生きて、生かされ (SF/★★)
なあなあ、つぶらや。お前さ、学生時代に教室で動物を飼ったりしていたか?
ウサギが一羽だけいたな?
おう、俺もいた記憶があるぜ。この間、教育実習に行った学校では、メダカもけっこう飼っていたな。
だが、時代の移り変わりか、俺たちが現役小学生だった時に比べると、だいぶ数が減ってきているようだな。特にニワトリは鳥インフルが騒がれたためだろう。ごっそり数が減っちまっている。
大人の事情的には、予算の問題もあるだろ。さっき、ウサギを飼っていたと言っていたが、つぶらやの教室では、一羽だけで飼っていなかったか? あれ、子供が増えたりすると世話を見きれなくなってしまうから、というのが理由の一つらしいぜ。
でも、飼われる側はたまったものじゃないぜ。飼うことが決まった時点で、生涯、独身が決定だ。
自分より大きなでかぶつたちにこねくり回され、本能を解放する余裕もなく、一生を操られて終わるんだ。
動物愛護なんて、人間側から見た、勝手な押しつけじゃね?
だが、人間の手で守らないと、本当にまずいんじゃないかって生き物もいた。
お、興味が出てきたみたいだな。次の講義までの間で話をするかね。
俺が小学校の時、クラス担任の甥が、クラスメートだった時がある。身内びいきとかを気にして、普通だったら別の学年、別のクラスを受け持たせるはずだろう? だからやけに目立ったぜ。
担任の先生はクラスメートと同じ家に住んでいるようで、朝は別々に出て、夜は一緒に食卓を囲む関係。実際になってみると不思議な感じ、と言っていたな。
先生とクラスメートの両親は、それなりに名前が知れた昆虫学者らしい。研究のため、とかで夫婦別居しているらしいが、家には珍しい昆虫をたくさん飼っているんだってよ。
ただ、音ひとつ、光ひとつとっても、影響が出る昆虫は珍しくない。管理に気を遣うから、友達を呼ぶのははばかられた。
その代わり、時々、クラスに飼育箱を持ってきてな。珍しい虫を見せてくれたりしたんだよ。
そして、夏休みに入る直前。
うちのクラスではカブトムシを飼っていた。誰かが持ち帰れば良かったんだが、例のクラスメートは、前述の環境に影響を与えかねないから、という理由でダメ。他のみんなは、普段、発揮しない、ゆずり合いの精神全開で、ババから逃げたがる。
結局、俺を含めた飼育係が週に一回、面倒を見るということで、手打ちになった。俺の心の中に、どす黒い感情が芽生えたのを、実感した瞬間だったな。
飼育係は夏休みにローテーションで教室を訪れ、カブトムシの世話をする。霧吹きで地面を濡らしたり、餌のゼリーを取り替えたりのお世話。
確かに大事な仕事だ。だが、当時の俺にとって、重大な関心事が他にある。
貴重な遊ぶ時間を潰されたことだ。今日は新作映画の封切りで、友達と一緒に、朝一番で観に行く予定だった。俺がじゃんけんで負けるまでは。
今頃みんなは、特大スクリーンの前で、ポップコーンをほおばっているだろう。
無性に腹が立った。金にも飯にもならない虫どもの世話を、どうして今日、この時間に俺がやらなきゃならないんだ、とな。
だが、この場で怒りのままにカブトムシを握りつぶしたら、あっという間に俺の仕業とばれる。ぎゃんぎゃん怒られて、面倒この上ない。
ハエ侵入防止のための新聞紙を用意していた俺は、ふと教室の掃除用具入れの上に置かれた、青いふたの飼育箱に目を向けた。
例の昆虫一家のクラスメートが、家から持ってきたやつだ。非常に珍しい虫で、ちょっとした環境の変化でも、この虫は大いに反応しちゃうらしい。
夏になると、例のクラスメートの家では、虫たちの大合唱が始まって、環境が悪い。
かといって、変なところに置くとどんな生き物が何をするか分からないし、世話も難しいということで、夏休みの間、教室に避難させているものだった。
先生やクラスメートが毎日世話をしているらしいが、四六時中、目をつけているわけでもない。ちょっとした変化だったら、気づかないだろう。
俺はほとんど八つ当たりのつもりで、そっと飼育箱を用具入れから下ろす。
土が中ほどまで溜まっていて、ミニチュアサイズの温度計がぶら下がっている。示す温度は外気よりも何度か低く、生き物の姿は見えない。
箱をゆすりたい衝動に駆られたが、ほぼ間違いなくばれる。俺はしっかり締まっている箱のフタ。スライド式のシャッターをほんのわずかにずらしたんだ。
少し冷えた風が、俺の頬にあたる。その途端、ぞわぞわと沸騰した水みたいに、地面が泡立ち始めたんだ。
ヤバいって本能的に思った。放り出したい気持ちをどうにか抑えて、元通りの位置に戻したけど、泡立ちは止まらなかった。
温度計はすでに、外の気温と同じか、やや上を示している。俺は逃げるように教室を後にしたよ。
休み明け、最初のホームルームがあった時、
あの青いフタの飼育箱はなくなっていた。先生が「わけあって、もう置いておくことはできなくなった」と話す。
俺は、表向き平然としていたけど、心の中はバクバクさ。先生もクラスメートも、俺を盗み見ているような感じがした。
俺の肝が冷えるのと対照的に、夏が終わってからも、日々の気温は上がり続けた。熱中症で倒れる人が大量に出るくらいに。
どうやら俺は思った以上に、まずいことをしちまったらしい。
真夏日は十月の終わりくらいまで続き、翌日からは十度以上気温が下がって、急激に冬らしくなっていった。
あの飼育箱、冷蔵庫にでも入れられたかな、と俺はビクビクしっぱなしだったよ。
同時に怖くもある。あれが壊れたり、イタズラされた日には、何が起こるんだろうかってね。




