幻の不夜城 (歴史・ファンタジー/★)
おお、つぶらやは鉛筆派なのか? 鉛筆ホルダーを使っている奴、俺の周りじゃもうほとんどいないぜ。そんなに短いんじゃ、鉛筆削りも使えねえだろ。
カッターで削りながら使っている?
へえ、思い入れでもあんのか? 俺は受験の時に渡された「学業成就 合格祈願」鉛筆以外はシャーペンだったから、何とも言えんな。
小学生くらいの時に、鉛筆かシャーペンかで派閥ができたけど、二つの比較は面白いかもな。
芯も身体も削って、足跡を残す鉛筆。何度も中身を補充して、主に捨てられるまで働き続けるシャーペン。どちらも、なかなか「粋」を感じる生き方じゃねえか、おい。
前者は一期一会。後者は精忠無二。とはいえ、すべては使う奴の心次第だけど。
物を愛する心があれば、いかようにでも役に立てられる。他人にとって、愛と呼べるか疑わしくても、事実なんだから。
――なんか、センチになってきたぜ。つぶらや、休憩ついでに少しだべろうや。無性に語りたくなっちまってな。
削減、再使用、再生利用。世間でいうところの3Rは、昔の人もよく分かっていたらしい。
今と違って、小国に分かれていた時なんかは特にな。
自分の領地の人口、資源、収穫高。把握していることは強みだったんだ。
ない袖は振れねえ。過ぎた夢は作れねえ。
気力さえあれば、なんていうのは、現実を見られねえガキのたわごとだと、俺は思っている。そこまでいうなら気力で不老不死になってみろってんだ。
限りあるものしか使えねえなら、コストパフォーマンスを良くするしかない。そこには情と非情の間をさまよう、悲喜こもごもがあるわけだ。
人口が重要なリソースであることは、さっき話した通りだ。消耗の激しい戦国時代では、特に顕著だな。
米や金のように、存在するだけで安定した価値を持つものはいいが、人の価値はそれこそ個々人によって違う。
今でいうスペシャリストやゼネラリストばかりとはいかねえ。橋にも棒にもかからねえ奴を、何に役立てるかも上の力が試される。その秘められた可能性を潰さねえために、安全を確保する必要があった。
「村の城」システムは知っているか? 端的に言えば避難所だ。
戦国時代も後期になると、城には攻めづらさよりも、商業拠点としての役割が求められるようになってな。交通の便がいい平地に建てられる、「平城」が増えた。
そうなると戦場も平地がメインになるんだが、困ったことに民家もそこにたくさんある。家にとどまっているわけにはいかねえ、ということで山の上に「村の城」が作られたわけだ。
とはいえ、城主にとっては領民の密談場所にも見える。定期的な査察は行っていたようだがな。
その大名家では、恒例行事のようにやってくる他大名の攻撃を跳ね返し、一息ついたところだった。
相手の大名家は、冬には豪雪に閉ざされることが多い。早めに準備をしなければ、雪に連絡を絶たれて、敵中に孤立する可能性が十分にあった。そのため、いつも冬前に帰り、雪が解けたら、定期的に「遠足」にやってくる面倒な連中だった。
ローテーションで軍備と休息を進める家臣団に、一つの知らせが入った。
ここのところ、ある「村の城」で、夜ごとに火が焚かれているというのだ。
その城は現在の戦略拠点としては、さほど重要ではない。仮に奪られたとしても、防備は砦と比べられぬほどみすぼらしい。数百の兵もいれば、押しつぶすこともできる。味方にとっても要所ではないから、ここしばらく使っていない。
だが、問題は「村の城」が築かれた山だ。
その山はとある宗派の信徒たちの寺があった場所。「村の城」も戦の激化を見越して、信徒たちを追い出し、境内を改造したものだからだ。
一揆の企て。そう考えた家臣の一人が領主の許可を得て、「村の城」へと向かった。
動きを悟られぬように、隊列は組まず、民たちに溶け込むようにさりげなく、件の山へと集合する。
兵たちが集まったのは昼間。外から見る限りでは、人の気配を感じない。ろくな手入れもできない「村の城」は塀も崩れかけ、馬止めが申し訳程度にあるばかり。
さすがに白昼堂々、家の仕事をほっぽといて会合もしないだろう。兵たちは遠巻きに監視しながらも、山に登ってくる連中がいないかを確認。近づく者を強制的に弾いた。
そして、夕暮れ。これまで人の子、一人たりと通していない。
ボロボロの「村の城」に、次々と明かりが灯り出す。
やはり、中に潜んでいたのか、と家臣は色めきだったものの、相手は仮にも自領の民。殲滅するのは最終手段。
同行させてきた、手練れの忍びを潜り込ませる。踏み込むか否かは、その後で。
ところが半刻経った時、戻った忍びがもたらす報せ。
中には人の影がなく、灯った明かりもありはせぬ。
そんな馬鹿な、と家臣たちは城を見る。確かに、こうこうと光が漏れて、目に飛び込んでくるというのに。
家臣も兵と共に踏み込んだものの、報告に何の違いもない。
人はおらず、明かりもない。気配がどこにも、ありはしない。
そうして、城の外に出ると、元通り明かりが灯っている。あたかも昼間のように。
これが噂に聞く「不夜城」かと思った時、見張りの者から新たな報せ。
ふもとを通った旅の商人が、不思議なことを言っていた。
なぜにここでは、みんなが山を見るのか。
明かりが灯っているなどと、私にはとんと見られない。
ただ、暗い城影がかすかに見えるだけなのだ、と。
多くの者が「村の城」の前へ召し出され、謎は一つの解決を見る。
不夜城が見える者、それは古くよりこの地に住まう者だけ。かつて、この地が寺だったと知る者のみ。
新しくこの地にやってきた者には、ただの傷んだ城しか見えない。
城の明かりの正体は、会合や幽霊などではなく、個々人が心の中に抱く、この地の思い出だったんだ。
時が流れて、語る者が誰もいなくなった時、「不夜城」もまた、永遠に光を失っちまったんだとさ。




