素直じゃないけど素直です (まただよ……/★★)
つぶらやくん、この言い回しはよろしくないな。
もっと簡潔、明瞭に。初見の人でも分かるように文面を作ってくれ。
君の文は、理由というか、言い訳というか、質問を予めシャットアウトしてしまうような、文言だらけなんだ。冗長で、結局、何が言いたいのかわからん。
よく、オチがないから話がつまらない、とか聞くが、私としては何の話か分からない方がつまらんのでね。
結論を最初に持ってきたまえ。遠慮はいらん。ウソをつかん限りは、自信を持ってズバッと書け。
質問を恐れるな。これだけ理由も具体例も書けるなら、後から訊かれても、十分対応できる。
予防線を相手に見せるな。信頼を失うぞ。
――ん、昼休憩だな。つぶらやくん、たまには一緒に飯を食おうか。話でもしようよ。
先ほどの訂正は午後でいい。休める時には休む。仕事がまとわりついてくる時は、なおさらだ。
文章を見ていて思ったが、つぶらやくんは、ちと素直すぎるな。
誠実さがウリなのは結構だが、ビジネスは取捨選択も必要だぞ。頭に入っている知識を片っ端から披露されたって、自慢やのろけと同じだ。相手は退屈するばかりで、うんざりするだろう。
相手が欲しがる情報を、ピンポイントでシンプルに提示する。丁寧に丁寧に、寄り添っていくんだ。この才能が生まれつき備わっている人もいれば、訓練を重ねて身に着ける人もいる。
相手に寄り添い、媚びるなど、地力がない証拠?
ふふ、若いなつぶらやくん。そのロマン思考、嫌いではないが。
ならば、どうして「赤本」などが存在する? 露骨な入試対策。受験生に媚びているではないか。
それがなぜ、批判されるどころか、多くの人に求められる? 必要とされているからだ。
個人間でも同じこと。相手の求めていることに応えるのは、大事なことなのに、えらくむずかしいことだね。
今から十数年くらい前のことだ。
私はある女性と一緒に暮らしていた。まあ、現状は見ての通り、破局してしまったがね。
彼女は極めてストイックな女性で、確固とした自分の世界を持っている人だった。それに反するものは、私が相手でもビシビシ追及してきて、少し疲れてしまっていたんだ。
世間的には美形の部類に入る彼女。同僚から羨ましがられることもあったよ。
入社して間もない新入社員の子も、忘れ物を届けに来てくれた彼女を見て、顔を赤くしていたくらいだ。
なんだ、のろけはいけないと言いながら、のろけ話じゃないか?
うむ、ごもっとも。だが、最初にこのことを語っておかないといけないと思ってね。
きっかけは、会社の休み時間に、テレビのワイドショーで特集されていた「男心をくすぐるツンデレテクニック」というものだね。「ツンツンデレデレ」に端を発する言葉。つぶらやくんなら、私よりもはるかに熟知しているのではないかね?
その日は男同士で、自分の相方がツンデレなのかどうか、で議論になったよ。私の中では彼女は「ツンツンツン」。少しでも「デレ」があればなあ、と感じる今日この頃だった。
正直なところ、「デレデレデレ」でもいいんだがね。
その翌日のこと。普段なら昼食代を手渡して終わりのはずの彼女が、弁当箱を渡してきた。ここ数ヶ月なかった珍事に、私はおっかなびっくり理由を尋ねると、彼女はちょっと顔を背けながら言った。
「別に、昨日の余りだし。あんたのためじゃないんだからね」
あのツンデレ特集で見た、お約束そのままのセリフだった。彼女もあの番組を見て、思うところがあったのかも知れない。
声色は不機嫌だったものの、なるほど、と私は思った。
ここ数ヶ月忘れていた、胸の高鳴りを感じる。素直じゃない分、愛情がどれほどこもっているか、受け取る側が決められる。
その想像で、今日も一日戦える。これはいいものだ。
私がじっと彼女を見つめていると、彼女も私の方に目だけを向けて、「別に勘違いしないでよね」と付け加えてきた。
もう、その日は気力が不思議とむんむん湧いてね、張り切って仕事をしてしまったよ。今までの「ツン」が長かったからかもね。この珍しい「デレ」で新しいエネルギーが注入された。
それからも彼女は、あざといくらいに「ツンデレ」な態度をとってきた。「勘違いしないでよ」が口癖のように出てくる。
あまりの稚拙さに笑いそうになったんだが、そうすると頭をはたかれるからね。まさか、大人になってからおままごとをするとは思わなかったけど、生きる気力にはなっていたよ。
そんな日々が二カ月ほど続いた。彼女が「ツンデレ」になって、私も少し元気が出てきた。昇進も決まり、そろそろ身を固めるべきかな、とも考え出す余裕ができたんだ。
ある日のお酒の席で、へべれけに酔った私は、早めに抜けさせてもらい、千鳥足で家路へと向かった。また彼女に癒してもらおうと、心のどこかで期待しながら。
ところが、家への最後の角を曲がった時。視界に映ったものを見て、酔いが一気に醒めてしまった。同時にさっと近くの電信柱に身を隠す。
家の前で、彼女と例の新入社員が話をしていた。彼女は新入社員から、何やら厚めの封筒を受け取っている。
「これは、お約束通りの報酬です」
新入社員の声がそういった。私が見ているとは思っていないだろうから、ボリュームが大きい。
「ありがと。これくらいはもらわないと、あんなのやってられないわ」
彼女はかったるそうに首を回しながら、つぶやく。
「申し訳ありません。最近はわが社も退職者が目立つようになっていまして、社員のケアが必要というわけです。しかし、相談室を設けても、なかなか打ち明けない方が多く困っています。なので、こうして各ご家庭の環境を整えていただくために……」
それ以上、聞きたくなかった。
すべてはヤラセだったというのか。
「ツンデレ」も、そこから発した癒しも。
全部、全部。
「別に、あなたのためじゃないんだからね」
私にとっては、呪いの言葉になった。
彼女とも会社とも縁を切り、こうして今の会社にいるというわけだ。
それから私は、人の言葉をよく噛みしめるようにしている。




