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明るい夜よ、今は去れ (歴史・ホラー/★★)

 お〜い、起きな、こーちゃん。

 明かりをつけたまま、眠ってしまうのは感心しないな。寝る時は部屋を暗くした方がいいぞ。

 ――二時間ごとに起きるには、明かりをつけた方が、都合がいい?

 なんだい、それは? 新しい修行法かい?

 期限に追われているのかも知れないが、規則正しい生活は大事だぞ。若い頃のしわ寄せは、年をとってからやってくるものだからね。

 いずれにせよ、つけっぱなしは良くないよ。仕事場でもよく言われるんじゃないかい。

 ――うるさく言うのも、電気代が惜しいだけですよ?

 うむ、表向きはね。だって一番納得できる理由なんだもの。けれど、別の理由があるとしたら?

 興味が出てきたかい? それじゃ、明かりを消して横になりな。子守歌代わりだ。


 江戸時代までの日本の照明は、ロウソクをメインにしていた。提灯とかも中身はロウソクだね。それも個人持ちであって、全員が共用で使える照明だった「辻行燈」も、文字通りに辻に置かれることが多くて、街中はまだ暗かったんだ。

 それが明治時代に入って、文明開化の訪れ。技術者を招いて、街灯が設置される。

 人間が、夜の闇さえ完全に克服できた瞬間だ。そして、大正時代に入ると商店街にも「すずらん灯」が設置されはじめる。

 明かりが、これまでの脅威であった闇を照らすことで、人々の心にも安心の灯がともされていくはず。明かりを作る人たちは、そう信じていただろう。

 しかし、どこかおかしいことが起こり始めたのも確かだった。


 その日の早朝。

 商店街の片隅で、浮浪者の遺体が発見された。

 刃物のようなもので、のどをぱっくりとやられている。眠っている間に切られたらしく、苦しんだ様子はない。

 凶器も犯人も見つからない。浮浪者は身元が分かるものを持っていない。社会的に地位の高くないものに割く時間は惜しかっただろう。ほどなく調査は打ち切られることになった。


 捜査が打ち切られて、数日後。

 商店街付近の派出所に、新聞を切り抜いた、名前のない封書が届く。

 曰く、「明かりを絶やせば、犯人は姿を現す」。

 それを見た警官たちは、一笑に付したらしい。

 今や明かりは、星々よりも明るく私たちを照らしてくれている。真実はいつも、光の下に引きずり出されるものだ。それを奪い、暗くするなど、わざわざ犯人に隠れ場所を与えるようなもの。

 このような文句、電灯会社にでも送っておけ、とばかりに処分されてしまった。そして、夜通し照らす明かりの下に、多くの人は町を行きかい続けた。


 しかし、警察をあざ笑うかのように、一向に被害は止む気配を見せなかった。

 人以外にも、物を破壊する事件が多発したんだ。鋭い刃物で店の壁や看板が無残にえぐられて、修理の間、客足に影響が出たところもあった。

 警察も巡回の人数を増やしたりしたものの、同時にすべての区画を、一晩中警戒できるわけではない。その穴を狙って、犯行は繰り返された。

 こちらの動きを完全に把握し、手玉に取るような動き。

 警察内部の犯行ではないか、との判断から、醜い内輪もめに発展する。そこに出世や派閥が絡んで、その区域の指揮系統は、ズタボロになりかけていた。

 そして、もう一点。現場の灯りたちは壊されていた。ただしこちらは刃物ではなく、大きい石をぶつけられたらしく、粉々になっていたんだ。

 そのたび、昼間に街灯の修理が行われて、業者は引っ張りだこだったみたいだよ。


 並行して起こる二つの事件。権力争いに囚われづらい、今でいえば巡査の地位に当たる者たちは、引き続き捜査を続けていた。

 その中の一人は、特に使命感に燃えていてね。出世うんぬんよりも、暮らしを脅かす犯人をとっちめてやりたいと、非番の時でも入念にパトロールをしていたらしいんだ。

 事件が初めて起こってから、半年あまり。

 その日も彼は、灯りに照らされる街中を歩いていた。この半年の間で発生している謎の辻斬り事件で、この時間の人通りは絶えている。

 立ち並ぶ商店の壁には、時々、大きく真新しい切り傷が残されていた。ほぼ毎日、どこかの建物が犠牲になるんだ。

 彼はわずかな手がかりも見逃すまいと、ゆっくりと歩を進める。その注意深さがあって、初めて、彼は反応できたのだろう。


 かすかに、風が彼に向かって吹きつけた。思わず、彼は顔をわずかに反らせたが、次の瞬間、背後にあった商店のシャッターに大穴が開く。

 彼は振り向きながらも、本能的に後ろに飛びのいたが、ズボンの裾が深々と切られた。

 それでいて、相手の正体が掴めない。商店街の風景以外に、何も怪しいものは見られない。あるのはわずかな、空気の動きだけ。

 やみくもに動き回っていたためか、致命傷はもらっていないが、すでに服はズタズタだ。はた目には、無様な脱衣芝居を繰り広げているようにしか見えない。

 このままではやられる、と彼が冷や汗をかき出した時。


「伏せるんじゃ」


 よく通る老婆の声。

 反射的に彼はその場でかがむ。一瞬後には自分の髪の毛が、数本ちぎれて、宙を舞っていた。

 続いて、ガラスの割れる音と共に、辺りが闇に包まれていく。街灯が片っ端から割られているんだ。

 思わず顔を上げた彼は見た。


 わずか数歩先の空間。

 反りのある刃。およそ五尺はあろうかという大刀。

 それが持ち手なく、宙に浮かんでいたんだ。

 刀はひとりでに身をひるがえし、逃げ出そうとしたけれど、光る刀身めがけて、滝のように打ちつけられた投石が、刀を地面に叩き落とした。

 闇など意に介さぬような、迷いなき足音が、彼の脇を過ぎる。ようやく目が慣れてきたころには、白い髪を結いあげて、緋色の直垂を身に着け、鞘に収まった刀を握る、一人の老婆が目の前に立っているのが分かった。


 老婆は彼に事情を話す。

 この刀は、光の中に溶け込む物の怪。いつでもどこでも産声をあげるが、かつては害をなす前に、毎晩、闇に食べられていて、表に出てこなかった存在。

 天敵である夜が、街灯によって弱くなったことにより、異常に育って悪さをし始めた。自分はそれを封じるために各地を旅している、と。


「これは格別の大物。しばらく街も静かになろう。これまでの電灯の件は申し訳なんだ。少ないが詫びとさせてくれ」


 老婆は、目も飛び出るような額の札束を、彼の前に置く。

 今までの街灯修理代のざっと三倍はある。


「じゃが心せよ。明るいということは、必ずしも安心ではないということを」


 老婆はそう言い残して、去っていく。

 以来、被害は沈静化して、街は落ち着きを取り戻していったらしい。

 ただ、月に何件か。「かまいたち」による被害が起こり続けていたようだがね。

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