心の中に想うあなた (恋愛・ホラー/★★)
なあ、つぶらや。ちょっとお前の意見を聞きたいんだが、いいか?
唐突で悪いな。実は俺のダチが彼女と一緒に暮らすって言うんだよ。
でも、結婚じゃないんだ。同棲という奴か。このスタイル、お前は賛成か否か、というわけだ。
結婚前にお互いを知る、いい機会じゃないか?
ふ〜ん、予め地雷かどうかを選別しとこうってわけか。人の闇に触れる、物書きらしい意見だな。ありがとよ。
俺は反対派だな。地雷かどうかといっても、所詮は粗探しだろ。そんで、気に入らないことがあれば、とっとと去る。欠点がない方がいい、とまた時間をかけて人を探す。
だがよ、理想を語るのは勝手だが、口にした理想を追えるほど、自分は大層な人間なのか? 自分に脂が乗っているうちに、くっつくのが賢いと思わねえか?
生物だから、時間と共にあらゆるものが衰える。若いつもりでも、老いに勝つことはできねえ。
あっという間に、おじさんおばさん。あっという間にじいさんばあさん。あっという間にあの世行きだ。
賞味期限が切れてから、大安売りだよ! ひいきにしてね! なんて声高に叫んでも、何にも出会えぬまま、ゴミ箱行きだろ。
どうせ、一緒に暮らせば欠点が見えるんだ。それを許せる度量、一直線に進む勢いを身につけるべきだと思うんだ、俺は。
ずいぶんと青いことを言う? 悪かったな。
別につぶらやの意見を蔑ろにしているわけじゃねえ。未だに一人やもめのおじさんの過去の体験を聞いた時、心に湧いた感情が、そのまま俺の意見になっているんだ。
つぶらやも知りたいか? 少しは物書きの参考になればいいんだが。
俺のおじさんは、学生時代に自分が何者か、ということで悶々としていたらしい。
おじさんはうちの母親の弟なんだが、母親の家系は、元を辿ると、戦国時代の落ち武者らしいんだ。
それ以前は、どこに住んでいた、どんな一族だったのか。おじさんは興味津々だったんだ。
珍しい苗字だから、見つかれば何か分かるんじゃないか、と思ったが、なかなか出会わない。インターネットも普及していない時期だ。カチカチっとクリックして、ババーンと出た検索結果を漁る、なんてお手軽なことはできない。
休みの日を使って全国を巡りながら、自分の家の足跡を見つけようとしていたんだってよ。
手がかりがつかめずに迎えた、高校二年の二学期。おじさんのクラスに女の転校生がやってきた。
顔がちょっと大きかったが、ほっそりとスリムな体型。それだけで羨む女子が何名か。クラスメートの質問攻めに遭ってからの、最初の休み時間。
おじさんは、例の転校生に声をかけられた。
「ねえ、ねえ。キミ、前に会ったことあるよね?」
いきなり言われて、おじさんは思わず彼女の顔を、まじまじと見る。
確かに全国を旅してきた自分。どこかですれ違ったことがあったかも知れない。とはいえ、おじさんにとってはルーツ探しが第一で、女漁りをしている余裕はなかった。
しばらく考えて、おじさんは「ごめん」と、彼女に手を合わせて頭を下げたそうだ。すると彼女は「いいよ、これから覚えてもらえれば」と笑ったんだと。
それからも彼女はおじさんに積極的に声をかけてきた。
おじさんも男と女の関係に興味がないわけじゃなかったから、純粋に向けられる好意に対して、悪い気分はしなかったと言っていたな。
徐々に一緒にいる時間が長くなって、告白はしていないものの、ほとんどカップルになっちまったらしい。
そして、二人でお出かけをするようになった頃。
彼女は「自分の家族に会って欲しい」と、恥ずかしそうに切り出してきた。
おじさんは正直、急ぎすぎだろと思ったらしい。お互い、まだ学生にも関わらず、身を固める準備をしろというのか。正式な交際もしていないのに。
いや、むしろ正式な交際を始めるのに、親の許可が必要な厳格な家なのか、と想像を巡らせるおじさん。
今のうちに彼女がいれば、将来、甘く見られることもなくなるか、と打算的な要素もあって、おじさんは了承。日取りも決まって、準備を整える。
当日。一張羅に身を包んだおじさんは、電車とバスを乗り継いで、彼女のいう実家に向かう。やがて見えてくる風景は、確かにおじさんの見覚えのある漁港だった。
しかし、旅の中で滞在した期間は長くない。一体、どこで彼女と出会ったのか、おじさんには見当がつかなかった。
やがてバスから降り、彼女は前に立って歩き出す。その足取りはいつもにもまして軽く、後ろ姿から嬉しさがにじみ出ている。
一体、どの家に連れていかれるのか、緊張していたおじさんだが、彼女のスピードは緩まず、やがて船も人もない波止場にたどり着く。
「ここがね、キミと出会った場所だったんだよ」
彼女は笑いながら言う。おじさんはこの波止場で海を眺めていた記憶があるけど、三十分にも満たない時間。その時に、自分の姿を見たということだろうか。
自分を追いかけてくれた。そんな想像に思わずにやけそうになったおじさんだけど、次の瞬間には、彼女が腕に絡みついてきた。
「君は同じ臭いがした。きっと、生まれは私と一緒なんだよ。だから……いこっ!」
彼女はおじさんの腕を捕まえたまま、海に身を投げ出した。当然、おじさんも道連れ。
まさか心中に付き合わされるとは、おじさんも思わない。
水を吸った服の重りに抗いながら、彼女の腕を引きはがしにかかる。だが、予想以上に力が強い。水面が徐々に遠くなっていく。このままでは、引きずりこまれそうだ。
おじさんはバタバタもがくけど、そのたびに肺の酸素を急激に消耗。しかし、その甲斐あってか、彼女の締め付けが少しずつ弱まってきた。
思い切り引き抜く。袖先のボタンと引き換えに、彼女の戒めから抜け出せた。
慌てた彼女が、おじさんに追いすがろうとする。構っている暇がない。もう限界だ。
おじさんが海面に顔を出すのと、足に絡みつく感触を感じたのはほぼ同時。
息も絶え絶えに、陸へと上がるおじさん。その足には人間の腕のように、太い昆布が巻きついていた。
おじさんはそれから、彼女を知る人物を探し回ったけれど、ついに見つかることはなかった。ただ、学校には彼女の荷物が残されており、学校の先生の話では、近々転校することを話していたんだってよ。
それからのおじさんは、女に近寄らず、ルーツを探ることもやめた。
また何かしらのつながりができた時、どこからか彼女がやってきそうな、そんな気がして仕方ないんだと。




