一皮むけた男 (ファンタジー/★)
よっしゃ、今年は俺の勝ちだぜ、こーくん。
そろそろセミの抜け殻集めは卒業したら? へへん、負け犬の遠吠えなんて受け付けませんよ〜。
大人ぶって、カッコつけないでもらえますゥ? 男としては譲れない勝負なんだから。
今年もたくさんのセミたちが、この殻を抜け出して飛び立ったんだよなあ。今も元気に鳴いているセミたち、限られた命の、必死の咆哮って奴かな。
こーくんも、セミが抜け殻を残して飛び立つところを、ずっと観察したことがあるっていったっけ。あれってすごく時間がかかるよな。
本当に動いているかと思うくらい、ゆっくりゆっくり殻を脱いでいく。早回しのビデオで見ない限り、はっきりとした変化は分からない。
だけど、これってちょっとずつでも動けば、必ず達成できるってことを表してるんじゃないか? 目立たなくてもさ、積み重ねることの大事さを説いてるんじゃないかと思うよ。俺は。
たとえ、その結果、一瞬の栄光を掴むことで終わろうと、何もしないで、みじめに年食うよりましじゃん。
あれ、哲学チックになっちまった。こーくんがいつも俺に説教たれるからだぜ。間違いなく。
文句をいうなら、面白い話をしてみろ? 相変わらず物書き魂にあふれてるな、こーくんは。
う〜ん、じゃあ抜け殻にならって「一皮むけた男」の話でいい?
夏休みといったら、もはや知らない奴はいないっていうくらいのビッグイベントだよな。地域や学校によってまちまちだが、およそ四十日の休みがある。
宿題の取り組み方一つを取っても、個性がよく出てくるよな。
先か後か。食事なら嫌いなものを先に食べるか、後に食べるかの違いがあたるかな。
そこで天国と地獄の縮図が各家庭で繰り広げられるのは、こーくんもよく知っているだろ。
これから話すのは、数十年前。宿題を真っ先に終わらせて、ぐうたらすることが生きがいの男の子の話。
とにかく、その子について語る時、最も話題になるのが睡眠時間。
学校がある時はさほどでもないけれど、休みの時間となると、半日以上は眠っているんだと。
起きてくるのは、早くて昼過ぎ。お母さんもすっかり諦めて、ご飯は全部自分で食べなさいっていう、投げっぷりだったみたい。
でもね、お父さんはすごく厳格な人で、夏休みに入っても宿題を終わらせて、寝てばかりいる息子に、とうとうキレちゃったんだって。
外に出て、自分探しの旅をしてこい、なんて、無理やり放り出したんだってさ。
むちゃくちゃだと思わないか?
普通、自分探しっていうのは、自分から旅立たないと意味がないのに。しかも、旅をしてから、ああ、自分って自分の中にしかいないんだ。そして生きていくのは、この世界なんだ、って感じ取らなきゃでしょ。
一週間は帰ってくるな、と放り出された彼。お金をはじめとする、様々な融通はされたみたいだけど。
お父さんの目論見としては、じっとしているだけでは掴めない何かを、掴んで欲しかったのかもね。
そして、一週間後。浅黒く日にやけた彼は、まさに「一皮むけた男」になっていた。
特に、外へよく出るようになる。
公園で野球をしていた友達に混ざり、攻撃に守備に大活躍した。
夏祭りの準備を手伝い、矢倉づくりなどにも大いに貢献した。
夏場に行われた飛び入り参加可能のスポーツ大会で、多くの強豪としのぎを削り合い、大会を盛り上げる立役者の一人となった。
ぐうたらのインドア派が、まるで生まれ変わったかのような、スポーツマンになっちまったんだ。
お母さんとしても、お父さんとしても、この成果にびっくりしながらも、大喜び。
毎日毎日、息子の活躍を見て興奮していたって話だよ。
男子、三日会わざれば、刮目して見よって、ことわざの通りにね。
しかし、そうめでたし、めでたしとは行かなかった。
息子が活躍しまくって一週間が過ぎたころ。
家の呼び鈴が鳴ったのさ。お母さんが出てみると、なんと相手は息子。
驚いたのも無理はない。なぜなら、彼はたった今、二階の自分の部屋で昼寝をしている最中だったはずなのだから。
ところが覗いてみると、布団はあれども、誰も寝ていた痕跡が見当たらなかったんだ。
帰ってきた息子いわく、一週間で帰るつもりだったけれども、なんとなくぶらぶらしていたら、倍の時間がかかってしまったとの話。
そうして、手を洗って着替えた彼は、食事もシャワーも全て後回しにして、布団に横になって、ぐうぐう眠り始めてしまったとのこと。
それから二日たち、三日たっても、息子は部屋から出ようとしなかった。それどころか、半日以上の睡眠時間を取っていた。まるで出発する前に逆戻りさ。
夏休みも残り少なった、ある日。またもお父さんが部屋に乗り込んでいったみたいなんだ。
いくら、一週間だけ頑張ったとしても、続けなくては意味がないぞ、と。
その父親からの呼びかけに対して、息子はこう答えたそうだよ。
「夢の中では大活躍なんだ、勘弁してくれよ。でも旅の最中は変だったな。いつもだったら見慣れない国、見慣れない人、見慣れない動物と触れ合う夢。なのに、旅の間は友達のみんなや、お祭りとか、スポーツ大会とか、よく知っているものばかりが出てきたな」