今日も会社に来てくんろ (ホラー・ファンタジー/★)
ぷは〜、五臓六腑にしみわたるウ〜!
おでんをつまみながら飲む酒は、サイコーだぜ!
大きい居酒屋でどんちゃかもいいが、こじんまりとするのも安らぐよな、つぶらやよ。
明日は久々にオフなんだろ。閉店までまったりしようや。
突然の呼び出しがあるかも知れんから、ほどほどにな?
おい、バカ。マーフィーの法則だ。起こる可能性のあることは、起こるんだよ。
何にも考えるな。そうすりゃ、何事もなく終わるはずさ。
は〜、呼び出しと聞くと、妙な過去を思い出しちまうよ。あれも不意の電話からだったからな。
――やっぱり食いついてくるか、つぶらや。
酒の席だからな。話せば気が紛れるかも知れんし、構わんぜ。
俺が会社に入りたての頃だ。
社会人一年目って、まじでプライドを崩されるな。
ニュースでアホな社畜をバカにしていた自分が、奴ら以上に役立たずだと、身を持って知らされるからな。
中途半端にプライドが高い奴は、すぐに辞めていった。聞いたところ、親のすねをかじりっぱなしの輩もいるらしい。
どんだけ自己評価高いんだっつーの。何の実績もない奴が、声高に叫んだって、誰も聞きはしないぜ。ネットで所かまわず、毒を吐き散らすのがせいぜいだろ。独りよがりな、優越感に溺れてな。
ガッコの成績が良くても、社会人としては一年目。
自分はナメクジ以下なんだと気づけ。そして、聞け。
調子こいてる新人を見る度、俺は今でもそう思うね。
俺は上を目指したかった。手柄をあげなきゃ、誰も俺を見ちゃくれないんだ。功名心にかられながらも、仕事を覚えだしたんだが、昇進にあたっての壁にぶち当たった。
オーバーワークだ。なまじ意欲を見せるから、仕事を次々押し付けられてな、体調を崩し始めちまった。熱さましを押し当てながら、会議で意識もうろう、なんてしょっちゅうだ。
ようやくもらった休日は、午後三時までうだうだ、ごろごろ。
一日を無駄にしちまった。でも、寝たら明日になっちまう。ずっと夜中まで起きていたい。おかげで寝不足、大あくび。
あの日々、社畜養成トレーニングだったな、まるっきり。
連勤の果てに訪れた、ある休日の事。
前日、睡眠剤代わりに酒をしこたま飲んでいた俺が、布団の中でゴロゴロしていた時。
枕元に置いた携帯が鳴った。
パッと目を開く。そばの時計を見ると、もう朝日が昇っていて、東向きの窓から差してくる時間帯なんだが、部屋の中が少し暗い。
天気が悪いのか、とぼんやり思いながら、携帯を手に取る。相手の名前は会社。
「すまない、急な休みが出てな。会社に来てもらえないか?」
ふざけるな、と怒鳴りたかったが、ガキはもう卒業だ。二つ返事で了承。すぐに着替えを始めた。
外に出ると、思いのほか空は晴れていた。起きた時は、雲が邪魔していたのかと思いながら、会社に出勤する。
ウチの会社は名札を常に着用している。日が浅くて物覚えが悪い俺でも、顔と名前が一致してきたと思ったんだが、名前が微妙に違っているんだ。
例えば「江口」が「江田」だったり、「松本」が「松木」だったりな。休んだ人の名前も微妙に異なっている。
あれ、アルコールに目をやられたかな、と思ったが、名札がしてある以上、呼び名はそれに従った。実際にみんなも返事をしてくれるし。
どうにか、仕事もこなしたんだが、なんだか頭がふらついてな。ランチの誘いを遠慮して、一人、会社のビルの屋上でコンビニ弁当を食べていた。
めったに人がこなくて、景色に浸れるお気に入りの場所。気分転換に最適なんで、よく使っているんだが、ここもいつもとは雰囲気が違う。
ご飯を食べながら、辺りを見回す。昼休みをたっぷり使って、俺はようやく気づいたんだ。
影のでき方が違う。
俺が普段食べているポジションは、本来ならばこの時間、伸びてきた影に覆われて、日影になるはずだったんだ。
それがいつまで経っても、日影にならない。それどころか、周りの影たちもいつもとは反対の方向を向いている。
南に昇るはずの太陽が、北に昇っていたのさ。そして、昼休み中観察していた太陽は、どんどん東に向かって動いている。
もう、酒のせいとは言えない。俺は踏み入っちゃいけないところに、入り込んでしまったようだ。
オフィスに戻ると、休んでいた社員が来ていた。
用事が片付いたんで、半日出勤にしてもらい、俺はお役御免となる。
こんな急な変更が許されるのか、と頭の中でつぶやいたが、この変な場所で空気まで変えたくない。唯々諾々と、退勤を受け入れた。
「今日は済まなかったね。今度、ビールをおごるよ」
帰り際、例の社員が俺にそう告げたが、俺は一刻も早く帰りたかった。言葉に対して軽く会釈をすると、足早に自分の家へと向かったよ。
夕方だったが部屋に入る光が強い。まさか、西日ではなく、東日をこんな時間に浴びるとは思わなかった。
美しく緋色に染まった窓が、俺の不安をかきたてる。
雨戸を閉めて光をシャットアウト。俺はとっとと布団に入り、明日が元通りになっていることを願いながら、眠りについた。
翌日。雨戸を開けた時に朝日を浴びることができて、俺は心底安心した。
出勤すると、いつも通りの顔がある。名札の名前も元通りだ。例の社員も出勤している。
昼間。気の合う同僚に、昨日のことを話したら、「夢の中でも仕事とは、熱心なこったぜ」と笑われたよ。
日付を確認すると、昨日と同じだった。
確かに夢だったのかもしれない。そうでなければ、今日という日を、二度も迎えられるはずがない。
その日はまた仕事をたくさん押し付けられて、家に帰ったのは夜中。もうくたくただった。
一杯やりたかったが、今朝冷蔵庫を見たら、空っぽだったことを思い出す。
しゃーない、買いに行くか、と荷物を置いた矢先。
布団の上に放り出した携帯が鳴った。疲れていた俺は、ディスプレイを立ち上げて驚いたぜ。
ダイヤルをしなければ再生しない、留守電メッセージが勝手に起動したんだ。つい先ほどまで、今日は着信などなかったというのに。
「約束通り、ビールを用意したよ。昨日はありがとう。お疲れ様」
例の社員の声だった。もう一度聞こうとしたんだが、俺が消す操作をしなかったにも関わらず、「お預かりしているメッセージはありません」という答えだった。
まさか、と思って、冷蔵庫をのぞく。
500mlのビール缶が、ど真ん中に鎮座していたよ。
ラベルの「ドライビール」の部分が「ドテイビール」になったものがな。




