汗散る去り散る (ファンタジー・ヒューマンドラマ/★★)
おお、つぶらや、お疲れさん。
1500メートル走ってうんざりするよな。しかも、なんでウチの学校は冬にやるんだよ。生徒が心臓麻痺になってもいいのかっつーの!
しかも、俺の場合はサッカー部だから上位5位に入れだの、顧問がうるせー、うるせー。俺たちのクラスが陸部を始めとする、走りのプロな運動部がひしめいているのを、ご存知ないのかよ……。
5分切るか切らないかが、上位5位のラインっていうの、勘弁して欲しいんですけどねえ!
4分台で走るお前も、相当なもんだけどな?
ふっ、まあな。これでも選考会の代表とかに選ばれたら面倒だから、8割か9割くらいのパワーでやってるんだぜ。10割出せば、学年でも指折りになれるだろうが、身体のお手入れがめんどい。
これでもチームじゃフォワード任されてんだ。いざという時、走れなくて試合に負けました、なんて戦犯だからな。
走れる奴も、走れない奴も悩み多き持久走。何が起こるか分からん。
まだ最後尾がゴールするまで時間がある。ちょっとだべろうぜ。
これは俺の親父の話になる。
当時のクラスの先生が陸部の顧問。それも昔ながらのスポ根精神の持ち主でな。独力でやりきるまでは、いつまでもやらせる先生だった。
給食とかでなかったか? 全部食べ終わるまで、掃除の時間でも食事させる先生。
あれ、アレルギーとかあったらやばいし、配膳のおばちゃんに迷惑かかるし、自己満足で迷惑かけんじゃねえ、と俺は思うがね。
まあ、先生が若い頃にどんな苦労をしたかは知らん。社会の闇に触れるまでの予行演習の可能性もあるが……経験したことないがきんちょには、理不尽以外の何物でもないな。
その教育方針のせいか、持久走もギブアップを認めてくれなくてな、何分かかろうが走り抜かされるんだ。
ぬるい生徒と、甘い親は持久走の時期、体育の時だけ休めるように、あれこれ策略を巡らせたらしいな。
そんで、親父の友達に、めちゃくちゃ厳格な家で育った子がいたんだ。
文武両道が家訓だ、と言っていてな。「流した汗は、俺の力になる」としょっちゅう言っていたらしい。
勉強はできるし、運動神経も悪くないんだが、ただ一つの弱点が持久走。もっと言えば、持久力が必要な競技が苦手だった。
短距離走とかの、瞬発力が試されるのはいいんだがな。乳酸が発散されにくい体質なのかもしれん。
毎年毎年、1500メートル走では無様を晒した友達は、親に言われたのさ。
「持久走、常時、上位五指に入れ。そうでなくては、許さん」
許さん、の内容がどんなもんかは分からんが、普段は落ち着いている友達が顔を赤くしていたところを見ると、思い出して力が入るくらいの何かだろう、と。
不幸中の幸いで、次の体育は日曜日を挟んだ月曜日。つかの間のインターバルだ。親父にとっては、友達の刑の執行が伸びた風に見えたって、言っていたな。
親父も走るのは得意だったから、少しでも友達の力になろうと、ロードワークに誘ったんだと。何もやらないより、マシだと思ってな。
ところが、日曜日にそいつは家にいなかった。一人でどこかに出かけてしまったらしい。何でも毎年駅伝が行われている、町に向かったんだとか。
トレーニングか、願掛けでもするのだろう、と親父は思った。
今みたいに、携帯がないから連絡が取れず、友達を心配することしかできなかったと、親父は言っていたな。
そして、迎えた月曜日。持久走直前。全員が位置につく。
親父は友達を見やる。顔色が悪かったが、親父の視線に気づくと、にやりと笑ったらしい。いかにも策あり、という感じだった。
そして、スタートの合図。友達は一気に先頭集団に潜り込んだ。
飛ばしている。だが、その走りでは400メートルも持たないぞ、と親父は見ていて思ったらしい。
中距離での失速ほど、怖いものはない。スピードを失えば、疲れという重りを科せられた身体を、何百メートルも引きずることになる。
だが、友達のペースは落ちない。800メートルを過ぎても、ペースが安定している。順位も6,7位。スパートを考えれば、目標の5位以内を狙うに、悪くないポジションだ。
それどころか、すぐ後ろから見守るように追走している、親父を徐々に引き離していく。ここに来てのペースアップなど、走ることだけに必死になりがちな、素人ができる技じゃない。
わずか一日で、こんな走りを! と、親父は心底、驚いたらしい。
そのままのペースを崩さず、ラストのストレート。ここに来て、友達は更にスピードを増した。もはや短距離走の時と、引けを取らない速さ。
ペースを崩す奴らをごぼう抜きし……1位でゴールした。
だが、さすがに力尽きたようにグラウンドに寝転がっちまったらしい。クールダウンしろと担任に蹴られていたようだ。「この鬼め」と親父は心の中で毒づいたんだと。
体育が終わった後に、先ほどの走りについて親父が尋ねると、友達はこう答えたそうだ。
「言っただろ。流した汗は、俺の力になるってな」
それからも、友達は持久走上位であり続けた。翌日には筋肉痛になっていたけどな。
あいつもすげえ努力してんだな、と親父は感動しかけたが、別の友達から聞いた言葉で、一抹の不安を抱くようになる。
その友達が家族旅行で、タクシーに乗っていた時。
例の友達らしき人影が、毎年、行われている駅伝のコースに転がっている石を拾ってな。
手当たり次第に口に放り込んで、ガリガリかみ砕きながら食べていたんだってよ。




