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ご飯は残しちゃいけません (歴史・ホラー/★★★)

 こーらくん、ほっぺたにご飯つぶがついてるわよ。

 ん、おいし。さすが、あたし。今日の炊き具合も完璧ね。

 お代わり? はいはい、ただいま。普通盛りくらいでいいかしら。

 

 ふ〜、ごちそうさま。

 こーらくんは男の子ね。残さずに食べちゃって。親御さんの教育の賜物かしら。

 君もなかなかの健啖家だな? それ、女の子に向かっていうセリフとしては、危険物の気がするけど。あたしで良かったわね。

 君じゃなきゃ、そうそう言わないさ? はいはい、調子のいいことで。

 あたしも昔から、おばあちゃんに色々、言い聞かされて育ったわね。

 ご飯粒を残したら、目が潰れるぞ。とか、夜に爪を切ると、親の死に目に会えないぞ。とか、黒猫が横切ると、良くないことがおこるぞ、とか。

 迷信で片づけるのもいいけど、ルーツを探るのも面白いじゃない。つぶらやくんもそうでしょ?

 ふふ、さすがは物書きさんね。まだ夜は長いし、ゆっくり話しましょ。

 今日の先手は、あたしが取らせてもらうわ。


 さっきも話した、ご飯粒関係の言い伝え。

 昔はお米が税として納められていたことを考えれば、現代に比べて重みが違うのは、容易に想像ができるわね。

 食べられるようになるまでに、八十八の手間がかかるとも伝えられている、米。

 それらをめぐったドラマも古くから、繰り広げられていたわけね。


 大和朝廷が現れる、少し前のこと。

 邪馬台国の勢力が及ばないクニでは、いまだにムラ同士での小競り合いが続いていたわ。

 その中には、食料の調達という、生きる上で欠かせない要素も含まれていた。

 腹が空いていようと、膨れていようと、人間は活発に活動をしていたようね。

 そして、邪馬台国の成功に乗じようとする動きも、一部のクニで見られたみたい。

 すなわち、巫女を立てて、政をさせようという動き。

 巫女、偶像、信者たち。

 仏教が伝わる前から、日本人の魂が、ある程度、方向づけられたのは、否定できないかもね。


 巫女を擁立するクニ同士でも、争いは起こり続け、やがてひとつのクニが台頭してきたわ。

 盲目の巫女が、統率するクニ。時代の関係もあって、文字としての記録は皆無といっていいほどだけれど、戦に非常に強かったことと、万年豊作とも称された抜群の収穫量が、研究者の中では語り草となっているんだって。

 そして、その国の決まりごとのひとつに、「調理した米を残した者は、目を潰す」というものがあったそうよ。

 米が大事なことも分かるけど、目も大事なことがよく分かるわよね。盲目の者に、俗世で高い身分を得る機会がやってくるのは、まだ先のこと。もはや並みの生活は送れない。

 残された道は、巫女に従う眷属として、神気を預かる、預言者としての修練を積むことのみ。


 これは子供にも適用される、厳格な決まり。幼くして光を奪われ、残りの時間を巫女に捧げる者が多かったらしいわ。そして、親元にいた時間よりも、長い時をかけて自分の信奉者を増やしていく。

 なかなかえげつない手を取るでしょ。当時の平均寿命は、現在に比べればはるかに短い。命のローテーションを超える勢いがなければ、途中でポシャって終わり。生き急ぐというのも、悪いことばかりではないでしょうよ。


 そうして、派閥を強化しながら、積極的に周りにケンカを売り、勢力を伸ばして、はしためを確保していく、巫女。

 雨がこぼれそうな空の下で、祝勝の催しが開かれたけれど、参加者は内心びくついていたみたい。

 残してはならぬ定め。それは重々承知しているけれど、調理して配膳するのは、巫女の派閥。そして、「目明き」の兵どもが食べるさまを監視し、無理やりにでも腹に積み込ませる。老若男女を問わずにね。

 そして、地獄のような食事が終わった時、巫女は告げたわ。


「皆、今日まで、よくわらわに尽くしてくれた。黙っていたが、わらわの命。間もなく尽きることが、決まっておる」


 衝撃的な言葉だった。

 いかなる犠牲があろうとも、巫女の実績は確か。彼女に比肩し、クニを支え得る者が、果たしてこの場にいるだろうか。


「わらわも、皆も、米たちも、すべては元より生まれしもの。蔑ろも取りこぼしも、すべては還す時のため、厳しく戒めてきたが……、それも今宵で終わり。皆、共に還ろうぞ」


 そう告げて、両手を掲げた巫女の頭上に、轟音響かす矢が一閃。近くの者を巻き込んで、その身を炭へと変えさせた。

 驚き慌てる、周囲の皆は、取り囲まれてる自分に気づく。

 それは人ではなくて、獣たち。

 クマに、オオカミ。トラに、ヘビ。それらのいずれもが、彼らの知らぬ大きさで、火を恐れずに囲んでた。

 武器を持たないヒトなどは、歯牙を持たないナマコも同然。

 蹴って、殴られ、噛みつかれ、自然の原理に還りゆく。

 だけれど、爪も牙もなく、毒気に脳をやられても、生きあがくのが人の性。

 いくつもの屍を踏み、執拗な追手をかわし、逃げおおせたもの、ひとにぎり。

 食べ残したもの、ひとにぎり。


 彼らが知らせた実情に、広がる被害を止めるため、周りのクニが立ち上がったわ。

 獣と人に踏みにじられたその土地は、別のクニに併呑されるまで、いつまでも血の臭いが抜けることはなかったそうよ。

 やがて動物たちは悪者とされ、その武勇伝が、化け物退治の伝説として各地に受け継がれたそうよ。

 語り部となった、「食べ残したものたち」によってね。

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