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麗しの館 (まただよ……/★★)

 あ、つぶらやくん、「木」はそのあたりでいいわ。

 ん、ありがとう。これで大道具の搬入は、だいたい終了ね。そろそろ通しで練習したかったから、用意が間に合って良かったわ。

 今回の私の役? 流浪の騎士、だって。男装した。

 ちょっと変化球でね。今回の演劇はトランスセクシャル、性転換ものよ。

 うちの脚本家の趣味が、もろに出たわね。どう見ても、男装女子の方が、女装男子よりも数が多いし。


 擬人化ブームも、ここから派生したものかも知れないな?

 あり得なくはないわね。でも、私たちの演劇とは少し違う。

 今回の私たちの演劇、多少ネタバレになるけれど、トランスセクシャルに見せかけた、トランスセクシャル・フィクション。後天的な性転換がキモなのよ。

 どうしてそんな愉快な事態になるか、納得の設定もちゃんとあるから、お楽しみに。

 う〜ん、キャスト面子の集まるのが遅いわね。ちょっと話でもしながら待ちましょうか?

 私の練習は平気よ。もう台本は隅々まで頭に入れたから。


 男の子だと思っていた子が、実は女の子でした! というのは、ずいぶんと古典的なパターンよね。

 逆も、少しずつ勢力を拡大しているけれど、前者には一日の長がある。

 なぜだろうか、とつぶらやくんは考えたことがある? 真面目な話。

 男尊女卑の風潮に対する、反発? ふむふむ、さすがの着眼点といったところかしら。

 私の場合は、昔に聞いた話も原因のひとつじゃないか、と思っているの。

 又聞きで良ければ、話すわよ。


 幕府の権威が地に堕ち、守護たちが力を強めていた時代。

 守護大名にランクアップしていく中で、彼らは自分の領地に関する、様々な決まり事をもうけた。「分国法」というやつね。

 今川義元の「今川仮名目録」とか武田信玄の「甲州法度次第」とかが、有名かしら。

 でも、現存しておらず、言い伝えだけで残っている決まりもあったみたいね。

 とある領地における決まり事。それも、立て札などではなくて、口で伝達されていたもの。

 それが「男装令」とでもいうべきものだった。


 領内の未婚の女性が、生涯の内に一度は経験しなくてはいけない命令。

 十八になるまでの間で、領主の館に二年間。男装した状態で勤めを果たさなくてはいけない。求められることは侍女と変わりなかったらしいわ。

 この勤めを終えた家庭は、向こう十年間、年貢の軽減が成されたとのこと。

 これは勤めた人数が多ければ多いほど、軽くなっていくものだから、どの家も子供を作るのに力を入れたみたい。人口政策の一環だったのかもね。


 だけど、その分のしわ寄せが、男所帯を直撃するわ。

 有力な働き手が増えれば増えるほど、年貢の軽減率が低くなり、かえって生活が苦しくなる。女の誕生を望んでも、それが叶わない家庭も多くある。

 そうなるとね、つぶらやくんでも想像がつくでしょう。

 聞いた話では、領主様は男装の女子の尊厳を踏みにじることはない、とのこと。指一本触れはしないらしいわ。

 ならば、へまをしない限りは……ね。

 当時は検地も不徹底で、家族構成も把握されていないことが多く、村にいる個人個人が結託すれば、生まれた子供の一人や二人、領主様の目から隠し通すこともできたそうよ。


 そうして、隠し通した年端もいかない末っ子を選出。

 傍目にも、まだ女の子で通る、あどけない容姿。女子たちが行う「男装」をして、館へと送り込んだわ。

 どのような仕事を行うのかは、予め経験済みの者から教わって練習をしてきたし、その子は男装女子に囲まれて、侍女のごとき生活を送っていたわ。


 だけどね、少し妙なことが起こった。

 お殿様は月に一回、この館を訪れて、数日は滞在していく。

 だけれども、この年は一日だけ。いや、それどころか半日程度で帰っていくことがある。

 男装の女子たちが訝しむ中、かの潜り込んだ男の子は、生きた心地がしなかったわ。

 すでに気取られてしまったとしたら、いつ露見するか分からない。手打ちも十分にあり得る。

 けれど怯えたり、逃げ出したりはもってのほか。だました家族との、一蓮托生が待っている。

 すべてを欺き、任期を終えるより他になし。


 彼は今までと表向きは変わりなく、裏では細心の注意を払いながらも、仕事を続けたわ。

 領主様も変わらず、侍女たちに手を出すことはしなかったけれど、あちらこちらに監視の目が光るようになったのは確か。

 凍てつくような、時間さえ止まるような、決まりきった毎日。

 そして、いよいよ任期終了の直前。彼に最後の試練が訪れたわ。

 領主へのお酌。何百人といる侍女と、わずか月に半日程度の領主の滞在。奇跡的な組み合わせが、彼と領主を引き合わせることになった。

 作法通りのお酌。盃の中ほどまで注がれた時。

 領主様の腕が、彼の腕を捕まえたわ。雫がこぼれ、畳のい草の匂いと、醸成された酒の臭いが絡み合う。


「うぬだったか。おのれ、口惜しや。今少し、早く見つけられたなら」


 領主様の全身から無数の毛が生え出した。

 耳がピンと立ち、尻から何本もの尾がのぞく。

 男の子の腕を掴んだ手が、力なく地面に堕ちた時、大きな女狐が上座に横たわっていたそうよ。


 この怪異は戒厳令が敷かれて、人々の言い伝えの中でしか残っていないみたい。

 そして、その後、今度は女装した男に勤めを果たさせる命令が、出たとか出ないとか。



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