児に時間を割けないのも乳母の存在を重いものにしていたわ。


 けれども、ここで問題が発生。

 その赤ちゃんなんだけど、乳母の母乳を三日間しか飲まなかったらしいの。

 乳母の母乳を飲まない赤ちゃんといえば、織田信長の例が有名ね。次々に乳母の乳房を噛みちぎって、そのたびに乳母を交代。池田恒興の母親が乳母となって、ようやく落ち着いたという話が残っているくらい。

 領主の赤ちゃんの場合は、そこまで過激じゃなかったけど、一度でも飲むことを拒んだ女性からは、絶対に母乳を飲もうとしなかった。

 乳母候補は何人もいたけど、一抹の不安があったわ。もしも、今の候補が全員、赤ちゃんの乳母たり得なくなったら、という不安がね。


 乳母たちが最長三日、最短ひと飲みで交代せざるを得ない状況。大切な跡取りのため、領主は家来たちと会議を開き、とあるお触れを出すわ。

 領民からの、乳母候補募集。

 たとえ、ひと飲みであろうと、給金たる扶持ふちを支給。

 乳母が敬遠される原因でもあった、実家との縁切りや、実子を里子に出す必要はなし。

 扶持は勤め上げた日数、成果に応じて、順次上乗せという条件でね。


 予想通り、領内の母親たちは続々と集まった。ほどなく、募集された乳母たちが役目を引き受けることになったわ。

 乳母は、侍女の中でも最高級の給金が支給される。たとえ、ひと飲みで終わろうとも、家計が潤う額。母親たちは体を張った。

 しかし、貧乏は侮れない。一回の乳母奉公で足りるはずがなく、帰された母親たちは、今度は未婚の娘たちの尻を叩き始めたわ。

 次の乳母とするべく、母乳を出させるために。


 娘が男と逢引きすれば、家には布団が敷いてある。

 鬼も十八、番茶も出花と、次々、見合いの席を持つ。

 詐欺の十八、行かず後家と、見合いの席でも嵐が起こる。

 どうせ誰かと寝るならば、心焦がれるあの人と、二枚目たちに押し寄せた。

 二枚目、いつもの調子を乱し、ブスよ寄るなと、走り出す。

 素敵なあの人、正体見えて、ぞぞっと引きつる、その笑い。

 あっちもこっちも、お祭り騒ぎ。

 花、金、飛ぶ飛ぶ、乱れ飛ぶ。

 それらの宴もどこ吹く風と、今日も赤子は乳を吸う。


 かれこれ三年。赤ん坊は相変わらず、乳母に抱かれていたわ。

 領主の富は扶持に消え、子供は領地に満ち満ちた。

 領主たちにとっては、三年前までの暮らしが、まるで幻のようだったの。

 今や領主たちは、日に一度の食事。一汁一菜が精いっぱい。

 かつての栄華を懐かしむも、それはもはや叶わぬこと。

 彼らは、跡取りのために、肥やした腹を切り刻んだのだから。


 ある夜のこと。領主が目を覚ますと、枕元に赤ん坊が立っていたわ。昼間まで、乳母に抱かれるままだった跡取りが。

 領主が目を見張ると、赤子が口を開いた。


「貧を知ったか」


 ただ一言。そう発して、赤子は領主の方に倒れこんできたわ。慌てて領主が抱きかかえると、赤ん坊はもう寝息を立てていたそうよ。


 それ以降、領主は富を民のために使うようになったわ。

 あきないを引き続き奨励したけれど、道を整備し、堤防を作り、民の信頼を回復していった。

 赤ん坊も、あの日を境にぐんぐん成長し、めきめき頭角を現した。若くして領主の座を継ぎ、善政を敷いたそうよ。

 ただ、本妻に加えて、数えきれない妾を生涯抱え続けた、歴代一の色好みだったそうな。



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