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誰が為に紙は割く (ファンタジー・ヒューマンドラマ/★)

 つぶらやくん、ここの場面、もうちょっと丁寧に書いた方がよくない? 後々の伏線回収の演出が際立つと思うの。

 全体で見た時のバランスが悪い? うーん、確かにサブプロットが半分くらい占めちゃう感じね。初見の人がメインを忘れるかも。

 やっぱりこの道具、出番増やしましょ、キーアイテムだし。

 もっとさりげない登場で、アッと言わせる方がいい?

 ふーむ、悪い方の意味合いで煮詰まってきたわね……。ちょっと休みましょうか。

 糖分取らないと、堂々巡りだわ。


 ごめんね、つぶらやくん、脚本のアイデアマンを引き受けてもらっちゃって。

 小説家と演出家じゃ、作風が違うのがよく分かったわ。また色々アイデアちょうだい。

 お互い、命を吹き込むのは楽じゃないわね。重厚に語るのも、軽妙に語るのも一苦労。

 それでも書いてある紙のように、「薄っぺら」にならないようにしたいものね。例え、苦しくても、私の魂を込める。

 つぶらやくんも賛成? ありがとう、そうこなくちゃね。

 じゃあ、「薄っぺら」に関する話。私が創作をしていこうと決めたきっかけの話よ。

 今後の戒めのために、ちょっと話しちゃおうかしら。


 私が物語を書き始めたのと、絵を描き始めたのは、ほぼ同じ時期の事だったわ。

 お母さんがたくさん本を読んでくれた。納得がいく終わり方、納得がいかない終わり方。

 色々なものに出会ったわね。

 私はどちらかというと、主人公たちが不幸な目に遭って終わる話が、印象に残ったわ。

 つぶらやくんも、私のシナリオを見ると分かるんじゃない? 私の作る人物は、全員、見目麗しいのに、辛い過去を背負った人ばかり。ほぼ美男美女の不幸自慢大会になっているのも、最近よくいわれる「中二病」という奴かしら。


 でもね、私は不幸そのものに惹かれていたわけじゃないの。

 この不幸な結末を、私の手で私が考えた幸せなものにつないでいく。いわゆる二次創作のハッピーエンド中毒者だったわけ。幼稚園くらいの頃からね。

 その分、手法はめちゃくちゃよ。浦島太郎は亀にタイムスリップさせられるし、幸福な王子は、幸せになった人々の子孫の手で作り直されて、称えられるようになったり。

 つぶらやくん、怖気が走るんじゃない?

 それくらい、私は不幸が嫌いだった。こんなに頑張ったのに、報われないなんて、冗談じゃない。


 そして、小学校低学年の頃だったかなあ。

 国語の時間でね、物語の出だし部分しか書いていない単元があったわ。

 つぶらやくんも知っているかもしれない。

 文を書いても、絵を描いても構わない。そう先生がおっしゃってたわ。

 私は与えられた時間を使って、書いて、描いて、かきまくったわ。当時の私の持てる力を振り絞って、苦難の果てのハッピーエンドを叩きつけたわ。

 そして、みんなでお互いの話を見せ合う時間になる。私は、表向き、いつも通りだったけれど、内心はわくわくでいっぱいだった。

 我ながら最高の出来だと思ったし、読んでもらった後の、みんなの称賛の声が、待ち遠しかった。

 

 けれど、現実は違った。誰も私の作品を見てはくれなかった。いや、実際には最後まで読んではくれなかったわ。

 みんなはもっとシンプルな、スカッとするストーリーを求めていたの。しかも、山も谷もなく、主人公たちが最短距離で目的を達成して、めでたし、めでたし。

 ふざけるな、と思った。楽な近道があるなら、誰だってそこを通るし、通れなくてはいけないわ。

 それができないから、回り道をして、苦労をして、傷ついてきた姿を見ているからこそ、幸せを祈れるのに。

 私の作品の方が、ずっと苦労も楽しさも上なのに。

 簡単に目的を果たしておしまい。もしくはとっとと諦めて、違うことをはじめておしまい。そんな話がウケにウケて、しまいには絵を描くことが好きな私に、ハッピーエンドの一枚絵すらねだってくる奴もいた。

 私はほとんど腹いせのつもりで、お宝は手に入るし、男と女はもれなく結婚してしまう、気持ち悪いくらいのハッピーエンドを用意して、原稿用紙に描きつけてやったわ。

 結局、それもウケるから、私のやったことは彼らを喜ばせただけなんだけど。

 みんなが喜んで原稿用紙を持ち帰る中、私はひっそりと作品を丸めて、ゴミ箱に捨てた。


 その時から、私は自分のお話を見直すことにした。

 自己満足など、意味がない。誰かに読んでもらって、楽しんでもらえなければ意味がない。

 紙も時間も、意味がない。

 私は自分が考えた濃厚シロップな物語の、エッセンスだけ抽出していった。

 書いてある紙と同じように、薄っぺらになっていく展開と登場人物。それが面白いようにウケて、私は何が何だか分からなくなったわ。


 そんな中、たった一人だけ。隣のクラスに、私の本来の作品を評価してくれる人がいた。

 今まで話をしたことがなかったけれど、その子も物語を作るのが大好きな子だったの。

 私たちはお互いに、未熟な物語を見せ合って、笑い合い、分かり合ったわ。

 心のつかえが取れて、目の前がぱあっと、明るくなっていくのを感じた。同時に私はこの子となら、どこまでも、誰よりも仲良くなれるんじゃないかって、そんな予感がした。

 彼はいつだって、私に笑っていてくれた。優しくしてくれた。

 それが本当は、飾りだけの薄っぺらなものだとしても、今、この時は真実であって欲しいな、と子供心に思ったわ。


 そして、ある日のこと。

 私は彼が転校してしまうことを聞いた。急な話で、もう明日にはここを去らなくてはいけない、と彼は言ったわ。

 私は衝動的に答えた。君と一緒にいたいって。

 当時の私は、恋愛にそこまで興味があったわけじゃなかった。

 ただ、彼を失ったら、私を。私の心を受け入れてくれる誰かを、失ってしまう。それが怖かったの。

 彼は困ったような表情をしたけれど、やがて私の手を取ってくれた。

 

「別れる前に、僕の家族を紹介する」って。


 その言葉が持つ意味を、当時の私は分からなかったけど、胸がドキドキしたのは確かよ。


 私は彼に引き寄せられるまま、走り出した。

 学校の近くの公園から、学校の前を通って、裏山へ。

 どんどん離れていく街並みに、少し不安を覚えたけれど、それ以上に、彼の後をついていくのが楽しくて仕方なかった。

 茂みをかき分け、木立を抜けて、たどりついた森の奥。彼はそっと手を離し、私に前に出るように促したわ。

 そこには不自然なくらい、大きな空間と――原稿用紙が散らばっていたわ。


「僕の大切な家族だよ」


 その声を聞いて、振り返った時、先ほどまでいた、彼の姿はどこにもなかった。

 そして散らばっていた原稿用紙は、私の書いた作品と、みんなに描いたハッピーエンドの結末だった。あの時は気持ち悪いとしか思えなかった笑顔が、心なしか柔らかく感じられる。

 私が不満を描きつけて、みんなに渡したはずのイラストが、一堂に会して私に微笑みかけてくれていたのよ。


 彼と出会うことは、二度となかったわ。

 だけど、私は今も、こうして筆を執っている。

 たとえ、認めてもらえなくても。私の根っこからの感情が、彼らを生かし、喜ばせることができているのだとしたら。

 やめられるわけが、ないじゃない。



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