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ロマンで腹が膨れたら (ホラー/★★★)

 今日もお疲れ、つぶらや。まあ一杯飲めよ。

 いやあ、給料日の直後ってテンション上がるな! ついつい財布のひもが緩んじまうよ。

 どうせ、次の給料日前で苦しむことになるんだろ? ふ、世の理に、ツッコミを入れちゃいけねえよ。

 これだから物書きって奴は。色々、うがった見方をしてくるんだから。

 お前らの言の葉を合わせりゃ、岩でもうがてるんじゃねえの。実際にうがつのは心だが、たまには優しく解きほぐせよな。

 リアルマネーもリアルフードも大事だ。そこらへんの現実から逃避するほど、俺もガキじゃねえ。お前の意見だって重々承知だ。

 だが、いたなあ。リアルの生活よりも、空想と電脳の世界に生きていた奴。ま、たかが一年そこらだから、廃人ってわけじゃないけどよ。俺にとってはトラウマ級よ。

 その話、後学のために教えてほしい?

 まあ、構わねえよ。


 ゲーム好きなつぶらやの周りにはいねえか。人気のゲーム発売日に、有給を取って休む輩は。ふっ、なかなかできるじゃねえか。

 つぶらやはやらないのか? 

 仕事で迷惑をかけるから、時間を見つけてじっくりやる?

 こんなところまで社畜根性かよ。人生、会社に吸われるなよな……って、物を書いているから、そちらに注ぐ分は残っているってことか。

 作品だって、読者にチューチュー吸われるわけだろ。哺乳瓶の中身のように、おいしくて栄養のある飲み物を用意してくれよ。

 とはいえ、ロマンで満たされるのは心のみ。腹を満たすには食料が必要だ。

 さっき挙げた有給組も、大量の食料を買いだめして、持久戦に臨むはずだ。「二十四時間戦えますか」のゲームバージョンというわけだ。

 それで見返りがあるかどうかは……「天の神らの、加護ぞあれ」といったところか。


 そいつは、もうインドア大好き人間でな。留年しないための最低単位数を確保すると、昼も夜もなく、部屋に閉じこもっていた。ちなみに女だぜ。

 同じゼミだったこともあって、何度か顔を合わせたことがあるんだが……その、汚いんだ。見た目的に。

 あえて詳しくはいわないが、一言で表すと、「剥がれ落ちている」んだよ、いろんなものが。

 服や体のあちこちについているの。すごく目につくの。


 なぜこの女、美容院にもブティックにも行かないのか、と思ったら、大真面目に「二次元の男にしか、興味ありません」とおっしゃったのだ。必要なこと以外では、外出しないらしい。

 本物のバカが来やがったな、と俺は感心した。同時に、取り繕わない姿勢に感動もした。

 俺の方は興味が出たよ。恋愛なぞではなく、観察欲求というやつかな。

 アドレスを交換して、暇な時に連絡して反応を見ることにした。俺もそれなりのゲーマーを自負しているし、彼女の自尊心をくすぐる手助けくらいになるだろ、と面白半分だったな。


 こういう奴の常なのか、得意ジャンルでは、途端に饒舌になるのね。

 一晩中、俺とLINEしていたこともあるぜ。打つのが早いのなんのって、俺の何分の一の時間で、どんだけ文字を打つつもりか、分かったもんじゃねえ。

 付き合ってやるお前もたいがいだな? 結婚しろよ?

 つぶらやさん、話を聞いていたのか? あいつはまじで、二次元の男にしか興味ないんだって。普段、顔を付き合わせても、最低限の事しかいわん。俺からも恋愛感情はない。

 人の名前もアドレスに入っている奴しか覚えてねえんじゃねえかってくらい、間違えるし、覚えてない。それどころか、電話帳に登録した名前で呼ぶんだ。俺なんか「さび助」だぜ。


 あ、吹きやがったな、こんちくしょう! いくら本名のもじりだからって、気の抜けた名前でショックだったんだぞ、俺!

 と、そんな具合で、あいつはリアルに興味なし。LINEで饒舌なのも、その時ばかりは顔の見えない、二次元の相手だと設定してるんじゃないか。

 アドレス帳は、いわゆる「ご指名」のようなもの。体のいいホスト扱いだったのかもな。


 ある日、その女が珍しく電話をかけてきてな、出てみるとまくし立ててくるの。


「やった! やったよ、さび助! 私、二次元で生きていける!」


 受話器越しに、つばが飛んできそうなくらい、興奮していたな。同時に「ああ、とうとうネジが飛んだようだ」と憐れんだね。

 あいつの家を知ってはいたが、誰に見られて噂されるか分からん、とさくらんぼ精神を発揮した俺は、しばらく様子を見ることにした。


 その日から、これまで一日も欠かさずやってきていた、女からの連絡が途絶える。こちらからの呼びかけにも応じない。

 相変わらず、学校に来ないことは不思議じゃなかったが、数週間も音沙汰がないと、事件の臭いすらしてくる。同じゼミ連中も、女からの連絡は受けてないらしい。

 できればゼミの女子たちに様子を見てきて欲しかったが、全員、あいつから距離を取っていて、近寄りたくない空気がプンプン。

 提案は通らない。男も然り。

 そうなるとですね〜。言い出しっぺが人身御供になるんですよ、つぶらやさん。


 そうして、俺は女の住む、ボロアパートにやってきた。一階の角部屋だ。

 部屋の前まで来たんだが、今までの異常事態を考えて、まずは聞き耳を立てたんだ。

 すると、中から声がする。あいつの声なのは間違いないんだが、しきりに誰かに向かって話してるんだよ。それでいて、相手の声が聞こえない。

 ははあ、画面の中の相手とお楽しみということか、と俺は納得しちまった。でも、手ぶらで帰ると、みんながうるさい。

 俺は携帯を取り出して、あいつに電話した。声が漏れないように、ドアから多少距離を取ってな。

 ワンコールで相手が出た。そして、第一声。


「さび助! 二次元っておいしいんだね!」


 いつもの俺なら、即座に笑い飛ばしたかもしれない。

 だが、俺は見た。半開きになったドアポストの隙間から、一匹、二匹とハエが次々に飛び出してくるんだ。心なしか、生臭さも漂ってくる。


「私の旦那も、子供も、こんなにおいしいなんて! もう戻れないなあ!」


 受話器越しに、何かを咀嚼している。

 ブチブチと筋が切れて、ゴリゴリと軟骨をかじる音が混じっていた。


「うふふ、減らない、減らない。また作ればいいんだもの!」


 まずい。俺は思ったね。

 もはや、何も言わずに電話を切ろうとしたんだが。


「……ねえ、さび助。いるんでしょ?」


 同時にドアが開いた。

 そこに立っていた女の姿を見て、俺は全速力で逃げ出したよ。


 上下のジャージには、ところどころ黒ずんだ斑点。

 女の後ろの壁には、ハエ以外にも色々な漆黒の虫たちが埋め尽くしている。

 そして、女の口の周りは、何かの体液でべちゃべちゃに汚れて、ひものように細い管が、一本だけ口の端から垂れていた。


 以来、あいつを目撃した者は、誰もいないんだ。

 大学でも、他の場所でも。大家さんの話じゃ、家財一式と共に、忽然と消えちまったらしいんだ。

 それこそ、別世界に溶け込んじまったみたいにな。



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