表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/3150

今日も会社に来てくんろ (ホラー・ファンタジー/★)

 ぷは〜、五臓六腑にしみわたるウ〜!

 おでんをつまみながら飲む酒は、サイコーだぜ!

 大きい居酒屋でどんちゃかもいいが、こじんまりとするのも安らぐよな、つぶらやよ。

 明日は久々にオフなんだろ。閉店までまったりしようや。


 突然の呼び出しがあるかも知れんから、ほどほどにな?

 おい、バカ。マーフィーの法則だ。起こる可能性のあることは、起こるんだよ。

 何にも考えるな。そうすりゃ、何事もなく終わるはずさ。

 は〜、呼び出しと聞くと、妙な過去を思い出しちまうよ。あれも不意の電話からだったからな。

 ――やっぱり食いついてくるか、つぶらや。

 酒の席だからな。話せば気が紛れるかも知れんし、構わんぜ。


 俺が会社に入りたての頃だ。

 社会人一年目って、まじでプライドを崩されるな。

 ニュースでアホな社畜をバカにしていた自分が、奴ら以上に役立たずだと、身を持って知らされるからな。

 中途半端にプライドが高い奴は、すぐに辞めていった。聞いたところ、親のすねをかじりっぱなしの輩もいるらしい。

 どんだけ自己評価高いんだっつーの。何の実績もない奴が、声高に叫んだって、誰も聞きはしないぜ。ネットで所かまわず、毒を吐き散らすのがせいぜいだろ。独りよがりな、優越感に溺れてな。

 ガッコの成績が良くても、社会人としては一年目。

 自分はナメクジ以下なんだと気づけ。そして、聞け。

 調子こいてる新人を見る度、俺は今でもそう思うね。


 俺は上を目指したかった。手柄をあげなきゃ、誰も俺を見ちゃくれないんだ。功名心にかられながらも、仕事を覚えだしたんだが、昇進にあたっての壁にぶち当たった。

 オーバーワークだ。なまじ意欲を見せるから、仕事を次々押し付けられてな、体調を崩し始めちまった。熱さましを押し当てながら、会議で意識もうろう、なんてしょっちゅうだ。

 ようやくもらった休日は、午後三時までうだうだ、ごろごろ。

 一日を無駄にしちまった。でも、寝たら明日になっちまう。ずっと夜中まで起きていたい。おかげで寝不足、大あくび。

 あの日々、社畜養成トレーニングだったな、まるっきり。


 連勤の果てに訪れた、ある休日の事。

 前日、睡眠剤代わりに酒をしこたま飲んでいた俺が、布団の中でゴロゴロしていた時。

 枕元に置いた携帯が鳴った。

 パッと目を開く。そばの時計を見ると、もう朝日が昇っていて、東向きの窓から差してくる時間帯なんだが、部屋の中が少し暗い。

 天気が悪いのか、とぼんやり思いながら、携帯を手に取る。相手の名前は会社。


「すまない、急な休みが出てな。会社に来てもらえないか?」


 ふざけるな、と怒鳴りたかったが、ガキはもう卒業だ。二つ返事で了承。すぐに着替えを始めた。


 外に出ると、思いのほか空は晴れていた。起きた時は、雲が邪魔していたのかと思いながら、会社に出勤する。

 ウチの会社は名札を常に着用している。日が浅くて物覚えが悪い俺でも、顔と名前が一致してきたと思ったんだが、名前が微妙に違っているんだ。

 例えば「江口」が「江田」だったり、「松本」が「松木」だったりな。休んだ人の名前も微妙に異なっている。

 あれ、アルコールに目をやられたかな、と思ったが、名札がしてある以上、呼び名はそれに従った。実際にみんなも返事をしてくれるし。

 どうにか、仕事もこなしたんだが、なんだか頭がふらついてな。ランチの誘いを遠慮して、一人、会社のビルの屋上でコンビニ弁当を食べていた。

 めったに人がこなくて、景色に浸れるお気に入りの場所。気分転換に最適なんで、よく使っているんだが、ここもいつもとは雰囲気が違う。

 ご飯を食べながら、辺りを見回す。昼休みをたっぷり使って、俺はようやく気づいたんだ。

 

 影のでき方が違う。

 俺が普段食べているポジションは、本来ならばこの時間、伸びてきた影に覆われて、日影になるはずだったんだ。

 それがいつまで経っても、日影にならない。それどころか、周りの影たちもいつもとは反対の方向を向いている。

 南に昇るはずの太陽が、北に昇っていたのさ。そして、昼休み中観察していた太陽は、どんどん東に向かって動いている。

 もう、酒のせいとは言えない。俺は踏み入っちゃいけないところに、入り込んでしまったようだ。


 オフィスに戻ると、休んでいた社員が来ていた。

 用事が片付いたんで、半日出勤にしてもらい、俺はお役御免となる。

 こんな急な変更が許されるのか、と頭の中でつぶやいたが、この変な場所で空気まで変えたくない。唯々諾々と、退勤を受け入れた。


「今日は済まなかったね。今度、ビールをおごるよ」


 帰り際、例の社員が俺にそう告げたが、俺は一刻も早く帰りたかった。言葉に対して軽く会釈をすると、足早に自分の家へと向かったよ。

 夕方だったが部屋に入る光が強い。まさか、西日ではなく、東日をこんな時間に浴びるとは思わなかった。

 美しく緋色に染まった窓が、俺の不安をかきたてる。

 雨戸を閉めて光をシャットアウト。俺はとっとと布団に入り、明日が元通りになっていることを願いながら、眠りについた。


 翌日。雨戸を開けた時に朝日を浴びることができて、俺は心底安心した。

 出勤すると、いつも通りの顔がある。名札の名前も元通りだ。例の社員も出勤している。

 昼間。気の合う同僚に、昨日のことを話したら、「夢の中でも仕事とは、熱心なこったぜ」と笑われたよ。

 日付を確認すると、昨日と同じだった。

 確かに夢だったのかもしれない。そうでなければ、今日という日を、二度も迎えられるはずがない。


 その日はまた仕事をたくさん押し付けられて、家に帰ったのは夜中。もうくたくただった。

 一杯やりたかったが、今朝冷蔵庫を見たら、空っぽだったことを思い出す。

 しゃーない、買いに行くか、と荷物を置いた矢先。

 布団の上に放り出した携帯が鳴った。疲れていた俺は、ディスプレイを立ち上げて驚いたぜ。

 ダイヤルをしなければ再生しない、留守電メッセージが勝手に起動したんだ。つい先ほどまで、今日は着信などなかったというのに。


「約束通り、ビールを用意したよ。昨日はありがとう。お疲れ様」


 例の社員の声だった。もう一度聞こうとしたんだが、俺が消す操作をしなかったにも関わらず、「お預かりしているメッセージはありません」という答えだった。

 まさか、と思って、冷蔵庫をのぞく。


 500mlのビール缶が、ど真ん中に鎮座していたよ。

 ラベルの「ドライビール」の部分が「ドテイビール」になったものがな。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ